『仮説的偶然文学論』コメンタリー

映画DVD見終わったあとのボーナストラックで、監督とか俳優とかが本編映像を見ながらあーだこーだ言ったりするじゃないですか? 要はアレです。
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荒木優太 @arishima_takeo

07/02.第一部では中河与一にコンタクト的偶然を読んだが、実は、もっとさかのぼると、コンタクトに類別できないような接触の様態を、中河は潔癖症=伝染恐怖のモチーフで描いていたのだ!…という転倒をやってみてる。割とスリリングなんじゃないかな。

2018-06-08 19:45:05
荒木優太 @arishima_takeo

07/03.近代文学で潔癖というと、泉鏡花が有名だが(お化けが有名だけど彼の場合も病状をちゃんと小説化してるんだろうか?)、中河も負けず劣らずの過剰反応。お金を洗剤で洗ったり、外出で使った服を燃やしたり。初期短篇は長篇よりもかなり攻めている。文庫化とかしたらいいのにね。

2018-06-08 19:45:34
荒木優太 @arishima_takeo

07/04.んで、そういう攻めた表現が昭和10年以後ほとんどなくなってしまうのは、「偶然のフィルタリング」という本書の偶然文学批判の中核概念に由来しているのではないか、という展開。コンタクト的偶然はコンテイジョン的偶然から選別されて成り立っているようにみえるんだな。

2018-06-08 19:47:10
荒木優太 @arishima_takeo

08/01.第八章「寺田寅彦の確率論」。この章までに九鬼周造アゲアゲな話ばっかりしてきて、いや、勿論、その達成には目を見張るものがあるんだけど、九鬼偶然論では確率論(=複数の偶然性の比較)がフォローできない…が、寺田寅彦にはそれがあるんだ! 寅彦に刮目せよの巻。

2018-06-09 22:07:51
荒木優太 @arishima_takeo

08/02.ソリッドなものでもかんでも細かに分解していくと、リキッドな位相が見えてきて、そこでは偶然の衝突が多発している(ディテール)。が、その衝突にもパターンってものあって、偶然を一群の傾向に分けることができる(プロバビリティ)。この発想を芸術論に活かしたのがモンタージュ論。

2018-06-09 22:08:08
荒木優太 @arishima_takeo

08/03.寺田モンタージュ論は、要は付け合わせのことだから、色んな対象に見出されるが、その代表となるのが映画と連句。特に後者での、偶然的に触れ合いを管理できる「統率的人傑」の発想が、次の章のナショナリスティックな寅彦への批判に転じていく。前前前世でHINOMARUだぜ、いえい。

2018-06-09 22:10:18
荒木優太 @arishima_takeo

09/01.第九章「寺田寅彦の風土論」。前章までアゲアゲだった寅彦を今度は下げるの章。どんな組み合わせにも対応できる面白俳諧にも、伝統性を司る審級があって、それにかなわないと異端としてハジかれる。その審級こそ、日本の風土なのだ。

2018-06-10 18:24:48
荒木優太 @arishima_takeo

09/02.加えて寅彦の場合、その風土が、民族や国民の潜在無意識さえ規定しているとする。ここにはフロイトの歪曲された援用がある。私は、無意識とか精神分析とか言い出すと、大抵碌なことにならないと思っているのだが、そういう考え方が寅彦批判にも活かされたな、と書いてみてから思う。

2018-06-10 18:25:01
荒木優太 @arishima_takeo

09/03.そういう潜在的な選別を、しかしパスしてくる触れ合いとして、遭遇未満の伝染性、として伝染のすえ自己と他者の「二元」の明確な緊張をなくした〈混合性〉の主題を見出す。そして本書最後の華・葉山嘉樹論へとバトンタッチ。

2018-06-10 18:25:51
荒木優太 @arishima_takeo

10/01.第一〇章「葉山嘉樹文学の住環境と主題〈混合性〉」。葉山文学はシュルレアリスム的と評されたりするんだけど(by楜沢健)、その出鱈目の根本原因に、半開的で半壊的な粗末な住居を読んだパート。バラック文学炸裂である。

2018-06-11 19:34:13
荒木優太 @arishima_takeo

10/02.『恋と無産者』という余り省みられることのないテクストを集中的にとり扱っているのも特徴か。これは最終章で『愛恋無限』と対照をつくる重要なフックなのだが(マイナー×マイナーで誰が読むんかい!)、ここでもたくみな建築的メタファーが活きている。

2018-06-11 19:34:43
荒木優太 @arishima_takeo

10/03.奇遇(偶然の出会い)とは、寄寓(家族じゃないやつと一緒に住む)によって支えられている。この貧しさのなかの偶然でもって、海外旅行行きまくりのブルジョワ中河偶然文学に喧嘩売ろうというのが元々のコンセプト。そして章末尾は『移動する村落』論。楜沢論文の一歩先を目指して。

