異世界小話~異世界に召喚された普通の兄妹その他がチート無双する話・前篇~

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帽子男 @alkali_acid

美しい女や男のよすがをとどめているが、皆ゆがみ、いびつになり、手足や目鼻、乳房や性器の数も異なり、鱗や翼を持つものもいる。驚くべき数だった。 群をなして、色町の外へあふれようとしている。羽衣天女や管弦童子の光や歌も影響を与えられないようだった。 「姉妹たち、兄弟たちよ」

2018-01-28 20:12:58
帽子男 @alkali_acid

人面獣身の魔物が空から降りてくる。 「長い苦しみの末に自由を得た、娼婦や男娼。異形となりはてながら生き延びたともがらよ…街の人間に復讐を味あわせたいと願っているだろう…けれども…僕は別の提案を持ってきた」

2018-01-28 20:14:47
帽子男 @alkali_acid

魔王は説いた。滔々と流れるように。あらゆる言葉で。 「街を守るのだ。魔物の群から。そのことを、街の人間に永遠に語り継がせよう。自分達が貪り、苛み、弄んだ奴隷が、最後は救いの主となる。奴等にとって、どれほどの恥辱か」

2018-01-28 20:17:34
帽子男 @alkali_acid

「卑小な人間こそは、助けを受けたことを最も重荷に感じる。何よりも見下してきた相手からの情けこそが、地獄の炎のごとく心を炙るのだ…その苦しみを奴等に味合わせてやりたくないか?」 異形と化した娼婦や男娼は、思いにふけるようにうずくまった。

2018-01-28 20:19:05
帽子男 @alkali_acid

やがて一頭ががまんできなくなったように飛び出す。 すぐさま合成獣はさえぎり、前肢の一撃で首をへし折った。 「むろん。僕の提案を採らぬものはここで穏やかな眠りにつくがよい」 半魔の群はさざめきあい、人語に似たものを交わしてから、一様に臣従の礼をとった。 「では行こう」

2018-01-28 20:37:22
帽子男 @alkali_acid

廃墟の空に舞う魔王の翼を標(しるべ)として、半魔は怒涛の如く馳せてゆく。死地へ。幽囚の果てに、報いるもののない最期の場所へ。 百鬼夜行。 そんな言葉がヤマダサンの脳裏に浮かんだ。

2018-01-28 20:39:12
帽子男 @alkali_acid

意識が切り替わる。 崩れ残る市門のそば。仮の本営。 呼び出しの大釜を通じて集まった人々がいる。

2018-01-28 20:42:41
帽子男 @alkali_acid

火傷の隊長と、強髭の棟梁がいがみ合っている。海賊の船長が笑っている。青痣の青年が所在なさげに聞いている。吟詩の最長老が素知らぬ顔で竪琴を調弦している。さっきまで話していた影僧があらわれ、一同を驚かせてから、最長老とぽつぽつと会話を始める。

2018-01-28 20:44:07
帽子男 @alkali_acid

予感がする。きっと多くの人が命を落とす。 止めようがない。迷宮のすべての財宝をもってしても。 寺院跡地にある呼び出しの大釜の数々。妖精の力をもってしても暗号を解除できない。魔物は全力を挙げて守っている。鍵があればよいのだが、そんなものはない。魔物があふれるのは止められない。

2018-01-28 20:46:14
帽子男 @alkali_acid

意識が切り替わる。 少女が机に突っ伏し、涙を流して眠っている。手は墨で汚れ、筆を握ったまま。ほとんど子供、あどけないかんばせ。兜からその横顔を見ているかたちだ。 「緑踵…おとうさん…おとうさん…」 今は寝かせておくべきだ。詳しくは分からないが、そんな気がする。

2018-01-28 20:49:01
帽子男 @alkali_acid

「ハナちゃん…ハナちゃん!」 誰かが肩をゆすぶっている。我に返る。 ヤマダサンのそばにヒロがいた。 「もう、ずっと戻ってこないから…邪魔しちゃいけないと思ってたけど」 「大丈夫…です…連絡網を…妖精さんたちにゆだねて…私がいちいち伝言ゲームしなくてもいいように…これで…どうにか」

2018-01-28 20:50:49
帽子男 @alkali_acid

「うん。分かった…王冠。外して良い?だめだよね…悔しいよ。あたし、なんにもできなくて…ただ、ハナちゃんのお荷物だ…」 「いいえ…そんなこと全然…」 反駁しようとしてから笑ってしまう。親友がきょとんとしている。 無能系の文系女子大生はおかしさのあまりこぼれた涙をふいた。

2018-01-28 20:53:13
帽子男 @alkali_acid

「わ、私…ずっと思ってた…佐藤さ…ヒロさんのお荷物だって…」 「え、なんで?だってあたし、ずっとハナちゃんに助けてもらって…何から何まで…最後は生き返らせてくれて」 「違うんです…違…好きです。ヒロさん」 ぽろっと言ってしまう。ヒロはうなずく。 「あたしも。ハナちゃんのこと大好き」

2018-01-28 20:55:27
帽子男 @alkali_acid

伝わらないなと思う。伝わらなくてよい気もする。 「うれしいです。ヒロさ…ヒロ」 「やっと呼び捨てだね。視目なんて名前知ってすぐだったよ。じゃあ、あたしもハナって呼ぶ」 「はい」 見つめ合う。この瞬間の一秒一秒が幸せだった。

2018-01-28 20:56:59
帽子男 @alkali_acid

嗅鼻が駆け込んでくる。 「たいへんだヒロ!草採が…草採がいねえ!」 「え?なに?なんで?」 「わかんねえ…ちょっと目を離したすきに…犬に探させてるが…あいつ、妙にすばしっこいから…」 地獄の猟犬団の面々は目混ぜを交わす。

2018-01-28 20:58:52
帽子男 @alkali_acid

「あいつ…親父と、それから取引のある薬種屋の連中を心配してたんだよ…、ひとりで動くのは駄目だって言い聞かせといたのに…」 ヒロが唇をかむ。ヤマダサンは額を抑える。 「忘れてました…草採君があんまり頼りになるから…あの子が…まだ小さな子供だってこと…」

2018-01-28 21:00:48
帽子男 @alkali_acid

「どうする…俺がひとっぱしり」 「ひとりで動くのはだめって自分で言ったばっかでしょ。探すなら全員でいく。いつ魔物が湧き出しても皆で固まって戦えるように」 「待って下さい…今は街のあちこちに鎧がありますし…空飛ぶ財宝もあります…連絡網も作りました…迷子のひとりぐらい」

2018-01-28 21:03:16
帽子男 @alkali_acid

「こいつぁ」 「始まったんだね」 「そんな…」 ヤマダサンは意識を切り替える。 羽衣天女が上空から観測するなか、寺院の跡地が明滅し、周囲から途方もない数の魔物が、まるで洪水のごとく湧き出していた。その中の一つ、いびつな人型、痩せた男がまっすぐ見つめる。 "ミツケタゾ…マジョメ"

2018-01-28 21:06:22
帽子男 @alkali_acid

近づきすぎた。殺意の思念が大釜を通じて波となって伝わり、天女を通じて賢者の脳に届いた。 ヤマダサンは目と鼻と口から血をこぼし、あおむけに倒れた。 心臓が停止する。 ヒロの甲高い悲鳴がほとばしる。いかにも気弱な、めめしいとさえいえる叫びだった。

2018-01-28 21:08:13
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