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通貨は財ではなく信用から生まれた―信用貨幣と計算貨幣―

貴金属や石などの計算貨幣は、貸借関係の記述のために利用されて生まれた。 従って、実物計算貨幣を遊離して信用(貸借)関係のみに基づく貨幣システムは存在し得るし、実際信用決済システムは発達してる。
motidukinoyoru 3711view 30コメント
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  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:10:19
    信用貨幣と計算貨幣について改めて整理しておこう。 主流派的見解では、まずニュメレール財(実物的価値があり、それに基づいて各財と対応し、決済に用いられる財)が何かしら設定され、欲望の二重一致の必要性を回避するために当該財が交換用通貨として用いられ、後付けで信用経済が出来たとされる。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:12:21
    ニュメレール財が設定されて通貨経済が勃興したなら、それ以前の形態として、十分な規模の物々交換経済が観測されていなければならない。 しかし実際には、原始的な経済であっても、通貨はしばしば先行して存在したのであり、物々交換経済から通貨経済への連綿とした移行の例はない。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:14:38
    これに対して説明を与えるのが、信用貨幣先行論(あるいは、単に信用貨幣論)である。 まずは、贈与を起点とする何らかの貸借関係が発生する。 もちろん、古代では貸借関係を正確に記述しておく手段自体がなかったり、あるいはあったとしても、偽造がたやすかったりする問題がある。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:17:21
    そこで、貸借関係を記述する手段として、何らかの実物が利用される。 貴金属かもしれない。石かもしれない。印字・製紙技術の如何では、古代であっても紙幣があり得た。いずれにしても、まず貸借関係が存在し、その記述として、ある利便性のある実物が利用されたのである。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:20:23
    貸借関係の記述として利用される実物が広範に一致するようになると、「記述された貸借関係」に基づいて売買が可能になる。こうして、物々交換経済の先行無しで、計算貨幣を用いた通貨経済が生ずる。 この場合、重要なのは、そこで用いられる計算貨幣の価値は、利用された実物に依存しないことである。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:22:00
    ある計算貨幣の価値は、基礎となった貸借関係に依存するのであって、例えば改鋳によって実物価値が下がっても、それに応じて交換価値が変化する、ということはない。当該計算貨幣の価値は、それ自体の実物価値”以外”のところで決定することになる。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:24:30
    「まず貸借関係があり、それが貴金属などの計算貨幣によって記述されるようになり、そうして発生した計算貨幣が売買に利用されるようになった」という経緯から想定されるのは、技術の発展の如何では、実物による記述を介さなくても、貸借関係それ自体によって売買を行うことが可能になるということだ。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:26:29
    そして、現行の管理通貨制度、およびそれを基礎とする銀行決済システムは、実物を介さない売買や決済の規模を年々増加させていっている。 基礎国定通貨は財政赤字により生成され、市中通貨は銀行貸出が形成し、そのほとんどは電子データとしてのみ存在し、決済もしばしば電子的に完結する。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:33:16
    通貨とは本質的に信用あるいは信用の記述に過ぎないのだとすれば、経済学を含む世間一般の通貨観は根本的に修正されなければならない。 通貨や、その他の決済手段は、予め存在している財でも、生み出した財でもなく、貸借関係の記述であり、資産・負債の両建てで発生するものである。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-03-19 10:41:18
    私が以下の一連のツイートで論じた「信用貨幣論」をスムーズに理解できたのは、学生時代の麻雀の経験が大きいかもしれない。 あの時代は、麻雀で作った「貸し」を用いて、相手に引っ越しの手伝いを行わせる、ということを普通にやっていた。 この現象は信用と信用貨幣の構造に酷似する。(笑) twitter.com/motidukinoyoru…
  • 参考リンク
    大昔、物々交換などなかった
    http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20141112
    やはり、大昔物々交換などなかった
    http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20160603
