ヴェリー・クローズ、インフィニトリィ・ディスタント・シー

深海棲艦と人類、彼らの棲む海は極めて近く、そして限りなく遠い
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「センセイ?」電の変化を見、平賀は首を傾げた。「お疲れですか?」「そうかもしれないですね…」電は立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。「ちょっと外の空気を吸ってくるのです」「お大事に」平賀は慈しみを以て頭を下げた。電はそれを見ずに、指令室から退室した。 24

2016-09-02 23:25:02
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

電はすれ違う作業者や艦娘たちの視線を意に介さず、ふらふらと基地の外へと歩みを進めた。やがて彼女は波止場まで辿り着くと、縁に腰かけ、重い溜息を吐いた。「はぁ…」そして彼女は海を見た。陽が中天へと至らんと、じりじりと昇り始めている。「結局、あの人も同じですか…」 25

2016-09-02 23:34:29
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

電は遠くを見つめ、思いを馳せる。脳裏に過るのは今まで育て上げてきた提督たちの顔だ。最初は皆輝いていた。己が戦争を終わらせるのだという自信に満ちていた。だが、一度戦場を体験した者は皆変わってしまった。争いを終わらせるために戦い始めたはずなのに、もはや続ける事しか考えられない。 26

2016-09-02 23:37:48
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

深海棲艦との戦いのゴールは制海権を取り戻すことだ。それと、深海棲艦の全滅は決してイコールではない。全滅させるとは即ち、この戦争を無意味に長続きさせることに他ならない。そもそも、現状からして深海棲艦の制海域はいまだに人類のそれより広大だ。全滅は非現実的であった。 27

2016-09-02 23:40:22
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

だが、提督となった誰もが大なり小なり、全滅へと思考が推移していった。何が彼らを駆り立てるのか。電にはそれがわからなかった。彼女には、深海棲艦を滅ぼすべき存在だとは思えなかった。あれらをただの、有象無象の厄災だとは、どうしても思えなかった。 28

2016-09-02 23:49:08
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

自分と提督たち、果たしてどちらが正しいのか。思案するが、答えは出ない。思考は袋故事に迷い、電は顔を上げた。「はぁ…」そして溜息。ゲー…ゲー…海鳥は電の心裡を知らず、ただ飛び続ける。そして海には、いくつかの流木が…「あれ?」電は首を傾げた。彼女の艦娘視力が何かを捉える。 29

2016-09-03 00:01:37
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

電は立ち上がり、カメラの倍率を合わせるかのように遠くに焦点を合わせる。港湾部から遠く。流木にしがみつく、人影が。「ひょ、漂流者なのです!?」電は驚愕の声を上げると、急いで海へと飛び込んだ。「イヤーッ!」着水!軍艦の化身たるオリジナル艦娘は海に沈むことはない! 30

2016-09-03 00:07:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

電は全身から霊力を絞り出し、海を駆ける。その姿は一条の矢の如し!瞬く間に漂流者の傍に辿り着くと、すぐさま助け起こした。「大丈夫ですか!?」漂流者は、電の腕の中に納まるような小さな子供であった。その髪は色素が抜け落ちたかのように白く、ズタズタに破れた黒い服を身に纏っていた。 31

2016-09-03 00:13:01
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「大丈夫ですか!誰か!遭難者なのです!」電は通信装置を起動し、救援を呼びかける。子供は薄く碧色の目を開き、譫言めいて呟いた。「アバッ…ドーモ…ドーモ…」「しゃべらないで!直ぐお医者さんのところに運びます!」「ドーモ、アケロオス…アバッ…ドーモ、デス…」 32

2016-09-03 00:18:23
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「アバッ…アケロオス…ドーモ…ドーモ…」「大丈夫です…」電は艦娘筋力で子供を横抱きに抱きかかえると、急いで波止場へと駆けだした。「死なせはしないのです…死なせは!」「アバッ…ドーモ…」譫言は細々と、脈略もなく続いた。電にとって、それだけが子供が生きている確信であった。 33

2016-09-03 00:21:37
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ヴェリー・クローズ、インフィニトリィ・ディスタント・シー」#1 おわり #2 へ続く

2016-09-03 00:22:02

#2

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ヴェリー・クローズ、インフィニトリィ・ディスタント・シー」#2

