ヴェリー・クローズ、インフィニトリィ・ディスタント・シー

深海棲艦と人類、彼らの棲む海は極めて近く、そして限りなく遠い
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「不満ですか?」ギラリと電が睨んだ。その視線は幼さの残る少女のそれではない。幾千もの死線を潜り抜けた歴戦の戦士のものであった。「この件は電が預かります。彼は視察が終わり次第、本国へ輸送するのです」許諾を言外に求めるように電は更に睨み付ける。平賀は力なく着席した。 13

2016-09-03 23:08:34
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「センセイが、そう仰るなら」「仮に彼が暴れたとしても、私なら抑えられるのです」電は淡々とそう言った。そして立ち上がり、指令室から退室せんとした。「どこへ?」平賀が問う。「あの子の様子を見てくるのです」電は振り返り、微笑んだ。「今頃、外の空気を吸ってるはずですから」 14

2016-09-03 23:14:14
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

同時刻、ポート・ブレアの整備されていない入江にて。「ウーン…」支給された地味な白いTシャツとズボンを身に纏ったシロは気持ちよさそうに伸びをした。肺に取り込めるだけの潮風を吸い、彼は満足げに空気を吐き出した。「気持チイイ…」彼はそう呟き、姿を現した岩礁の上を器用に歩き出した。 15

2016-09-03 23:23:13
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

この数日間は苦痛であった。どことも知れぬ場所に閉じ込められ、誰とも知れぬ多くの人々から、己の知らぬことを問われ続ける日々であった。唯一、己の身を案じてくれるあの少女の存在こそが救いであったか。聞けば、彼女が最初に自分を見つけ、命を救ってくれたそうだ。「オ礼、言ワナイトナ」 16

2016-09-03 23:26:27
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

彼はふと岩礁の天辺で器用に静止し、海を眺めた。海はただ静かに揺らぐばかりだ。何故か、抗いがたい憧憬を感じた。さざ波が、まるで手招きをする母の声に聞こえた。彼はふと、海へ向けて足を踏み出さんとした。その時だ。「イヤーッ!」KRAAASH!「ヘッ!?」突然の轟音にシロは驚く! 17

2016-09-03 23:35:39
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ナ、何?」シロは前触れもなく鳴り響いた轟音の出所を探らんと辺りを見渡した。「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH!「コ、コッチ…?」シロは奥まった岩礁の影から轟音が響くのを聞き、恐る恐る岩陰の向こうを覗き込んだ…その向こうには! 18

2016-09-03 23:39:07
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH!おお、見よ!岩陰の向こう側に潜むは、巨大な鉄塊に拳を叩き付ける紅いマントを纏った怪人物!「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH! 19

2016-09-03 23:43:13
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ナ、何コレ…?」シロは目の前の光景が理解できなかった。怪人物が拳を叩き付ける度に、鉄塊は形を変えていく。その形は、鉄のプレートめいて、両端に刃を持った剣であった。何と言うことだ!この怪人物は、拳を叩き付けるだけで、鉄塊を巨大な剣に成形しているとでもいうのか! 20

2016-09-03 23:47:36
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「よし、メンテ完了!」怪人物は巨剣を引き抜くと、天に掲げた。「我がエクスカリバーは今日も完璧だ!」「ウワァ…」シロは怪人物の言葉を聞き、ただ絶句した。異様、あまりにも異様!「誰だ?」そして怪人物は、前触れもなく振り返り、シロを見た。「アイエッ!?」悲鳴を上げるシロ! 21

2016-09-03 23:55:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

シロは咄嗟に逃げだそうとした。だが、「君は…生きていたのか!」その言葉を聞き、シロは思わず足を止めた。「エッ」「まさかあの状況で生きていたとは…よかった、本当に…!」怪人物は突如として蹲り、歓喜の涙を流していた。「ア、アノ?」「よかった…」「アノ…僕ガ誰カ、知ッテルノ?」 22

2016-09-04 00:09:10
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何…?」怪人物は、唖然とした表情で顔を上げた。「君は、まさか…記憶が?」シロは頷く。「そうか…」怪人物はただそう呟くと、両手を合わせてアイサツをした。「ドーモ、ライオンハートです」「…?」シロは首を傾げる。だが、本能が為すべきを教えた。アイサツを返す。「ドーモ、シロデス」 23

2016-09-04 00:17:28
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「シロ…」「仮ノ名前ダケド」「そうか」ライオンハートは頷き。立ち上がった。2人の間に言葉はない。双方、何を言うべきかを迷っていた。しばしの沈黙。ぐー…「アッ」それは、シロの腹の音であった。シロは気恥ずかしニ赤面する。「空腹か」「ハ、ハイ」「少し待っていろ」 24

