2011年3月6日

hamachanこと濱口桂一郎さんvsマルクス研究者佐々木隆治さんのアソシエーション論争@『POSSE vol.10』

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坂倉昇平@総合サポートユニオン/NPO法人POSSE @magazine_posse

うえー。濱口さんが『POSSE』10号の佐々木隆治さん論文を批判している。しかし、これは大いなるすれ違いですね。佐々木さんはタイトルの「「潜勢的貧民」としての「自由な労働者」」にあるように、近代社会がもたらす「自由」こそを批判しているのに。http://bit.ly/hpqi4L

2011-03-02 13:26:24
坂倉昇平@総合サポートユニオン/NPO法人POSSE @magazine_posse

濱口さんのアソシエーションの定義にズレがあるわけですね。佐々木論文ではその前提に労働組合を位置づけ、「労働組合は企業を越えて職種別・産業別に組織され、労働力販売の独占を実現するがゆえに、労働力の商品としての性格を緩和させるとともに、職種的ないし産業的規制を要求…」といってるわけで

2011-03-02 13:32:25
坂倉昇平@総合サポートユニオン/NPO法人POSSE @magazine_posse

佐々木論文では企業別組合やら市場規制なき協同組合やらの、「自由」にもとづいた結社をアソシエーションとは呼んでいないと思うのです。その「自由」こそが市場の論理から生まれているわけで、そこを構造的に抑制する共同体であることが前提なのでは…

2011-03-02 13:42:19
marx kenkyu @marukenkyu

@magazine_posse もっと簡単な話だろうね。hamachanは企業内の人的結合と社会における人的結合を区別していないから、こういう誤りに陥る。多くの人が働いている企業だって、社会から見れば私的労働なんだよ。その意味での私的労働こそが価値を生むというわけです。

2011-03-02 20:42:45
marx kenkyu @marukenkyu

@magazine_posse  まあ、hamachanのような誤りは昔から良くあります。スミスも作業場内分業と社会的分業を区別できてないけど、それと同じような話。私的労働との対比でアソシエーションという場合、社会的分業のレベルでの人的結合を問題にしているんだよね。

2011-03-02 20:44:33
marx kenkyu @marukenkyu

@magazine_posse  hamachanが言うような企業内の「共同性」による自発性の強制は、マルクスにあるかと言えば、ある。それは協業において他人と働くことによる精神的刺激、あるいはマニファクチュアで分業の体系への組み入れによる労働の規律化などにおいて捉えられている。

2011-03-02 20:47:19
斎藤幸平 @koheisaito0131

@marukenkyu @magazine_posse マルクスの用語でいえば、assoziertとkombiniertの違いの区別を濱口さんはしていないともいえますでしょうか。

2011-03-02 20:52:21
marx kenkyu @marukenkyu

@koheisaito0131 その通りだね。ただ、Kombinationにおいても擬似的にAssoziationが形成され、これが諸個人に自発性を強制するという要素はある。これについても、明示的ではないが、事実上、マルクスは指摘しているんだよね。

2011-03-02 20:56:12
斎藤幸平 @koheisaito0131

@marukenkyu なるほど。論文で『草稿集』9巻からやはりいい文章引っ張ってきていたので、やはりそこらへんの問題意識も持ちながら読んでいきたいと思います。

2011-03-02 21:00:55
坂倉昇平@総合サポートユニオン/NPO法人POSSE @magazine_posse

『POSSE vol.10』就活特集に隠れた挑発的論考「マルクス-「潜勢的貧民」としての「自由な労働者」」をめぐり、さりげなく論争(?)勃発中…。hamaachanが追記で反論、そしてさらなる反論がhttp://bit.ly/hpqi4L

2011-03-06 02:14:44
marx kenkyu @marukenkyu

一応、後藤、木下理論が私の理論的な軸だから、企業主義についても重視しているつもりだけど笑 私がいいたいのは、アソシエーションという言葉の定義問題であって、日本の特殊性を否定しているつもりは全然ないんだけど。日本の特殊性こそが私的労働という性格を強めていると考えています。

2011-03-05 20:53:48
斎藤幸平 @koheisaito0131

@magazine_posse 現代日本の特殊的形態に疎い私には、意味がよくわからないんですが、軽く濱口さんの反論の要旨を教えていただけますか?

