異世界小話~異世界に召喚されたらなにもしてないのに異世界がこわれた話・下編~

凍結されちゃうから…まとめなきゃ…はやく…まとめを作っておかなきゃ…
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帽子男 @alkali_acid

「分かりません。組合会館にいけば偉い人が…私には…でもあっちも建物の崩れがひどくて、こういうとき役に立つ財宝とかも埋まってしまってるって」 「むう…参事会の会堂や衛士隊の本拠、冒険者の酒場も…同じかもしれぬな…だが確かめてみぬことには」 「どうやって?」

2018-01-27 18:44:16
帽子男 @alkali_acid

「空を飛んでゆければよいがの…この街には女神の時代以前にさかのぼる古い遺構の上に建てたものがいくつかある…組合会館もそのひとつじゃが、かなり丈夫なできで、そう簡単に崩れん…はず…だったのだが」 「最長老様、おやすみにならないと」 「いや、いや…」

2018-01-27 18:45:43
帽子男 @alkali_acid

翁はゆっくり手を振った。いかにも衰えたしぐさだったが、さっきよりは力がこもっている。まるで長いあいだ温存していた若さを今絞り出しているようだた。 「…いや、今は…休んでいる場合ではない…私の古傷が…痛む…これでは終わらぬ…急がねばならないとね…お嬢さん。私は…」

2018-01-27 18:47:21
帽子男 @alkali_acid

「参事会の席を失った老人にすぎんが、この車椅子はまだ多少の役に立つ。馬車のような力はないが、多少の凹凸なら乗り越えるし、速度も出る…私がゆこう。街のほかの部分に。ここの窮状を訴えるとしよう…」 「ひとりで…?」 「ふふ。いつも羽髪が一緒さ…そうだ。その子を車椅子に戻してくれ」

2018-01-27 18:49:05
帽子男 @alkali_acid

羽耳鼠を車椅子の下に戻すと、小さな魔物は回し車に入ってこいでは休み、こいでは休みする。 「ふふ。もう走りたいのか。羽髪は機嫌がよくないとそうはならんのだが、お嬢さんの世話がさぞ気持ち良かったのだろう。浮気ものめ」 なぜか楽しそうな最長老に、早筆はつられて笑った。

2018-01-27 18:51:14
帽子男 @alkali_acid

「あれ?最長老様…これは?」 蝋引きの袋が一つ、羽髪の入っている場所の隣に収まっているのに気づく。 「ん…それはそっとして…いや、出してくれたまえ。使うかもしれん」 「竪琴…?」 「赤胴殿が持ち歩けというものから、冒険者の酒場から請け出してきたのだ…」

2018-01-27 18:52:54
帽子男 @alkali_acid

「冒険者の酒場から…最長老様は…冒険者とどういうかかわりが」 「昔の話でな。もう何年も練習していなかったから指がろくに動かなかったが…赤胴殿はひとりでも多く魔物と戦えるものが必要だと…ふふふ、どうやって私の過去を探り当てたのやら」

2018-01-27 18:54:18
帽子男 @alkali_acid

老人は竪琴を吊り帯で体に固定すると、絵描き見習いが紋章を首にかけてくれるのに任せた。 「二つは多いよ」 「でも…この紋章、紐がからまりあってとれなくて」 「…今度は死んだあいつが、別嬪さんにやきもちを焼いてるのかもしれんな」 「…あの」 「なんだい?」 「私…」

2018-01-27 18:58:38
帽子男 @alkali_acid

早筆は告げた。 「最長老様と一緒にゆきます」 「危険だよ」 「大丈夫です。それに最長老様には誰か手助けする人が必要です。車椅子がひっくり返ったりしたときに」 「うむ…そうだな。ありがとう。では君、羽髪の入ってるところの蓋をしめて、そう、足を置く台があるだろ」

2018-01-27 19:01:09
帽子男 @alkali_acid

「足を載せました」 「よし、車椅子の持ち手をしっかり両手でつかんで。振り落とされるなよ?」 車椅子の車輪が高速回転を始める。 「えっ?こ、これなんですか?」 「ああ。馬車に使ってる“疾駆の車軸”を組み込んで、東の錬金術師たちに作らせたんだ…高くついたが…」

2018-01-27 19:02:59
帽子男 @alkali_acid

「え、も、もしかしてすごく速い?」 「そこそこ、ではないかな。では羽髪、たのむぞ」 車椅子はうなりをあげて、乱杭歯のようになった石畳を噛み、小じんまりとした“車輪の唄”を奏でながら、走り出した。風のごとく。 「わ、わああああ!!」 「こわいかな」 「すてきです!」

2018-01-27 19:06:16
帽子男 @alkali_acid

「度胸があるな。お嬢さ…名前をなんといったか」 「早筆!」 「早筆さんか。あと六十、いや五十若ければ口説い…おっと、羽髪、怒るな。冗談ではないか」 一瞬車椅子の動きがぎくしゃくしたが、また加速する。途中の瓦礫を強引に押しのぼり、亀裂を飛び越える。

