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ツンデレ、ループ、セカイ系。それらとノベルゲーム(美少女ゲーム)との関係を考察(と、TVアニメ『YU-NO』10、11話の感想)

「ツンデレキャラ」「ループ(パラレル)構造」「セカイ系」と、ノベルゲーム(エロゲ/ギャルゲ)との関係を語ります。 それと、(ほぼツンデレの話だけですが)テレビアニメ版『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』10、11話の感想です。
感想 創作論 YU-NO セルフまとめ アニメ ゲーム 考察
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しろうと @sirouto
togetter.com/li/1366976 ツンデレと美少女ゲームの流行をふり返り、キャラクターとコンテンツ環境の関係を考察(と、TVアニメ『YU-NO』8、9話の感想)
しろうと @sirouto
youtube.com/watch?v=O8ET_s… TVアニメ「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」PV第2弾
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しろうと @sirouto
今日は、テレビアニメ『YU-NO』10話、11話の感想と、「セカイ系」の考察のお話です。
しろうと @sirouto
「セカイ系」を単独で考察するというより、「ツンデレ」「ループ系」「セカイ系」、さらに「美少女ゲーム(エロゲ/ギャルゲ)」や「ノベルゲーム」との関係を、掘り下げていきたいと思います。
しろうと @sirouto
そこでまず、「セカイ系」の定義は、「個人(登場人物)が、社会抜きに、世界全体と直接関係するという物語類型」としよう。
しろうと @sirouto
もちろん、「ラカン的な象徴界が云々~」などと、いくらでも複雑に語ることもできるだろうけど、それだと理解に予備知識が必要になってしまうし、ツイッターでは圧倒的に紙幅が足りない。もっと簡単に考える。
しろうと @sirouto
私の考えるセカイ系の本質は、「社会抜き」というシンプルなところにあって、そのシンプルな特徴に注目した方が、かえってセカイ系が何をしたいのか、分かりやすくなる。
しろうと @sirouto
「社会抜き」というシンプルな特徴に集約することで、セカイ系とそうでないジャンルの物語を分類するのが、とても簡単になる。
しろうと @sirouto
セカイ系でないものの典型的な例は、たとえば時代劇。その時代の社会構造が関係してくるものがほとんどだろう。セカイ系の時代劇って、あまり聞いたことがない。
しろうと @sirouto
なぜ、一昔前のゼロ年代前後には、セカイ系が流行したかといえば、「社会抜きの社会」という社会を反映していた、という面はあると思う。
しろうと @sirouto
インターネットの普及で、流通業で「中抜き」が可能になった、という話があるけど、同様に「社会抜き」のコミュニティが可能になった。ただこれは、ツイッターだから大ざっぱな話になるけど、仕様がない。
しろうと @sirouto
というと、「インターネットに社会はないのか?」という疑問が湧くかもしれない。社会構造が違うところがポイントなんだと思う。「大きな社会」から分断された「小さな社会」が無数にあるのが、ネットの社会。
しろうと @sirouto
これも、リオタール的な「大きな物語」が衰退して、「小さな物語」が氾濫して、ボードリヤール的な「シミュラークル」に満ちた世界が云々~、みたいに、現代思想から引用できるだろう。でもしない。簡単化する。
しろうと @sirouto
インターネットで、個人が直接世界にアクセスできるようになったから、その感覚がセカイ系のベースになっている、というメディア環境の変化を軸にするのが、話としては分かりやすい。
しろうと @sirouto
さてここまで、物語の受け手側が受容する体制の話だった。一方の作り手側の事情も鑑みてみよう。この連載は『YU-NO』を軸にしているので、とくに「ノベルゲーム」に注目してみよう。
しろうと @sirouto
ノベルゲームの制作上の制約として、シナリオが大ボリュームである一方、キャラクターは立ち絵の使い回しで表現する(もちろん、一枚絵がある場合も多い)、ということが大前提になっている場合が多い。
しろうと @sirouto
ここで、セカイ系の「社会抜き」という特徴が、ノベルゲームの制作上有利に働く。なぜなら、立ち絵を使い回すには、登場人物が限られていた方が都合が良いのだ。
しろうと @sirouto
これは、マンガやアニメだと事情が少し違う。一時的なモブキャラが出ても、労力が極端に違うことはないだろう。しかし、ノベゲは「立ち絵」を使い回すから、モブキャラが少ない方がどうしても有利になる。
しろうと @sirouto
すると、社会抜きでモブキャラを排除した方が、立ち絵が少ないから、ノベルゲームは作りやすい、ということになる。もちろん、シルエットでモブを表現することもできるが、それはそれで表現力が落ちる。
しろうと @sirouto
逆の視点で見ると、モブがいるシーンは、マンガやアニメでリアリティを出す手法になりうる。アニメ「YU-NO」で、アユミが住民に海岸開発のプレゼンをやった回のように。ああいうシーンは社会を描いている。
しろうと @sirouto
あるいは、なろうなどのWeb小説を見てみよう。そこでは絵がなく(挿絵がある場合もあるが)モブが書きやすく、社会も描かれやすい。たとえそれがご都合主義的であっても、ここでのセカイ系の分類の基準とは別だ。
しろうと @sirouto
なろう系はセカイ系でないことが多い。すなわち、社会を描くことが多い。その特徴は、たとえば「王国」の存在が、話に大いに関係する。たとえば、今期アニメの『盾の勇者』も『賢者の孫』もそうだ。
しろうと @sirouto
なぜ、なろう系は社会を描こうとするのか? それも異世界物という形で。それは、「Web小説」という、媒体の性質が関係してくる。どういうことか?
しろうと @sirouto
小説で絵がないと、たとえばきらら系のような、話は日常系で、女の娘の可愛さで見せる、というタイプの物語は難しい。きららも百合姫も原作はマンガであることには必然性がある。きらら系にはビジュアルが必要。
しろうと @sirouto
だから、文字媒体の性質上、なろう系は承認欲求を満たす方向に進む。それが「チーレム」だが、チートを使うこと自体よりも、それによって社会的な承認または賞賛を得ることが、読者が読む動機になっている。
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