男子凍結 第四部

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六十二

夢乃 @iamdreamers

大学構内に並んだ銀杏の木が、黄色に色付かせた葉を散らせ始める時期を迎えていた。マユカはその日、乳母車に乗せたアユナを連れて、大学を訪れていた。復学してからアユナを預けることになる、学内の保育施設の様子を見せてもらうために。 #twnovels

2016-10-01 10:58:37
夢乃 @iamdreamers

大学在学中に子供を産む女性は多くない。それでも、寄那濱国立大学内に子供を持った学生はマユカの他に六人がいた。それだけでなく、大学職員や教員の乳幼児も預かるため、現在は二十三人の子供がいる、ということだった。そこに勤める保育士は三人。 #twnovels

2016-10-01 10:59:04
夢乃 @iamdreamers

保育施設の開いている間は、そのうち少なくとも一人は必ず常駐している。二十三人の子供に対してそれでは少ないが、教育学部保育学科の学生が交代でアルバイトとして働いている。マユカは学部が違うので知らなかったが、それが現場実習として認められ、単位にも加算されるそうだ。 #twnovels

2016-10-01 10:59:16
夢乃 @iamdreamers

その保育施設を見学し、休み時間に自分の子供の様子を見に来た“ママ友”達と言葉を交わし、隣りに並んで授乳した。ここになら、安心してアユナを預けられる、そう思ってマユカは保育施設を後にした。まだお昼を過ぎたところなのでこの後は時間がある。 #twnovels

2016-10-01 10:59:32
夢乃 @iamdreamers

学生食堂でお昼を食べた後、テニスサークルに顔を出そうかと思ったが、まだ誰もいないだろう。親子二人でウィンドウショッピングでもしようか、と構内を出て、ショッピングモールまでの途中にある公園を、乳母車を押して歩いた。そのとき。 #twnovels

2016-10-01 10:59:45
夢乃 @iamdreamers

「桐紫路さん」 後ろから、マユカを呼ぶ声が聞こえた。足を止めて振り返る。そこには、白っぽい地味な服装の中年と思える女性がいた。記憶を辿ってみるが、覚えはない。 「あの、私、ですか?」 マユカは首を傾げて聞き返した。その女性はマユカの前まで来て立ち止まった。 #twnovels

2016-10-01 10:59:59
夢乃 @iamdreamers

「ええ。あなた、桐紫路マユカさん、ですよね?」 「はい。桐紫路は私ですが・・・あなたはどなたですか?」 年上なのに、なんだか子供っぽい人だな、とマユカは思った。どこをどう見て子供っぽいと思ったのか自分でも解らないが。強いて言うなら、邪気のない笑みかもしれない。 #twnovels

2016-10-01 11:00:13
夢乃 @iamdreamers

「失礼しました。わたくし、こういう者です」 その女性は大きめのバッグからIDカードを取り出すと、マユカに示した。そこには、 『産科医・小児科医  冬波菜ミユキ』 と表示されていた。 「お医者さん、ですか? お医者さんが私にどんな御用でしょうか?」 #twnovels

2016-10-01 11:00:31
夢乃 @iamdreamers

「実は、桐紫路さんに少々お話があるのですが」 「はい、何でしょう」 「ちょっと長くなると思うので、どこか座れるところが良いのですけれど。喫茶店にでもどうですか?」 遅めの昼食を摂ったばかりだし、あまりお茶と言う気分でもない。 #twnovels

2016-10-01 11:00:46
夢乃 @iamdreamers

公園内をざっと見回したマユカは四阿を見つけると、ミユキにそこを示した。 「喫茶店まで行かなくても、あそこでいかがですか?」 「ええ、構いませんよ」 「それなら」 マユカは乳母車を押して、ゆっくりと四阿に向かって歩き出した。ミユキも後ろから着いて行く。 #twnovels

2016-10-01 11:00:59
夢乃 @iamdreamers

夏も終わって、気温は低下してきているけれど、今日は日差しが暖かい。これくらいなら、アユナも寒がったりしないだろう。今は乳母車の中で心地良さそうに眠っている。幸せな気分。時間をかけて四阿まで歩き、乳母車の車輪をロックして、マユカは椅子に腰掛けた。 #twnovels

2016-10-01 11:01:15
夢乃 @iamdreamers

ミユキも、テーブルを挟んでマユカと向かい合う椅子に腰を下ろす。 「それで、どんなお話ですか?」 「はい。ちょっと桐紫路さんにはお辛い話になるかもしれないのですけれど」 辛い話? なんだろう? 不安になってきた。でも、聞かなかったらずっと不安なままだろう。 #twnovels

