へるげえむアリス・ロンド『それぞれの視点』

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はるか @Kurosu_Haruka

『灰咲ホルンのばあい』    壁にかかったロウソクだけが頼りの暗い部屋。照らされるのはダークゴシック調の素敵な部屋。その中央で椅子に縛りつけられた少女が憎しみの目で、わたくしを見上げていた。 「その瞳に歓びが浮かぶまで付き合いますよ」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 10:37:33
はるか @Kurosu_Haruka

ロウソクに照らし出された、わたくしの完全なる調和のとれた裸体。そしてこの口を通してフルートが奏でる完全なる美。   「どうでしょう?」  演奏を終え、わたくしは微笑む。 「美しさを理解できましたか?」 「い、いかれてやがる……」   #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 10:46:56
はるか @Kurosu_Haruka

「それではもう一曲」 「解けよ!」  拘束された少女は、もがき暴れ始めた。 「困りました。演奏の邪魔になってしまいます」  わたくしは仕方なく、脱ぎ捨ててあった自分の下着を彼女の口へ押し込める。 「ぐ!?」 「完全なる美を識るため。あなたのためです」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 10:51:19
はるか @Kurosu_Haruka

わたくしは微笑み、背筋を伸ばす。 「あなたを高みの次元へ引き上げるためなら、幾度でも奏でましょう」 「んぐ……!んぐあ〜っ……」 「澄んだ心で聴いてくださいね、うふふ」 「んぐうううう……」 「新たな時代のセレナーデです」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 10:55:40
はるか @Kurosu_Haruka

── 「灰咲先輩。昨日のフルートコンクール入賞おめでとう」  冬の校舎。吹奏楽部の部室。妬ましげな表情で、わたくしを睨みあげる少女は一年生の日陰響子だ。 「ありがとう。あなたは残念だったわね」 「残念でしたよ……」  舌打ちをして響子は部室を立ち去る。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 11:56:25
はるか @Kurosu_Haruka

夢桜学園の宝玉。そう呼ばれ、もてはやされてる裏で、灰咲はなにも努力せずに夢を叶えた女と揶揄されているのを知っている。 「努力をせずに得られるものなんてなにもありませんのにね」  わたくしは人気のなくなった部室でフルートに唇を当てる。優しい音色が溢れる #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 12:01:36
はるか @Kurosu_Haruka

弛まぬ努力が完成された美を創る。そして日々の研鑽が明日の勝利への鍵となる。 「コンクールで優勝できなかったのは、努力が足りていなかったためでしょうに」  ただそれだけ。愛されないのも、注目されないのも本人の努力が不足しているため。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:19:45
はるか @Kurosu_Haruka

「努力なしになにかを得ようとしているのは、みなさんのほうでしょう」  わたくしは演奏しながら腹話術で話せるという調律の取れた神技を披露しつつ、窓の外を見つめる。 「空は美しい。そうあるべき美しさをあるべく、みなへ享受させてあげるのが、わたくしの使命」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:22:01
はるか @Kurosu_Haruka

奏でましょう。そう微笑み、わたくしは狂ったように演奏を続けた。 ──── 「どうでしょう?」 「どうもこうも同じ曲……一週間も聴かされ続けたら狂いそうに……だな」 「そうですか。それでは次の演奏に──」 「わ、わかった! 灰咲先輩の演奏は最高だ!」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:25:46
はるか @Kurosu_Haruka

「最高ですか。ありがとうございます」 「あ、ああ。だから縄を解いてくれ……」 「お断りします」 「なんでだよ!?」 「日陰さんに最高の演奏を、もっと聴いて頂かなければ」 「嫌だ……!」 「では次の演奏を」 「せめて服を着てくれ!」 「お断りします」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:28:37
はるか @Kurosu_Haruka

吐きそうな表情の響子に微笑み、わたくしは舞うようにその場で回転する。 「音楽と一体化するためには着衣など無粋でしょう?」 「狂ってやがる……」 「それでは次の演奏を始めます」 「もうやめろぉ!」 「お静かに。また口へ下着をねじ込まれたいのですか?」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:32:59
はるか @Kurosu_Haruka

体感にして百年。わたくしの音楽を聴き続け、日陰響子は幸せの中で逝った。『時間の進まない部屋』。わたくしが作り出したあの部屋で彼女は完璧なる調和の世界へと旅立のだ。 「次の演奏会に招くのはどなたにしましょう」   #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:37:29
はるか @Kurosu_Haruka

