異世界小話～異世界ものでも「おねショタ」はやっぱ最高なんだよなって話～

帽子男 @alkali_acid

大釜の玄妙な働きで、二人はすぐさま廃墟の街の別の場所へ移る。 ひどい荒れようだった。 つい立ちすくむ見習い絵師に、元冒険者は気の毒げに話しかける。 「…お嬢さん。気を落としちゃいけねえよ」 「いえ。平気です。あの、私のことは早筆って呼んで下さい」 「ほい来た。早筆さん」

帽子男 @alkali_acid

「いきましょう」 「おう…さてと…まずは」 酒屑は、崩壊した家並みを順繰りに観察してから、一方を手で示した。 「あっちへ行ってみましょう」 「薬種屋とは反対方向ですけど…そういえば私、草採君の家知らないや」 「いいんですよ…ただ、冒険者の印がつけてあるんでね」 「印？」

帽子男 @alkali_acid

「ただしくは、烏の女剣客の弟子が使う合図みてえなもんだが…ま、いいや…しかし下手だな…こりゃ…あの視目のがきか…まあ粗いが基本を押さえちゃいる」 盗賊の案内に従って、絵師は歩いてゆく。住み慣れた町の跡を。 「…思い出すねえ…迷宮に潜ってたころを。だがここは明るいだけいいやね」

帽子男 @alkali_acid

「迷宮は暗いんですか？」 そんな場合ではないのに、つい迷宮の話となると聞き入ってしまう。 「いや暗い場所もあるだけでさ。そういうところじゃ俺もここに持ってる蛍灯（ほたるび）の明かりってのを点すんだが、こいつが厄介でね。うかつにぶつけて割ると光がばーっとあふれて…目が潰れち…ん？」

帽子男 @alkali_acid

酒屑が警戒の構えをとる。 「早筆さん。悪ぃがちょっと下がっててくれ。魔物だ」 黒い仔犬にしか見えない姿が二つ、柱を無理矢理石畳に打ち込んだ看板のそばにいる。ひどく不機嫌そうだ。 「魔物？あれが？」 「ああ、小さいが…地獄の猟犬ていう手強いやつだ…どうしてここに…」

帽子男 @alkali_acid

「ちっ…本調子じゃねえってのに…酒も切れてるし」 ぶつくさ言いながら盗賊は、指のあいだに畳んだからくり仕掛けをいくつか取り出す。武器なのだろうか。 「まじいな…隙がねえ…」 仔犬は牙をむいた。恐ろしげには見えないが、酒屑の緊張は本物だった。 「隙…私が…気を引きます」

帽子男 @alkali_acid

早筆は、具現の筆をとって宙に走らせた。地獄の猟犬の幼獣は目で追う。 元冒険者はすわ踏み込みかけて、またうなりを聞いて足を止める。 見習い絵師は無我夢中で描いた。魔物の気をそらせるも何か。すばしっこくて、簡単に捕まらなくて、でも気にかかる。 「早筆さん…その小さな女の子はいってぇ」

帽子男 @alkali_acid

「お、男の子です！」 描き上がったのは、草採君だった。にこっと笑って、早筆に抱き着く。迷宮の薬草の、とても良い薫りがした。 「は、あ？ああ！そ、そんなつもりじゃ！そんな…私なにやっ」 仔犬が黒い靄になって飛び掛かって来た。薬種屋の娘と、幻の少年のあいだに。甘えた喉音を立てて。

帽子男 @alkali_acid

「こ、この子達、草採君を知ってる？」 ちぎれんばかりに尻尾を振って、地獄の猟犬の仔は跳ねまわる。 やがて幻の少年が消えると、悲しげに鳴き、次いで早筆を見上げ、どこかへ駆け出した。 「…追いかけます」 「お、おう？ありゃ魔物…」 「追いかけます！あの子達、草採君を知ってる！」

帽子男 @alkali_acid

「早筆さん。俺等が探してるのは父親の方…って聞いちゃいねえ…ありゃホの字ってやつだな…」 今度は若い娘に、中年男がついていく。 仔犬達は嗅ぎなれた匂いをたどって、どんどん先を行く。 ほどなく開けた場所についた。 半魔が集い、血なまぐさい宴がまさに始まらんとする空き地に。

帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 草採はちょっとだけ悲しかった。 折角、妖精の村ですばらしい装備をもらったのに、みんな破れてしまった。なかなか引き裂けない素材は、魔物がひっぱるようにしてはぎ取った。 あとはいつもと同じ。色々な穴を使う。違うのは牙や爪が肌を破り、ざらつく舌が血をすするところ。

帽子男 @alkali_acid

地獄の猟犬団。白金紋章を持つ最強の冒険者の仲間。 龍や妖精を見て巨人を倒し、白銀紋章をもらった。すべて偽り。 少年の実力とは何の関係もない。奴隷の首輪をつけ、這いつくばりながら、すぐに知った。 「…兄貴…ごめんなさい…」 きっと嗅鼻は失望する。情けない弟分に。戦いもせず死ぬなんて。

