ケンペイ天狗「ヒア・マイ・ネーム、フレンド。ワレアオバ」
「え……」青葉は呆然と眼前の光景を見た。まだアノヨではない。しかしナムアミダブツ。自分の代わりにこれほどの集中砲火を受けた男は……。だが現実は更に青葉の想像を上回った。天狗オメーンの男は平然と腕を払うと、両手を合わせイ級達へとアイサツしたのだ!「ドーモ……ケンペイ天狗です」
2016-07-10 21:54:45そう、この男こそケンペイ天狗。オメーンでも隠しきれぬ憎悪に煮えたぎった瞳。擦り切れ血に染まった第二種軍装。大本営に逆らい全ての艦娘を失った提督が深海棲艦として蘇った狂気の復讐者!難民船撃沈事件にブラック提督の影を感じた彼は、その黒幕を殺害すべく独自に捜査を進めていたのだ! 19
2016-07-10 21:57:02「木偶人形ばかりよくも揃えたものだ。貴様らの主は余程人形遊びが好きと見える」死神はゆっくりと頭を上げる。「イ、イキュ……」その構図、数にして1対80。だが死神から迸る憤怒と憎悪にイ級達は気圧され後ずさった。死神は無慈悲にジュージツの構えをとる。「ブラック提督、殺すべし」 20
2016-07-10 21:59:49死の竜巻がフロアの中央で巻き起こった!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」死神がチョップでイ級の首を切断する!ケリ・キックで胴体を粉砕する!掌打で背骨をへし折る!殺す!殺す!殺す!殺す!そして次の敵集団へ跳び渡り、「イヤーッ!」右拳で殺す!左拳で殺す!頭突きで殺す! 21
2016-07-10 22:01:48黒い深海バイオ血液がフロアにスコールの如く乱れ舞う!その中で一際赤く死神の眼が輝く!「「「イキューッ!」」」KBAMKBAMKBAMKBAM!砲弾の雨を三連続側転で回避し、一切スピードを殺すこと無く次の敵へ飛び掛かる!「イヤーッ!」「アバーッ!」チョップで正中線両断殺! 22
2016-07-10 22:04:03なんたるワザマエ!この力は一体どこから出てくるというのか!答えはカラテ、カラテである!「多摩!」ケンペイ天狗は彼のカラテの源泉たる魂内の艦霊に呼びかけ、同調を高める。赤黒い深海艤装が両腕を堅く覆った!「イヤーッ!」「「「「アバーッ!」」」」6inch連装速射砲で4人同時殺! 23
2016-07-10 22:06:22「「「「「「「ザッケンナイキュー!」」」」」」だがその時エレベータの扉が開き20体近いクローンイ級が追加!しかしこれを逃す死神ではない。その中央に飛び込み、大鎌めいた一回転ハイキックを放つ!「「「「「「「イキュアバーッ!」」」」」」16人同時頭部切断!円状に血の噴水が咲く! 24
2016-07-10 22:08:42「イヤーッ!」そして見よ!ケンペイ天狗はイ級の頭部を踏み台に高く跳ぶと、空中で右腕めいてイ級達へ向けた!「霧島!」その右手に赤黒い血管が集まり、戦艦めいた主砲を成す!16インチ砲を!「何度でも!水底に!沈んでいけ!」KRATOOOM!「「「「「グワーッ!」」」」」サツバツ! 25
2016-07-10 22:11:05死の濁流がイ級達を飲み込んでいく。「す、すごい……」青葉は自身が死の淵にあることも忘れカメラのシャッターを切った。果たしてこの死神の目的は何か?「ケンペイ天狗=サン……?」「オヌシを助けに来たわけではない」死神はイ級の背骨を踏みつけ砕き、別のイ級の頭部を撃ち抜きながら応えた 26
2016-07-10 22:13:21「な」出鼻をくじかれた青葉が口ごもる。その僅かに気を抜いた瞬間、青葉の背後から一体のクローンイ級が飛び掛かった!「イキューッ!」「なっ……!」だが、ケンペイ天狗の6inch砲がその上半身を吹き飛ばす!「イキュアバーッ!」 27
2016-07-10 22:15:56「今ので最後だ」「た、助かりました……」崩れ落ちたイ級を前に青葉は息をつく。そして顔を上げ息を呑んだ。自身を見下ろす死神の背後にはツキジめいた死屍累々が広がっている。眼前の死神はこの短時間で80近いクローンイ級を殺し尽くしたのだ……! 28
2016-07-10 22:18:21オメーン越しの赤い瞳が青葉を貫く。「一つ確かめたいことがある。マギノ少将、奴が先日の避難民船撃沈事件の主犯。間違いないな」「はい」青葉は頷き、死神を見上げた。「奴をどうするつもりですか?」「殺す」赤い瞳が凝縮し、青葉を畏怖させる。 29