2011-03-06 02:21:29
坂倉昇平@総合サポートユニオン/NPO法人POSSE @magazine_posse

.@koheisaito0131 企業主義を資本主義の論理がより貫徹したものとする佐々木さんに対し、資本主義の論理と別に、日本には企業主義の特殊性があると主張しているのが濱口さんなのでは。企業主義への関心は共通していて、むしろ資本主義の捉え方にこそズレがあるように思います。

2011-03-06 02:56:43
坂倉昇平@総合サポートユニオン/NPO法人POSSE @magazine_posse

.@koheisaito0131 濱口さんには、「アソシエーション」を唱える佐々木論文が、企業主義を軽視して労働や資本主義を語る、日本的な「現代思想」の延長と見えたのではないでしょうか。渋谷望さんへの批判の論調と似ているようにも思います。http://bit.ly/bZ0sMY

2011-03-06 03:04:47
斎藤幸平 @koheisaito0131

あーわかりました。過労死、サービス残業を生むような労働者同士の社内での結合っていうのは日本型雇用の特殊性から把握されなくてはならず、マルクスの資本の一般的傾向性からでは説明できない。なのに佐々木論文はそれをマルクスを使って批判してるってことですね。@magazine_posse

2011-03-06 05:48:07
斎藤幸平 @koheisaito0131

渋谷批判も会社内と社会内でのコモンズの差異が意図的に曖昧化されてますね。会社内でのコモン、アソシエーションは概念的にネグリやマルクスのものとはことなるのですが、そういう次元の話は日本の特殊性を捉えきらず濱口さんには抽象論に映るのでしょう。 @magazine_posse

2011-03-06 05:52:57
斎藤幸平 @koheisaito0131

でもそう言われてしまうと思想の意義が否定されてる気がする。まず資本の一般的傾向性を把握し、その矛盾を把握した上で、個別的状況に合わせ、戦略を組み立て、弱き環の連鎖を破壊する。というのがレーニンの実践理論であり、やはり特殊的状況を分析するにしてもまず本質へと一度上向しなくては。

2011-03-06 05:58:06
marx kenkyu @marukenkyu

@koheisaito0131 というより、私はたんなる問題のすり替えだと思いますね。価値は企業単位という意味での私的労働に基づくのだから、日本的メンバーシップの問題はさしあたり関係ない。しかもそれによって職種的、産業的規制が困難になるのだから、私的労働としての性格は強まります。

2011-03-06 07:42:50
斎藤幸平 @koheisaito0131

濱口さんの問題関心にはやはり「ジョブ」でなく「メンバーシップ」に基づいた日本型雇用の分析がありますからね。濱口さんのそうした捉え方自体は示唆に富む重要な指摘ですが、お二人の論争からはあまり生産的な結論が出そうにないですね・・・ @marukenkyu

2011-03-06 08:29:35
marx kenkyu @marukenkyu

@koheisaito0131 まあ、議論がすれちがっちゃってるからね。論争というのはえてしてそういうものです笑

2011-03-06 11:56:59
今野晴貴 @konno_haruki

@marukenkyu 過労死に象徴される労働過程の過酷さからは、日本型メンバーシップがけっして「自発的」なものではなく、より物象に従属したものであることがわかります。これは近代においてアトム化した個人が官僚組織に従属したことと同じです。つまり、より分断され、より属している。

2011-03-06 11:22:03
今野晴貴 @konno_haruki

@marukenkyu 企業においては組織が物象の要求に基づいて編成されます。そして、そもそも、日本型のメンバーシップは雇用保障をバーターとして生産組織を柔軟に改変し、自立的労働の要素をラディカルに解体してきました。だからこそ世界最速でME化を進ることができわけです。

2011-03-06 11:22:59
今野晴貴 @konno_haruki

@marukenkyu また、同様に日本型雇用は、雇用契約の内容ももっとも「不完備」にしてきました。より市場の要請に対して柔軟である(契約内容の不完備)。それが「強制された自発性」を生み出し、長時間労働も全国配転もうけいれるということが生じ、「過労死」にまで至らしめました。

2011-03-06 11:24:16
今野晴貴 @konno_haruki

@marukenkyu マルクスにおいて「アソシエーション」が物象の支配に対し、人間が自律的に結合する契機であることを考えれば、こうした日本型雇用がより物象に従属した人間同士の関係であり、産別が物象の力をより抑制するものであるということになるでしょう。

2011-03-06 11:25:30
今野晴貴 @konno_haruki

@marukenkyu まあ、日本型の「擬似共同性」を近代的なものではなく、時代貫通的なものだと錯覚した議論があるわけで、濱口さんはその意味での「アソシエーション論」を批判されているのでしょう。

2011-03-06 12:09:23
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