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中東でのコーヒーの伝播について

まとめました。
コーヒー 歴史 食文化史 コーヒーの歴史
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Watanabe @nabe1975
ヨーロッパにコーヒーが伝えられたのは17世紀というが、それ以前の十字軍遠征時代にウトラメールの西欧人がアラビアないしエチオピアのコーヒーに触れる可能性はあったのだろうかとふと考える。 pic.twitter.com/WpyqhXojio
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もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
中東での珈琲の伝播はイエメン→エジプト(カイロ)→イスタンブールの順になるんだけど、今のように珈琲豆の煮出し汁を飲む様式が定着したのが15世紀末のイエメンで、イエメンを領有していたマムルーク朝のカイロに伝播したのがその頃から16世紀初頭くらいだったらしい。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
そして16世紀半ばにはメッカ・メディナ・ジッダのヒジャーズ地方で、ついでカイロでこの「新奇な飲み物」たる珈琲がシャリーア的に合法か否かが議論され、程なく合法的見解が多数を占めるようになり、各地に伝播しこの頃にはイスタンブルにも喫茶店、カフヴェハーネ、カフウィーヤが見られるようになる
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
少なくとも、十字軍時代、12-13世紀のアラビア語やペルシア語の本草書や宇宙誌には珈琲(qahwa)やそれに類する食物や生薬の類いは見られないようだから、十字軍時代にアラブ人やイラン系ムスリムすら知らないものを西欧人が知る事はまず不可能に近い。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
何故なら、当時、カイロ経由で地中海から紅海、インド洋交易を担っていたのが、これらのアラブ人やイラン系のムスリム商人(及びカイロ等を拠点とするユダヤ系アルメニア系等の商人)達で、彼らは普段から沿岸のエチオピア方面やアフリカ東海岸のいわゆるザンジュ達とも盛んに交易しており、
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
そういった交易圏内での諸々は、大凡カイロやバグダードや或いはイランのファールス地方経由でアラビア語やペルシア語で著述され記録され、知識人達の間で情報が共有されていたからだ。そのため、彼らを西欧人がインド洋方面の情報で出し抜くのはまず構造的にちょっと不可能だと考えて良い。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
例えば、14世紀のジョン・マンデヴィルがいるが、彼のエジプト等の情報は実は12-13世紀のトゥースィーやカズヴィーニーの『被造物の驚異』にも出て来る話が多く、マンデヴィルがシリアやルーム地方でこれらの情報を入手した可能性が考えられている。 ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8…
リンク Wikipedia ジョン・マンデヴィル ジョン・マンデヴィル(Sir John Mandeville、? - 1372年11月12日?/11月17日?)は、中世イングランドの騎士。中東、インド、中国、ジャワ島、スマトラ島の見聞録『東方旅行記(マンデヴィル旅行記)』の著者として知られる。ヨーロッパ外の奇習・風俗を記したマンデヴィルの旅行記はヨーロッパ中の注目を集め、各国語に翻訳された。テューダー朝時代の探検家ウォルター・ローリーはマンデヴィルの記述に誤りは無いと述べ、クリストファー・コロンブス、マーティン・フロビッシャーはマンデヴィルの著作に刺激
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
なので、十字軍時代にイスラーム圏内の本草学関係の知識を西欧人が入手しようとなったら、それ以前のディオスコリデスの注釈書であるとかディーナワリー、アブー・マンスール・ムワッファク、或いは有名なビールーニーの「サイダナの書」等々辺りを読む事になるだろう。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
総じて、西欧人がこれらの知識を習得しても、イブン・バイタール以上の知識を付けるのは現実的には難しい。そもそも珈琲のイエメンでの珈琲の受容は早く見積もっても15世紀初頭以前には無さそうな雰囲気で、ビールーニーやイブン・バイタールが言及していないものを、
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
シリアやエジプト方面の人士が知るのはちょっと現実的な感じがしない。 >ちなみに「サイダナの書」には「茶( جاى jāī, صاي ṣāī)」が立項されていて、「チーンの地において薬石の類いの一種」として紹介され、どうもインド経由でティグリス川からバグダードに一部搬入されてたっぽい記述なので、
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
創作物で十字軍士が喫していた設定にしたい場合は、紅茶か(中国的な)緑茶の方がそれっぽいかも知れないw >まだちゃんと読んでないので、ビールーニーが言及している「茶」が抹茶なのか煎茶なのか判じ難い
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
イスラーム圏での珈琲の定着と伝播については↓の本が詳しいので、是非一読をお勧めしたい!|ω・)>是非に文庫版等で再版か復刊して欲しいところ… >ラルフ・S・ハトックス『コーヒーとコーヒーハウス―中世中東における社交飲料の起源―』 amazon.co.jp/dp/4495858416/… @amazonJPさんから
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もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
>特にイスラーム的に「新奇な物」に対してウラマー達がどう振る舞ったか、珈琲の「合法化」に至る経緯も分かるので、この点も非常におぬぬめ|ω=) >いつの間にか大分安くなってる…
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
「コーヒーとコーヒーハウス」でも触れられていたけど、珈琲は(それまで生や煎った物を食していたらしいが)流行の発端となったのは15世紀にイエメンで興隆したスーフィー教団の修行を補助するものとして採用されたのがそもそもの始まりらしい。 twitter.com/dominate_game/…
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
スーフィーの修行のひとつとして、神アッラーフの名を唱え続ける所謂「称名」(ズィクル dhikr)があるのだが、その修行法のひとつに極力睡眠時間を削ってこのズィクルを夜通し行うというものがあった。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
イエメンでは有名なカートの葉を頬張る習慣があるが、イエメンのスーフィー教団ではその不眠のズィクル行法に、眠気を発散させるものとしてカートの葉や珈琲豆の煮出し汁を喫する事をいつの頃からかやるようになったらしい。それがどうも早くて15世紀の初頭か中頃であったようだ。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
昨日の自分の珈琲ついのりぷだかりついだかが100を越えてたらしいので、これは『コーヒーとコーヒーハウス ――中世中東における社交飲料の起源――』の再版も近いのでは!?と期待せざるを得ない!|ω・)* twitter.com/mongkeke_tarik…

コメント

sindriさん @sindrisan 2018年5月29日
コーヒー、ヴォイニッチ手稿に記述はあるのだろうか?
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