男子凍結 第四部

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六十四

夢乃 @iamdreamers

「あれからどうなの? 例の子を調べていたっていう不審なアクセスは」 会話が途切れたところで、ナエはその日夕食を共にしていたアイナに聞いた。夕食時には少し遅いが、それでも静かな和風レストランの店内は三分の一ほどの座席が埋まっている。 #twnovels

2016-10-17 21:54:48
夢乃 @iamdreamers

「それが、見つけた最初に数日あっただけでその後はなし。今は調べてた件が解決しちゃってアクセス権が元に戻ってるから、今もアクセスしてないかどうか確認するのは無理」 「アイナでも?」 「まぁね、やろうと思えはできなくはないけどね。非合法手段を使えば」 #twnovels

2016-10-17 21:55:25
夢乃 @iamdreamers

「流石にそれはまずいね。まさか、やってないでしょうね」 「やってたら、今も例のアクセスが続いているかどうか判らない、なんてことないわよ」 「だけど、捜査用のアクセス権で別のことを調べるのも、規約違反じゃないんだっけ?」 ナエの瞳が悪戯っぽく輝く。 #twnovels

2016-10-17 21:55:42
夢乃 @iamdreamers

「別のことを調べていたわけじゃないわよ。調査の網にたまたま引っかかっちゃっただけ。何の問題もないって」 アイナも同じ笑みをナエに返した。 「そういうことにしときましょっか」 二人は揃って、食後のアイスコーヒーを口に運んだ。 #twnovels

2016-10-17 21:56:03

夢乃 @iamdreamers

ミユキはその休日、寄那濱市の郊外に用意した別宅に来ていた。最近の休日は大抵、ここで過ごすようになっていた。この別宅は電子的にシールドし、ネットワークストレージから隔離してあるから、ここに用意したサーバストレージの情報を見るには、ここに来るしかない。 #twnovels

2016-10-17 21:56:35
夢乃 @iamdreamers

マユカの遺伝子情報と、これまでに三回行った診察で得た情報と、それに、研究所からこっそり持ち出した来州環シンイチ及び“唐津戸シンイチ”の遺伝子情報を、ここのサーバストレージに保存している。 (・・・完璧にするなら、榊多さんみたいに紙に手書きがいいんだけど) #twnovels

2016-10-17 21:56:55
夢乃 @iamdreamers

ここに来て専用の端末の前に落ち着くといつも頭に浮かぶことを、今日も思った。電子的にシールドしてあるとはいえ、完璧かと問われれば、ミユキにはそれは判らない。専門の業者に依頼しただけだから。だからといって、手書きする気にもなれない。 #twnovels

2016-10-17 21:57:10
夢乃 @iamdreamers

検査に使う機器から直接入力したデータを、わざわざ紙に書き写すなんて、自分にできるとも思えない。面倒で面倒で。カーテンを締めて薄暗くした部屋の中で、ミユキは一人、自嘲した。ここに来る途中で買ってきた緑茶のボトルの中身を一口流し込むと、改めて端末に目を向ける。 #twnovels

2016-10-17 21:57:31
夢乃 @iamdreamers

桐紫路アユナは正常に成長していた。通常の子供と何ら変わるところはない。尤も、今の時点でそう決めるのは早計というものだ。アユナが産まれてから、まだ一年も経っていないのだから。それでも、ミユキはアユナがこのまま普通の子供と同じように成長することを、確信していた。 #twnovels

2016-10-17 21:57:48
夢乃 @iamdreamers

クローンは、遺伝子、細胞の提供母体である男児と、遺伝子的にまったく同じ“人間”であるに過ぎない。しかし、人間とまったく同じ“人間”であるはずのクローンの寿命は、通常の男性の半分にも満たない。現在のヒト・クローンの研究は、その寿命を延ばす研究と言っていい。 #twnovels

2016-10-17 21:58:02
夢乃 @iamdreamers

(けれど、その問題は、実は二十年以上前に解決されていた。榊多さんの手によって) キリナの産み出したクローン、“唐津戸シンイチ”は、二十四年でその生涯を閉じた。けれど、ミユキが彼を検死して得た結果は、それは彼の寿命ではなかった、ということだ。 #twnovels

