金剛のものがたり。七話『零号たるもの』

はるか @Kurosu_Haruka

「那珂、気をつけてな」 「任せて！　でも那珂ちゃんたちの大いなる先走りで、なにも起きてなかったりして」 「それならいい。ただの笑い話で済む」 「ですねっ」 　でもきっと、それはない。 　海の向こうに、こう肌がざわつくなにかを感じる。 ──嫌な予感。 #金剛のものがたり

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あの時と同じ。赤城さんを失ったあの日と。 　急がなきゃ。 　私の命は私が好きに使う。だから── 「那珂、抜錨します！」 【金剛のものがたり。七話『零号たるもの』】 　深夜の海。金剛たちの取るはずの航行予定は私も頭にいれてある。 #金剛のものがたり

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「両舷全速前進っ！」 　体力のない金剛を連れての進軍。船足は決して早くない。でも一日の遅れ、間に合うかどうか。　　──間にあわせられるかどうかじゃない。 　間に合わせる！ 「那珂ちゃん、フルアヘッド！！」 #金剛のものがたり

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────── 　今更、軽巡が一隻現れたところでなんだって言うのよ。 　シーライオンの声が聴こえるようだ。 　周囲には深海化した軽巡が多数。潜水艦も大勢、船底の下に鮫のように潜んでいる。雷跡見るに、五隻は確実にいる。 　そうだね。この笑えるくらいの劣勢。　 #金剛のものがたり

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やれるだけのことはやろう。 　命は一つ。拾った命。そして得た自由の海。 「航海はしても後悔はしたくないから！」 ────── 　なにが零号艦隊だ。なにが金剛だ。旧日本海軍の亡霊め。もう一度、あの世に送り返してやる。 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

お前たち試作型より、私の造った弐型の方が勝ってると証明してやる。力を解放した金剛を倒して軍上層部のやつらに戦慄させてやる。私が天才だったと。深海化促進秘薬の全艦配備こそが勝利の針路だと。 「──え。"私の造った？"」 　これは誰の記憶だ。 #金剛のものがたり

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私の計画。私の夢。深海との戦いに勝利を。 　頭の中に浮かぶ記憶。声。 「うるさい！　誰よ、あなた！」 　私は。私は。 「──シーライオンよ！！」 　そう叫んだ刹那、海中にざわついた潮を感じ、私は身構える。 　なにかおかしい。あの軽巡。 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

──どうやって一日の航行距離の遅れを"たった一日"で埋めてきた。 「……ッはっ」 　一瞬の閃き。船体に刻まれた戦いのカン。そのおかげだろう。迫った水雷を私は辛うじて回避できた。 「下から！？　あの泊地には……海狼艦隊には潜水艦は私だけのはず！」 #金剛のものがたり

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周囲には無数の雷跡。謎の敵はかなりの数だ。 　その時、私は目にする。漆黒の海中。私たちのはるか下の深度で蠢く水色の光。 ──違う。この攻撃は艦娘じゃない。 「深海棲艦！」 　厄介な時に厄介な奴らが。 「私たちじゃなくて、金剛たち（あいつら）を狙いなさいよ！」 #金剛のものがたり

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その叫びに応えず、深海棲艦どもは私と私の部下との交戦を選んだようだ。敵味方の放った、無数の雷跡。魚雷の数にも限りがある。 「──まさか、あの女」 　こいつらを引き連れてやってきた？ 「面白いマネ、してくれるじゃない。那珂」 　ならお前から確実に沈めてやる。 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

急速浮上。確実にその命を奪うために。 　水面まで二十。放った水雷は那珂の船底を捉えた。 「……っ！？」 　浮上し、海上に出た私が最初に目にしたのは驚愕した那珂の表情。実に気分が良い。 ──しかし。 　着弾による水煙。 #金剛のものがたり

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かなりの損傷を与えているものの、那珂は怯まず、私を射抜くような眼で見据えている。 「あなた、その顔」 　桜色に輝く瞳。喉も薄っすらと輝いている。全身を光の筋が走り、異形と化したその姿は── 「深海化……！？」 「蒼い海。明日の夢。あの夏〜♪」 「な！？」 #金剛のものがたり

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金剛をかばうように立つ那珂は、なにを思ったのか突然歌い始めた。 「真夏の夜の海。投げ捨ててきたモノ〜♪」 　タタン。リズムに合わせて那珂は船体を叩き、そして彼女の砲は楽器のように音楽を奏でる。 「忘れてしまった幼い頃の希望を〜。取り戻しに。──いこう！♪」 #金剛のものがたり

