第15話 暴走 -Berserk- (完結)
- bookmark_vodka
- 1301
- 0
- 0
- 0
-------------------- ┌ ┐ ┏ ┓ + ┗ ┛ └ ┘ --------------------
2016-11-26 22:30:3215-1-1「ふーん、ふふーん♪」 上機嫌な鼻歌が海原を漂っていく。出所は、マフラーを靡かせ西方海域へと進む水雷戦隊の旗艦…軽巡洋艦、川内。 「(川内さん…今日はすっっごく上機嫌だよね)」 彼女に聞こえない声量でひそひそと話しているのは、これに随伴する特型駆逐艦達だ。
2016-11-26 22:33:5515-1-2「(無理も無いわね。これからあの人の大好きな夜戦が待ってるんですもの)」 随伴の一人、叢雲が前方を進む川内に呆れ半分な視線を送る。 「(でも、簡単な作戦でもないじゃん。それの旗艦を任されるってのもやっぱ凄いよな)」 「(深雪ちゃん、それじゃ自画自賛にもなっちゃうよ)」
2016-11-26 22:36:5815-1-3 旗艦川内、随伴白雪、深雪、初雪、叢雲。 佐世保から出撃したこの水雷戦隊は、ジャム島に設営された深海棲艦の物資集積地に夜襲をかけるべく、西方海域へと向かっている最中である。 集積地は周囲を囲う多数の小島によって作られた自然の要塞の中心に設けられ、攻め難く、逃げ辛い。
2016-11-26 22:38:5615-1-4 彼女達は深夜まで付近に潜伏、闇に紛れて電撃的な夜襲を行い、敵の物資破壊を主目的とし、破壊後は逃げ道を塞がれる前に速やかに離脱を行うという高難度な任を与えられていた。 「ほらそこ、そろそろ安全の確保出来てる海域は終わりだから、あんまり無駄話せずに集中する!」
2016-11-26 22:40:4215-1-5 川内の注意に深雪が「へいへーい」と、気の抜けた返事をする。 普段は川内自身もそれ程真面目な振る舞いをしている訳では無いのだが、任務に夜戦が関わるとなると話は別である。 「(私…別に話してなんてなかったのに…)」 会話を耳で聞いていた初雪は注意に対して一人ごちる。
2016-11-26 22:43:1715-1-6 ともあれこの艦隊、見かけに依らず練度は高い。今回のジャム島の攻略も彼女達の実力を信頼した提督の采配だ。その中でも旗艦の川内は、佐世保に着任以来幾つもの戦いで勝利に貢献した腕っぷしの強い艦なのである。 もっとも、その裏には当人達も知らぬ理由が隠されているが。
2016-11-26 22:45:4215-1-7 この川内は第弐型被検体…『鳶』の五十鈴と同様の方式を用い、艦娘化によって人間から艦娘へと変異した存在なのである。故に彼女の持つ地力は周りの艤装型艦娘に比べて高いのだ。 …この事実を彼女の提督は知らない。そして川内もまた、以前の人格は心の深奥で封じられ、眠っている。
2016-11-26 22:47:4715-1-8 中継地点を越え、川内の水雷戦隊は目標となるジャム島までのアクセスが容易な南西海域の深奥部へと辿り着いた。日が完全に落ちきるまでは、敵の索敵に気を配りつつ小島で待機である。 「見張りは一時間おきで交代ね。二一〇〇になったら行動開始。いやー、今からワクワクしてくるね!」
2016-11-26 22:52:2715-1-9 曖昧に笑いを返すと、白雪は最初の見張り役を買って出て、他の三人も装備の確認に移行した。夜戦前の川内のテンションが高いのは今に始まった事ではないが、付き合っていると戦う前から疲れてしまう。 「今日はゆっくり…寝てたかった」 初雪は装備を点検しながらまたポツリとごちた。
2016-11-26 22:53:3715-1-10 …それから日が完全に沈み切り、何度か見張りの交代を経て予定の時刻まで後一時間程度となった頃… 「…ん?」 この時間見張り役を務めていた叢雲の目に、月明りの下で海上に揺らめく『何か』が留まった。夜の暗さでハッキリとは見えないが、人の形をしている…敵の偵察艦だろうか。