    『21世紀の貨幣論』を読んでみた。
    http://yamaimo.hatenablog.jp/entry/2017/03/20/200000

コメント

  • wot-object @wot_object 2017-07-31 17:28:54
    ある財の贈与について記述する際、他の財を用いて行う必要性はどこにあるのだろうか。たとえばA氏から魚を5尾受け取ったとき「A氏(魚5尾)」と記述するのではなく、「A氏(小石5個)」などと記述する必然性はないように思える。
  • wot-object @wot_object 2017-07-31 17:29:01
    また仮にこの記述が行われたとしても、ある財の贈与を他の財(実物)で記述するとは、ある財=他の財という等価関係を記述することとみれる(仮に等価関係が存在しないとすると「A氏(小石5個)」という記載から魚5尾を返していいのか10尾を返していいのかわからなくなり、記述の用をなさない)。このような等価関係はすなわち物々交換を前提とした思考であり、この記述が発生し得るならばそのこと自体が物々交換経済の存在を証明するのではないでしょうか
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-03 22:10:10
    wot_object 「記述」というのは文字、ないし文字を書ける道具の存在を前提にしているように見えますが、古代ではそれはしばしば無いか、あるいは不足するのが普通です。 ですから、そもそも貸借関係(信用関係)の記述の手段として、(文字が利用不可能ですから)小石や金属などを用いるのは理に適っていると思います。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-03 22:13:14
    wot_object 例えば、文字を書ける技術が発達していれば、一足飛びに紙幣が使われ得ますし、実際に中国の古代文明では紙幣が活用された事例があるようです。 そうして何かしらの一つの事物に「等価関係」が集約されることで、はじめて市場経済と呼べるものが勃興したというのが、最新の古代経済史なわけです。 古いストーリーでは、まず広範な物々交換経済があって、それが貨幣経済に置き換わったとされていましたが。端的に言ってこれを否定する史跡しかみつかりませんでした。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-03 22:15:46
    wot_object 古代の経済システムと、物々交換経済の「実在」の問題については、以下のリンクが参考になります。 http://yamaimo.hatenablog.jp/entry/2017/03/20/200000 http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20141112 http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20160603
  • wot-object @wot_object 2017-08-04 01:11:41
    motidukinoyoru 確かに文字成立前には小石等によって(所有者から見た)債権を表現することはあり得ますね。しかし小石からは「誰に対する」「どのような」債権であるかを把握する方法がありません。文字を用いずに信用関係を記述することは非常に困難と思われます。またこれらの関係が小石から把握できないのであれば、銀行において行われるような人名勘定間の金額の付け替えに類似するような小石の移動を行うことは困難ではないでしょうか。
  • wot-object @wot_object 2017-08-04 01:28:44
    motidukinoyoru なおご教示いただいたサイトについて何度か拝見させてもらいました。貨幣について当初から信用(債務)であったという意見については賛成です。しかし信用貨幣はそもそも信用共同体(例えば小石共同体)の中でしか成立しないところ、他の信用共同体(例えば金属共同体)と取引を行うとき、小石/金属による支払が可能となるような十分な仕組は想定しうるでしょうか。このような異なる信用共同体同士の取引は結局最初には物々交換の形をとらざるを得ないように思います。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-04 04:49:35
    wot_object おっしゃる通り、特定の小石・金属が(信用)貨幣として成立する経済は、信用取引の成立が保障されるごく限られた共同体においてに過ぎません。したがって、貨幣経済、というより経済と呼べる活動それ自体が、そうした共同体で完結していたということになるでしょう。他の共同体との経済活動は、おっしゃる通り最初は物々交換にならざるを得ず、「それゆえに」そうした交換活動はほとんどない、乃至極めて限定的なものとなったのでしょう。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-04 04:51:40
    wot_object そうした別々の共同体(というより別々の通貨圏)間の交換活動が活発化するには、『為替』と呼ばれる市場の発達を待つ必要がありました。 実際、現在でも、異なる共同体(通貨圏)間での経済活動は、為替なしではほとんど考えられません。そうした事情は、実は小石の時代も国定貨幣の時代も、そんなに大きくは違わないのです。
  • wot-object @wot_object 2017-08-04 21:30:28