2018-06-11 19:36:09
荒木優太 @arishima_takeo

11/01.最終章除けば最後の章、第一一章「葉山嘉樹の寄生虫」。葉山は「こんぐらがる」(複雑に絡み合うこと)という言葉が好きでよく用いているのだが、このコングラ状態の代表として連続的に表象されている寄生虫モチーフを読み解いていく。

2018-06-12 19:17:08
荒木優太 @arishima_takeo

11/02.勿論、寄生虫は葉山自身の農村への寄食コンプでもある。晩年の葉山は体制順応的に変節したと評され、勿論、それはそうなのだが、自分の生と子供の生が絡み合った現場に留まりつづける『寄生虫』の姿勢には、ナショナリズムへの『愛恋無限』にはないプロ文的な泥臭い抵抗がある。

2018-06-12 19:18:52
荒木優太 @arishima_takeo

11/03.『貧しい出版者』で埴谷よりも多喜二に賭けたように、中河ではなく葉山に賭ける、それが『仮説的偶然文学論』という本だ、と要約してくれてもOK。(次回がプチ連載最終回だぞ!)

2018-06-12 19:19:58
荒木優太 @arishima_takeo

12/01.終章「偶然的他者との幅のある出会い方」。偶然論を再び他者論に反転させる大号泣の大団円。偶然を高次の必然(運命)に昇華させて説得力を調達するためには、物語の都合に合わない偶然を縮減する濾過装置がなければならない。偶然のフィルタリング。

2018-06-13 19:11:29
荒木優太 @arishima_takeo

12/02.濾過装置があること自体が悪いわけではない。でも、①これで偶然文学をすべてカバーできると思ったらそりゃ大間違いでしょ(近代文学とは別の濾過が?)、だし、②濾過した先にはナショナリズムみたいな凡庸な想像力との結託が待っているんじゃないの、という視点を忘れないでほしい。

2018-06-13 19:12:39
荒木優太 @arishima_takeo

12/03.九鬼周造は偶然を一者と他者との「二元」の邂逅と捉えた。けれども、二元性は常に緊張しているわけではなく、一元や多元といった変化幅のなかでその接触面を保っている。この振幅のなかで出会いの面が生じている、そのプロセス全体を評価したい著作だった気がする。

2018-06-13 19:13:49
荒木優太 @arishima_takeo

12/04.あとがきでは、「劇が劇的なものだけで成り立っていないことを考える文学論」を書きたい、とか書いてやがるぜ。端的にいって、なつい。

2018-06-13 19:14:32
荒木優太 @arishima_takeo

12/05.あとがきの日付みてくれると分かる通り、これが完成したのはかなり遡る話で、いや、もっというと元になったほぼ完成状態の原稿が色んな出版社にお断り中期間もそれなりにあったので、自分でも割合懐かしさを覚えるものになっているのだ。

2018-06-13 19:16:58
荒木優太 @arishima_takeo

12/06.いや、だから改めて内容を振り返れてよかったです。読者ほぼいないでしょうけど、読んでくれてありがとうございます。そして、ぜひ買ってくれよな!en-soph.org/archives/52032…

2018-06-13 19:17:18
荒木優太 @arishima_takeo

12/07.あとは怒涛のイベント祭もよろしくね。 6/23読書会(en-soph.org/archives/52067…) 7/7B&B(bookandbeer.com/event/20180707…) 7/20蔦屋書店(real.tsite.jp/daikanyama/eve…

2018-06-13 19:20:04
荒木優太 @arishima_takeo

『君の名は。』の主題歌担当していたバンドが今度は国粋主義的な歌を創って~という一連の流れ、中河与一論の補遺としてとても興味深く観察しているのだけれど、ここで象徴されているのは、人間というのがいかに偶然を偶然のままに、その無意味さを受け取ることのできない生き物か、ってことだと思う。

2018-06-15 14:37:29
荒木優太 @arishima_takeo

男女の偶然の出会いは、それに先行する「前世」や「運命」によって高次の必然性として回復しなければならない。そして往々にして、その回復=変換に際して、かなりしょーもない神話が恣意的に注入され、偶然をセメント状に塗り固める。『愛恋無限』ですなー。

2018-06-15 14:38:48
荒木優太 @arishima_takeo

いや、変換の/というダイナミズムを確保するためにこそ、ご希望の偶然が要請される転倒が生じるのだ、というべきか。人間とはいかに物語の動物か、と言い換えてもいい。

2018-06-15 14:40:08