エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

眉間にしわを寄せた楽士が迫ると、鍛冶は咳払いする。 「山の下の王国に戻れば…何か解るかもしれんな。技や知とは独りで深めるより、多くの才がいた方が進みが早い」 「逃げる気?」 「とんでもない。小生はむしろ山の下の王国にいた方が危ういのだ。何せあそこからは脱獄してきたのでな」 「初耳」

2019-10-01 23:00:13
帽子男 @alkali_acid

「濡れ衣のようなものだ。影の国の鍛冶の技が知りたいと言っただけでな…あと多少、小鬼や巨鬼と禁じられた取引を試みたが。いや山の下の王は欲張りなくせに頭の固い男でな。そういうことにうるさい」

2019-10-01 23:02:22
帽子男 @alkali_acid

「ゴブリンと取引?ゴブリンて取引するときは必ずお代をとってくじゃん。何払ったの?」 「たいしたものではない。山の下の王国の防御の隙をいくつか教えただけだ。図面つきで」 「…あっそ」 「十日後にはちゃんと王に教えてやった。そこを狙って攻めてくると。小鬼にも機会はくれてやった」

2019-10-01 23:04:47
帽子男 @alkali_acid

「ばっかみたい」 「それで暗黒の甲冑の欠片が手に入ったのだ。安いものだ。だいたい王は解っておらん。山の下を探り開いたのはドワーフばかりではない。あそこはもとよりドワーフの専有などではないのだ」 「でも牢屋に入れられたんでしょ」 「牢屋というか罪人の送られる窖だな。死ぬまで穴を掘る」

2019-10-01 23:07:56
帽子男 @alkali_acid

「へー。なんでそんなことすんの」 「真銀ほしさだ。真銀は採れる量が少なく、浅いところは採り尽くし、あとは山の下の深いところに眠っている。凄腕の山師でも恐れるような深淵にな。そこへ罪人を送り込む」

2019-10-01 23:09:39
帽子男 @alkali_acid

「そんなんで、まじめに掘るの?」 「蝋燭ほしさにな」 「なにそれ」 「ドワーフは薄暗がりでも見えるが、深淵では盲(めしい)も同じだ。まったき闇に取り残されて半日もすると、いかな豪の鎚振るいでも取り乱し、悲鳴を上げ、わずかな明かり欲しさに疲れきるまで岩を打って火花を起こそうとする」

2019-10-01 23:13:03
帽子男 @alkali_acid

「蝋燭があればましなの?」 「ああ。だいぶましだ。蝋燭欲しさに、だから罪人は死ぬまで出られぬと解っている窖で懸命に鶴嘴を鑿を振るい続ける。逃げることすら考えない。逃げたところであたりは闇だけだからな」 「でもあんたは逃げた」 「小生は幸運だった」

2019-10-01 23:14:58
帽子男 @alkali_acid

「まったき闇の底で光を見た。蝋燭や石を打つ火花とは別のな」 「どんな光?」 ラヴェインが問うと、モシークは黙ったままついて来いと合図し、工房の入り口を出て、かなたの火山、滅びの亀裂に輝く紅い溶岩の筋を指さす。 「あれに似た光だった。影の国が流す熱き血と同じ…闇に燃える焔だ」

2019-10-01 23:17:41
帽子男 @alkali_acid

「ふうん。闇に燃える焔…狂える小人を導き…死の窖から導きだす…」 「小生の話を歌にするなら報酬をもらうぞ。そうだな。竜の鱗とか…」 「なんか話がそれたな。結局、山の下には帰れない訳?」 「やろうと思えばできなくはない」 「どうすんの」 「ドワーフの宝を狙うゴブリンと取引すればいい」

2019-10-01 23:20:38
帽子男 @alkali_acid

「へー」 「だが報酬をもらうぞ」 「なにさ」 「影の国へ来てから、だいぶ独りでやってきたが、どうも仕事が捗々しくなくてな。助手というか弟子が幾人か欲しい。腕の立つドワーフを攫ってきてくれ」 「やんない」 「その竜でドワーフ砦を脅すなり蹴散らすなりしてちょっと掠めてくるだけだ」

2019-10-01 23:26:30
帽子男 @alkali_acid

「ばっかみたい。あたいそろそろ帰るね。マーリはまだ?」 「あれは忙しい」 「えー!あたい絶対抱っこしてから帰る!もしくはやっぱ一緒にお泊りする!」 「そういうとこだぞ」

2019-10-01 23:27:37
帽子男 @alkali_acid

三頭の竜と乗り手が、稲光の走る叢雲のかなたへ飛んでゆくと、鍛冶はごつい肩をすくめてから引き返し、ずんずんと奥へ行って、いきなり通路の脇の陰になった部分に太腕を突っ込むと、糸でつながった音叉を掴みだす。 「盗み聞きしたなマーリ!」