帽子男 @alkali_acid

まぶたを閉じる。疲れてしまっていた。 もう責苦に踊って周りを楽しませる精魂さえなかった。 光があたりに満ちる。 「早筆…さん…」 もし龍の話をしてあげられたら、年上の女性はすごい絵を描いたのだという気がした。

帽子男 @alkali_acid

「草採君！草採君！…あんた達！許さない！」 聞こえる。声が。そばにいるはずのない人の声。薬種屋の娘。見習い絵師。もう二度と会うはずのない相手。 地獄の猟犬のうなりがする。

帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 酒屑と早筆は、黒眼鏡をかけたまま空き地に飛び込んだ。 見習い絵師の方は両手に仔犬をかかえ、その目を掌でおおっている。 盗賊の方は一見素手だ。滑稽味のある客といってよかった。 「これはこれは…群青鞭。招かれざるなんとやらだな」 「隻眼の姉さんかい」 義眼の女が踏み出す。

帽子男 @alkali_acid

肉眼の方は閉じている。さきほど蛍灯の明かりをたたき割った際の閃光でやられたのだろう。 「相変わらずこざかしいまねを」 「へへ…しかし…まさかこの、魔物まがいどものお食事会を…冒険者の酒場の亭主ともあろうもんが指くわえて見てたんですかい」 「貴様に何が分かる」

帽子男 @alkali_acid

「何ってあんた…」 群青鞭が凄絶に笑った。 「あんたが紅蓮刃を罠にはめた一味のひとりだってのが分かりましたぜ」 「貴様に何が分かる！烏の女剣客の誉をおとしめ！冒険者の伝統を傷つけた東方人の子分が…やつが回復膏をはやらせ…酒場の古きよき」 「あーはいはい」

帽子男 @alkali_acid

「それだけお口が回るってこたあ。あんたの心も木石じゃねえ。目の前で子供が生きながら食われそうになってるのを眺めてるのは、さすがに応えたみてえだな」 錬金術師が両目を抑えてわめく。 「なんだかしらんが、そいつを始末しろ！」 「うるせえ爺さんだ…俺は正直、いま、機嫌が悪い」

帽子男 @alkali_acid

義眼の女が手斧を構えて斬りかかる。 群青鞭はあっさりかわした。衝撃波が空き地を抜けて瓦礫を砕く。 「どしらふなんでねえ…」 罠が三つ、四つ、五つと起動する。冒険者の酒場の亭主はすばやくかわそうとしたが、四つ目にからめとられた。 「群青鞭！」 「うるせえ！」

帽子男 @alkali_acid

半魔達、商工組合や参事会の大物とその家族が身を起こす。早くも閃光の影響を脱しつつあるようだ。 「あらあら。おいしそうな若い肉がひとつ」 「こっちの年くったのはいらないぞ」 「東の帝国へ行く前の最後の晩餐だ！」 盗賊はぎろりとにらみつける。 「あんたら、街がどうなってるのか」

帽子男 @alkali_acid

「僕はこの娘をいただく！」 襲いかかろうとした半魔の喉笛を、黒い仔犬が噛み裂いた。 「あら！うちの坊やになにをぎゃっ！」 母親らしき女の顔面をもう一匹の仔犬が爪でえぐる。 「ひひひ。手強い方が燃える。ひと狩りいくとしようか」 しかし別の男が近づく前に、早筆は何かを描き終えていた。

帽子男 @alkali_acid

水晶亀。 迷宮の魔物のうちでも大食いで知られる。 甲羅から石英の柱を生やし、胴に見える部分が口だ。 具現の筆が生み出した幻の化生はしかし、本物と変わらぬ獰猛さを発揮し、いきなり半魔の腕を食いちぎった。

帽子男 @alkali_acid

「うぎゃああ！！！！」 「お、おかしいぞ！我々は狩る側だ…なぜ我々が食われるのだ…」 「ま、魔物！魔物だああ！」 「ひいいい！！」 水晶亀が景気よく手足を食いちぎっていくと、さしもの半魔の群も算を乱して逃げ出した。地獄の猟犬の仔がそのあいだを飛び交う。

帽子男 @alkali_acid

群青鞭は貝殻に入った軟膏をつれにほうる。 「その小さいお嬢ちゃ…いや坊やに使ってやんな。あんまり塗りすぎていいもんじゃねえが。そうも言ってられねえ」 早筆はうなずいて、ぼろぼろになった草採の介抱に向かった。 「ふー…年貢の納め時だな…錬金術師さんよ」

帽子男 @alkali_acid

「なんじゃ…わしはお前なぞ知らん…初対面ではないか」 「そうだっけか？まあどうでもいい。東の帝国の皇女***（紅蓮刃の本名）を謀殺したのはあんたかい」 「そうじゃ！と言いたいところだがわしの前任じゃな…復讐するならお門違いじゃ…」 「まあそうだろうと思ったがね…どっちにしろ殺す」