Girl's prayer-3.5- 心の距離

彼女は苦悩する。 少女の優しさに、己の過去に。 小さき存在は、彼女の心を溶かすのか。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

薬草事件(?)から数日。セーレの手厚い看病のおかげで、ハイドの体調は健康な人のそれと何ら変わらない程に回復した。昼前、少女がいつものように水で濡らした布を持って部屋に入ると。ハイドは、その背をベッドから離していた。「!もう、大丈夫なの?…ですか?」。ぎこちない敬語が部屋に通る。1

2016-01-01 01:46:00
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…敬語は要らない。普通に話せば良い」。部屋に入ってきた小さな守り人を一瞥すると、ハイドは小さく息を吐いた。その言葉は、少女の表情を少しだけ柔らかくする。「…えへへ、ありがとう」。にこにこという表現が似合うであろうセーレの微笑みに対し、彼女の口角は下がったまま。「…何故だ」。2

2016-01-01 01:49:15
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「?」。唐突な問い掛けに、セーレの首が横に捻られた。その質問を投げた当人は、視線を合わせる事無く。窓から差し込む陽の光に目を細めながら。「……危険を冒してまで、薬草を取りに行く必要は無かったはずだ」。紡がれる言葉は、少女には少しだけ重くのしかかった。何故、なのか。行動の理由は。3

2016-01-01 01:52:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「私という部外者への薬調達など、優先順位の並びから遠く外れていたはず。…お前が行かずとも、数日後には実力を伴ったハンターがこの村に来ただろう」。ハイドの声に、セーレはあの日の村長の言葉を思い出した。"数日後には、ハンターがこの村に"―――。彼女の言っている事は、正しい事なのだ。4

2016-01-01 01:54:27
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

だが。少女の心は疼いた。違う、そうじゃないんだと、叫び声を上げているかのように。「…あのね、ハイドさん…私と出会った時の事、覚えてる?」。不意に質問を返してみる。ゆっくりと振り返ったハイドの瞳が、セーレのそれを捉える。「…ああ。朦朧とする意識の中、桜火竜を屠った時…だろう」。5

2016-01-01 01:56:54
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「そうだよ。そして、その時」。"あなたは私を護ってくれた"。弱い自分はあの日、強い彼女に助けられたのだ。もしかしたら、彼女は"助けよう"とは思ってなかったかもしれない。あの時起こした行動が、結果的に"少女を助けた"事になったのかもしれない。そう、それでも。「…私は、生きてる」。6

2016-01-01 01:59:35
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

だから。セーレの声が、ハイドの鼓膜をくすぐる。「…私、決めたの。無力な私でも、出来る事をしようと。この感謝の気持ちを、行動で示そうって」。小さな少女の小さな誓いは、その胸に熱く根付いて。拳をぎゅっと握りしめながら、セーレは一度深呼吸をした。「…ハイドさんの為に、動きたかった」。7

2016-01-01 02:02:15
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ハイドの瞳は、静かに少女を見据えていた。射抜かれそうな感覚に陥りそうになりながら、セーレはわたわたと両手を顔の前で振る。「あっいやその、早く元気になってほしくて…えっと、あの、…」。何故か真っ赤になる少女の顔。その様子を目の前で見ていたハイドは、しばしして小さく吹き出した。8

2016-01-01 02:04:47
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…面白いな。律儀な人間は久しぶりに見た」。"でも、自分で言った言葉に対して照れるとは…"。くくっと口元に手を当てて笑いを堪えるハイドと対照的に、少女の口は尖っていて。「っもう!掘り返さないでくださいよ……ぁ、」。ハイドさん、笑った。笑ってくれた。その情景に、心が暖かくなる。9

2016-01-01 02:08:32
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…えへ」。無意識に笑みがこぼれる。尖っていた口は、いつの間にやらまた上へと上がっていて。「…本当、面白い奴だ。…」。やんわりと微笑むハイドの表情は、初めて見る優しいものだった。「…あ!村長さんに呼ばれてたんだ、行かなきゃ!」。朝方の言伝を思い出し、慌ててハイドに布を手渡す。10

2016-01-01 02:13:12
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「それ、今日1日はつけて安静にしててください!…あっしててね!」。早速敬語に戻るセーレの言葉に、再び吹き出しそうになるのを堪えるハイド。ああ、いつぶりだろうか。こんな感情は。「……セーレ」。バタバタと部屋を後にしようとする少女の背中に、声が飛ぶ。力強くて、でも、どこか暖かい。11

2016-01-01 02:16:13
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「……ありがとう」。振り返ると同時に、続けて投げかけられたのは。己が抱くものと同じ"感謝"の感情と、先と変わらぬ優しい笑顔。セーレは、胸にじんわりと湧き上がってくるものを感じた。この場にこれ以上居たら、きっと。「…感謝し合いっこだ。早く元気になってね!」。嬉し泣き、しちゃう。12

2016-01-01 02:18:34
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

にこりと笑った後、少女は足早に階下へと降りて行った。足音が徐々に遠ざかっていく。背中が見えなくなってもその場を見つめていたハイドは、瞳を細めた。「…あの子の隣は、少し心地が良い」。独り言のように。その手に渡された布に視線を移す。「…二度と、抱くはずも無い感情だと思っていた」。13

2016-01-01 02:22:15
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

自分自身を嘲笑するかのように。陰を落とした表情で、ぎこちなく口角が上がる。「……セーレ」。名を呼ぶ。届かない事など解っている。己を"助けてくれた"少女は。「……お前は、"過去の私"を知っても」。ああ、純粋で無垢なる優しい少女は。残酷で悲惨な記憶を、どう脳裏に浮かべるのだろう。14

2016-01-01 02:26:20
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

―――心優しき少女は、凍てついた心を溶かす炎となるのか。それとも、再び静寂の奈落へと追いやる氷となるのか。"懺悔"を誓いし仮面ハイドの、誓いを立てる事となった要因を。どちらの選択肢へ導くのだろう。彼女の記憶と少女の想いは、交錯するのか、否か。15

2016-01-01 02:32:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

Girl's prayer 3.5 -心の距離- 終

2016-01-01 02:33:04