2016-10-17 21:58:20
夢乃 @iamdreamers

それは、一緒に検死を行なったユリエらの見解とも一致する。“唐津戸シンイチ”の死は、何の準備もなく長時間の冷凍睡眠を繰り返したことによる身体への負荷が原因である、と。つまり、キリナが男性の入れ替えなどを行なわなければ、彼は“人間”、人間の寿命まで生きたはずだ。 #twnovels

2016-10-17 21:58:36
夢乃 @iamdreamers

なぜなら、彼、“唐津戸シンイチ”は、人間の完全なクローン、完璧な人間の複製だったのだから。けれど、人間と同じ寿命まで生きたとしても、それだけでは“完璧な人間の複製”とはいえない。女性と交尾し、妊娠させ、その子が産まれ、そして成長しなければ。 #twnovels

2016-10-17 21:58:55
夢乃 @iamdreamers

ミユキは、アユナの成長を見守り、その身体を定期的に調べることで、キリナの産み出したクローンが「完全なクローン」であることを確認したかった。そして、それは、自分の“息子”が完全なクローンであることの確認の先取りでもあった。 #twnovels

2016-10-17 21:59:10
夢乃 @iamdreamers

産まれてから一年ほどになるミユキの息子、シンタは、キリナがミユキに遺したデータを元に、卵の生成過程をミユキなりに改善して産まれた。つまり、シンタも“唐津戸シンイチ”と同じ「完全なクローン」のはずだ。けれど、シンタは子供を遺すことは、おそらくない。 #twnovels

2016-10-17 21:59:40
夢乃 @iamdreamers

シンタは、研究所内で“タイプSクローン”と呼ばれているクローンの第一号だ。そして、研究所内で二十歳を越えて生きる、最初のクローンとなるはず。そんな、最初のクローンに子を遺すこと、いや、女性と交尾することすら許されるとは思えない。 #twnovels

2016-10-17 21:59:56
夢乃 @iamdreamers

それに、シンタが成人を迎える頃にはミユキも定年間近になっている。シンタが子供をもうけたとしても、その成長をミユキが見届けることは難しいだろう。 #twnovels

2016-10-17 22:00:10
夢乃 @iamdreamers

けれど、シンタと同じ「完全なクローン」は既にいる。いや、いた。そのデータ、成長過程の詳細な記録は、今、ミユキの手許に、ここだけにある。恐らく、キリナも手許には遺していないだろう。 そして、「完全なクローンの子供」がいる。 #twnovels

2016-10-17 22:00:34
夢乃 @iamdreamers

登能岡の育成施設に入った男児の検査をユリエから否定されたときには、もう“唐津戸シンイチ”の子供の情報を手に入れることは不可能だと諦めていた。それでも、マユカの所在を調べたのは、来州環シンイチに繋がる情報、すなわちマユカの遺伝子情報を入手するためだった。 #twnovels

2016-10-17 22:00:48
夢乃 @iamdreamers

しかし、“唐津戸シンイチ”は、もう一人の子供を遺していた。桐紫路アユナを。それを知ったとき、ミユキは狂喜した。マユカを上手く丸め込めば、一度は諦めた「完全なクローンの子供」を、その成長を、見守り、記録することができる。 #twnovels

2016-10-17 22:02:40
夢乃 @iamdreamers

そして、それは上手くいった。口下手で内向的な自分に他人を丸め込むことができるか不安だったが、それは杞憂に終わった。性交した相手の死が、マユカには余程のショックだったのだろう。それは最初に逢ったとき、それをミユキが口にしたときの相手の反応で判った。 #twnovels

2016-10-17 22:03:09
夢乃 @iamdreamers

シンタと、そしてアユナの成長を観察することで、自分の産んだクローンが完全かどうかを見守ることができる。半ば諦めていたというのに。薄暗い室内で、ミユキは心から感謝していた。この機会を与えてくれたキリナに、“シンイチ”に、マユカに、アユナに、そして、自分の強運に。 #twnovels

2016-10-17 22:04:15

第四部 完

第五部へつづく

まとめ 男子凍結 第五部 第四部から十三~十四年ほどが経ちました。 3406 pv 15

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