- alkali_acid
- 13024
- 8
- 0
- 312
できるできる絶対にできる。 お尻ペンペンのプロ。ペンプロですわ。 ちょっと待ってちょっと待って。龍ってあれでしょ。火噴いたり空飛んだりするやつでしょ。わざわざ尻とか狙わなくない? まあこれには深い訳があるのですよ。
2018-09-20 11:29:07尻叩きの龍は、二つの丸い山が隣り合ってそびえるちょうど谷間に暮らしてる。もう相当な年寄りで老衰でくたばりかかっているともいわれている。 住処には龍が、死滅や誕生を迎える際に必ず発する灼熱のせいで炭化して金剛石になった巨大な骨がいくつも転がっていて、いずれそこに加わるのだとも。
2018-09-20 11:33:01黒ずんだ金剛石の骨は…あ、金剛石というのはね。ダイヤモンドのことです。 金剛石の骨は、そりゃもうすばらしい値がつくので、宝を求めてあまたの騎士が龍の討伐に挑んだ。単騎で突撃をかける勇者もいれば、装備の整った軍勢を引き連れてきた猛将もいる。毒入りの餌をしかけた策師もね。
2018-09-20 11:37:36まあ龍としてはどんな気持ちだったかというと 「うざい」 という感情しかなかった。はじめはもちろん、矢止めの呪文でしゃらくさい攻撃を防ぎ、咆哮と地鳴りで恐慌を起こして追い払っていたが、そのうち聾の兵士をそろえ馬から降りて襲ってくるようになる。
2018-09-20 11:40:01しかたなく炎の息吹で焼き払ったわけです。しかしきりがない。全滅させてしまうと、どうも恐怖というのは伝わらないらしい。 「人間どもには何か別の手がいるわい」 そこで騎士をふんづかまえ、おさえつけると、尻尾の先端でビシ、ビシと尻を打ち据えた。人間の一番頑丈な部分らしいので。
2018-09-20 11:41:21最初は力加減を間違えたのでぺしゃんこにしてしまった訳だが、そのうちに生かしたまま叩けるようになった。 「わしがとんでもなく恐ろしくて、この谷間にはたいした宝なんぞないと広めるんだぞ。さもないとおぬしが尻を叩かれたことを次に来た騎士にばらすからな」 「ぐぬ…ぐぬぬ」
2018-09-20 11:43:19騎士はめんつを大事にする。 龍につかまって尻を叩かれたなどとばらされるのは死よりもひどい恥辱だった。 龍は念のためみずからの尻尾の先端に火を噴きつけて熱してから、騎士の尻に鱗の烙印を押した。これには魔法の力がかかっていて焼きつぶしたり削り取ったりはできない。 「じゃあの」
2018-09-20 11:45:05かくして尻を叩かれた騎士は、詳細は伏せるがとにかく龍は恐ろしくて残忍で、巣にはめぼしい宝などなかったと伝え聞かせた。 こうして二つの山のあいだの谷に住む老龍には平和が訪れたかに思えた。 「はあやれやれ次の葬式まではのんびり過ごせるわい」 龍は巣で体を伸ばしながら言うのだった。
2018-09-20 11:47:33が、しばらくすると退屈になってくる。 「次の葬式までまだもうちょっとあるの」 頭を掻いてから、古い呪文を思い出す。ぶつぶつと唱えると、おお見よ。その姿は腰のまがった人間の翁(おきな)に変身したのだ。 「どれどれ、わしのうわさがどうなってるかちょっと調べてくるか」
2018-09-20 11:49:11杖をつき、琵琶を背負って旅へ出る。みためはよぼよぼだが中身は龍なので健脚だ。勘のいい魔物は皆逃げうせるし、追いはぎの類は食指を動かされない。たまに心得違いをすると森の奥で挽肉になるがいたしかたない。
2018-09-20 11:50:45古なじみを訪れる。まずは不機嫌そうな魔女。 「また人里へ降りてきたのか」 「お嬢や。年寄りをいたわってくれんかのう」 「お茶とお菓子をやるからさっさと帰れ」 「ひどいのう」 そうは言いながらも将棋を一局指す。 「お嬢や。あいかわらずひとりかの。そろそろ使い魔ぐらい呼んだら」 「いい」
2018-09-20 11:52:59「空を飛ぶやつがいいと思うがの。便利で」 「誰かと暮らすのは面倒だ」 「そうかのう」 しかし龍は魔女のちらかった部屋に召喚の魔法陣があるのを見て取ってるんだな。端っこにそっと見えない龍言語の文字を書き加えて、魔界の王族につながるしかけを施しておく。
2018-09-20 11:54:34「わしもそろそろ葬式だからの…邪魔するのはこれが最後かもしれんの」 「葬式のあとでまた来ればいい」 「いやそりゃお嬢に悪い」 「じゃあ帰れ」 お次はおっとりした魔女のところへ。
2018-09-20 11:55:44切妻屋根のきれいなおうち。不機嫌な魔女と違って中はぴかぴか。家事をかたづける妖術が得意なのだ。 「おひさしぶりですおじいさん」 「お嬢も元気そうだの。宝ものも増えたかの」 「おかげさまで。できればおじいさんも私の宝ものになっていただきたいのですけど」 「わしはちっと老いぼれすぎ」
2018-09-20 11:57:31「そろそろ使い魔を置かんのかの」 「家事をかたづける妖術があれば、やっぱり要らないかしら」 「そうかのう。力のあるやつがいいと思うがの」 翁はこっそり魔女の宝もの集めに持ち歩くおりたたみ用の鳥籠に息吹をかける。引き寄せの呪いを。
2018-09-20 11:59:43「葬式前に知り合いにはだいたい会ったかの」 龍はそのまま歩いて歩いて、とある城下町に。騎士団領と呼ばれる、まあつまり騎士がいっぱい暮らしている土地だ。 平民の出入りする酒場につくと、琵琶を出してぽろぽろと弾き始める。 「じいさん楽師か」 「乞食だの」 「そうかそうか」
2018-09-20 12:02:27酒場の隅の席をもらって音楽の対価にパンと水のように薄い酒を一杯。奏でるのは 「半龍メリジューヌとその子孫の物語」 「騎士ジョージアナと子龍メイムの物語」 「ヴァヴェルの丘の龍の物語」 などが十八番だ。
2018-09-20 12:05:27いつの間にか膝に鼻水をたらした子供がひとり。 「おじいしゃん」 「うむ」 「ジョージアナとメイムはけっこんした?」 「さあそれはしらん」 「ヴァヴェルのおかのりゅうはおなかいたくてかわいそう」 「そうかの」
2018-09-20 12:06:45子供はいきなり棒をとりだしてふりまわした。 「りゅうとたたかう!」 「やめておいたほうがいいと思うがの」 「たたかう!」 「どうしてかの」 「…たたかうの」 「そうかの」
2018-09-20 12:08:14どこかの修道院の寺男らしきのが二人入ってきていきなり子供を左右からむんずと捕まえる。 「こんなところまで逃げ出して」 「まったく…」 「ぴぎゃああ!!」 子供は連れていかれた。
2018-09-20 12:10:17龍は見送ってから人々の話にまた耳を傾ける。飛び交うのは戦のこと、王の贅沢のこと、妃の服装のこと、作物の実りのこと、海賊のこと、病のこと、葡萄酒のできのこと、最近の若者がなっていないこと、年よりの頭が固いこと。
2018-09-20 12:12:30