    motidukinoyoru 物々交換が限定的であるかよりも貨幣を生み出す決定的な役割を果たすか否かという点の方が重要ではないでしょうか。単一の共同体内で賄えない価値を獲得する必要性から他の共同体との取引を行うと考えられる以上、他共同体との取引こそ重要性が高かったであろうとは考えられませんか? また望月夜さんの意見では「特定の相手に対する債務(債権)」から「不特定の相手との交換可能性としての貨幣」への飛躍について、説明が薄いように思われます。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 06:19:31
    wot_object 他共同体との取引により価値がある(貿易の利得的な話)というのは事実ですが、その取引手段が限定的であるため、貿易もまた限定的なものに留まった、というのが歴史ではないでしょうか。 したがって、貿易の勃興や発展は、為替の発達や、植民地化による通貨圏包摂を待つ必要があったというわけです。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 06:31:17
    wot_object 債権が交換手段になることがそんなに不思議でしょうか? 現実問題として、私たちも『特定の相手に対する債権』(銀行に対する債権、ないし政府に対する債権)で売買を行っているわけで、債権が交換手段になること自体は特に不可能なことではないと思います。 その債権の「最終需要」が安定的かどうかだけが問題になるでしょう。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 10:15:38
    motidukinoyoru 思考の経済性という観点からすれば、当初より信頼関係が存在していることにより交換に複雑な仕組を必要としない共同体内部の取引よりも、取引に重要性があるにもかかわらず信頼関係が存在しないためこれを担保する仕組が必要となる共同体間の取引の方、貨幣の発達史により大きく影響を与えるように思います。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:20:12
    wot_object 現実の(有史の)貨幣は、ある閉じた信用システムの中で機能する代物、あるいは信用システムそのものであったわけです。 そして、より広範な取引は、共同体間の取引という形よりも、共同体それ自体の合併や包摂という形で成立するようになったのでしょう。 典型的なのは、国家(統治体)と租税の成立→租税貨幣の成立だと思います。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:24:22
    wot_object 「信頼関係」が「信用システム」へと”進化”したことによって、貨幣の誕生への道筋がついた、というのが私の理解です。 信用システムの確立(それには当然、組合的な自治組織や統治体などが必要となるでしょう)によって、共同体の単位それ自体が大きくなり、同時に信用単位の統一も進み、その結果として、経済と呼称可能な社会システムそのもの(その基礎となる信用貨幣システム)が生まれたのでしょう。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 10:30:03
    motidukinoyoru 銀行において債権の移動(人名勘定間の金額付け替え)を行えるのは、当該債権が(政府によって交換可能性が担保される)法定貨幣によって行われるためです。また近代以前における債権移動も金の商品価値を担保としています。これら法定貨幣/金は将来の不特定の財との交換可能性が政府/商品価値によって担保されているため、債権者/債務者ともに問題なく付け替えを行うことができるわけです。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 10:32:02
    motidukinoyoru しかしここで問題とされている債権は特定物(食料等)との交換可能性のみ担保する債権です。この債権を移動しようとすれば、例えば「AのBに対する魚5匹提供債務」を「AのCに対する肉3切れ請求権」と相殺しようとすれば再びあの欲望の二重の一致問題が首をもたげることになるでしょう。これは債権者Bは肉を提供されても困るし、Cは魚を要求されても困ることになるわけです。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:34:33
    wot_object 基本的な議論としては、金属貨幣は、現実的にも歴史的にも、金属それ自体の価値と貨幣価値が基本的に遊離する(関係がない)ということは押さえておいてください。 法定貨幣についてですが、「政府による交換可能性の担保」とはどのように行われているかと言うと、法定貨幣が指定された唯一の租税手段であるというところによってです。こうした考え方を租税貨幣論といいますが、これはすなわち、法定貨幣が本質的に「政府負債」であることを意味します。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 10:35:46
    motidukinoyoru つまり銀行等における人名勘定の付け替えによる決済は、不特定の財との交換可能性を担保された法定貨幣/金等の存在を不可欠としているのではないか。反面として特定財との交換のみ担保された債権では人名勘定の付け替えによる決済は非常に困難と考えられるのではないか、というのが私の疑問です。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:36:34
