まどかマギカから学ぶ「童話(メルヒェン)としての魔法少女」学

マックス・リューティの『昔話の本質』などを参考文献に。 途中に出てくる「まどマギが両者の文脈を接合させる物語を描くまではなんとも言えない」というくだりは、↓の予想も意識して発言しています。 Togetter - 「「ゼロに至る物語」として予想するまどかマギカ」 http://togetter.com/li/107556 続きを読む
魔法少女まどかマギカ 作品考察 泉信行
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泉信行 @izumino
ジュエルペットてぃんくるの録画見直すと、「禁じられた魔法」に命を懸けてしまう女の子っていうのはパターンとしてあって、やっぱり「よい魔法(の国)」と「悪い魔法(の国)」の対峙をとっぱらって、禁忌魔法しか選択肢のないのがまどかマギカという感じだな
泉信行 @izumino
まどマギ以降の魔法少女はまどマギを意識せざる云々〜という意見を散見するけど、まどマギって「悪の魔法少女(救われる側)しか出てこない魔法少女」という見立てでFAじゃないですか。ミサしか出ないプリティサミーアルマしか出ないジュエルペットというか。それを本来の魔法少女と混同してもね
泉信行 @izumino
「ガメラが出てこなくて自衛隊が苦労してレギオンと退却戦するだけの怪獣映画」や、「バットマンが出てこなくてデントがジョーカーと酷いことになるヒーロー映画」を作ったとして、「自衛隊の無力さを踏まえないともうガメラは描けない」とか、「デントの敗北を踏まえないと~」ってのは違うでしょう?
泉信行 @izumino
今後「悪の勢力側の魔法少女」がアニメに出てきたら、「ああこの子たちが孤独だったらまどマギみたいに苦労しないといけないんだろうなあ」と感情移入しやすくなるのがせいぜいで、「被害者側の魔法少女が可哀想」なのは変わることはないんじゃないかな。主人公サイドの問題と混線させちゃまずいでしょ
伊久新之助@GooglePlusRefugee @nattosansai
@izumino リリカルなのはのフェイトちゃんでしょうか?ボス(魔まマにおけるキュウべえ)がいて、その指揮下にいる魔法少女
泉信行 @izumino
ジュエルペットてぃんくるでいうと、バンデット(禁じられた魔法)がQBでアルマがさやかやほむら達だし、なのに「あかりとルビー」の関係が「まどかとQB」の関係に対応するような物言いするなら、さっき言った「自衛隊とガメラを混同する」くらいに見方が顛倒してると思われますよ
伊久新之助@GooglePlusRefugee @nattosansai
ジュエルペット見てNEEEEEその時間三国演義見てるわ
泉信行 @izumino
@nattosansai まあ「ダーク◯◯」って名前がつきそうな、主人公サイドのシャドウ全般ですよね
泉信行 @izumino
共通のモチーフとしてメルヒェンや幻想文学があるのですが、「禁じられた魔法に手を出す物語」の文脈と、「大人になる過程に出会う魔法の物語」の文脈が接合したところに魔法少女アニメは成り立つわけで。まどかマギカもここを接合させる物語を描くまではなんとも言えませんね、と
H.イワシタはエンドゲームで帰ってくる @iwa_jose
@izumino まどマギはキッズアニメじゃないよね、っていうのもポイントかと。また、まどマギは「魔法少女もの」のコードを更新したというよりは、ホラー等の別ジャンルのコードが同時に参照されているワケで、SFミステリ作品xのSF性を踏まえねば以降のミステリは…と言われてもという。
泉信行 @izumino
.@iwa_jose さっき書きましたが、共通コードとしてのメルヒェンにまで遡るなら文脈の共通性を見出せるんですけどね。まぁそれも「赤い靴」を引用した作品で「シンデレラ」の系譜の作品を語れるのか、って感じになってきますがw(シンデレラと赤い靴を融合させるのがテーマの作品ならアリ)
伊久新之助@GooglePlusRefugee @nattosansai
僕の想像する「魔法少女」ライブラリの中に、魔まマは新たなジャンルを拓いた。これまでは、僕の中で「魔法少女」といえば「魔法少女リリカルなのは」「シムーン」「奥様は魔法少女」「おジャ魔女どれみ」だった。
