渡部直己×佐々木敦「小説の『自由』度について」【ゲンロン佐々木敦 批評再生塾 第3期 #3】

小説の「自由」度について – ゲンロンカフェ http://genron-cafe.jp/event/20170712/ 小説の「自由」度について http://school.genron.co.jp/works/critics/2017/subjects/3/ 本年度は、「文学」関係のワークショップが、私の担当もふくめ三回に限られているようだ。よって、今回は、区々たる課題ではなく、上記のような「大風呂敷」を与えたくおもいます。 素晴らしい言葉だが、その人だけには言って欲しくなかったものとして、「小説といふものは何をどんな風に書いても好いものだ」(森鴎外『追儺』一九〇続きを読む小説の「自由」度について – ゲンロンカフェ http://genron-cafe.jp/event/20170712/ 小説の「自由」度について http://school.genron.co.jp/works/critics/2017/subjects/3/ 本年度は、「文学」関係のワークショップが、私の担当もふくめ三回に限られているようだ。よって、今回は、区々たる課題ではなく、上記のような「大風呂敷」を与えたくおもいます。 素晴らしい言葉だが、その人だけには言って欲しくなかったものとして、「小説といふものは何をどんな風に書いても好いものだ」(森鴎外『追儺』一九〇九年)という名句が、出題者の念頭にあります。あるいは、小説が、言語芸術内の「捨て子」もしくは「私生児」であるというマルト・ロベールの卓言。その「捨て子」の「自由」度といったものを、①同じ言語芸術内の別ジャンルみならず、映画・演劇・音楽といった他の表現ジャンルとの比較を通して、②可能な限り具体的に、考察してください。 もちろん、逆にその「不自由」度でも、何ものかに対する思いがけぬ「正嫡」性でもかまいません。また、「批評」(もしくは、他人に読ませる「文章」)として成立していれば、①②の条件を無視しても構わない。 ともかく、この「大風呂敷」に、思い思いの言葉を、大胆かつ繊細に包みこんでお届けください。
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