2019-10-01 23:30:38
帽子男 @alkali_acid

左腕が右腕より大きな男児が恥じ入るように別室から歩み出る。 「二人の話が聞きたかったのだ」 「ひとが他者に明かしたくないと思っていることを隠れて探るのは卑劣だ。職人がそうやってほかの職人から技を盗むなら、山の下の王国では腕を切り落とすのがならわしだ」 「…二度とせぬ…」

2019-10-01 23:33:11
帽子男 @alkali_acid

「よし。ところでこれはよくできているな」 「父上の歌に出てくる…黒の乗り手が、岩の音叉でエルフの妃騎士を罠にかけたやり方を…少しひねったのだ」 「実に面白い。よししかしもっと改良できるぞこれは」 「だが、予は盗み聞きはもう…」 「当然いかんぞ!だが知と技の研鑽は欠かせん…」

2019-10-01 23:35:22
帽子男 @alkali_acid

矮躯の師匠と、未熟な弟子は、今日取り組むはずだった作業をそっちのけで、音叉をつつきまわしていたが、やがて年下の方が年上の方に呟く。 「なあモシークよ」 「なんだ?ほほう…この共鳴りは竜どもが黒の乗り手の歌を戦場全体に広げるやり方にも通じるな…」 「予は…山の下に…行ってみたい」

2019-10-01 23:37:24
帽子男 @alkali_acid

「ほう?なぜだ」 「まったき闇…そこなら…予の体も…誰の目にも見えぬ…予も…父上や…仙女のような…欠けるところなき美しいものを…見なくて済む」 「そんなことか。つまらん。山の下の宝を見つけるためかと思った」 「宝とは何だ」 「黄金よりも尊い宝」 「真銀であろう」 「どうかな」

2019-10-01 23:39:57
帽子男 @alkali_acid

狂える小人は、いびつな少年に向かってにやりと笑ってみせた。 「真銀よりさらに価値ある宝が…山の下の王国…否、さらに深くに埋もれている…そう信じるものもいるぞ?」 「…真銀より…さらに価値ある宝…」 「だが、あそこへお前が行くことは、天地がひっくりかえってもなかろうな」

2019-10-01 23:42:13
帽子男 @alkali_acid

ところがどっこい。 マーリは山の下の王国へ旅立つ。 驚異の地下宮殿と大城塞を目にし、多くを学ぶばかりか、岩盤の裏に広がる大海や、炎の坩堝、天から落ちてきた星。うごめく名もなきものどもの巣にも足を運ぶ。 目の見える白い蝙蝠とともに。 そうして王国を滅ぼすことになる。

2019-10-01 23:46:25
帽子男 @alkali_acid

黒の鍛え手マーリ。指輪作りマーリ。 四世代目は、最後に精霊の秘密に迫る。だが、みずからの家系が受け継ぐ妖精でも人間でもない血にまで、はたして気づくだろうか。

2019-10-01 23:48:38
帽子男 @alkali_acid

マーリ。 八分の一だけ人間、残りはエルフの少年。 だが外見はちっともそれらしくない。 左腕が右腕より大きく、片足が萎え、背が曲がっている。 ドワーフの工房に寝起きし、徒弟仕事に精を出し、食事も干し肉と薬草湯と「たらふく」なるたいしてうまくもない穀物を加工した代物ばかり。

2019-10-02 21:34:33
帽子男 @alkali_acid

たまに父である黒の乗り手が竜にまたがってやってくる。 果実の蜜煮やら薄焼き菓子やらを手土産に。 「マーリ。一緒に食べよ」 「いい。予はひとりでたべる」 「いーじゃん」 「…薬草湯をいれてくる」 「やったー」

2019-10-02 21:37:13
帽子男 @alkali_acid

マーリの師匠である狂った小人、モシークが作った甕の栓から水を出し、火にかけて湯を沸かし、乾き醸した薬草の葉を入れて色と香りと渋みをつける。 「あの甕、なに」 「モシークが粘土で焼いた。砂だとか粘土だとかつめてある。雨をたくわえて、濾し、飲める水を作る」 「へー。腐んないの」

2019-10-02 21:40:56
帽子男 @alkali_acid

「岩の塩から…毒を消す素を作る」 「なんか黄金王が作らせた、清らの大桶みたい。西の島の玄妙の魔法が、塩水より真水を生じさせ、船乗りの喉を潤した。されどこの影の国では、狂える小人が、天水より真水を生じさせる」 「モシークは魔法は使わぬ」

2019-10-02 21:44:21
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