- motidukinoyoru
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@motidukinoyoru 大麦(シェケル)が貨幣単位になったのは、実際に大麦を貸し付け、大麦で返済するという過程が有ったからだと思いますけどね。 なので実物貨幣のが、信用貨幣(負債証書)よりも先行してると思いますよ。
2017-03-22 08:45:29大麦の貸借があるというだけでは、そこにあるのは(まだ)信用経済であって、通貨経済ではない。 通貨経済になるには、信用の単位が統一されて、単位の統一された信用が広範に決済能力を持つようにならなくてはならない。 「原初貨幣は信用と実物の間の子」くらいが保守的見解。 @KF0612
2017-03-22 09:05:24@motidukinoyoru その辺は微妙な所で議論に決着は見てないでしょ。例えば中世でも帳簿や会計がめちゃくちゃでも決済が成立していたり、当事者同士が納得すれば問題無いわけで、重要なのは信用であって、必ずしも厳密な計算単位が必須とは言えない訳です。
2017-03-22 09:27:51@motidukinoyoru あくまでグレーバーの負債論を元にすればの話なので、負債論を是とするなら、実物貨幣が貨幣の起源となると思いますね。
2017-03-22 09:33:28中世の帳簿と会計が「どういう風に」めちゃくちゃだったかは興味がある。 何らかの計算単位がないと、厳密かどうか以前に決済それ自体が難しくなるし、だからこそ通貨(通貨単位)というものは必要にされたのだと思われる。 @KF0612
2017-03-22 09:52:23twitter.com/motidukinoyoru… アンコリさんとはこの部分の了解は取れている(おそらく、グレーバーの負債論とも矛盾がない?)ので、この議論にどういう「まとめ」を与えるかだけが問題だ。 私はこれを「実物貨幣先行」とまとめるのは誤解を生むと思う。 @KF0612
2017-03-22 09:54:36順序としては、まず貸借関係がある単位(大麦のような本当の意味での商品であったり、計算手段として利用された石や金属であったり)で整理されるようになり、その単位がある程度共有されるようになったら、通貨として利用可能になる、というものである。 @uncorrelated
2017-03-21 02:22:56KFさんやアンコリ先生の定義だと、信用貨幣と呼べるのは、ある信用(例えば政府負債としての国定通貨)が単位として用いられたときだけだ、ということになってしまうと思うのだが、私はそれは信用貨幣の定義としてあまりにも狭すぎると考える。 @KF0612
2017-03-22 09:57:13信用貨幣は、まさしく文字通り、(単位共有などの何らかの方法で)広範に決済可能になった信用のことであると定義すべきだと私は思う。 このような妥当な定義に基づけば、たとえ単位が何かしらの実物であっても、それが信用貨幣でない、ということにはならない。 @KF0612
2017-03-22 09:59:36twitter.com/motidukinoyoru… 何度も持ち出して申し訳ないが、このツイートの例でいくと、通貨(決済手段)として機能しているのは、あくまでツケ(信用)であって、大麦は(通貨としても使えるが、この場合においては)あくまで単位に過ぎないと見なすべきだ。 @KF0612
2017-03-22 10:02:11例えば、「すべてのツケは大麦換算で表現することにする」となった場合、「大麦1kg分の貸しでワインを買う」、「大麦10kg分の借りを労働で弁済する」となったとき、通貨(決済手段)として機能しているのは大麦か? というと、それはてんで違うでしょう。
2017-03-21 03:13:43@motidukinoyoru それについては他人から私も指摘されたことで、元ネタは楊枝先生だった気がしますが忘れました。 ちょうど今と似たような議論をしてて、私が望月さんサイドに立ってた気がします。
2017-03-22 10:37:42