    wot_object また、もちろん銀行貨幣の信用性は法定貨幣や銀行保有流動資産(それこそ金)との紐づけも重要なのですが、それ以上に重要なのは、銀行貨幣が銀行に対する弁済手段であり、それゆえに最終需要を持つ、という点ですね。銀行貨幣の流通性と機能を説明するものとして、貨幣の信用理論、ないしサーキット・セオリーというものがあります。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:38:33
    wot_object 有料記事になってしまって申し訳ないですけど、ここらへんの話は 「お金」「通貨」はどこからやってくるのか?https://note.mu/motidukinoyoru/n/n74d8077c009f 「お金」「通貨」の実態・正体 https://note.mu/motidukinoyoru/n/n8546e3aabb14 で行ったことがあるので、気が向いたらぜひお読みください。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:43:02
    wot_object このまとめの中で既に 「各信用の単位の統一」→「統一された信用単位に基づく貨幣システム勃興」は論じていますので、今一度お読みになってください。 その記述を踏まえた上で、ご質問いただけると幸いです。 また、「信用単位」それ自体は、貨幣として機能することは可能ではありますけど、貨幣そのものではありません。そこらへんの議論は、https://togetter.com/li/1092667でやりました。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 10:51:37
    motidukinoyoru 素材価値と貨幣価値が遊離する点については理解しています。例えば江戸時代における金遣い銀遣いなど。しかし一方で関ヶ原後など経済の混乱期に秤量貨幣が存在したことも事実です。ここから考えるに貨幣素材の価値は「商品としての価値」ではなく「貨幣価値の交換可能性を担保する差入物としての価値」と位置付けるべきでしょう。貨幣の信頼性に応じて素材価値と貨幣価値の関係が変動することはこれにより説明可能です。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 10:56:43
    wot_object 貨幣価値において重要なのは、貨幣に用いられている実物の価値ではなく、当該実物貨幣に対して交換価値を与える社会システム(ないし社会的共同幻想)それ自体なのだ、ということがおっしゃりたいのなら、それには完全に同意します。 その点では、法定貨幣は「政府に対する納税手段」という確固たる最終需要を持ち、一方で貴金属は「みんなが貴金属を商品と交換してくれるはず」というやや弱い最終需要を持っていることになります。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 11:12:44
    motidukinoyoru 最終需要という観点からこのマトメにおけるシステムを見ると、信頼関係のみに基づく特定物請求権しかない小石は非常に弱い最終需要ということとなりあまりよろしくないように思われます。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 11:13:17
    少々ご提示いただいた資料について読んでみますね……
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 11:30:10
    wot_object 石の最終需要が強いか弱いかは、石を信用単位とした信用システムを担保する共同体(この場合は、ヤップ島のような集落)のガバナンスの問題になります。 単に石が単位であることそれ自体では、強いか弱いかはわからないですね。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 11:34:42
    wot_object 共同体の統治システムや、共同体の「共同幻想」の性質と強さの問題になるので一概には言えませんけど、それ自体に「政府に対する納税手段」というような強烈な最終需要(負債性)を与えられていないという点では、「国定貨幣に比して相対的に最終需要が弱い」という点で石も金属も大きく差がない、と考えるべきだと思います。
  • 望月夜 @motidukinoyoru 2017-08-05 11:53:32
    wot_object あと、単位として使われた実物(例:金属)ないし信用(例:国定貨幣)それ自体の安定性と、その単位を利用した信用貨幣(例:銀行貨幣)の安定性は厳密に区別しなければなりません。ややこしい話ですけどね。
  • wot-object @wot_object 2017-08-05 16:22:51
    motidukinoyoru 「各信用の単位の統一」→「統一された信用単位に基づく貨幣システム勃興」において、債権が個々の債務から解放されたという含意があることについては見逃しておりました。商品貨幣説においてはある商品がニュメレール財として成立する過程が描かれる一方、現在の信用貨幣説では個別の債務に紐づく債権が個別の債務から解放され一般受容性を持つに至る過程の記述が薄く読解が足りていなかったようです

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