ケンペイ天狗「ヒア・マイ・ネーム、フレンド。ワレアオバ」

アナ・イゴール @KNPITNG

「プハァッ！ハァーッ……！」伊８の戦闘能力が失われたのを見届けると青葉は大きく息を吐き出した。菊月もまた同様に腰が抜けたように座り込む。「当たってよかった、半分勘だった……」２０

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「勘弁して下さいよ……」青葉は苦笑いしながら菊月の頭を撫でる。ともあれ、これで後は真実をIRCニュース網を使って全国配信してやるだけだ。だがその前に伊８から武器を取り上げる必要があるか。青葉は伊８の方へと目線を上げ、「……！」表情を歪めた。２１

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そこにいたのは膝を震わせながら立ち上がる血塗れの伊８の姿。ひび割れた眼鏡の奥からはエメラルドの瞳が青葉をにらみ、その右手には１４ｃｍ連装主砲が握られている。「カラテが残ってる限り、抵抗するよ……」僅かなセンコウ・ジツの粒子が揺らめき、身体の輪郭を闇に滲ませる。２２

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「なるほど」青葉は砲を伊８の頭部に向けると、決断的に言った。「確認します。避難民船『タイヘン・ヤサシイ』を沈めたのは貴方。そしてそれはマギノ少将の指示ですね？」「……richtige Antwort. 大正解」伊８は意外にも素直に答える。だが、目から闘志は消えていない。２３

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「ま、まだやるのか！」立ち上がろうとした菊月を青葉は手で制した。「……伊８＝サン、何故そこまでして戦おうとするんです？民間船の撃沈なんて任務まで背負わされて」「決まってるでしょ？負けたら、伊８は見捨てられちゃうから」「見捨て……？」２４

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「民間船撃沈とか、酷いことをいっぱいしたからこそだよ……もし提督に見捨てられたら、はっちゃんはどうなっちゃうの？秘密が破れちゃうよ……」伊８の目は心底怯えていた。その目尻には涙すら浮かんでいる。２５

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「秘密」「提督は言ってくれたの……、『俺についてくる限り、私が何をやったとしても全部秘密にしてくれる』って。過去も！記憶も！真実なんて全部握り潰してくれるって！それがどんなに救いか貴方にだって分かるでしょう！あの商船の事件、覚えてないとは言わせない！」「！」２６

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青葉は喉までこみ上げた吐き気を押さえつけた。それは旧世界の出来事、艦娘である以上少なからずある忌まわしい記憶の傷だ。青葉は悟った。マギノ少将はあえて伊８の記憶傷を抉り、罪悪感と恐怖で伊８を支配しているのだ。それどころかこの世界でも旧世界と同じ真似をさせて――――BEEP.　２７

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BEEP……BEEP……BEEP……。その時、伊８のIRC端末不気味に鳴動した。「提督……？」画面が示す相手はマギノ少将。伊８は恐る恐るそれを取った。「提督？ごめんなさい！はっちゃん、負けちゃって……！」伊８は涙声で端末に呼びかける。端末は一瞬のラグの後に、返答を運んだ。２８

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『伊８＝サン、君は私の預かり知らぬところで勝手に避難民船を撃沈したらしいな？非常に失望させられたよ。私の管理不行き届きとも言えるが…』「……え？」伊８の目から光が消える。『先日のタイヘン・ヤサシイの撃沈、犯人はキミだと分かった』……ナムサン、露骨なトカゲの尻尾切りである。２９

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『海軍調査委が判断を下した。君が暴走し、”個人の判断で私とは無関係に”避難民船を沈めたとね。それが真実だ。無論私にも罰がある。罰金刑だ』伊８を明確に切り捨てたその声はどこまでも冷たく、嗜虐の悦びすら混じっている。「提……督……？」伊８が端末が端末を取り落とし、膝を床についた。３０

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フロアを沈黙が支配し、ただ『真実』を楽しげに語るマギノの声のみが響く。『そうだ！君の暴走の原因をイワミ提督が作ったことにしよう！だから菊月＝サンが証拠を隠滅するために、航跡記録を勝手に削除したというわけだ』全てを嘲笑う。「こいつは何を言っているんだ……？」菊月が声を震わせる。３１

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青葉は端末を拾い上げた。「ドーモ、マギノ＝サン。青葉です。妄想語りをお楽しみ中に悪いですが貴方の負けです。真実は全てネットの海に放流させて頂きますよ」「ドーモ、青葉＝サン。マギノです。クロマロから報告は受けている。君のお陰で大損だよ」マギノはチェスの感想戦を楽しむかのようだ。３２

