2018年9月17日

アリストテレスからワトソン&クリックまで!タダで世界の英知が見られる「世界を変えた書物」展 上野の森美術館(会期2018/9/8〜 9/24)

教科書でしか見たことない、あんな人やこんな人のすごい本が見られる展覧会が開催されております!入場無料。観ておいて絶対損はありません!必見です。
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9月の15日土曜日、多田将先生は「世界を変えた書物」展に行かれたのであります。

多田 将 @sho_tada

その後、上野に移動し、「世界を変えた書物」展に行て参りました pic.twitter.com/uHNCjnfKuf

2018-09-15 22:47:13
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説明しよう!「世界を変えた書物」展とは、金沢工業大学ライブラリーセンターの、科学的発見や技術的発明が最初に発表された初版本を体系的に収集された「工学の曙文庫」を広く一般に見てもらおうと、企画された展覧会なのである!

この展覧会の重要なところは、世界を変えた書物の「初版本」が集められている点です。世界を変えるほどの「しゅごい本」は出版されたときは当然衝撃をもって迎えられたわけで、場合によっては宗教裁判にかけられたり、発禁となったりすることもありました。2版ではダメなのです。偉い人にはそれがわからんのですよ!!

リンク www.kanazawa-it.ac.jp [世界を変えた書物]展 人類の知性を辿る旅|金沢工業大学 金沢工業大学所蔵の希少本を紹介する[世界を変えた書物]展 人類の知性を辿る旅 のご案内。 34 users 2845
多田 将 @sho_tada

ケプラーの「新天文学」と「世界の調和」の、どちらも初版 pic.twitter.com/YNnzg52fr7

2018-09-15 23:18:03
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リンク Wikipedia ヨハネス・ケプラー ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler、1571年12月27日 - 1630年11月15日)は、ドイツの天文学者。天体の運行法則に関する「ケプラーの法則」を唱えたことでよく知られている。理論的に天体の運動を解明したという点において、天体物理学者の先駆的存在だといえる。一方で数学者、自然哲学者、占星術師という顔ももつ。欧州補給機(ATV)2号機、アメリカ航空宇宙局の宇宙望遠鏡の名前に彼の名が採用されている。 ケプラーは1571年12月27日、ドイツのシュヴァーベン地方にある自由都市ヴァイル・デア 2 users 34
多田 将 @sho_tada

ニュートンの「プリンキピア」の初版 pic.twitter.com/zJKDtrVm4f

2018-09-15 23:18:43
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リンク Wikipedia アイザック・ニュートン サー・アイザック・ニュートン(英: Sir Isaac Newton、ユリウス暦:1642年12月25日 - 1727年3月20日、グレゴリオ暦:1643年1月4日 - 1727年3月31日)は、イングランドの自然哲学者、数学者、物理学者、天文学者。 主な業績としてニュートン力学の確立や微積分法の発見がある。1717年に造幣局長としてニュートン比価および兌換率を定めた。ナポレオン戦争による兌換停止を経て、1821年5月イングランド銀行はニュートン兌換率により兌換を再開した。 サー・アイザック・ニュートンは 5 users 73
多田 将 @sho_tada

コペルニクスの「天球の回転について」の初版 pic.twitter.com/Q8JKa3XO6X

2018-09-15 23:21:36
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リンク Wikipedia ニコラウス・コペルニクス ニコラウス・コペルニクス(ラテン語名: Nicolaus Copernicus、ポーランド語名: ミコワイ・コペルニク Mikołaj Kopernik、1473年2月19日 - 1543年5月24日)は、ポーランド出身の天文学者、カトリック司祭である。当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)を唱えた。これは天文学史上最も重要な発見とされる。(ただし、太陽中心説をはじめて唱えたのは紀元前三世紀のサモスのアリスタルコスである)。また経済学においても、貨幣の額面価値と実質価値の間に乖離が 29
多田 将 @sho_tada

数学3冊、 ネイピアの「驚くべき対数法則の記述」 ライプニッツの「極大と極小に関する新しい方法」 オイラーの「無限解析入門」 全て初版 pic.twitter.com/kAgtzFVWfJ