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「こいつ……！」 　この不快感。船体の構成を占める十割の深海細胞が共鳴している。この歌声。まさか── 「NEXT　FUTURE♪！　艦娘の夢は。終わらない夏の夜の海！　朝日を求め、絶望に向かう！　つよさもやさしさも美しさも、その胸のうち〜♪」 「共振操作！」 #金剛のものがたり

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海上でも深海棲艦の襲撃に合い、部下たちは激戦を繰り広げている。そしてあの化物どもは矢矧や浜風を守るような動きを取っている。 「お前が操ってるの……？」 「夢つかむ、その日〜まで！　心折れずに絶望に何度でも立ち向かう姿！♪」 　那珂は左手を開き前方に向ける。 #金剛のものがたり

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「──金剛石（ダイアモンド）のように──♪」 　伴奏。満足げに微笑む那珂。 ──美しい。 　一瞬、歌に心を奪われた自分に嫌悪する。 「これが零号のちからだとでも言うのか……」 「零号艦隊の艦娘はね、単艦で戦局を変えられるから零号なんだよ」 「なに……？」 #金剛のものがたり

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「どんな不利な戦局でもマイナスを零に押し上げる。だからこその──」 　那珂は人差し指を立て、腕を力いっぱい天に向ける。 「零号艦娘！！」 　その瞬間、深海棲艦どもから歓声が上がる。 「みんな、ありがとぉ〜！　♪」 「お前は……お前は……」 　殺してやる。 #金剛のものがたり

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放たれた水雷。しかし、那珂は動こうとしない。 　そうか。背後の金剛を庇って── 　私はほくそ笑む。死ね、その無能を守りながら。 　着弾と水煙。 「あはは、また死んだわよ、金剛！」 「……死なないよ！」 「なに！？」 　傷つき、深海化した艤装も崩れている。 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

「──なのにどうして、お前は笑ってられる！」 　どうして、そこまでつよくなれる…… 「シーライオン」 「……なに？」 「あなたには命を賭してでも守りたい友達っていなかったの？」 「命を賭してでも……」 　──守りたかった友達？ 「私には……」 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

────── 「こんにちは、ガンビア。フフ、今日も駆逐艦たちの世話？」 「ああ、シーライオンか。こんにちは」 「あなたって世話焼きよねぇ」 　ガンビアは駆逐艦たちに変わったおもちゃを渡し、こちらに向き直ると優しく微笑む。 「私のことも構いなさいよ」 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

「すまないね。寂しかった？」 「なによぉ。わかっているくせに」 　私は椅子に座る彼女の膝に腰掛けて微笑む。 「こら。駆逐艦（小さい子）が見てるよ」 「いいじゃない別に。フフ」 　祖国アメリカの港町。綺麗な一軒家の玄関のテラスで私と彼女は体を寄せ合っている。 　 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

「のどかねぇ」 「ああ。平和が一番さ」 「そぉ？　刺激がないとつまんないわ」 「私はシーライオンとこうしている時間が一番幸せだよ」 「む……バカ。照れくさいじゃない」 「ごめんごめん」 　そうして笑いあった彼女はレイテの戦いで還らぬ艦娘となった。 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

────── 「私の大切な相手？　あは。バカじゃないの。そんな艦娘とっくにとっくにとっくに──」 「……シーライオン、あなた」 「金剛がレイテで沈めたじゃない！！！！！！！」 「わ、わたしガ？」 「ガンビアを殺したあなたを許さない。絶対に！」 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

お前も何度だって殺してやる。 「沈め！」 　私はさらなる水雷を放った。すべての憎しみと。 ──そして。悲しみをこめて。 ────── 　 　水雷の着弾。爆音。そして水煙。もう水雷はたくさんだ。 　わたしは海面に座り込んだまま呆然とし続けている。 #金剛のものがたり

はるか @Kurosu_Haruka

「那珂ちゃん」 　わたしの前に仁王立ちし、水煙の中で見る彼女の背中はとても広く力強く感じた。 　──でも。 「金剛さん……今までほんとに……」 　ゆっくりと私の両手に、那珂は倒れ込んだ。 「ありがとう」 「那珂ちゃん」 「金剛さんに教わったとおり、えへへ」 #金剛のものがたり