2016-10-01 11:01:29
夢乃 @iamdreamers

訳の分からない不安にずっとつきまとわれるよりは、不安の元を聞いてしまった方が良いだろう。 「構いませんから、早く言ってください」 「それじゃ。話と言うのは、その子、アユナちゃんの父親、男親のことです」 マユカの脳裏に、あのときのことがフラッシュバックした。 #twnovels

2016-10-01 11:01:44
夢乃 @iamdreamers

マユカの目から公園の景色が消えた。白いベッドに大の字に横たわる男の逞しい裸体。さっきまで肌を合わせていた身体。さっきまで温かかった肉体。冷たくなったその身体は、もう動くことはない。部屋に響き渡る悲鳴。それが自分の声だとは意識していなかった。 #twnovels

2016-10-01 11:01:58
夢乃 @iamdreamers

「桐紫路さん、桐紫路さん、どうかしました? 桐紫路さん?」 自分を呼ぶ声が聞こえる。マユカの瞳に光が戻ってきた。 「すみません。ちょっと眩暈がしちゃって」 「いいえ、私のほうこそ、突然ごめんなさい。それで・・・続けて大丈夫かしら?」 #twnovels

2016-10-01 11:02:12
夢乃 @iamdreamers

「はい。もう大丈夫です」 マユカは気を引き締めた。もう今のような醜態は見せまい。 「では、続けますね。あなたと性交した相手の男の人、アユナちゃんの男親が亡くなったのは、ご存知ですよね?」 「はい、知っています」 でも、なんでこの人がそれを知っているんだろう? #twnovels

2016-10-01 11:02:25
夢乃 @iamdreamers

「私、亡くなったその男の人の検死をしたんです。それで、まだはっきりとは判っていないのですが、遺伝的な異常の可能性が認められたんです」 「遺伝的な異常・・・え? それじゃ、アユナにも?」 マユカは思わず、乳母車で眠っているアユナを見た。 #twnovels

2016-10-01 11:02:39
夢乃 @iamdreamers

「先ほども言った通り、まだ判明してはいないので、確かなことは言えませんが」 「それは、どうすれば判るんですか?」 ことはアユナの身体に、将来に関わることかもしれない。マユカは意気込んでミユキに聞いた。 「今日は、あなたとアユナちゃんの、遺伝子サンプルを」 #twnovels

2016-10-01 11:02:52
夢乃 @iamdreamers

ミユキは言った。 「それから、二ヶ月に一度、アユナちゃんの簡単な検査をさせてください」 「それで、大丈夫なんですか? アユナは病気になったりしません?」 「病気に罹らないとは言い切れませんが、事前にその兆候を察知して治療することは可能です」 #twnovels

2016-10-01 11:03:05
夢乃 @iamdreamers

「解りました。お願いします。あの、それで、どちらに伺えばよいのでしょうか?」 「今日はこの場で大丈夫です。それから、そうですね、来月から、奇数月の第一日曜日に、アパートにお迎えにあがります。それで私の家まで。帰りも私が送りますので」 #twnovels

2016-10-01 11:03:19
夢乃 @iamdreamers

「家? どこかの病院ではないんですか?」 「ええ。実は」 ミユキは声を顰めた。と言っても、周りに聞いている者の姿はなかったが。 「この件は男性の死が関わっているものですから、公にするわけにいかないんです。それで、担当の私が秘密裏に調べています」 #twnovels

2016-10-01 11:03:33
夢乃 @iamdreamers

「秘密に」 「はい。ですので、桐紫路さんも、このことは誰にも話さないでください。家族にも、同居人にも。それに、アユナちゃんの定期健診等あると思いますけれど、私の検査とは別にそちらもきちんと受けてください」 「解りました」 マユカは頷いた。 #twnovels

2016-10-01 11:03:47
夢乃 @iamdreamers

「それから、そのような事情なので、この検査にお代は不要です」 「はい? 無料なんですか?」 「ええ。この件については補助金が出ますので、その点の心配は無用です」 「解りました。ご配慮いただき、ありがとうございます」 マユカは頭を下げた。 #twnovels

2016-10-01 11:04:00
夢乃 @iamdreamers

「それでは、今日はお二人の遺伝子サンプルだけ」 ミユキはバッグから、小さな金属製のケースを取り出した。その中からさらに、遺伝子採取用の、ケースに入った綿棒を出す。 「それでは桐紫路さんから。口を開けていただけますか?」 その言葉に、マユカは素直に従った。 #twnovels

2016-10-01 11:04:14
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