ケンペイ天狗「ヒア・マイ・ネーム、フレンド。ワレアオバ」

アナ・イゴール @KNPITNG

ネオン金魚が泳ぐ水槽だけがボンヤリとした灯りを放つ暗い部屋。一人の男が安楽椅子に座り、オーガニック・コニャックの杯を傾けている。BEEP……BEEP……BEEP……着信。『ドーモ、マギノ＝少将。大変お世話になっております』「ドーモ、大変お世話になっております」１ #ケンペイ天狗

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「……なに？労働者の受け入れ枠がなくなった？」『ハイ、カワサキ地区での工場建設がナシに。ドイツ株の影響で』何重にもロックされた秘匿電子空間の深海で二人の男の声が行き交う。『だから難民を送られても困るんです』「突然な話ですねカワガサキ社＝サン」『申し訳ありません』２　#ケンペイ天狗

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「そう言っても既に避難民船は出発していますよ？300人。そちらがタダで使える労働者が欲しいと言ったから許可を出したんだ。豪州はもう死地だ、今更送り返すわけにもいかない」『お手数をおかけします。ほんのお詫びですが……』キャバァーン！莫大な額の銀行振込を表す電子音。３　#ケンペイ天狗

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「……。まあ、いいでしょう。こちらで適当に処理しておきますよ」少将と呼ばれた男の声が１オクターブ上がる。『ありがとうございます』「まあ、お互い助け合い、義理人情ですから」『助かります、ハリマ元帥にもよろしくお伝え下さい。ユウジョウ！』「ハイ、ユウジョウ」４　#ケンペイ天狗

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２１０２年 １２月１４日。ネオヨコスカに衝撃的な悲報が届いた。南洋諸島・オリョール海域にて、オーストラリアからネオヨコスカへの避難民船「タイヘン・ヤサシイ」が深海棲艦の潜水艦による雷撃で轟沈したのだ。冬の海での救助活動は困難を極め、生存者は１２名と僅かであった。６　#ケンペイ天狗

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制海権を握っていたはずのオリョール海での悲劇は帝国海軍にとって小さくない不祥事となった。だが海軍の対応は迅速であった。全責任は護衛担当であるイワミ提督の手抜きにあったと結論し、ケジメを行わせたのだ。全国放送された公開ケジメショーは視聴率37％を記録した。７　#ケンペイ天狗

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「モハヤコレマデー！」ナムサン！宙へ舞う小指！マルノウチストリートに面した巨大ビル壁モニタでは今日もケジメショーの再放送が映され、国民たちに海軍の真摯な反省姿勢を印象付けている。「グワーッ！」痛みにのたうつイワミ提督の苦悶の呻きが重金属酸性雨と共に街に降る。８　#ケンペイ天狗

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この事件に裏に恐るべき真実の隠蔽があることを雨の下の野次馬達は知る由もない。だがそれも当然だ、知らせようとする者がいないのだから。戦争により人倫が疲弊したこのマッポーの世において、誰も不都合な真実には興味など無いのだ。……ただ、ごく少数の変わり者達を除けば。９　#ケンペイ天狗

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【ヒアー・マイ・ネーム、フレンド。ワレアオバ #1 】　#ケンペイ天狗

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アウトサイダーの街、ネオアキハバラ。ピンク色のネオン看板がひしめく猥雑な一角に、まるでそこだけ停電を起こしたような青黒の店構えのバーがある。小さな電灯に照らされた看板掛け軸には伝統ある店名ショドーと共に、クリスマスを意識した小さな赤いリボンがついている。１０　#ケンペイ天狗

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ややガタツキが来ている黒い木製扉を開けると中は存外広く、カウンターの他に４つのテーブル席がある。薄暗い店内でグラスを傾けるのはサラリマン、仕事帰りのオイラン、タトゥーを入れたヨタモノと多様だ。メヌキ・ギンザのような長い伝統と高い敷居はここにはない。１１　#ケンペイ天狗

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クリスマスイヴのその日、カウンターの右端には薄紫色の髪を後ろにまとめた少女が座っていた。セーラー服めいたリボンをコートの襟元から覗かせ、大きなUNIXを詰めたように角ばった革製のリュックを背負った彼女は、琥珀色のウィスキーグラスを乱暴に掴むと一息に飲み干す。１２　#ケンペイ天狗