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「大損？どうやら事態を把握できてないようですね。これから貴方は世紀の大犯罪人になるんですよ。提督でありながら民間人を大量殺戮した狂人め」『事態を把握できてないのは君の方だ、アオバ＝サン』「な……？」３３

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青葉は眉根を寄せる。今、マギノは避難民船撃沈の決定的証拠を握られ、口封じに派遣した伊８すら倒され、まさに自身の悪事が白昼に晒される直前。にも関わらずマギノの自信に満ち溢れた声はどういうことか？３４

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ブツン。その時、ビルの電気が元に戻り、館内放送でラジオがなりだした。『――ネオヨコスカニュース、臨時放送です。先日のタイヘン・ヤサシイ撃沈事故において、調査委は犯人を元海軍の逃亡艦娘、伊８と発表しました』これは！その場の全員が目を見開く。３５

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「これは……どういうことですか」青葉は震える声でIRCに問うた。『ククク、フフフ……。我々はマスメディアを握っている。ホントウ・モダン社が君達を犯罪者と書き立てる。ラジオはそれに従う。』マギノは全てを嘲笑った。『昔々から我々海軍がやっていたことさ。君達の真実などデマ扱いだ』３６

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『――暴走した伊８の動機は当時タイヘン・ヤサシイの護衛を担当していたイワミ提督との交際関係のもつれに原因があるとのことです。更に現在逃走中の伊８とその仲間はネオヨコスカにて立て篭もり中との未確認情報も――』「な！」『クク、クフフ……！』IRCからは笑いを堪えきれぬマギノの声！３８

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『昔から陰気なところがあっていつかやると思ってました』『逃亡艦娘は怖いですね、もっと艦娘を厳しく躾けて欲しい』『悪いのは犯人個人であって海軍は悪くない。俺は詳しいからワカル』ラジオはすでに街をゆく人々へのインタビューを流し出していた。偏見の雪が降り積もり世論が固められていく。３９

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『青葉＝サンは元記者だったね？真実は作れるんだよ』黙りこくった青葉に対し、マギノは心底愉快そうに宣告した。『とはいえそのMOだけは不愉快なのでね。元真実にはご退場願おう」その瞬間。「「「「ザッッケンナイキュー！！！」」」」ビルの外から空気を震わせる無数の深海スラングが響いた！４０

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続いて響いたのはビル全体を揺るがす大量の足音。「これは！」菊月が震える。鋭敏な艦娘聴力がビルへ突入した大量のクローンイ級を捉えたのだ。その数は少なく見積もって80以上！サツバツ！まるでブルドーザーのごとき無慈悲な事件処理！事件関係者を鏖殺し一片の真実の欠片すら残さぬ構えだ！　４１

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『クッハハハハハハ！とはいえこれだけのクローンイ級を用意したら実際赤字だ！その分楽しませてくれよ！ほうら、もう来るぞ！』マギノの声に青葉は反射的にエレベータを見る。二台あるエレベータが両方共に最上階へ向け急速上昇を開始している！当然、クローンイ級を満載していよう！　４２

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「マギノ少将でしたっけ？」上昇していくエレベータの表示を見ながら青葉はIRC端末に話しかけた。『そうだが？命乞いかね。よほどブザマにしてくれれば考えないでも――』「ワレアオバ。青葉が書いた真実がいつか絶対にお前を地獄に送ります。絶対にだ！」KRATOOM！IRCを砲撃破壊！４３

アナ・イゴール @KNPITNG

「ハァーッ！ハァーッ！」青葉はまるでゴミ溜めから顔を出したかの如く荒く息をついた。空色の目には激しい怒りが煮え滾る。民衆を踏み躙り、部下を裏切り、真実を握り潰す。壊れたIRCの向こうで嘲笑っているであろう男は青葉の全てを否定していた。それなのに青葉には敵の元へ届く弾丸が無い。４４

アナ・イゴール @KNPITNG

「あ、青葉＝サン……」菊月が沈痛な面持ちで青葉を見上げる。「なんですかその自分のせいだ、と言わんばかりの顔は」「だ、だって」食い下がる菊月の頭を青葉はゆっくりと撫でた。「むしろ礼を言いますよ。青葉は記者人生の最後に相応しい事件を見つけられました。必ずイワミ司令を助けましょう」４５