異世界小話~異世界ものでも「おねショタ」はやっぱ最高なんだよなって話~

突っ走るハットマンズショー 他の小話は異世界小話タグで
5
帽子男 @alkali_acid

最長老には十分よくしてもらった。手助けの礼にと、参事会堂の地下にたくわえてあった財宝から褒美の品さえもらった。もうつきまとわない方がいいだろう。 かくて絵描き見習いは、ややさびしい思いをしながらも、大股に歩いていった。人でごったがえす仮本営で誰かとぶつからないように。

2018-01-30 00:07:20
帽子男 @alkali_acid

街の西にある隊商宿の方では疎開をするために集まった人々の看護や手当ができるものが足りないとか、色々聞いたが、合流するかどうかは決めかねていた。実家も同然の薬種屋の、奥方や手代のゆくえを探したい気持ちがあった。

2018-01-30 00:09:01
帽子男 @alkali_acid

「うそつき」 ひとりでに口から言葉がこぼれる。 「私が…探したいのは…草採君…」 胸が痛くなる。ずっと薬種屋に薬草をおろしていた小さな冒険者。ある日突然来なくなった。理由はつい最近知った。 「会いたいよ…すごく会いたい…」

2018-01-30 00:10:40
帽子男 @alkali_acid

考えごとをしながら進んでいたせいで、やっぱり誰かとぶつかる。 「ごめんなさい…」 「いやいや、あんたみたいなきれいなお嬢さんにぶつかってもらえるのは大歓迎でさあ」 軽い調子で答えたのは中年の男だ。痩せていて中背。 顔におかしな道具、眼鏡という品をかけている。黒い硝子がはまった。

2018-01-30 00:13:00
帽子男 @alkali_acid

「いや、俺もね。ちょいと、この黒眼鏡って財宝で、お天道様なんぞながめてたら、うっかりしましてねえ」 「お天道様?」 「お、お嬢さんも見ますかい?ちょうどもう一個あるんでさ。火傷の旦那に勧めたんですが連れなくてね。今はそれどころじゃないって」 断るいとまもなく手に押し込んでくる。

2018-01-30 00:14:57
帽子男 @alkali_acid

「そいつをかけて、お空をみあげてごらんなさい」 「…太陽をまっすぐ見たら、目がつぶれちゃう」 「その黒眼鏡ってやつの不思議な力がありゃあ大丈夫さ…どうでさ?」 早筆はなんとなく言われた通りにする。男の態度には抗いがいがたいところがあった。 「…あれ…おかしいな…太陽が…二つ…?」

2018-01-30 00:16:37
帽子男 @alkali_acid

「見間違いじゃありませんぜ。俺にもお天道さまは二つ見える…ねえお嬢さん。日が沈まないのに気づいてましたかい?」 「日が…そういえば…地震があってもうずいぶん時間が経つのに…暗くならない…」 「なんだかこの街は、あの呼び出しの大釜とかいう財宝のおかげで急に距離が伸びたり縮んだりして」

2018-01-30 00:18:07
帽子男 @alkali_acid

「時間の方も似たようにおかしくなっちまったんじゃねえですかね…それにあの太陽…俺にゃあ見覚えがある。ありゃ迷宮上層の太陽だ」 薬種屋の娘ははっとして男の横顔を見つめた。 「冒険者なんですか?」 「昔ね」 胸が高鳴る。冒険者を前にするといつもそうだった。 指がうずうずする。描きたい。

2018-01-30 00:19:46
帽子男 @alkali_acid

「俺は、酒屑ってもんだ。お嬢さんは、吟詩の最長老の命を助けた、早筆さん、ですね」 「た、助けたとか…何もしてません…それなのに褒美ももらって」 「へえ?どんな」

2018-01-30 00:21:06
帽子男 @alkali_acid

早筆はななめにかけた鞄から、絵筆を一つ取り出す。 「ほーん。きれいなもんだ。絵師さんかい?」 「まだ見習いです」 「しかし、参事会の最長老を助けて、筆一本とはけちだねえ」 「そんなことありません!これ!すごいんです」 見習い絵師がさっと筆を振るう。すると宙に色が残る。

2018-01-30 00:23:03
帽子男 @alkali_acid

どんどん筆を振るっていくと色は次々に変わり、一羽の小鳥を描き出す。 ふちが緑がかった金の翼に、黒い尾、橙の嘴をした南の種だ。 小鳥は驚いたように瞬きしてから、地面に落下する前にはばたいて、天へ舞い上がった。二つの太陽が昇る空へ。 「なんてこった…」 「具現の筆、というそうです」

2018-01-30 00:25:23
帽子男 @alkali_acid

「そいじゃ、酒樽を描けば酒樽が?美女を描けば美女が出てくるって寸法で?」 「た、たぶん…でもしばらくすると消えてしまうんですよ」 「いやそれにしたって…ひやあすげえなあ…流石最長老、太っ腹…いやそりゃそうと…あれだ…実はね。俺ぁお嬢さんに用があるんだ」

