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談義 日下部後期ハイデガー観 主観性原理と存在原理 イギリス経験論によりアポリア化する日本と、量子論の対称性~etc

纏め作成中です。談義の纏めをサボってはや二年。ここで談義とはハイデガー読解のことで、雑談に埋もれてるようで、意外と一貫性がある話題なので、年末ぐらいからTogetterしておきましょう。(現在編集作業中です) 年末、日下部後期ハイデガー観の話になりました。そこではソクラテス以前のギリシャの自然哲学が、異文化的なピュタゴラスの魂輪廻説=主観性原理に侵されていくさまが描写されます。それはプラトニズムとしてその後の西欧世界を宗教的に呪縛する当のものです。ハイデガーならそれを存在忘却と一蹴するわけですが、一蹴は成功しているのでしょうか? 続きを読む
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編集作業中です。とりあえず時系列順にソートしてあります。

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
タカ基地氏との年末からの日下部後期ハイデガー観の話題を中心に、特にイギリス経験論により曖昧な日本になると、アプリオリな綜合判断という近代性が揺らいでしまう、という切り口から談義したものを、とりあえず集積しておきました。(^-^)/「談義 日下部後期ハイデガー観.. togetter.com/li/1241647

ドゥルージアンの半田氏の『寄与論考』読了と、タカ基地氏によるドゥルーズ~ニーチェの永劫回帰の克服。ハイデガーで何が克服されたのか?


