不完全版 自律的言語能力の問題から記述と説明の関係まで #gengo

認知言語学においては自律的な自然言語能力は帰無仮説であるという指摘から、認知言語学においては何をもって自然言語とみなすかという議論になり、さらに言語理論における記述と説明の話に発展。 一部のつぶやきは古すぎたり鍵がかかってたりしてサルベージできなかったけど、拾える分だけでも有用なのでまとめるよ。 なお、この議論の途中で東日本大震災が発生し日本は大混乱に陥ったが、余震も津波も言語学者たちの探究心を曇らせることはでき(略
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azumayama @azumayama

自律的言語能力を仮定しない場合に,同じことについてなにがいいうるでしょうか。一般的認知能力の現われとしての言語,手話というだけですと,一般的認知能力の現われとしての音楽,建築,プロレスというのと少しも変わりなく思え,自然言語であることを示したことにならないように感じるのです。

2011-03-10 02:18:08
Soya Mori @SL_at_IDE

Tweetの短い文ですと、ご趣旨を正確に把握できているかどうか分からないのですが、音楽等と異なるのは、他の言語と同じ構造が手話にもあることだと思いますが。 RT @azumayama: 自律的言語能力を仮定しない場合に,… (cont) http://deck.ly/~UIBEt

2011-03-10 08:52:34
Soya Mori @SL_at_IDE

認知言語学では、なにをもって自然言語だと見るという見解になっているのでしょうか?ご教示願えれば幸いです。 RT @azumayama: RT @satounaoto: @SL_at_IDE 一点危惧ですが、生成文法は自然… (cont) http://deck.ly/~qRdXc

2011-03-10 10:31:06
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE ご意見・ご質問をありがとうございます。触発されることが色々とありますので,少し考えさせて・調べさせていただき,夜にでもお答えさせていただきたいと思います。色々と考えてなかったことを考えるきっかけになり,大変ありがたく思っております。

2011-03-10 11:59:00
azumayama @azumayama

その動機,なにからの要請かは様々だと思いますが,ある程度豊かな内容をもつ言語機能(の初期状態)という発想から,手元の道具とその適用範囲を強く制限するという方向に進んできたという変化自体 RT @satounaoto 最近では狭義統語論の持ち分を極限し... @SL_at_IDE

2011-03-10 20:33:24
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE (言い替えると,言語固有の能力により説明する領域が狭まってきたという変化自体)が興味深いと思います。仮に,ある段階からの研究成果が,原理とパラメターの数が増えることばかりであったとしたら,変化ないなあと感じたことと思います。

2011-03-10 20:35:51
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE その種の変化を興味深く感じるのは,さらに研究が進んで,言語固有の能力の守備範囲が限りなくゼロに近づく(ゼロになる)とか,言語固有の能力として想定すべきものがゼロに近づく(ゼロになる)という可能性を有している発想法と感じられるからです。

2011-03-10 20:38:05
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE もしその段階に至れば,言語固有の能力はないということを明らかにしたことになるでしょうし(単にないという主張を繰り返すだけとは大きく違います),そうなれば,それを仮定することなく言語を説明すればよいと思うのです。

2011-03-10 20:41:32
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE つまり,Taylorのいう意味でのnull hypothesisとかthe natural starting pointと呼びうるのは,それを退けうる可能性を有しているという点で,言語固有の能力を仮定することの方だといえましょう。

2011-03-10 20:44:54
azumayama @azumayama

言語能力の現れとしての数学能力と考えるか,数学能力の現れとしての言語能力と考えるかは,それぞれ方向性 RT @satounaoto Chomskyは言語はペアノ算術採用で考えられる数学的能力にある再帰性が言語に適用、は誤りで逆だと述べていましたがより明確に。@SL_at_IDE

2011-03-10 20:59:30
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE を含む主張ですので,単に両者の類似性を指摘すること以上が求められるでしょうから,なかなか論証するのが難しいと思いますが,もし前者であることが明らかにできますと,言語学から数学に基礎づけを与えることができそうで,大変面白いと思います。