2016-11-26 22:58:0315-1-11「(妙ね)」 叢雲は身構えつつも訝しんだ。影は単騎であり、周りに他の気配はない。それどころか一点から動こうとする様子が無く、ただただ波間に佇んでいるのだ。 「おーい叢雲ちゃん、そろそろ準備に入るよ…どうしたの?」 報告を考えていた丁度その時、川内が叢雲を呼びに来た。
2016-11-26 23:00:3415-1-12「川内さん、あれ見えますか」 叢雲が促すが早いか、川内は目を細めて海上の対象に集中する。 「…私が確認する。少し早いけど、皆を集めて。もし何かが起きたらフォローを宜しくね」 「…了解」 返事を聞くと、彼女は直ぐに艤装を整えて夜闇に染まる海へと踏み出した。
2016-11-26 23:03:2415-1-13 川内が注意深く対象に接近する間も、まるで此方が会いに来るのを待っているかのように、その人影は動こうとしなかった。 「(あれは…)」 接近するにつれて、存在がはっきりと視認出来るようになってくる。 …それは、岩や漂流物の類でもなければ深海棲艦でもない。『艦娘』だ。
2016-11-26 23:04:5815-1-14「ちょっと」 川内が艦娘の元へと辿り着き、声をかける。 どうやら駆逐艦のようだ…『川内』の記憶はその駆逐艦の事を覚えていた。 「こんな所で一人で何をしてるの?もしかして逸(はぐ)れた?」 彼女の問いかけに、駆逐艦はブロンドの髪を月明りに靡かせ、物憂げな顔を向ける。
2016-11-26 23:07:4615-1-15「ー貴方はさ…」 振り向いた駆逐艦の目を見て、川内の背にぞわりと嫌な感覚が走る。真正面から見た彼女の真紅の瞳は、単純な憂いや怒りなどよりも、より重く深い憎悪と怨嗟、そして激憤を湛えていた。 「悔しくないの?」 「えっ…?」 身構えようとしたが、身体が上手く動かない。
2016-11-26 23:10:1415-1-16「な…に…?」 駆逐艦が歩み寄って来る。それに伴って、川内の心臓がドクン、ドクンと不快な早鐘を打つ。 近づかれる度に未知のプレッシャーが川内の身体の内側を駆け巡り、心臓が潰されるような苦しさが襲ってきているのだ。 「…貴方が覚えていないなら」
2016-11-26 23:12:4315-1-17 川内の目前にまで迫った彼女は、徐に川内の背に両手を回しー 「わたしが、思い出させてあげるっぽい」 …川内と唇を重ねた。
2016-11-26 23:14:3715-1-18「川内さん!」 川内が海上でへたり込むのを視認した叢雲達は、直ぐにアクションを起こした。 「大丈夫ですか!?」 白雪が川内に駆け寄って状況を確認すると、俯く彼女の身体は小さく震えてはいたが特に外傷は見られない。また、油断なく辺りを警戒するも、依然として敵影無し。
2016-11-26 23:19:2115-1-19 叢雲の見た例の人影についても、既に影も形も無くなっていた。 「一体何が…」 深雪が口を開きかけると、川内が苦しそうに呻き始めた。 「うぅっ…」 「しっかりして下さい!どこか痛むんですか?一体何があったんですか?」 白雪には言葉を返さず、彼女はよろよろと立ち上がる。
2016-11-26 23:21:4315-1-20「川内さん?」 苦しげに肩で息をしている彼女の様子は…明らかにおかしい。まるで白雪達の言葉が耳に入っていないかのような…? 「うぅ…」 「あ、あの」 ドォオンッ!! …白雪の声をかき消すように、轟音が鳴り響く。
2016-11-26 23:24:4215-1-21 暗い夜の海に閃光が迸り、吹き飛ばされたのは…白雪だ。 身体が激しい痛みと共に吹き飛ばされ、海面に打ち付けられたのを感じる。 砲撃されたのだ。鈍化した時間の中で、頭がそれを理解する。 でも、誰に? 誰ーに? 「(-え?)」
2016-11-26 23:26:45