2016-09-03 22:18:57
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

Pi……Pi……彼がまず聞いたのは、無機質な電子の音。もぞもぞと身を捩り、彼はその碧色の目を見開いた。まず目に飛び込んだのは、光を放ついくつかのガラスの球。彼は予想だにしない眩さに、思わず呻いた。「ウワッ…」「目が覚めたのです!」不意に、横から少女の声が聞こえた。 1

2016-09-03 22:24:04
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

眩さに耐えて再び目を開ければ、茶髪の小柄な少女が忙しなく走り回っていた。誰だろうか?少なくとも彼は知らなかった。そこまで思案し、彼は横たわる己の体を起こし、そして見下ろした。幾つかの、意図の分からぬものが貼り付けられていた。彼はその感触を不快に思い、無造作に引き千切った。 2

2016-09-03 22:28:58
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ぶちぶちと全てを取り払うと、少女は白い服を着た皺くちゃの男を連れて戻ってきた。「本当に起きてる…?」男はかけていた分厚い眼鏡を上下させ、唖然と言った。「だから嘘は言ってないのです」「しかし、どう見ても助かりそうにない傷だったが…まぁいい」男は頷き、彼に近づいた。 3

2016-09-03 22:31:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ハロー、君言葉ワカル?」「アー…」彼は口を開き、思い当たる言葉を発した。「コレデ…イイ?」「よかった、コミュニケーションはとれるみたいだね」男は安堵してパイプ椅子に腰かけると、クリップボードを取り出して問い掛けた。「さてさて、意識が戻ったのは何よりだ」「ハァ…」 4

2016-09-03 22:35:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

彼はぼんやりと返事を返す。男は首にかけた聴診器や触診によって彼の体を調べ、クリップボードに書き込んでいった。「ふむふむ…驚異的な回復力だねぇ」「そうなのですか?」少女が男の横からクリップボードを眺める。「そうだとも。並の人間なら死んでいるはずだが…そういえば、君名前は?」 5

2016-09-03 22:38:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「エッ」男の突然の質問に、彼の体は強張った。「流石に名前を書かないとカルテを作れないからねぇ…よかったら教えてくれないかい?」男は皺くちゃな顔を更に皺くちゃにして笑いかけた。彼は唸る様に頭を抱えた。「ウゥ…」「どうしたのです?」「ワカラナイ」「エッ?」彼は困惑して顔を上げた。 6

2016-09-03 22:42:54
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

そして、彼は泣きそうな表情で、少女と男を見た。そして、切実な声で問い掛けた。「僕ハ…誰?」 7

2016-09-03 22:43:32
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

数日後。ポート・ブレア西方前線基地指令室「本当に、これでいいのだろうか?」平賀は電にそう問いかけた。「いいに決まってるのです」電は決然とそう言った。「しかり、アレは」「アレ、ではないのです」電は眦を吊り上げる。「彼には仮にシロと名前を付けたのです」 9

2016-09-03 22:50:39
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

今、平賀と電は先日保護した記憶喪失の漂流者改め、仮称シロの処遇について議論を交わしていた。本来ならば漂流者の保護は海の人間ならば当然の責務。だが、平賀は難色を示していた。「貴方も見たでしょう、電=センセイ」平賀は訴えかけた。「あの白磁めいた肌に、黒い装甲服を」「そうですね」 10

2016-09-03 22:54:20
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何を悠長な!」平賀は強く机を叩き、身を乗り出した。「白い肌!黒い装甲!それにあの碧色の目!電=センセイは前線からお離れになって久しいでしょうから忘れたかもしれませんが!あれはどう見ても深海棲艦です!敵の兵器です!」「兵器が涙を流すのですか?」電は酷薄に問い掛けた。 11

2016-09-03 22:57:34
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「そ、それは…」平賀は狼狽えた。「貴方も立ち会って見たでしょう、平賀=サン。彼は自分の記憶を無くし、その不安から泣いていたのを」「ヌゥ…」電は更に畳みかける。「仮に彼が深海棲艦だとしても、明確に個を持つのなら、兵器ではなく、捕虜として扱うべきなのです」「そ、それは」 12

2016-09-03 23:02:58
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