泉信行 @izumino
そういう意味では従来の魔法少女アニメの作り方の方がバロックで、夢のある魔法、禁断の魔法、みたいな複数のメルヘン要素をひとつの作品の中で表現していたわけで。まどマギは「禁断の魔法テーマ」に特化してしかも誰も救ってくれない、というメルヒェンの一類型に遡ってるわけですね
泉信行 @izumino
杏子のエピソードやEDの歌詞で「童話みたいにうまくいかない」って強調されてますしね。ここでは、白雪姫や眠れる森の美女「のようにはならない」という意味の理解でいいと思う。だからほむらが現代兵器で闘うのは「童話みたいな力は使えない」の象徴ですね
泉信行 @izumino
ついでなので、昔話学のおさらいを。メルヒェンが表現しようとするもののメインは「不滅性」です。眠れる森の美女は永遠に美しく、白雪姫は何度殺害しても生き返ります(絞殺→紐をほどけば復活、毒のクシ→抜けば復活、毒リンゴ→吐き出せば復活)。
泉信行 @izumino
奇跡によって復活、というより「どうやっても破壊できないものはあるのだ」という「真実」を象徴的に描くのが昔話です。はい、そうです、メルヒェンは「エントロピーが増大しない存在もあるんですよ」と伝える役割があります。
泉信行 @izumino
例えば「美人は老衰して死ぬけど、人にとって美しさの概念は不滅である」などの不滅性を象徴します。で、これにリアリズムをうっかり与えちゃうと、毒殺された白雪姫を復活させるのに「愛の奇跡」とか言わなきゃならなくなるのです(原典だと愛もへったくれもなくて、単に白雪姫がやたらと頑丈なだけ)
泉信行 @izumino
とまあ、おおづかみにまとめると、グリム童話よりもアンデルセン童話に近いのがまどかマギカかな?と思ったり。アンデルセンはバッドエンドとハッピーエンドを両方操れる男なので近いイメージですね
泉信行 @izumino
ついでに言うと、「昔話は繰り返しを好む」という法則があって、もしまどマギをメルヒェン視点で語るなら、ループも「長男が失敗し、次男も失敗し、三男が成功する」みたいな昔話の類型の延長としてみるといいかもしれませんね
泉信行 @izumino
2ポストで終わるはずだったのに長文連投してしまったw
泉信行 @izumino
よくあるリアリズムによる倒錯:シンデレラの「血筋もしっかりしてる美人に王子が惚れ、邪魔しようとした平凡な女たちは痛い目に遭う」◯→「平凡な女の子が美人を出し抜いて玉の輿をゲットする」×
泉信行 @izumino
「ふつうに美人なのでモテるのは当たり前」っていうシンデレラのエッセンスに忠実なシンデレラものはたまに面白いのを見かけますけど(例:晴れのちシンデレラ)、「むやみやたらに頑丈な白雪姫」に忠実な現代モノ翻案って見たことないなそういえばw
A-kiyama @A_kiyama
メルヒェンは不変のものを好むと同時に劇的な変化も好むからイースはキュアパッションになるわけで、別に魔法少女から魔女への順当な変化を終着点にせずにもう一段、すごい美少女かなんかにまどかが変化してもかまわんのでないだろうか
泉信行 @izumino
典型としてはQBが変身するんですよねぇ RT @A_kiyama: メルヒェンは不変のものを好むと同時に劇的な変化も好むからイースはキュアパッションになるわけで、別に魔法少女から魔女への順当な変化を終着点にせずにもう一段、すごい美少女かなんかにまどかが変化してもかまわんのでない…
みやも(大阪府) @miyamo_7
まどかがキュウべえにキスしたらキュウべえに感情が目覚めて連続体へも次々とそれが感染連鎖して宇宙ウマーみたいのは昔話っぽいかも
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コメント

泉信行 @izumino 2011年3月21日
ちょっと @hiro010301さんのポストを追記してみました
徳永基二 @tokunagamotozi 2011年8月7日
もともと魔女ってブレアウィッチの森のように人間を惑わし呪う存在だったはず。だから昔は火あぶりにされていた。ところがいつからかそういう毒気が童話化、おとぎ話化の中で脱色されメルフェン、幸せに至る物語になってしまった。