2018-09-15 23:25:29
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リンク Wikipedia ジョン・ネイピア ジョン・ネイピア(John Napier, 1550年 - 1617年4月4日)はスコットランドのバロン。数学者、物理学者、天文学者、占星術師としても知られる。 ジョン・ネイピアは、スコットランドのバロンであり、熱心なプロテスタントである。幅広い事に興味を持って研究した人物で、特に、対数の発見者として知られる。 という逸話でも知られる、個性的な発想に恵まれた発明家である。 ネイピアは、自分の領地の収穫を増やすために肥料や揚水機の研究をしたり、スペインの侵攻を恐れ、軍事兵器を発案したりもしている。 ネイピア 1 user
リンク Wikipedia ゴットフリート・ライプニッツ ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz、1646年7月1日(グレゴリオ暦)/6月21日(ユリウス暦) - 1716年11月14日)は、ドイツの哲学者、数学者。ライプツィヒ出身。なお Leibniz の発音は、/ˈlaɪpnɪʦ/(ライプニッツ)としているものと、/ˈlaɪbnɪʦ/(ライブニッツ)としているものとがある。ルネ・デカルトやバールーフ・デ・スピノザなどとともに近世の大陸合理主義を代表する哲学者である。主著は、『モナドロジー』、『形而上学叙 7 users 49
リンク Wikipedia レオンハルト・オイラー レオンハルト・オイラー(Leonhard Euler, 1707年4月15日 - 1783年9月18日)は、18世紀の数学者・天文学者(天体物理学者)。 18世紀の数学の中心となり、続く19世紀の厳密化・抽象化時代の礎を築いた。スイスのバーゼルに生まれ、現在のロシアのサンクトペテルブルクにて死去した。 ヨハン・ベルヌーイによって才能を見出されたことと、オイラー自身が数学に興味を抱いていたことから、数学者になる道を選んだ。オイラーの父も数学の教育を受けた人物であったが、オイラーには自分の後を継いで牧師になる 6 users 6
多田 将 @sho_tada

ホイヘンスの「光についての論考」 pic.twitter.com/lne9yleyh5

2018-09-15 23:27:47
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リンク Wikipedia クリスティアーン・ホイヘンス クリスティアーン・ホイヘンス(Christiaan Huygens 、1629年4月14日 - 1695年7月8日)( listen) は、オランダの数学者、物理学者、天文学者。かつてオランダの25ギルダー紙幣にその肖像が描かれていた。 その他ハイゲンス式接眼鏡を発明。ホイヘンスの原理提唱。光の媒介としてのエーテルの提唱等の業績がある。 1 user 24
多田 将 @sho_tada

ベルヌーイの「流体力学」 初版 pic.twitter.com/GP69CzqvW7

2018-09-15 23:29:24
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リンク Wikipedia ダニエル・ベルヌーイ ダニエル・ベルヌーイ(Daniel Bernoulli, 1700年2月8日 - 1782年3月17日)は、スイスの数学者・物理学者。 スイス・バーゼル出身の数学者・物理学者である父のヨハン・ベルヌーイが、オランダ・フローニンゲン大学在任中に、同地で生まれた。 3人兄弟の2番目で、兄ニコラウス2世、弟ヨハン2世も後、数学者・物理学者となった。ダニエルが5歳のとき、バーゼル大学にいた伯父の数学者ヤコブ・ベルヌーイが死去し、父ヨハンがその後任となり、家族でバーゼルへ帰って来た。 ダニエルはベルヌーイ家の中では 8
多田 将 @sho_tada

ユークリッドの「原論」 初版 pic.twitter.com/0k4WBWiM2N

2018-09-15 23:31:12
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リンク Wikipedia エウクレイデス アレクサンドリアのエウクレイデス(古代ギリシャ語: Εὐκλείδης, Eukleídēs、ラテン語: Euclīdēs、英語: Euclid(ユークリッド)、紀元前3世紀? - )は、古代ギリシアの数学者、天文学者とされる。数学史上最も重要な著作の1つ『原論』(ユークリッド原論)の著者であり、「幾何学の父」と称される。 プトレマイオス1世治世下(紀元前323年-283年)のアレクサンドリアで活動した。『原論』は19世紀末から20世紀初頭まで数学(特に幾何学)の教科書として使われ続けた。線の定義について 4 users 44
多田 将 @sho_tada

ラヴォアジェの「化学要論」 初版 pic.twitter.com/3X5bza0Xuu

2018-09-15 23:33:15
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リンク Wikipedia アントワーヌ・ラヴォアジエ アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(ラボアジェなどとも、フランス語:Antoine-Laurent de Lavoisier, [ɑ̃twan lɔʁɑ̃ də lavwazje]、1743年8月26日 - 1794年5月8日)は、フランス王国パリ出身の化学者、貴族。質量保存の法則を発見、酸素の命名、フロギストン説を打破したことから「近代化学の父」と称される。 1774年に体積と重量を精密にはかる定量実験を行い、化学反応の前後では質量が変化しないという質量保存の法則を発見。また、ドイツの化学者、医師 2 users 19
多田 将 @sho_tada

電磁気学5冊 クーロンの「電気と磁気についての研究」 ファラデイの「電気の実験的研究」 pic.twitter.com/xCs3G0g86r

2018-09-15 23:37:29
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