_歩み寄る男がカウンターの前で立ち止まる。しばらく男は無言でメイを見つめていた。商品を見るというよりは、恐ろしい目つきでメイを品定めしているようだった。 メイは笑顔のまま首をかしげる。 「ご注文はございますか?」 愛想良く彼女は男に語りかけた。 11
2016-08-28 19:41:49_恐ろしい客、不躾な客、無礼な客。そういう客もいる。そういう客にも笑顔で答え、営業を妨害するようなら厳しく接していた。 現れた男はまだどういう客か分からない。ただの人見知りかもしれない。沈黙は続く。男の目の奥、虹が砕けるように光る。やがて男が動いた。 12
2016-08-28 19:48:21_男はメニューを指さす。白きのこの特製ソース煮込みだ。 「あら、これかしら。まいど~」 男は頷く。少しシャイなのかもしれない。悪意があったとしても、今この瞬間彼は注文をしただけの客だ。そう思えたらメイの緊張もほぐれた。紙製の小鍋に味のしみたきのこをいれ、封をする。 13
2016-08-28 19:54:56_カウンターに戻ると、男はすでに代金を置いていた。 「どうぞ」 笑顔で差し出すメイ。男は小鍋を受け取り、フードの奥で優しく微笑む。それだけで心が通じ合ったような気持ちだ。 「えへ、またいらっしゃってくださいね」 メイはそう言って代金を手に取る。 14
2016-08-28 19:58:15「最近魔法使いがよく出ますから、暗い帰り道気を付けて。生贄になっちゃったら、悲しいです」 再びにこりと微笑むメイ。そのとき、再び列車が通った。騒音が場を埋め尽くす。店はきしみ、ガス灯が揺れ影が躍った。男の目が虹色に光る。 (またこの目だ……) 15
2016-08-28 20:02:42_ひょっとしてこの男が魔法使いだったら……メイは悪寒がした。男は何かを話そうとして口を開き、動きを止め、そして何も語らぬまま店を出ていく。メイは時計を見る。21時だ。 (魔法使いだとしても、今はただの客だ) そうして彼女は店を閉めた。それが彼との初めての出会いだった。 16
2016-08-28 20:07:21_彼は一週間に一度のペースで閉店間際にやってきた。話すことはほとんどなく、いつも白きのこの特製ソース煮込みを注文した。 少々不気味だったが、常連客であることには変わりない。メイはそのたび愛想よく接した。 (笑顔、笑顔よ……でも気になるわ~) 17
2016-08-28 20:12:36_メイの興味は日増しにつのる。どんな生活をして、どんな夢を見て、誰と話すのだろう。思いが漏れないように苦心した。客と店員の垣根を越えるのが怖かった。そして彼も同じであろう。 実際彼はいい客だった。何も話さない。用事を済ませたら、すぐに帰ってしまう。 18
2016-08-28 20:17:21_2ヶ月が経っただろうか? いつものように彼は閉店間際にやってきた。 「あら、いらっしゃい。いつものかな?」 しかし、その日は様子が違う。彼は戸口に立ったまま一歩も動かない。こんなことは初めてだ。 (怒らせちゃったかな……何かしたかな) 19
2016-08-28 20:21:49【用語解説】 【白きのこ】 人類帝国が市民の主食として開発したキノコ。豆乳パンに似た味がする。形はエリンギに似ているものが一般的だが、様々な亜種が存在する。砂を固め養分を染み込ませた菌床から生え、3日で成熟する。地球のキノコと違い、炭水化物が非常に多く含まれている
2016-08-28 20:34:26