エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

呪歌の匠は形のよい鼻を、妃騎士の絹糸の如き髪にうずめ、花の匂いをかぐ。 「仙女様のたいせつな森には近づかない。でも、影の国にまた妖精がやってきて…あたいのマーリを狙ったら、絶対泣かす」 「…お前は己の身も案じよ。いつも裸同然のなりで竜に乗って飛び回って」

2019-10-02 23:17:29
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインはくすっと息を漏らしてダリューテをきつく抱きしめる。 「へーき。緑の森のまわりの木はさ、あたいや、影の国が好きみたい。だからかな。ざわめいて伝えてくれる。王の葉はしおれ、木々の下のどこにもないって。アケノホシを狂わせた毒は、もうきっと作れないよ」

2019-10-02 23:18:58
帽子男 @alkali_acid

「王の葉が…しおれた…か」 「黄金王の治めてた西の島にも、王の葉ってなかったし。そんなにないんだ。あれ」 あっけらかんとした主人の口ぶりに、奴隷は睫を伏せる。 王の葉は光の諸王の加護の印。 もし緑の森のまわりに王の葉が生えないとすれば、何を意味するのか。 「西の光は薄れゆく」

2019-10-02 23:21:34
帽子男 @alkali_acid

「東の闇は濃くなる。でも夜だってそんなに悪くないよ仙女様!踊ろう!」 二人は踊った。月の照らす花畑で。暗い膚と明るい膚を寄せ合い、歌を口ずさみながら。 「あたいずっとこうしたかった。ずっと仙女様に手で触れて…一緒に踊りたかったよ!」 「今は毎晩しているではないか」 「うん!最高!」

2019-10-02 23:23:58
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手と妃騎士はそれぞれ竜にまたがり、深更の天へと舞った。 ダリューテはいつもカラ、ラヴェインはアンの背を選ぶ。空荷のゴンは自由にそばを飛び回りながら、三頭は高く高く、雲の上、大気が薄く、星々がいっそう明るいところまで達する。

2019-10-02 23:26:35
帽子男 @alkali_acid

「すっごい!すっごーい!きれー!」 「まこと。佳き眺めよ」 「ああ…アケノホシ…そこにいたんだ」 払暁を告げる星がさらに東の地平に煌めく。 楽士は涙をこぼして笑う。武人は何も述べずただ目を凝らす。 胸苦しくも幸せに満ちた一時だった。

2019-10-02 23:30:21
帽子男 @alkali_acid

だが歓喜と苦痛に震える黒の乗り手の魂は、すでに本人すら気づかぬほど徐々に、腐り始めていた。 指輪を、兜を通じて受け継いだ先代の狂気が、わずかずつ、しかし着実に当代をも蝕みつつあったのだ。

2019-10-02 23:36:26
帽子男 @alkali_acid

それはさておき。 ラヴェインの息子マーリは、影の国を離れ、山の下の王国へ行きたいという思いをますます強くしていた。 「マーリ!マーリ!南の焼き物の話だけどさ」 「あたいの歌聞きに西からいっぱい人来たんだ。せっかくだしさ。一緒に歌おーよ」 「マーリ!今日こそ仙女様に会おうよ」

2019-10-02 23:42:05
帽子男 @alkali_acid

「父上。予は歌わない。ひとまえに出るのは苦手だ」 「えー!あたいが一緒だよ!」 「よけい困る」 「何で?」 「…父上…」 いびつな少年は、すこやかな美丈夫を見上げる。 「予は、モシークの手伝いがあるのでもう行く」 「また?あたいの何が嫌なの!」 「嫌ではない。でもうるさい」

2019-10-02 23:44:15
帽子男 @alkali_acid

丁度そこで滅びの亀裂が噴火し、大地が震える。 もうもうと黒煙を上げ、赤熱した溶岩の弾を飛ばす景色に、親子はつい魅入る。 「あっちの方がうるさいじゃん」 「滅びの亀裂はたまにうるさい。父上はずっとうるさい」 「むー…」 「滅びの亀裂は…美しい。予は好きだ」 「あっそ」

2019-10-02 23:46:22
帽子男 @alkali_acid

「父上は、滅びの亀裂は好きではないか」 「きれーだと思うよ。あたいも。でたらめで、ごつくて、だから余計すごい」 「うん…そうだ」 「それでさ。一緒に歌わない?」 「歌わぬ」

2019-10-02 23:48:45
帽子男 @alkali_acid

琵琶弾きはしょんぼりしつつ工房を去り、囚われの妃騎士のもとへ。また空の散策へと連れ出す。 「つまんない。マーリはなんであたいと歌ってくれないの」 「少しはそっとしておいてやらぬか」 「いーけど。じゃあ仙女様が一緒に歌って踊ってね」 「…何を…」 「あたいは主人、そっちは奴隷…ね?」