2018-01-30 00:27:06
帽子男 @alkali_acid

酒屑の、ふにゃけた顔に似合わぬ真剣な表情に、早筆はまた動悸をさせる。 「は、はいなんでしょう」 「あんたと最長老が、東の錬金術師に襲われたってのは本当かい?」 「はい…その手下にも」 「ふうん…いや本来は最長老に聞くべき話だが、忙しいらしくてね」

2018-01-30 00:28:56
帽子男 @alkali_acid

「私でよければ、できるかぎりお答えします」 「へへ。悪いね。錬金術師の一味の中に…その、覚えのあるやつとか、前にどっかで見かけたとか、瓦版に載ってたとか、こう、探すのに手がかりになりそうなこたあ覚えてるかね?」

2018-01-30 00:31:08
帽子男 @alkali_acid

「さあ…皆手足とかが欠けてて、それを機械で補ってたんですけど…見覚えっていうのは…」 「なんかこう、どこかのやくざとか、兇状持ちとか…まあ…お嬢さんに分かるはずねえか…」 冒険者はかなり必死に訴えてから急にがっくりとうなだれる。 「すまねえな…俺としたことが」

2018-01-30 00:32:53
帽子男 @alkali_acid

「あの、そうだ…私、一人だけ分かります…錬金術師の手下に、知ってる…正しくは、私の友達の親がいたんです…親なんておいうの、おかしい…最低なやつですけど」 「へえ?そいつあ…どんなやつで?」

2018-01-30 00:35:18
帽子男 @alkali_acid

「片脚が義肢で…お酒臭い…剛零ですきっと…あんな安酒飲むのろくなやつじゃないって、前に働いてた薬種屋の手代さんが言ってました」 「ははは。違ぇねえ」 酒屑は愉快そうに笑ってから、黒眼鏡のずれを直した。 「そいつ。俺にも心当たりがあるねえ。元冒険者じゃなかったですかい」

2018-01-30 00:36:53
帽子男 @alkali_acid

「そうです!青銅紋章だとかいばってて!ほんとクズ!元冒険者のくせに呑んだくれて!他人にいやらしいことするなんて!仲間に恥ずかしくないのかっていう」 「…あ、うん。仰る通りで…」

2018-01-30 00:38:12
帽子男 @alkali_acid

「そうなんですよ!それに、く、草採君を…血がつながってなくても…親のくせに…」 「ふむ。やつが…しけこみそうな場所なんぞ分かりますかね…まさか家にゃ戻るめぇが」 「分かりません…私…でも…ううん…馬鹿げてる…」

2018-01-30 00:40:26
帽子男 @alkali_acid

「何でも言ってくだせえ」 「私の住み込んでた薬種屋や、草採君の家があった町…門前東町を…もう一度見て回りたい…危ないのは分かってるけど…もしかしたら…あそこに」 「ふむ。馬鹿げちゃあいませんぜ…あそこは魔物が陣取った寺院跡地に近くて、色町の空飛ぶ財宝もあまり近づかねえ…」

2018-01-30 00:42:33
帽子男 @alkali_acid

「それって…」 「鉄球もった馬鹿がしゃかりきに道をあけて、仲間が火だのなんだの消したり、瓦礫をどけたりしたせいで、住民もあっという間に避難しちまった…おかげで例の、生きた鎧ってのも置いてねえ…ほかでいるんでね…つまり盲点てやつだ」

2018-01-30 00:44:37
帽子男 @alkali_acid

「だ、だったら…もしかしたらそこに…草採君の父親…ふんだ!あの最低男がいるかもしれない?」 「あんまりのんびり探し回る時間もねえが…なあに蛇の道は蛇。俺も昔は迷宮で斥候をやってたんでね。ささっと調べるぐらいはできる…よし、行ってみましょう」 「私も行きます!」

2018-01-30 00:46:29
帽子男 @alkali_acid

「お嬢さんがついてくる理由は何もねえんでさ」 「いいえ。行きたいんです。行って、もし草採君の父親がいたらふん捕まえて、詳しい話を聞き出す…そうしたら…」 何か分かるかもしれない。少年が今どこにいるのか。何をしているのか。 まだ生きているのか。早筆はそう考えた。

2018-01-30 00:48:22
帽子男 @alkali_acid

「では参りましょう」 酒屑はためらいもせずうなずくと、早筆をともなって、近くにある呼び出しの大釜に向かう。傍若無人に順番待ちの列をかき分けて進み、歩哨がわりの兜をふんだくって誰かに話しかける。 「相変わらず色っぽい声してるねえ…夜に一緒の寝床で聞き…ああ…いや冗談でさ…」

2018-01-30 00:51:00
帽子男 @alkali_acid

機嫌よくまくしたててからだんだん語調が乱れる。 「今、紅蓮刃の姉さんの話はいいでしょ!おたくらとどういう知り合いか分からねえが俺はただ…お、王子様たあなんでえ。悲しむもなにも…ああもう、このお嬢さんと俺を門前東町まで…何かあるのかって?なんで?とにかく送ってくんな!」

2018-01-30 00:53:10