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良かれと思って「いじめの加害者を排除する」というロジックを安易に振り回すと非常に危険

本人が善意で言ってるつもりだというのは否定しません。でもネットでリベラルやmetooの人たちの振る舞いを見てて、大人ですら自分の加害性に向き合えない事例が山ほどあるのを見ている以上、子供たちのいじめ問題で適切な見極めができるとは到底信用できない。 むしろシンプルに「悪者」がいてそれを見極められて、自分は無謬な存在だと疑いもしない、自分たちが加害者側になる危険を全く考慮してない人が一番危ない。
教育 いじめ被害 はるかぜちゃん コミュニケーション
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リンク ハフポスト 1 user 491 春名風花さんのメッセージに反響「いじめをするのなら、学校なんて来なくても良いんだよ」 乙武洋匡さんも「はるかぜちゃん、さすがだな」とエール。その一方で批判的な意見も…
リンク エキサイトニュース 中川翔子、中学時代の執拗ないじめで自殺寸前から必死の這い上がりに称賛の嵐 (2019年8月25日) - エキサイトニュース 8月23日放送の『バイキング』(フジテレビ系)で放送された「法律で“いじめ”撃退」という特集がネット上で波紋を広げている。この企画は「こども六法」の著者である山崎聡一郎をゲストに迎え、番組MCの坂上忍...

はるかぜちゃんの話は「学校緊急避難させるべきはいじめられてる子の側じゃなくていじめてる側じゃないの?」って主張です。一理あります。それをもっと丁寧に説明してくれてる話が「ミステリと言うなかれ」の2巻にあるので、興味がある人は読んでみてください。

というか、たぶんだけどはるかぜちゃんこれ読んでてネタ元にしてるんだと思う。表現そのまんまだし。

cdbさんの話
cdb @C4Dbeginner
中川翔子さんや春名風花さんが「いじめられる側」に立ってアナウンスするのはすごくいいけど、「他の生徒が迷惑する児童は学校に来なくていい」というロジックはすごく危険。そもそも何がいじめで何が加害で何が迷惑かの決定権は多数派が持っていて、少数派はあっという間に「加害児」にされてしまう。
cdb @C4Dbeginner
これ、小中学校の先生は多くが同意してくれると思うけど、「弱いものいじめしようぜ!」なんて自覚してるいじめの方が少ないんですよ。大抵のいじめは「コミュニケーションが取れない危険で迷惑な嫌われ者をみんなで団結してやっつける」みたいな大義名分のもとにやってるの。ネットがまさにそうだし。
cdb @C4Dbeginner
繰り返し、中川翔子さんや春名風花さんの「私もいじめられてたよ、不適応だったよ」という発言はエンパワメントだからそれでいいわけ。でもその一方でこんなに全員がいじめられた側の意識しかないのはおかしいんでね、いじめた記憶忘れてるだけなの。人を傷つけずに大人になったやつなんていないんだよ
cdb @C4Dbeginner
『聲の形』って京都アニメーションの山田尚子監督作品で、公開当時は僕も擁護して良い映画だよと言ってたんですけど、今のネットのムードならもう完全に逆転して批判なんかできない空気になりそうな流れでしょ。そういう一方的な集団の流れがいじめの本質だ思うんですよねtwitter.com/ICHMTs55/statu…
映画の公開当初、聲の形を批判しないやつは人間じゃないくらいの暴論を叫びまくってる人がたくさんいて怖かった
ツイートまとめ 『聲の形』はいじめっこ向け感動ポルノなのか 2016年9月17日に公開された映画『聲の形』、この映画と、その原作となった漫画に対し、現在twitter上で「これは聴覚障がいを感動のために消費し、いじめっ子、及びかつていじめっ子だった者を慰撫する感動ポルノではないか」という議論が現在起きています。 追記:2016/09/24 3:19 こちらのまとめもご参照あれ http://togetter.com/li/1028224 追記:2016/09/22 22:44 『聲の.. 274500 pv 2577 422 users 524

cdbさんではなく私の意見ですが、「聲の形は間違いである」と信じ、それを擁護する人を群れになってたたいていたような人たちはいじめの一形態であると思います。

「聲の形」は割とそういう「自覚のないいじめっ子」たちの危険性を描いていたはずなんですが、上のまとめの人たちにはまったくそういう部分は受け取れず、ただ「いじめっ子」というスティグマを背負った人間は一生赦さない、ということだけが正義だと信じていたわけですね。