2018-01-27 19:08:22
帽子男 @alkali_acid

ときどきあらわれる深い穴、底に大きな釜が転がった奇妙なすり鉢状の場所も巧みに迂回していく。 「すごい、すごい…これなら」 「うむ。なんとかなりそうだな」 場違いだが、娘は胸をときめかせた。一緒に車椅子に乗っているのが、死期も間近な翁ではなく、いなせな冒険者だと錯覚しそうになる。

2018-01-27 19:12:48
帽子男 @alkali_acid

また少年の顔が脳裏をよぎってあわてて振り払う。 「あの、最長老様」 「どうしたね」 「私、薬種屋で働いてました。冒険者の使う回復膏についても聞いたことがあります。どんな怪我でも治してしまうって…それを使えば、最長老様の足も…」 「ああ…」

2018-01-27 19:15:27
帽子男 @alkali_acid

最長老は車椅子を制御しながら答える。 「あれは体質によっては合わない。逆に命を落とすこともある。不運にも私はそうだった」 「ごめんなさい」 「よいのだ。迷宮の秘薬にはいつまでも若さを保ったり、死者を蘇らせたりするものもある。一時は私もそれを求めた…だが結局…」

2018-01-27 19:18:43
帽子男 @alkali_acid

車輪が止まる。目抜き通り。参事会の会堂のすぐそばだ。いつもは人の多い場所だが、閑散としている。 「…やれやれ。参ったの…早筆。降りてくれんか…ちと荒れる」 最長老の灰色の双眸が、雪のような眉の下でまたきらりと光りを放つ。

2018-01-27 19:20:48
帽子男 @alkali_acid

かろうじてまだ形をたもっている参事会堂の正面玄関からわらわらと人間があふれてくる。正確には人間とからくりがくっついたものというべきか。 「おそかったのう。参事会の代表がどこで油を売っていた」 「錬金術師殿。ここで何をしている」 奥からあらわれたのはけばけばしい恰好をした初老の男。

2018-01-27 19:30:56
帽子男 @alkali_acid

「今日よりこの街は東の帝国の直轄市となる…それを伝えに来たのだが、参事会の面々は残っておらなんだ…せめても散逸の危機にある財宝を保護しようと思っておったが…警備の罠が厳重でな」 「ここの守りも前に賊が入ってから随分固くなってな…そやつらは帝国兵ではないようだが」

2018-01-27 19:33:03
帽子男 @alkali_acid

錬金術師は手拍子を打って踊り出す。 「そうともそうとも!こやつらは市外区にふきだまる乞食、破落戸、流民のつまはじきに、元刑囚、ご立派な参事会や商工組合に見捨てられたこの街のダニどもよ…手や足、目や耳を失い、死を待つばかりだった負け犬ども」

2018-01-27 19:34:46
帽子男 @alkali_acid

東方人が指を鳴らす。 からくりまじりの男達、女達が一歩前に出る。 「だがわしが蘇らせてやった!錬金術の奇跡の技でな。骨に鉄を継ぎ、肉に鋼糸をつなぎ…この妙技!わしのことは鋼の錬金術師と呼んでくれてかまわんぞ」 「なるほど。で、これからどうなさるおつもりか」 「知れておる」

2018-01-27 19:37:13
帽子男 @alkali_acid

「最長老殿に鍵の外し方をご教授願い、まあなにごとも形式は大事であるからして、帝国への臣従誓約書にも署名いただこうか。公証人はおらんが。細かいことはよい」 「かまわんが、錬金術師殿の御力もお借りしたい。工芸町や武具町、家具町はいま、怪我人だらけだ。助けがいる」 「ははは」

2018-01-27 19:40:02
帽子男 @alkali_acid

錬金術師はまた拍手する。 「ご立派だが、わしには興味がない。二流三流の職人など帝国では用がない。奴隷も健康なのがいれば十分。ひとまず財宝が先だ。あとはそう、ついでにそこの、かわいい娘さんも、後宮の奴隷に差し出せば、変わり種として陛下に喜ばれよう」 早筆はたじろぐ。本気だと分かる。

2018-01-27 19:42:05
帽子男 @alkali_acid

最長老は溜息をついた。 「今は人間同士で争っているゆとりはないのだが…」 「いつだって人間同士が争うゆとりはあるとも!捕らえろ!殺すでないぞ!骨の十本二十本はかまわんがな!」 機械で欠損を補った男達女達が走り寄る。腕や足から刃物が飛び出す。 命令をちゃんと聞いているのかどうか。

2018-01-27 19:44:49
帽子男 @alkali_acid

白髪の最長老、いや再び“惑わしの琴”を手にし、指を弦に走らせるがゆえ吟遊詩人、吟詩と呼ぶ。古き冒険者は車椅子を後退させながら、威圧の曲を掻き鳴らした。 たちまち機械人は動きを鈍らせ、恐懼の色を浮かべる。 「やめておけ…今は戦っている場合ではない…街を救うのだ…」

2018-01-27 19:47:32
帽子男 @alkali_acid

旋律は次第に郷愁に満ちた、どこか切なげな調べに変わっていく。かつて恋人や伴侶、家族を得たものなら、思い出さずにはいられない音色に。 市外区にくすぶっていた男達女達は、ひどく狼狽し、むせび泣くものさえあった。 「…反応のいい客だの…皆、よそものに簡単にノセられるだけはある…」

2018-01-27 19:49:47
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