2019-10-02 23:52:00
帽子男 @alkali_acid

二人は竜を駆って闇濃き地を気の赴くがままに探検する。 やがて荒野の縁(へり)に一群の林を見出し、舞い降りる。 あたりはとげとげしい茨やひねこびた灌木ばかり幅を利かせる土地だが、不思議とそこだけまっすぐな木立だ。 「…妙な場所だ」 「なんだろう。そうだ。解った」

2019-10-02 23:55:50
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは横笛を抜いてひとくさり吹き鳴らす。 「ここは、おじいさんのバンダが作ったお墓」 「やつが?」 ダリューテがすらりとした長躯を強張らせた。手はまた頬に伸び、すでに痕(あと)も残っていないはずの古い傷を指でなぞる。 「誰の墓だ。牙の部族は墓など作らぬはず」 「エルフ達」

2019-10-02 23:58:30
帽子男 @alkali_acid

「仙女様が、バンダに九人の家来の墓を作るように命じたでしょ。一つ一つ木を植えてさ」 「ああ。緑の谷の入り口にある。うち二本はお前の琵琶と楽器になったが」 「あのあと、バンダはほかに戦って殺した妖精の戦士の墓も作った」 「なぜだ…」 「たぶん…仙女様のため」

2019-10-03 00:01:17
帽子男 @alkali_acid

「やつは私には何も言わなかったぞ。このような墓のことは」 「言うつもりなかったよ。そうじゃなくて、ただ…めんどくさいからおしまい」 「…まて。もっと聞かせよ」 「やだ」 「バンダはなぜ私に」 「バンダの話してるときのダリューテ…ちょっと…あたい…腹立つ」

2019-10-03 00:03:27
帽子男 @alkali_acid

木々の作る陵(みささぎ)はさやさやと夜風に葉を鳴らす。 主人は楽器をしまうと、すたすたと先へ行き、奴隷は仕方なく後へ続く。 「何をするつもりだ」 「そうだな。昔のアケノホシがやったみたいに、あたいの使いになれるやつがいないか探してみる。狼か蝙蝠か…」 「使いなど得てどうする」

2019-10-03 00:07:08
帽子男 @alkali_acid

「緑の森に、もう一度だけ…」 不意に一陣のはやてが抜けてゆき、枝々のざわめきが激しくなる。 気づくと妖精の墓標をなす幹と幹のあいだに、影が一つ立っていた。 古の戦装束をまとい、青ざめた肌に虚ろな眼窩を持つ武人。 命なき兵(つわもの)。 塚人。

2019-10-03 00:10:01
帽子男 @alkali_acid

「呪歌の匠よ。ひさしいな」 「ひさしぶり」 「妖精の婢(はしため)をいますこし遠ざけよ。影の国の晩にあって尚、西の光は死せる身にはまぶしすぎる」 「やだけど」 ラヴェインはにべもない。だがダリューテは二歩だけ退いた。

2019-10-03 00:12:01
帽子男 @alkali_acid

「新たな予言を伝えに来た」 「あたいは死人占い師じゃない」 「だがその技を継いだ。指輪によって。兜によって…」 「予言はいらない」 「予言は拒めぬ」 「いらないったら」 「拒めぬのだ」

2019-10-03 00:13:10
帽子男 @alkali_acid

「…だったらさっさと言ってよ」 「お前の子マーリは、さらなる指輪を作るだろう。東の灯と呼ばれる宝石を、竜の骨より最強の剣を。お前が開かれる地とした影の国を再び閉じ、要塞に変える。地底にかつてないほど壮麗な宮殿を築く…だがその前に山の下のドワーフ王国に滅びをもたらす」

2019-10-03 00:16:11
帽子男 @alkali_acid

「マーリは山の下のドワーフ王国なんかいかないよ」 「行くだろう。行かなければお前の子の運命は潰える」 「あたいがさせない…させない!」 「止められはせぬ。お前が西の島を滅ぼすのを、死人占い師が止められなかったのと同じ。黒の乗り手は常に破壊と惨劇をもたらす」 「あっそ」

2019-10-03 00:20:11
帽子男 @alkali_acid

塚人は言葉を切ると、そのままじっとたたずんでいる。 楽士は首を傾げた。 「何さ」 「歌を」 「歌ってくれんの?」 「約束を果たそう」

2019-10-03 00:22:11
帽子男 @alkali_acid

妖精の躯が眠る木々のあいだで、死者の王は古い歌を吟じた。 冷たく朽ちた響きは、余人ならばおぞけを振るうものだったが、横笛吹きは泰然として耳を傾け、やがて楽器を取り出して伴奏をつけた。 「…いい歌だった。すごく」 「さらば伶人。我が命のあるうちに、呪いとかかわらずに出会いたかった」

2019-10-03 00:26:03
帽子男 @alkali_acid

塚人が去ると、そっとまた妃騎士は黒の乗り手に歩み寄った。 「お前はナシールの轍を踏んではならぬ」 「命は奪い、命はつなぐ、か…あたい、アケノホシみたいにはしないよ。するもんか…あんな風には…」

2019-10-03 00:30:24
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