往きて還る

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい二次の浜風回です。 今回は年代が遥か先のお話……?。どうぞ最後までお楽しみ下さい。 ご感想などは、竹村京さんor#落ちぬいタグへ。 続きを読む
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はじめに

竹村京 @kyou_takemura

#落ちぬい二次 、はじまります。本作は #不知火に落ち度はない の二次創作であり、オフィシャルではありません。意見、指摘などは #落ちぬい タグへお願いします。

2018-08-15 20:42:00

本編

竹村京 @kyou_takemura

じりじりと焼ける音がする様な日差しと、耳鳴りの様な蝉の声。涼を運んでくるどころか、逆に熱気を吹き付けるそよ風の中に、一人の老人がいた。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:43:20
竹村京 @kyou_takemura

頭にタオルを緩く巻き、汗に濡れたランニングシャツを着た浅黒い肌の男には、だが明らかに普通ではないところがあった。眼帯である。眼科で付けられるような物ではない。右目にまるで海賊か剣豪のような、黒い眼帯を付けているのだ。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:45:06
竹村京 @kyou_takemura

そこは小さな畑だった。トマトや胡瓜、茄子といった夏の作物が作られているが、食べきれないのか、トマトは割れ、茄子は大きくなり過ぎ、胡瓜は黄色く熟し始めているものもいくつかあった。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:46:37
竹村京 @kyou_takemura

眼帯の老人はそれら食べるに適さなくなってしまった実を鋏で落とし、畑の片隅に投げ捨てている。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:47:20
竹村京 @kyou_takemura

作業が一段落したか、腰に手を当ててぐっと背を伸ばす。老人には違いないが、痩せているわけではなく、むしろ脂肪が落ちた分筋肉が浮き上がり、一種の凄味さえある体躯である。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:49:34
竹村京 @kyou_takemura

「あっちーな、ったく」 頭に巻いたタオルを解き、汗を拭う。髪は白く、やや薄くなってはいるものの、まだ健在だ。 ここは田舎の、過疎も過疎の、村落でもない場所にぽつんと建つ一軒家の裏である。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:51:34
竹村京 @kyou_takemura

深海棲艦戦争初期に全域に避難命令が発令されて放棄され、その数年後に多くの犠牲を払って奪還した土地である。平和になればいずれ人が戻るだろうという楽観的な予測は裏切られ、疎開した元住人達はそのまま安全で便利な土地に定住した。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:53:56
竹村京 @kyou_takemura

奪還から数十年経つが、この土地には今でもこの男のような物好きしか住んでいない。 いや、物好きはもう一人いた。 「お疲れ様です、一也さん」 「おう」#落ちぬい二次

2018-08-15 20:56:13
竹村京 @kyou_takemura

家から麦藁帽子を被った女性が薬缶とコップを持って老人の方に歩いてくる。見たところ60歳前と言ったところか。小柄でややふっくらした、柔和な印象の女性だ。足場の悪い畑でも背筋をピンと伸ばし、軽やかに歩く。こちらも年齢の割に運動神経に優れているらしい。#落ちぬい二次

2018-08-15 20:58:31
竹村京 @kyou_takemura

薬缶からコップに麦茶を注いで、一也と呼ばれた老人に渡す。老人はそれを一息に飲み干し、女性も半分ほど飲んだ。 「具合はどうですか」 「結構ダメになってるな。豊作も考えもんだわ」#落ちぬい二次

2018-08-15 21:00:25
竹村京 @kyou_takemura

「そうですか。昔はご近所さんにおすそ分けとか出来たんですけど」 「お隣さん、何キロ先だっけ?」 「さあ……10キロくらいでしたっけ」 「おすそわけって距離じゃねーな」 「ですね。勿体ないですが」#落ちぬい二次

2018-08-15 21:03:08
竹村京 @kyou_takemura

老人が結構な量を捨てていたが、それでもまだ食べごろの物がいくつも実っている。 「お手伝いしましょうか?」 「粗方終わったし、いくつか採ってくから昼飯にしようぜ」 「分かりました。準備しておきますね」#落ちぬい二次

2018-08-15 21:05:34
竹村京 @kyou_takemura

薬缶とコップを持って家に向かう女性に、老人が声をかける。 「あ、浜風」 「はい?」 「いけね、また浜風って」 浜風と呼ばれた女性は、くすりと微笑む。 「いいんですよ。お互いそっちの名前の方が慣れてますし」#落ちぬい二次

2018-08-15 21:07:13
竹村京 @kyou_takemura

彼女はかつて駆逐艦娘として活躍した浜風である。55歳の定年まで勤め上げて一年前に退官し、今は故郷で暮らしている。 男はかつて浜風の上官であった兵頭一也だ。こちらも既に退官し、予備役とは名ばかりの悠々自適の生活が10年以上も続いている。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:09:36
竹村京 @kyou_takemura

二人が暮らす家は浜風の祖母の家で、浜風が買い戻した後に兵頭が修繕しているので、築年数は結構なものだが新築に近い状態になっている。もっとも、一度解体して部材から修繕して建て直す寺社仏閣のような方法で修築したので、修繕費は新築なみにかかっている。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:12:59
竹村京 @kyou_takemura

だが、それでいいのだ。浜風はこの家を買い戻すために艦娘になったのだから。 「それで?」 「紫蘇漬け、ある?」 「ありますよ。たっぷり作りましたから」 くすっと笑い、答える。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:15:33
竹村京 @kyou_takemura

紫蘇漬けとは、紫蘇をにんにく醤油に漬けただけの簡単な物である。だが、浜風が兵頭の下に配属されて何年か経った頃に振る舞ったら一撃で兵頭の大好物になり、今でも紫蘇が採れる時期の定番となっている。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:17:29
竹村京 @kyou_takemura

「そか」 満足そうに頷いてトマトの方に向き直る兵頭を見て、浜風は、この人はいつまで経っても子供みたいだな、と優しい気持ちになるのだった。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:20:13
竹村京 @kyou_takemura

昼食を終えて茶を飲んでいる時、浜風が小物入れの引き出しから一通の封筒を取り出して兵頭に渡した。 「一貴から手紙が届いていましたよ」 「へえ、珍しい事もあるもんだ」#落ちぬい二次

2018-08-15 21:22:59
竹村京 @kyou_takemura

浜風から手紙を受け取り、目を通す。浜風は先に兵頭に見せようと、封を切っていなかった。白い封筒に防衛大学校の住所と小隊の番号が、下手な字なりにきちんと書かれている。 差出人は兵頭一貴。兵頭と浜風の養子である。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:25:02
竹村京 @kyou_takemura

連合軍による大攻勢で深海棲艦を撃破し、彼ら海ぼうずにとって不倶戴天の敵である尻尾付きを葬った後、しばらくして二人は結婚した。だが一向に子供は出来ず、検査の結果、兵頭が不妊であることが判明した。#落ちぬい二次

2018-08-15 21:27:08
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