いくつにも枝分かれし、入り組んだ不思議な廊下に出て、わたくしは微笑む。視界内に男女を捉えたからだ。 「あら。ごきげんよう」  警戒したように男は女をかばうように前に立つ。 「危害を加えるようなら容赦しねぇぞ……」 「危害だなんて、そんな。ありえません」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 13:43:19
はるか @Kurosu_Haruka

フルートを構えて、わたくしは微笑む。 「これから至福の刻をお届けするのですから!」 「は、はあ!?」 「響け、カルテット!」  銀色に輝く美の象徴へと生命の吐息を注ぐと、溢れた無数の音符が男女へと向かう。散弾のように。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:39:31
はるか @Kurosu_Haruka

彼女たちが音符に触れると瞬時に、わたくしたちは薄暗い部屋の中へと転送される。原理は知らないが、わたくしの力はそういうものなのだ。 「ようこそ、わたくしの聖室へ」 「な、なんなんだよ、この部屋! それにカルテットって、おまえ、一人じゃねえか……!」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:41:38
はるか @Kurosu_Haruka

男女は取り乱し、喚き散らしていた。椅子に縛りつけられ、拘束されていれば当然の反応かもしれない。しかし、その苦痛も百年後には歓びが勝り、わたくしへと感謝するようになる。 「この部屋は外とは時間の流れが違います」 「じ、時間?」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:44:13
はるか @Kurosu_Haruka

「そう。この部屋で何年、何億年過ごそうが歳をとらなければ空腹にもなりません」  男は唖然とし、青ざめる。 「さっそく演奏会といきたいところですが──」 「い、いいから離せよ!」 「男性の前で肌を晒すのは、さすがに恥ずかしいです」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:46:26
はるか @Kurosu_Haruka

頬が熱くなるのを感じ、わたしは彼から目を逸らす。 「つ、ついていけねぇ……」 「退席願いますか」 「いいから、離せって言──」  激昂しかけていた男子生徒の顔は雑巾を絞ったように捻じれ砕ける。あたりに血煙が舞う。 「ひっ……智くん!」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:49:35
はるか @Kurosu_Haruka

「これで心置きなく、あなたを完成された美の世界へと導けます」 「い、イヤよ……」  わたくしはおもむろに制服を脱ぎ始め、彼女へと微笑む。 「大丈夫です。理解できるまで何度でも繰り返しますから、うふふふ」  楽しい時間はあっという間に過ぎる。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:53:35
はるか @Kurosu_Haruka

百年でも千年でも。わたくしは美の伝道師。その労力は厭わない。   ────  体感にして五十年もの月日を、あの部屋で彼女の過ごした。 「良い仕事をしました、うふふ」  もとの廊下に戻った、わたくしの手には数字の『3』が刻まれていた。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:55:43
はるか @Kurosu_Haruka

「神が与えてくれた、この力」  ──美の伝導のために使いましょう。  そう独りごち、わたくしは軽やかな足取りで階下への道を隔てるシャッターへと向かう。 「楽しいラプソディになりそうです」  うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 16:58:00
はるか @Kurosu_Haruka

《灰咲ホルン》 十四歳。夢桜学園二年生。 フルートを演奏し、視覚化された音符を飛ばして攻撃をする。音符に触れた者は時間の止まった『部屋』へと、椅子に拘束された形で連れ去られる。 生徒たちへ完璧なる美を教えるために、教師のような気持ちでへるげえむに臨む #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 17:04:13
はるか @Kurosu_Haruka

『百合鴎ゆりかのばあい』    転校すればなにかが変わると思っていた。新しい場所、そして変化した環境。 「なにも……変わらない……」  ボクは眉をひそめ、机に突っ伏す。  つまらない授業。つまらない人間関係。 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 17:26:44
はるか @Kurosu_Haruka

小学生の頃に大きな事件を起こして、北海道にはいられなくなった。だから『ボクの起こした事件』が風化しかけている奈良県の学園へ転入した。それなのに日々は退屈そのもの。 「また『事件』……起こしちゃおうか……」  ボクは小さな筒の付いたキーホルダーをいじる #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 17:29:14
はるか @Kurosu_Haruka

この中には黒色火薬が入っている。ボクは小さな頃から爆発を見るのが大好きだった。  緩やかな風が頬をくすぐる、のどかな教室。嫌いじゃない。嫌いじゃないけど。 「壊したくなる……」 ──── 「がふっ。百合鴎……おまえ」 「……黒焦げだ」 #へるげえむアリスロンド

2017-05-03 17:35:41