#ダークエルフ王国見聞録 その14

著者 へどばんさん pixiv版(https://www.pixiv.net/series.php?id=823771) 結婚式のはなし
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へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

里の西を流れる川が山脈からの雪解け水でその幅を増し、里の東の山原には畑や果樹園の間に色とりどりの花が咲き乱れる春の季節、鳥が囀り蝶が舞う朝に、黒の長衣と黒線で複雑な模様を描いた藍色の頭巾をかぶった私は山裾にある里の祠の前に据えられた椅子に座っていた。 #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:39:05
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

私の座る椅子は祠の正面にあり、黄金色の帯で藍と黒が絡まり合う模様の襟と袖を持つ黒衣の里の成人男性数名が左右の椅子に座っている。私と祠の間には篝火が二本据えられており、祠の前には家人を連れた里長が祭祀用の服を纏って祠に向かって祝詞を唱えている。 #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:39:18
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

「我が里を見守る月と豊饒の女神よ、この春の善き日、我が里に新たな男をカノピウス・パーンセラの夫として迎えることを申し上げます。この者にも厚き加護のあらんことを。さぁ、学士殿、こちらへいらっしゃい」 里長は私を手招きする #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:39:35
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

予め教えられていた通り、私は燃え盛る二つの篝火の周りを歩いて、その間を数度通ってから祠の前に歩み寄る。これは、火によって身の穢れを払うための所作である。祠の前で頭を下げ、里長が鈴を鳴らし、水壺に浸して濡らした常緑樹の枝を振いながら、再び祝いの言葉を紡ぐ #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:39:52
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

今日は私とパーンセラの結婚式が行われる。妻となるセラは昨晩に里の家長達の列席の元、祠の前での儀式を終えていた。普段の居候先の家ではなく、里長の家で昨晩を過ごした私は里の男衆が見守るこの儀式を終えて後、セラの家へと向かい、婿入りの儀式をすることとなる #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:40:21
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

頭上を流れていく里長の祝詞を聞きながら、私はこのようなことになった経緯を思い出していた。セラとは恋仲となっていたのであるが、私が彼らにとって異種族であることに加え、また、そもそも里では夫帯する女家長は多くないことから、婚姻が認められるかは不確かであった #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:40:52
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

以前に記した様に、都市部とは異なり里では定住する成人男性は少なく、他の里の少年と女家長達が交わる夏の大水青蛾の儀式や吟遊詩人や行商人といった里を渡り歩く男性との夜伽などが、女家長達が種を得る機会であり、それらは婚姻の形態をとるものではない。 #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:41:28
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

しかしながら、私が昨年の晩秋に王都に呼び出された際、女王の厚意であるのか気まぐれであるのか、私とセラの婚儀を許可するよう、民部卿を介して“熊鷹”氏族の長に伝えられた。私を神祇官として採用するのに、異邦人のままであるのは好ましくないとの理由であった #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:41:47
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

女王は百術千慮の御方であるため、或いは私に神祇の職を与える際に婚儀のことも考慮に入れていたのかもしれない。氏族領では氏族の法が優先されるとはいえ、女王陛下の推挙を断ることは難しく、また氏族長もセラと私を好ましく思っていたのか、これを快く受諾した #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:42:07
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

神祇官の上司に、そもそもダークエルフと異種族との婚姻は許されるのか尋ねたことがある。この質問に対し、同胞の胎から生まれ、氏族の精霊の祝福を受ける者は全て同胞であって、婚姻も子を為すこともダークエルフ王国の法にもしきたりにも反しないと彼女は答えた #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:42:43
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

明確な女系社会であるダークエルフ達は、誰の種ではなく誰の胎から生まれたかを重視することは以前に記した通りである。また、逆にダークエルフの男性と他種族の女性との婚姻は禁じられ、その間の子はダークエルフの同胞としては通常であれば認められないそうだ #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:42:59
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

黒の女神の血族を祖とし、その末裔であることを自負するダークエルフ達にとってその血が薄まることは好ましくないことと考えられているが、そもそも婚姻が可能な自由民である異種族の男性は国内に乏しいことから、同系で複数の異種族婚が繰り返される心配はほぼ無い #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:43:11
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