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ポニーテールの少女は常連らしく、何も言わずともマスターが次のグラスを置いた。少女は眉間に不機嫌な皺を寄せたままグラスをしばらく睨んだかと思うと、また一息に飲み干す。前後行為勧誘の機会を伺っていたヨタモノは小さく感嘆の口笛を吹くと諦めてソファに腰を戻した。１３　#ケンペイ天狗

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「青葉＝サン、飲み過ぎですよ」「ほっといてください」青葉と呼ばれた少女はマスターの忠告をすげなく退けると再び目の前に置かれたグラスをあおった。空のグラスがカウンターで音を立てる。しばらく黙っているが次のグラスは出てこない。「マスター、もう一杯」「アイ、アイ」１４　#ケンペイ天狗

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「随分荒れてますねえ」「クビになったんです」青葉の返答にマスターは氷を削る手を止めた。「艦娘を？」「いや、戦闘報道記者を」青葉はポケットから鉛筆を取り出し右手で弄ぶ。「戦闘報道……ああ、海軍新聞の。お気の毒に」「気の毒と思ってないでしょう？」「お気の毒に」１５　#ケンペイ天狗

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「青葉は写実主義なんです。上が好むプロパガンダじゃなくて」青葉は再びウィスキーをあおると酒臭い溜息を吐き出した。「『オリョール海での過酷な労働実態』いい記事だったでしょ？」「お気の毒に」「戦闘報道記者は戦場の真実を伝えなきゃいけないんですよ！」「お気の毒に」１６　#ケンペイ天狗

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ここで戦闘報道記者とはなにか読者の方にお話しておかねばなるまい。戦闘報道記者とは海軍が戦況広報やプロパガンダのため発行、広く国民に配布している海軍新聞「超真実」の執筆を務める記者達のことである。戦場で記事を書く性質上、多くの場合は艦娘が戦闘員と兼務している。１７　#ケンペイ天狗

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鎮守府ではラブレターの代筆をやっていたほど噂と文筆が好きな青葉にとって、戦闘報道員は天職だった。しかし、一週間前から状況が変わった。暗黒軍閥グンレイ・アクシズの意向による方針変更により、海軍新聞は民間会社に委託化、青葉達艦娘記者はお役御免となってしまったのだ。１８　#ケンペイ天狗

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しかも民間委託は大成功で青葉が記者に復帰できる見込みも無い。委託先のホントウ・モダン社のクロマロ支社長は「取材はしない」「カネ・暴力・セックス」という画期的編集方針と、毎朝一面にナカチャン・カワイイのセミヌードを置く冒険的手法で一夜で発行部数を倍増させたのだ！１９　#ケンペイ天狗

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「真実を……。グンレイめ……」青葉はカウンターに身を預けたままグラスを傾けた。手先が震え、口内へ滑り込めなかった液体が青葉の唇を濡らし、カウンターにこぼれ落ちた。「かつてはソロモンの狼と言われた青葉も、もう負け犬、いや負け狼ですよお、古鷹になんて言えば……」２０　#ケンペイ天狗

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「今日はクリスマスイヴだってのに独りで……」旧友のことを思い出すと孤独が身にしみる。青葉は机に突っ伏したまま空になったグラスを横から睨んだ。「……マスター、もう一杯」「青葉＝サン、もうダメです」「お願いします、次が実際最後で―――」「ンアーッ！」―――悲鳴？　２１　#ケンペイ天狗

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瞬時、青葉は空色の目に兵士の貌を宿らせ、入り口を見やり立ち上がった。一瞬後、KRAASH！まだ年端もいかぬ少女が扉を弾き飛ばすように飛び込んできたかと思うとテーブルを巻き込みながら床に倒れこむ！「アイエエエ！」突然目の前の机が吹き飛んだオイランが悲鳴をあげる！２２　#ケンペイ天狗

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「ザッケンナイキュー！」店の外からは恐るべきスラング！剣呑アトモスフィアにマスターがマッポ通報ボタンを押した。無反応。「あれ？」電話線が切られたか？「うっ、く……」一方で少女は小さく呻きながら、這いずるようにして青葉の足元、倒れたテーブルの影に隠れようとする。２３　#ケンペイ天狗

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（ヤクザ？こんな場末のバーに？お目当ては…）青葉は酔った頭を鞭打ちながら注意深く少女を見た。プラチナブロンドの髪に隠れていたが、肩から出血している。「（艦娘？……銃創！）」青葉は足でテーブルの角度を操作し、少女の姿を隠す。２４　#ケンペイ天狗