2011-03-10 21:00:29
azumayama @azumayama

@satounaoto @SL_at_IDE 引用元をなぜか自分にしておりましたので,訂正いたしました。というわけで,また後ほどお願いいたします。

2011-03-10 21:02:17
Soya Mori @SL_at_IDE

いろいろとご丁寧にありがとうございました。手話の言語の部分というよりも、生成的なアプローチの限界というご指摘、了解いたしました。認知言語学も含めて、当方もまだまだ勉強中です。またいろいろと教えて頂ければ幸いです。 @azumayama @satounaoto

2011-03-10 22:15:16
azumayama @azumayama

@SL_at_IDE @satounaoto先生のコメントを伺って考えたことですが,「音楽等と異なるのは、他の言語と同じ構造が手話にもあること」というときの構造を一般的認知能力の現われ(ないし,それに由来するものと)と大雑把に考えるとすると,その種の構造は,

2011-03-10 22:48:57
azumayama @azumayama

@SL_at_IDE @satounaoto たとえば,建築にも見て取れるでしょうから,いわゆる自然言語,手話,建築の共通性を捉えることはできても,自然言語と手話の同一性(手話が自然言語以外の何かではないという点)を捉えることにはならないのではないかと思いました。

2011-03-10 22:50:34
azumayama @azumayama

@SL_at_IDE @satounaoto 先生方の手話を自然言語と考えるお考えには賛成いたしますので,よけいに気になりました。

2011-03-10 22:51:17
Soya Mori @SL_at_IDE

まだよく理解できておりませんが、建築も出てくるというのは、認知言語学では、たとえば、いわゆる二重分節のようなものも一般的な認知能力で説明しているのでしょうか? RT @azumayama: @SL_at_IDE @sat… (cont) http://deck.ly/~ssGLt

2011-03-10 22:53:26
azumayama @azumayama

@SL_at_IDE @satounaoto 下記の,なにをもって自然言語とするかという点については,すみませんが,もう少しお時間をいただきたいと思います。

2011-03-10 22:56:51
Soya Mori @SL_at_IDE

私自身の場合には、それぞれの言語の持つ具体的なありよう、文法なりの仕組みがきちっと解明できれば良いと思いますし、その時に、各言語で共通したいくつかの特徴が見えてくることが大事だと思っています。まず自然言語ありきではなく… (cont) http://deck.ly/~ocIeA

2011-03-10 22:59:40
azumayama @azumayama

@SL_at_IDE 建築を持ち出しましたのは,「建築の言語」(建築を言語になぞらえる見方)を念頭においてのことでした。二重文節につきましては,複数の要素にまとまりを見出す能力,カテゴリー化の能力,スキーマ抽出の能力などを想定することになるでしょうか。

2011-03-10 23:17:22
Soya Mori @SL_at_IDE

生成と認知という話から、言語学とはそもそもなんなのかという話にまで展開していきました。ただ自分自身については、音声と手話という二つのモーダリティの間での壁をどう超えて、言語一般の特性を見いだすのかということの方がずっと先だという気がしてなりませんが。

2011-03-10 23:25:12
azumayama @azumayama

ご存知かもしれませんが,島の条件については,Paul DeaneのGrammar in Mind and Brain.という試みがありますので,念のためお知らせいたしておきます。では,おやすみなさい。 RT @satounaoto 島の条件/下接の条件 @SL_at_IDE

2011-03-11 01:38:32
ずかし♡手作りツイート @ZukashiT

Island EffectはProcessingの限界だという説もありましたね。@azumayama @satounaoto @SL_at_IDE

2011-03-11 01:51:38
azumayama @azumayama

@asaokitan @tossijp @azumayama @satounaoto @SL_at_IDE 島の制約で説明された「現象」が別の観点から捉えうるということで,制約そのものが別の何かにとってかわられたわけではないという点は注意しておきたいと思います。

2011-03-11 07:46:12
azumayama @azumayama

@asaokitan @tossijp @azumayama @satounaoto @SL_at_IDE また,よくある言い回しかもしれませんが,この種の現象は,おそらくは理論中立的でありながら,生成文法の前提と方法論があったからこそ,その存在が自覚された現象だと思います。

2011-03-11 07:47:28
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