しかしながら、祖父母四人の内、三人以上がダークエルフでない場合には、その孫はダークエルフとしては認められない。また、例え母がダークエルフであっても、他種族による強姦の結果など、氏族の祭祀によって祝福を得られない子はハーフダークエルフとして忌まれる #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:43:26
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

それでも、種族としての純粋性を非常に重んじ、ハーフエルフを同族として認めないライトエルフに比べれば、混沌と豊饒の女神を信奉するダークエルフは、時に他種族の血を入れることが豊饒さや力を生むと考え、種族としての純粋性への拘りは若干緩いのかもしれない。 #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:43:39
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

氏族長から婚姻を申し出るように伝えられた私とセラは、喜んで婚姻の許可を願い出てその場で認められた。セラの夫帯は氏族長が管理する戸籍に既に記録されているが、冬が深まり始まる時期であったため、婚姻の儀式は冬が明けてから執り行われることになり、今日を迎えた #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:43:53
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

この冬の間、私は婿入りの際に必要な結納の品々を買い求めると共に、機織りの男性の家に通って壁掛け布を織っていた。里では機織りは男性の仕事であり、婿入りの際に妻の家の壁に掛ける布を婿入りするもの自らが織って作るのがこの里の倣いである #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:44:07
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

蜂飼いの女性の夫である機織りの男性は、自らが婿入りの際に織ったという壁掛け布を指し示し、家にある時は常に夫婦和合の心を忘れぬよう、種族や氏族の縁起、夫婦を象徴するものを織り込むのだと教えてくれ、先ずは自由な発想で布の図面を引いてみるように言われた #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:44:34
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

私は満月を囲むように枝を伸ばす黒肌の大樹、その横枝に止まる雌の熊鷹とそれを水面から見上げる黒鴇、それらを移す水面という上下対称の図面を描いた。月は黒の女神を象徴するものの一つで、大樹が大地と空をつなぐことで種族の繁栄を意味させた #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:44:54
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

雌の熊鷹は氏族の中でも誉れ高い剣士であるセラのことを象徴し、西方の国々では知恵や書記を象徴すると言われる黒鴇は私のことを意味する。斯様な意味合いを機織りの男性に説明すると、良い図案であると褒めてくれた。彼の指導を受けながら数か月でなんとか完成させた #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-11 21:45:10
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

また、妻であるセラも婚儀に臨む前に行うべきことがあった。それは褐色の肌に入れられた刺青に新たな紋様を書き加えることである。ダークエルフ達は家系を紡ぐ女性たちは、その属する氏族の縁起や家系の連なりを三代ほどに渡って表現した刺青を肩から上腕にかけて入れている #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-14 22:30:56
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

婿を取った者はそのことを示す模様を書き足し、更に子を為した場合には婚儀の際に書き足した部分から更に模様を継いでいく。このため、母と娘ではその刺青はよく似ているが、模様の根元の部分と枝先の部分が異なることになる。また、この刺青は成人していることを示すものだ #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-14 22:31:18
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

結婚の儀式の一週間程前、セラと共にこの刺青の儀式に参加するべく、里の外れにある薬師コルヴァスの家へと向かう。この儀式も里での祭祀を司る里長の差配によって行われるが、刺青に用いる薬品や染料を調合するのは薬師の仕事とされている。 #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-14 22:31:34
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

片肌脱ぎとなって布が引かれた台にうつ伏せとなったセラに、薬師は芥子の樹液から調合した痛みを和らげるという薬を少し飲ませ、布を巻いたものを噛んでいる様にと彼女に伝える。台の横では、鉱石を細かく砕いたものや乾燥させた何か植物の葉を坩堝の油で煮出している #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-14 22:31:53
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

この煮えた油を布で濾して、更に別の鉱物や植物を加えて熱した後、そこに蛇の血を加えると高温にもかかわらずその血が固まることはなく、赤い色が溶液全体に広がっていく。 「普通は黒の染料を用いるのであるがな。此度は異種族との婚儀なので赤の染料を用いるのだ」 #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-14 22:32:17
へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

そのように説明した薬師は、煮える赤の染料に筆先を付け、新しく加える部分の紋様の輪郭をセラの肌に描く。その刺青は枝葉を広げていく樹のようでもあり、所々に円弧と分枝を螺旋に組み合わせたような部分があって、そこから紋様の広がりが続いていく #ダークエルフ王国見聞録

2017-06-14 22:32:37