この人たちは自分たちのことを「いじめと戦う側」だとしか思ってないし、だからこそ自分が加害者側・いじめ側にたつという可能性を考慮すらしてない。

そういう「みんな(自分)と同じ考え方ができない人間を数で圧殺する」という形で行われるいじめが世の中にはたくさんあるっことはすごく大事だと思います。

実際にフェミニズムの時も、そういう感じの人がめちゃくちゃたくさんいました。

イシゲスズコさんの話
イシゲスズコ @suminotiger
いじめがあったら加害側を排除する、ってよく話題に出るけど、あれはすごく難しいことだと思うよ。子ども同士のいじめらしいものって大人が介入したところでどちらが加害側かとはっきり断罪できるようなものではない方が圧倒的に多いから。
イシゲスズコ @suminotiger
ドラマや漫画の中でものすごく悪い顔をして相手を追い詰めるようないじめる側とそれを受けて苦しむやられる側とが描かれることが多いけど、あれは片方の話を描くとそうなる、というものだと私は思う。やられたことがクローズアップされて、自分がやったことは見えなくなってるケースが本当に多い
イシゲスズコ @suminotiger
発達特性が強くて「自分が周りにまいているものが自覚しづらい」とか入ってくるとより状況は複雑になっていく。
イシゲスズコ @suminotiger
だから、いじめらしいものが起こった、とわかったとき大事なのは該当者同士の適切な距離を置くことや状況を極力正確に聞き取りながら双方の問題点に寄り添っていける体制を整えていくことだと思ってる。
イシゲスズコ @suminotiger
「いじめられた側がいじめられたと言えばそれはいじめだ」はわかる。それが「そこで何があっているのかを大人が見つめ、介入するトリガーである」と見なせば良いから。 でも、「いじめだ、だから加害側が制裁を受けるべきだ」になったらちょっと待て、と思う。
イシゲスズコ @suminotiger
もしそれがまかり通ってしまうなら、その制度は対抗する中で「向こうにいじめられたことにして追い出そう」という流れに利用されることになる。周りの大人はそれを見抜ける目を持っている?
まさにそういう事件が過去にありました
リンク 頭の上にミカンをのせる 25 users 「人権派」の暴走がもたらした冤罪事件 「でっちあげ」 - 頭の上にミカンをのせる 本日はてブで紹介されていたので読んでみたのだけれどひどい事件だった。 www.shinchosha.co.jpこの冤罪を、ろくに調べもせず大きく取り上げたのが朝日、毎日新聞と週刊文春であり、しっかり取材を行って反論したのが、かの杉田水脈の件で廃刊になってしまった「新潮45」であったというのが皮肉すぎる。 「でっちあげ」の経緯 ①夫婦の強烈な抗議の剣幕に恐れをなした校長と教頭は、事..
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コメント

のび @Novifam 2019年8月27日
正義の味方がカスを排斥するというのがいじめの本質だからな
のび @Novifam 2019年8月27日
いじめっ子を排斥すればいいって奴はいじめっ子の素質があるんだよ だからいじめられるわけね
ないあーらるとほてっぷ @nyalrathottep 2019年8月27日
そも「他人を排斥する」という行動が危険だと説明せねばな
肉=ローステッド @nnWEnSAaoRMHcri 2019年8月28日
変になあなあにするからこうなる 加害者をやらかしに応じてキッチリ司法で裁くようにする そうすれば私刑は抑えられるし、抑止に繋がる 学校内で隠そうとしたり、警察もなあなあで収めようとするから抑止にならない
ないあーらるとほてっぷ @nyalrathottep 2019年8月28日
nnWEnSAaoRMHcri そうな。殴れば暴行隠せば窃盗、金をゆすれば恐喝罪、というわけよなあ
団扇仙人 @uchiwamaster 2019年8月28日
「学校内は学校外とは異なるルールで運用される」というのがまず前提になってるせいで,そのルールで誰かを罰して良いのか?みたいな話が出てくるんですわな。まず前提からおかしいんじゃないかと。
よしき @yoshiki_anime 2019年8月28日
声の形に不満があるのは全然いいんだけど、自分の思った通りの被害者として振る舞わない西宮硝子を気持ち悪いか、男の欲望通りで気持ち悪いとして否定しようとした人がいたのがホントキモかった。その人むしろいじめや聴覚障害者のためにそう言ってるつもりだったぽいし自分の加害性に完全無自覚
よしき @yoshiki_anime 2019年8月28日
震災被害のときにも、津田や東が被災者にもっと怒れって煽ってたのを思い出した。自分が当事者じゃないから、自分の正義のために実際に苦しんでる被害者を自分の思い通りに操ろうとして、そうじゃなかったら被害者失格みたいなアクションを起こす。マイノリティ憑依の一番悪質なパターン。
よしき @yoshiki_anime 2019年8月28日
思考力が低いから、ものすごい悪者と完全に落ち度がない被害者みたいなイメージでしか考えられず、そうでないパターンは受け入れられない。そういう人がはるかぜちゃんみたいなわかりやすい話に飛びついて現実に口出ししたら、善意で地獄への道を舗装することになるよなあと。
北邑直希 @naoki_ng08 2019年8月28日
「いじめられっ子側が隔離されるのはおかしい」論と「そもそも誰であれ隔離すべきでない」論、そもそもの視点が違いすぎて噛み合うわけもないわな。
よしき @yoshiki_anime 2019年8月28日
「そもそも誰であれ隔離すべきでない」論というよりは、はるかぜちゃんの話は容易に「加害者を排斥せよ」につながるというか、はるかぜちゃんの周りにいるアホな人はだいたいそういう論調になってることが問題だといってます。 「その理屈を言うときに誰が加害者を認定するのか?」ってところで、まさに今は多数派がなんとなく空気で「迷惑な人」をいじめてる
evacuated_man @evacuated_man 2019年9月21日
個人的には、「排除」というものをどう捉えるかも気になる。学校教育というか社会的には「誰1人として排除しない」を目指すけれど、個人や組織レベルでは現実的な解決策として「加害者は排除する」しかない場合もある。特にいじめの問題だと、学校がどんな加害の目も摘むように見守る、加害の子どもも受け止めて、自我のコントロールや善悪・他者の理解を促したり、保護者との情緒的かかわりを促してから学校に戻す、というのならわかるけれど、そうじゃなから身を守るには排除しかなくなるよね。
evacuated_man @evacuated_man 2019年9月21日
仮に加害者を排除できたとして、周りが社会の正義に反しているということで怒ることもできるけれど、本人からしたら自分にこれ以上解決する力がなく、誰も自分を守ってくれない、もうそれをしないと自分の身を守れない止むに止められないなんて場合もあるから、ただ道徳で殴ってるだけになる。
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