セイバー提督と神通さん【第２話】

深海さかな @dzurablk_kai

その日はとてもよい気候だった 初夏の澄んだ空気は微かな振動を伝えながら、冷えた層流となって熱い日差しを適度に遮る 空のそこかしこに漂う雲は時おり太陽に追い付き追い越しながら、そんな心地よい気温に微かなレパートリーを与えていた #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

青森県陸奥半島上空 空と海と大地の境目、大気の織り成す海の中程に、それはいた 重厚な機械に身を包まなければこの空を飛べない人間の目では、決して捉えられないであろう七色の光 空の潮に逆らいながら、必死に羽を震わす小さなカナブン #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

ヘリの側面から今まさに降下せんとせり出されたセイバーの頭部、液体窒素の体液巡る眠らない瞳はそんな健気な昆虫の姿を、じっと見つめていた 数十トンの鉄の塊と、ほんの数グラムの節足動物 何の繋がりもない、対照的な存在 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

だがそんなカナブンの姿から、セイバーは眼差しを離さない 否、離せない 自分でもふと不思議に思い、その理由を省みること数秒 彼はそれが『共感』によるものだと思い至った #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

堅い甲殻に覆われた身体と、陽光に輝くダークトーンなメタリック だが何より印象的なのはとてもじゃないが飛べそうもないこの広大な空の中で、必死に流れに逆らいながら足掻き続けるその姿だ それは彼にとって、とても身に覚えのあるものだったのだ #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

広大な大気の海、天文学的確率で巡りあった小さなカナブン そんな相手にシンパシーを覚えることなど、ただの人間は一生得難い経験だろう だが彼には前にも一度、そんな経験をしている 戦場で命を救いあった伴侶との出逢いだ #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

つまるところ奇跡というものは一度起きてしまえば、いとも簡単にその後の運命などねじ曲げてしまう類いのものらしい そんな思索から我に帰ると、カナブンは視界のどこにもいなくなっていた #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

『なあ神通』 「はい？」 どこか緊張を孕んだ、恋人の声 『カフカの変身って、読んだことあるか？』 「ええ、まあ・・・」 『俺はないんだ』 「なら、今度一緒に読みますか？」 神通の声に柔らかな笑みが混じる 『・・・そうだな』 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

彼は答えた 『この作戦が終わったら、聞かせてくれるか？ 神通の声で』 「喜んで」 その直後、機体が激しい衝撃と共にヘリから切り離され降下を始めた 『システム、戦闘モード 起動する』 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

震える足と早鐘をうつ心臓 辺りで響く怒号と爆発音 吹雪はそんなコンクリートジャングルの中で、必死に駆けていた 前方に見える割れた鉄筋コンクリートの柱へと身を隠すために あと少しで物陰に入れる、そう安堵して足元を見やった一瞬、何か光るものが視界をよぎる #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

軍靴で遮られるまでの束の間の光景を脳裏で反芻すること数回、吹雪はそれがカナブンらしかったことに思い至る もしかしたら踏んでしまったかもしれない 悪いことをした だが、いつもならそう考えるだろう彼女も、今はそんな後悔に耽っている場合ではなかった #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

なぜなら 息を切らした吹雪のすぐ側で、コンクリートが砕け鉄筋が悲鳴を上げるけたたましい音 顔を上げた吹雪が見たものは、丸みを帯びた濃緑色の機体が放つ、細く真っ赤に輝いた相貌だった #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

ケーファーの構えたPNC ランサーが、吹雪の目の前で火を吹いた 発射の衝撃に吹き飛び身体を強かに打ち付ける吹雪の視界の端で、次々と誘爆していく友軍のヘリやトラック 「この、化け物・・・」 意識を失う直前、ケーファーの瞳はそんな吹雪に笑みを返した気がした #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

『ランディングまで、15秒』 神谷の声がコックピットに響く 『敵機は機動性に優れた重量級機体 曲面装甲が厄介だ、近接で片をつけろ』 「了解」 風圧でがたがたと揺れる上、身動ぎすらできない狭い機内では神通は歯を食い縛りながらそう答えるので精一杯だった #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

『ランディング・・・ナウ！！ 光学迷彩解除！！』 ブースターの逆噴射が終わり身体中を縛り付けていたGが消えると同時に、戦闘モードが立ち上がりオンラインになったカメラ画像が目の前のディスプレイに繰り広げられる もうもうと巻き上がる土煙と、 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

付近のビルから降り注ぐコンクリート片 『神通、来るぞ！！』 視界が晴れる以前にセイバーのメインカメラは、敵機を発見しディスプレイに赤いコンテナを浮かび上がらせていた すかさず左へ機体を駆る神通 弾かれたように飛び退くセイバーのすぐ横を、 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

蒼く光る極太のビームが掠めた 『敵の位置は知れた ACを起動』 アサルトチャージャー・ディスタンスが起動すると同時に、セイバーのブースターから吐き出される炎が暖色から寒色へと変わる 噴煙の中で細められるノズルと、還元炎 『突っ込め！！』 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

神通がフットペダルを踏み込むと同時に、セイバーは敵に向かって一気に加速した シートに身体の押し付けられる感覚 『敵が武装を持ち替えたぞ』 耳に届く独特のチャージ音から時を置かずして、恐ろしいまでの発射速度で撃ち出された無数のライフル弾が襲いかかってくる #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

VFTマシンカノン コンデンサへのチャージから解き放たれた電流でガトリング銃身を駆動する、そのあらゆる武装を凌駕する恐ろしいまでの発射速度と瞬間火力にはしかし、弱点がひとつあった 『敵の弾は随分バラけている 今のままなら行けるぞ』 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

「ですが、このダメージではもう・・・！！」 その瞬間、敵機からの弾幕が突如止んだ 『大丈夫、オーバーヒートだ』 神谷の声に呼応するように、神通のセイバーが更に加速した 『ジリオスに持ち替える！！』 だが、神通が武器変更しようとした時だった #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

凄まじい衝撃が、セイバーを襲った ぶれるディスプレイの中に必死に目を凝らす神通が見たのは、甲虫のような丸みを帯びた機体の構えた、ショットガンだった 『ハウルか、糞！！ まずい、あの散弾が頭部パーツに当たったらおしまいだ！！』 #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

ブラストランナーはその機体制御の大半を、頭部のコンピューターで担っている そのため頭部への攻撃では特に機体に及ぼす影響が大きく、最悪バランスを失った機体がわずかな反動で吹き飛ばされることも有りうるのだ だが神谷の珍しく焦った声を尻目に神通は #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

「・・・いえ、このまま行きます」　 その有り余る突貫力から直進しかできないディスタンスを咄嗟に切ると、第２撃が襲い来る前に再度機体を左へ飛び退かせた 右方ディスプレイ端、機体1つ分ほどしかない所で、腰を屈めるドイツ製機体、ケーファー #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

『Nelisが来るぞ！！』 だが、敵の背面から伸びた二本のアームの先で、扇風機のような反射板が群青に輝きながら回転を始めるのを見逃す神通ではなかった すかさずアサルトチャージャーを起動、と同時にジリオスを構えた右腕部を振りかざし機体を一気に回転させる #私の彼はブラストランナー

深海さかな @dzurablk_kai

セイバーが過ぎ去った後には切り落とされたNelisのアームとケーファーの右腕部だけが残され、バランスを失ったケーファーはジリオスの反動から後方へ一気に吹き飛ばされた 廃ビルに突っ込むケーファーを追って、土煙の中へ突っ込むセイバー #私の彼はブラストランナー