半田広宣 @kohsen
ハイデガーの『哲学への寄与論考』、一通り読了。ドゥルーズの『差異と反復』よりはるかに読みやすい。500ページを超える大著なのだが、ひたすら「性起」をめぐっての自問自答が続く。存在の壁に激突しては跳ね返され、何度も立ち向かって行く。ドンキホーテを彷彿とさせる実直さがそこにはある。
半田広宣 @kohsen
『哲学への寄与論考』を読む限り、ハイデガーは哲学者というよりも20世紀最大の預言者だね。「性起」は必ず舞い降りると思うよ。
半田広宣 @kohsen
ハイデガーはこの辺りのことを次のように記している。 ——空間と時間とを、根拠[根底]の底無しの深淵として殊更にかつ根源的に把握された時—空から、別の元初の思索の内部で展開すること。P.418
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
半田氏がハイデガーGA65『寄与論考』を読了したらしい。「半田さんのハイデガー再読、物理の隠喩性を解除する」 togetter.com/li/1237185
Taka kichi @BeTakada
ハイデガー、ドゥルーズ 、ガタリーメモ heideggerforum.main.jp/ej11data/Masud…
Taka kichi @BeTakada
ドゥルーズ をどうすれば興味深く面白く読めるかが大きな課題である。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada 自由意志があるためには、無限時間の中で永遠回帰=形而上学者 bit.ly/2NzEKza にならなければならない、というニーチェに再領土化されてるのがドゥルーズだから~ @BeTakada bit.ly/2uco5Zy
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada ~それよりハイデガーが存在を現前性に脱去したのは、ニーチェへの後退か、という日下部論点 twitter.com/sunamajiri/sta… のほうが面白い。 pic.twitter.com/ZAFRERcAyN
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada ここで(ドゥルーズのように)、欺かれてはいけないのは、自由意志とは、被造物を作る神の主観性のことです。神に自由意志を認めるかどうかという議論(存在原理ではなく主観性原理)でしかないということです。そこを欺かれるのが非本来的元初、本来的元初とはそれに欺かれないことです。
Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri なるほど、此処を経由すると読み比べ出来て少しは楽しく読めそうな気がします。最近面白い記述を見ました。ハイデガーはライプツィヒの意志を存在と置き換え存在を語ったという記述です。確かに一理ありますし主観性原理や非本来的な自由意志、神亡き後の本来的な自由意志とを、分かり易く解きほぐし又
Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri ニヒリズムの克服にも役立ちます。私は最近強く思うのですが時間を形式で捉え表している哲学は世界を誤読していると考える様になりました。時間は形式ではなく現実に生起するのであり真理であるからです。生起を齎す存在こそ現存在の根拠の根拠、普遍的な存在つまり原理それ自体であると思うからです。
Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri それと論文にも有りましたがドゥルーズ は現象学とは距離を取っている様ですね。私の違和感はそこに集約されているのだと思います。
Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri 新しくもない実存主義を、今の時代に新しい実存主義だと言い直している現状に愕然としています。神の死後ニヒリズムが世界を覆い、新たな実存の座に焼き直された色彩が、いまようやく脚光を浴びているだけだと言うのに、です
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada ライプニッツ? どこで読んできたんですか? (^-^)/ @BeTakada 最近面白い記述を見ました。ハイデガーはライプツィヒの意志を存在と置き換え存在を語ったという記述です。 pic.twitter.com/dcTRQGidyq
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Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri 単に意志を存在に置き換えたと有りますが、ここが哲学にとって最も重要な点のひとつであり、この転回は世界もビックリの大事件なのですけどね。
Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri 存在を対象化すると実体化してしまう。だから存在自体を認識する事は出来ないのだという人がいますね。その通りなのですが、しかしそこにはもう一歩踏む余地があり、そこへ踏み込まないとその人の思考はそこ止まりとなりますね。存在が存在として存在の侭在る事を、私達は唯一認識している訳ですから。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada 同感です。対象化すると実体化するので、考えないようにしようというと、それこそ虚構化してしまう。近代という総称が或る転回を意味するのなら、まさにそうした思考停止から脱却するための意志する営為だと総称すべきでしょうね。そこで混乱すると元の木阿弥です。 pic.twitter.com/9DdG2r9Gt3
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半田広宣 @kohsen
●量子論はハイデガーのいう「最後の神」かもしれない   真の二元論とは、知覚的な場の中の「他者構造」の効果と、その不在の効果(他者がいない場合の知覚の有り様)の間にあるとドゥルーズは言っていた。ハイデガーのいう非本来性と本来性の関係がここにある。現存在…… facebook.com/photo.php?fbid…
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada ところで、ドゥルーズからハイデガーを読んでいるらしい半田氏がちょうどGA65寄与論考を読了して、「最後の神」は量子だといいはじめましたね。タカ基地さんはどう見立てているのかうかがいたいところ。bit.ly/2L4fYIS togetter.com/li/1237185
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@BeTakada いずれにせよ、ハイデガーを批判するドゥルーズはニーチェの永遠回帰が念頭だが、ハイデガーは脱ニーチェですよね。確かに存在が実体でないなら、自由意志で現在を掴み取るしかない。しかしそうした永遠回帰では因果律も同然で、時間を根源規定にしなければ現在すら覚束ない。
Taka kichi @BeTakada
@sunamajiri 私は全く先生の言う通りだと理解しています。寄与論考は過去の著書の解答書、従って寄与論考と言えるのだと思います。実存、或は実体に対する本来性と非本来を凡ゆる面で二本立て並行に語って来た。それ故に難解だったのですから。最後の神が量子ならば、一個体的な神の居場所は最早この世界内には存在
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コメント

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri 2018年6月28日
作成中です、膨大な期間なので、おいおい纏めます。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri 2018年6月29日
まとめ、時系列表示してますが、あちこちとんでいて、まとめにならないのだけれど、遅々として仕上がらない。とりあえず置いておきます。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri 2018年7月1日
タカ基地氏との年末からの日下部後期ハイデガー観の話題を中心に、特にイギリス経験論により曖昧な日本になると、アプリオリな綜合判断という近代性が揺らいでしまう、という切り口から談義したものを、とりあえず集積しておきました。(^-^)/
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri 2018年7月12日
「ドゥルージアンの半田氏の『寄与論考』読了と、タカ基地氏によるドゥルーズ~ニーチェの永劫回帰の克服」を追加。
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