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前の話
本編
平野でのゴブリン討伐は、洞窟でのそれとはまた別の困難がある。 小鬼は形勢が危うくなると、驚くべき速さで逃れ、藪や茂み、岩陰などを伝って追跡をかわそうとし、さらにはしばしば人馬の足をとる沼沢や、落ちれば命の危うい谷間などに誘い込もうとする。
2019-03-23 21:33:38卑怯さと狡猾さにおいて、狼や狐、穴熊などよりずっと厄介な獲物と言えるだろう。 だがゴブリン殲滅を大義として掲げるドラゴニア、竜騎士の王国は、対策を見出していた。伴侶であり家族でもある竜族の援けだ。
2019-03-23 21:38:06彼等が走竜と呼ぶ、二本足で駆ける蜥蜴は、鋭敏な目、耳、鼻を備えるのみか、さらには熱や磁気さえ察する感覚を持ち、どんな温血の獣も叶わぬ敏捷さと頑健さで、執念深く標的を狩り立てる。
2019-03-23 21:45:14猟犬ほどの大きさで、炎や毒や氷の吐息を発する力はないが、小柄なればこそ翼ある天竜や小山ほどもある地竜の如きより強大な類縁より目立たず。 敵国と境を接する土地においてさえも、隠密の働きを可能ならしめる。
2019-03-23 21:45:52"竜影の守り人"と秘かに称する、ドラゴニアの影の軍勢は、走竜八十、将兵合わせて二百を四つの小隊に分かち、一隊を後詰とし、三隊を緊密に連携させながら、かつて焼き払った小鬼の巣窟、ゴブリンタウンの跡地を探索し、滅ぼすべき害悪を見出した。
2019-03-23 21:49:25たった一匹、貧相な緑肌の怪物は、姿を消す魔法の粉の効き目が切れたところをあっさりと見つかり、矢がそばを掠めたところで、悲鳴を発して逃げ出した。 だが討ち手は焦ってしとめようとはしなかった。 ゴブリン狩りの定跡。怯えさせ焦らせ、仲間のもとへ案内させるのだ。
2019-03-23 21:51:38もちろん、油断はできない。 小鬼は逆境にあればあるほど、隙あらば相手を罠にはめようとしてくるもの。 影の軍勢は広く散らばり、鱗と牙爪を備えたしもべに慎重に調べさせながら、しかし速度は緩めず、着実に鏖(みなごろし)にすべき怪物の群のもとへ迫った。
2019-03-23 21:54:32背負うものが大きければ大きいほど歴戦のつわものはいっそう用心深くなる。 ゴブリンによって滅びた村々、虐殺を受けた男達、強姦に遭った女達。 酸っぱくなった牛乳、とりかえにあった赤児。盗みに遭った蹄鉄や農具。 どれほどの惨劇があったか思い起こすにつれ、気は逸る。 だが冷静さこそが肝要。
2019-03-23 21:57:53◆◆◆◆ 「ギィィィ!!ギィィ!おしまいだ!もうおわりだあ!!」 わき腹から腸があふれそうになるのを手で押さえ、左肩と頭の後ろと右足から血を流しながら、ちびの盗賊ボルボは泣き叫んでいた。 「しくじったぁ!兄弟たち!助けてくれぇ!皆であいつらを…ギャッ!」
2019-03-23 22:01:21つまづき、倒れ、転がり、鼻をすすりながら、擂鉢状になった隠れ処に転げこむ。 「どじっちまった!妖精の粉がきれたところを…助け…」 そっくり同じく緑肌の小鬼の群が、ぎざぎざの歯をむき出して次々に枯葉で作った寝床から頭を出す。それぞれ短剣を抜き払っている。 「ギイイ!!」
2019-03-23 22:04:07「ギイィイ!」 「罠にはめろ!」 「誘い込んで皆殺しだ!」 「人間どもめ!!」 だがそこへ矢が雨のように降り注ぐ。 「ギャ!」 「ギギイイ!!」 「ウギャギャギャ!」
2019-03-23 22:05:12ボルボ達は次々に針鼠のようになって斃れてゆく。 偽装を解いて駆けだした生き残りを、二本足の蜥蜴、走竜が飛び掛かり、容赦なく喉笛を裂く。 「気を抜くな。妖精の粉とやらで隠れている敵がまだいるかもしれん!」 竜影の守り人を率いる長は、鋭く告げつつ、剣を構えて斬り込む。
2019-03-23 22:07:55もちろん油断はない。長年小鬼退治に身を投じてきたもののふは、小柄で非力なように見える敵の危険さをよく弁えていた。 故に本来ならば、頭領が先陣を切るべきではないが、下種をみずからの手で討たんとする衝動がいや勝る。 「お許しを!降参します!おいらは金貨の場所を」
2019-03-23 22:10:41「仲間の潜んでるところを教え…」 「くずどもが」 利刃がうなりをさせておぞましい亜人を刻んでゆく。 「お、おいらは良いゴブリンでさあ!仲間にいわれて無理矢理…人間ともなかよしで…」 どれも訛りはきついが流暢な貿易語をしゃべる。だからこそいっそう人間には不快だった。
2019-03-23 22:13:02「良いゴブリン?良いゴブリンとは死んだゴブリンだけだ」 ドラゴニアの手練れは、共存も交渉も対話もするつもりはなかった。 一匹残らず血祭りにあげる。命乞いに耳など貸さない。隙は作らない。
2019-03-23 22:15:33「妖精の粉とやらは品切れか?」 最後の一匹の頭に剣を振り上げた際、そう呟いたのはだから答えを求めてではない。殺戮の昂ぶりが口走らせた昂ぶりに過ぎない。 「ギヒヒ…」 ひきつった笑いを浮かべてゴブリンは縮こまった。 痩せ首が胴から離れる。
2019-03-23 22:18:17わずかのあいだに、爪と牙と剣と矢によって、二十匹余りの群はすべていなくなっていた。きれいさっぱりと。 「長…」 「片付いたか」 隠密の首魁が聞くと、配下はあたりを示す。 「屍が…」 「何?」 「屍がありません」 殺しつくしたはずのゴブリンがどこにもいない。
2019-03-23 22:21:19だが副官はすでにこめかみに鴉からとったらしき矢羽を生やしてゆっくり倒れるところだった。 「やはり…か」 頭領は怒りを抑えながら、急ぎ守りを固めるほかのものにに合図し、懐から筒をとり、色つきの煙を立ち上らせた。 「罠にはめたつもりか…釣り針にかかったな…くずどもが…」
2019-03-23 22:25:53◆◆◆◆ 「ギィイ…いってえ…いってえ」 擂鉢状のくぼ地の外れで、ゴブリンの青年、ボルボは悶絶していた。いつの間に逃げ延びたのか、だが矢の雨を受けたはずの矮躯には傷一つない。 「さっさと指輪を渡せ」 かたわらでゴブリンの女、ギザギが命じる。 「ギィイ!!」
2019-03-23 22:28:26いずれも、かつてゴブリンタウンを支配したゴブリンキング直属の精鋭、"腐肉漁りの鴉の兄弟団"に属する手練れだ。といっても戦場で死体から装備を剥いだり、怪我した貴族を捕まえて身代金をゆするのがもっぱらだったが。
2019-03-23 22:30:40