2016-09-04 00:27:26
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ライオンハートはそう言うと、巨剣を地に突き立て、赤いマントを脱ぎ、巨剣の柄にかけた。「イヤーッ!」カラテシャウトと共に、ライオンハートは海に飛び込む!この唐突な行いに、シロは再び唖然として見守る他なかった。数分後「イヤーッ!」海水をまき散らし、ライオンハートは戻ってきた。 25

2016-09-04 00:37:24
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

その手には、ビチビチと跳ねる魚が握られていた。「アッ…」「このまま食えるか?」ライオンハートは魚をシロへと差し出す。「無理なら調理と言うものをしてみるが」「タブン、大丈夫」シロは魚を受け取り、迷いなく柔らかい腹部に歯を突き立てた。そして音を立て、咀嚼する。 26

2016-09-04 00:43:45
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

がつがつと食い散らかし、瞬く間に魚は骨すらもシロの胃に納まった。「フゥ…」「足りたか?」「エェ」シロは満足げに腹を撫でる。その口元と白いTシャツが魚の血や鱗で汚れたが、彼は意に介さなかった。「アリガトウゴザイマス、ライオンハート=サン」「いや、同胞を助けるのは当然だ」 27

2016-09-04 00:47:24
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「同胞…」その言葉を聞き、シロは問うた。「貴方は、僕が誰なのか知っているんですか?」「いや」ライオンハートは素直に答えた。「実際知らない…この前、君に命を救われただけだ。その時は、お互い名乗る暇さえなかった」「そう、ですか…」シロは内心落胆し、座り込んだ。 28

2016-09-04 00:53:41
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「君は…」ライオンハートはマントを羽織り、シロを憐れむように見た。「記憶がないことが不安か?」「ハイ…」シロは頷く。「目覚メタラ知ラナイ場所デ、知ラナイ人シカイナクテ、自分ガ誰カモワカラナクテ…何ヲ信ジレバイイノカ、ワカラナインデス」「そうか」 29

2016-09-04 00:59:23
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ライオンハートはシロの傍にしゃがみ込み、その碧色の瞳を見た。シロもまた、ライオンハートの青い瞳を見返す。ライオンハートは諭すように語り掛ける。「私は君が過去にどう生きてきたかは私は知らないし、今どう生きるべきかを強いることもできない」「ナラ、ドウスレバ?」「心に従え」 30

2016-09-04 01:01:06
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ライオンハートはシロの心臓のある位置を指差した。「自分の心に、エゴに従え。我々はエゴに依って生きる権利がある。君は、君がこう生きるべきだと思ったことに従いたまえ」「エゴ…」シロは己の胸に手を当てた。「シロ=サーン!」遠くから、声が聞こえた。電の声だ。 31

2016-09-04 01:03:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「さらばだ、同胞よ」ライオンハートは巨剣を背負い、堂々と笑った。「縁があればまた会おう!どれまで息災にな!オタッシャデー!」ライオンハートは再び海へと飛び込み、姿を消した。今度はいつまで待とうとも浮上することはなかった。「行ッチャッタ…」「あ、ここに居たのですか!」 32

2016-09-04 01:05:50
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

シロは立ち上がり、振り向いた。電が岩礁に足を取られぬように駆け寄って来た。「もう、遠くに行き過ぎなのです」「ゴ、ゴメンナサイ」反射的にシロは謝った。「まったく…って、どうしたのですか、その血!?」電はシロのTシャツに付着した血を目聡く見つけ、シロの手を取った。 33

2016-09-04 01:09:20
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「もしかして、どこか怪我でも!」「ア、アノ…大丈夫…魚食ベタダケダカラ…」「お魚…?」電は首を傾げた。ふと、シロの口元に鱗が数枚こびり付いていることに気が付いた。「もしかして取って食べたのですか?」「ウ、ウン…」「お腹が空いたなら、言ってくれればいいのに」 34

2016-09-04 01:11:56
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

そう言うと、電は手持ちのハンカチーフを取り出してシロの口元を拭った。「ワッ…」「はい、これでキレイになったのです」電は華のような笑みを浮かべると、ハンカチーフをしまい、シロの手を引いた。「さ、戻りますよ。生のお魚よりも美味しい物を食べさせてあげるのです」 35

2016-09-04 01:15:06
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

自分と同じほどの背丈の少女に手を引かれ、シロは歩き出す。ふと、彼は思い立ち、問い掛けた。「アノ、電=サン」「はい、なんですか?」「何デ、僕ヲ助ケテクレタンデスカ?」「何で、ですか」電は遠く、空へと視線を向けた。脳裏に過る、嘗て救った命。そして救えなかった命。 36

2016-09-04 01:18:43
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

電はこの世に再び生を受けたその時から、心優しい少女であった。その優しさは、本来敵であるはずの深海棲艦にすら向けられていた。彼女は誰かが傷付く事が我慢ならなかった。故に、彼女は戦争を憎んだ。電は、万感の思いを込めてコトダマを放った。「誰かを助けるのに、理由がいりますか?」 37

2016-09-04 01:20:27
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