2016-07-10 22:20:28青葉は絶句した。少将ともなれば周囲を固める艦娘の練度は並ではない、殺すなどまるで狂人の言葉だ。だがなるほど、この死神ならばやってのけるだろう。……しかし。「その殺し、少し待ってもらえませんか?」青葉は意を決して言った。「なに?」死神の殺気が膨れ上がる。 30
2016-07-10 22:23:01青葉は恐怖を噛み潰した。「奴に無実の罪を着せられた提督がいます。それを助けようとした艦娘がいます。この事件の真実を世間に広めて彼女達を助けなきゃいけない。今マギノに死なれたら真実がうやむやになる」よろめく足を支え、立ち上がる。「それが青葉の記者として最後の仕事なんですよ。」 31
2016-07-10 22:25:23「……」死神は黙したまま青葉を見つめる。そして懐に手を入れ、巨大なリヴォルヴァーを取り出し青葉へと向けた。背筋に冷たいものが走る。「……!」声を上げる間も無く引き金が引かれる!BLAMN! 32
2016-07-10 22:27:40「グワーッ!」悲鳴は青葉の真後ろで上がった。青葉は恐る恐る目を開け振り返る。そこにいたのは芋虫のようにのたうつ…「クロマロ!」クロマロ・バンバギ!ホントウ・モダン社の支社長である!「アバッ、マギノ=サン!タスケテーッ!アバーッ!」彼は隠れ、逐一戦況をマギノに報告していたのだ!33
2016-07-10 22:29:50「青葉=サン、承知した」ケンペイ天狗はクロマロの頭を踏み潰しながら振り返った。「真実、か」感傷めいた言葉。真実。闇から闇へ生きる彼にとりこれほど無意味な言葉は無いだろう。だが死神の声には自身と違う戦場に対する敬意があった。「情報操作が得意な相棒がいる。力を貸してくれるだろう」34
2016-07-10 22:33:075分後、オフィスルーム。「青葉=サン!無事か!」「あいたたた、菊月=サン。大丈夫ですよ」抱きつかんばかりの菊月を受け止めながら、青葉はUNIXの前に座っていた。「準備はええか?」隣に立つのは赤いコートを着たサイバネアイの軽空母。首筋の生体LAN端子でUNIXに直結している。 36
2016-07-10 22:37:06「ええ、まあ……」青葉はヘッドセットを付けつつそれに答えた。「ええか?電波ジャックできんのはだいたい2分や」オフィスルームには相変わらず猥雑なラジオが流れ続けている。「このけったいなラジオを一時的に借りるんや。聞いてる人が一番多いからな」龍驤と名乗った艦娘はニヤリと笑う。 37
2016-07-10 22:39:09ラジオのハイジャック。それが難民船撃沈の真実を暴露するにあたっての、龍驤の提案だった。ラジオは速報性が高くリスナーの数も多い。ネオヨコスカラジオ放送局のセキュリティは堅いが、ホントウ・モダン社の記者IDと龍驤の生体LAN端子を併せれば破ることが可能だ。「さ、ガツンといこうや」38
2016-07-10 22:41:52「青葉は記事を書くのが専門なんですけどねえ……ま、口述筆記と思えばなんとか」青葉はやや困惑しながらマイクの感度をテストする。「あ、そういえばケンペイ天狗=サンは?」「照れ臭いのかどっか行ってもうた」 39
2016-07-10 22:45:07「じゃあ折角や、1分後、日付が変わる瞬間からスタートするで。メリー・クリスマスってな」龍驤が古びた懐中時計を青葉に渡す。青葉はそれを机の上に置くと、時計の秒針を見つめた。時計の針が一秒進むごとに、彼女の記者としての最後の仕事が近づいてくる。 40
2016-07-10 22:46:09戦闘報道記者をクビになって、こんな事件を引き起こした青葉はもう新聞記者に戻ることはできないだろう。勿論、後悔が無いわけではない。だが、恐らくこれがベストな形なのだと思った。「青葉=サン、大丈夫だぞ」菊月が手を握ってくる。その隣で伊8が頷く。思わず青葉は笑った。 41
2016-07-10 22:48:28そして秒針がゼロを指し示す。「メリー・クリスマス。ワレアオバ。本日はどうしても皆様にお伝えしなければならないことがあります。大切な真実です……」青葉は淀みなく喋り出す。この放送をネオヨコスカのどこかで古鷹が聞いていれば嬉しい。青葉は小さく、そう願った。 42
2016-07-10 22:50:47