エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・後編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

まじだった。 「ギイイ!」 「そなたらの食べ物をどこかで見つけよう。影の国の黒の乗り手の世継ぎ、牙の部族のマーリが約束する」 「影の国?黒の乗り手?どうして捕まった」 「山の下の王国のドワーフの工芸を盗もうとしたためだ」 「奴等の技を!おお…なんと狡賢い考え…」

2019-10-06 11:53:08
帽子男 @alkali_acid

うわさはあっという間に広がった。 隻腕の若者のもとへ、小鬼の群は交代でやってきては匂いを嗅ぎ、息遣いを聞き、はじめは不審げに、やがてすがるようにして話しかける。 マーリは尋ねた。 「七人の小人を探している。行方を教えてくれぬか」

2019-10-06 11:56:58
帽子男 @alkali_acid

「罪人の岩掘りが真銀の鉱脈を探り、俺達ゴブリンは見つかった鉱脈を掘り運ぶ…真っ黒の腹のさらに奥へ入るドワーフどもはいっそう早く狂う。光を求めて鶴嘴で岩を打ち続け、頭を砕いてみずから死ぬ。命綱がわりの鎖を断ち切ってどこかへ消えちまうのもいる」

2019-10-06 11:58:06
帽子男 @alkali_acid

「お頭の言う七人の肉はまだ誰も食ってない。だが鎖を断ち切って消えたやつの噂はある。そいつらは真っ黒の腹のさらに先へ手探りでいなくなったそうだ。どこかでくたばってるだろう。もったいねえ」 「ありがとう闇のはらからよ。必ず食べ物と水と明り…外への道を見つける」

2019-10-06 11:59:56
帽子男 @alkali_acid

「最初のひとつだけでも見つけられればたいしたもんだ。お頭」 マーリはまったき闇を歩いた。 そばにヒカリノカゼがいる限り、息苦しさもやわらいだ。 「ヒカリノカゼ。歌ってくれ」 「はいマーリ様」 エルフの歌が響く。地の底に、星々の下の歌が。 合わせて黒の鍛え手も吟じる。

2019-10-06 12:01:18
帽子男 @alkali_acid

仇敵の音楽に、ゴブリン達は悲鳴を発して逃げて行った。 「…不思議だヒカリノカゼ。そなたといると、何も怖くない。なのに胸が…高鳴る」 「マーリ様は勇敢な方」 「そうではない…モシークが言っていたこと…硝子磨きが言っていたこと…今なら解る…誰かを好くという気持ち…」

2019-10-06 12:04:03
帽子男 @alkali_acid

白い蝙蝠は動揺したようだった。 「私は蝙蝠にございます」 「予は…どんなおとめよりも、そなたに心惹かれる」 「用心なさいませ。まったき闇は気を迷わせます」 「気の迷いでもよいのだ。そなたの言葉が幻でも。予はそなたが好きだヒカリノカゼ。予の伴侶であってくれ」

2019-10-06 12:06:27
帽子男 @alkali_acid

「私は婢(はしため)。命ある限り主たるマーリ様に仕えます」 若者は求めたのとは異なる答えを得たが、しかし微笑んで飛獣の首を指で撫でた。残っているたった一つの手で。 「ありがとう。ヒカリノカゼ」

2019-10-06 12:08:07
帽子男 @alkali_acid

隻腕の徒弟は昏き道の果てで、七人の小人に再会した。 三人の女と四人の男はそれぞれ失った腕のかわりに鉄の鶴嘴を取り付けられたまま、あやめも解らぬ暗黒の中で順に火花を散らし、喚きあっていた。 「闇に燃える焔などあるものか」 「ああ。影地歩きの妄想に過ぎん」 「それより番所を襲うべきだ」

2019-10-06 12:11:16
帽子男 @alkali_acid

「だが影地歩きはひとたび、このまったき闇から逃げおおせた」 「二度はない。利き腕をなくしたのだ」 「お化けエルフの工房でも探した方がましだ」 城砦壊し、骨磁焼き、屍金継ぎ、責具拵え、贋宝作り、鉱毒練り、全員が無事だった。いや狂っていたので無事とは言えなかったが。

2019-10-06 12:14:34
帽子男 @alkali_acid

だが狂った心は、正気ではないが故に、まったき闇にたやすくは屈しなかった。わけても影地歩きは。 「闇に燃える焔はある。必ずな」 「予が見つけ出そう。モシーク」 呼びかけると一斉に小人が動く気配がある。 「死なんと思っていたぞマーリ」

2019-10-06 12:16:33
帽子男 @alkali_acid

「影の国の世継ぎか」 「黒の鍛え手」 「エルフだか人間だか解らぬ怪物」 「あら。硝子磨きは、とても美男子でドワーフのどんな男より強く賢く、腕の立つ職人だと言っていました。わたくしもその通りだと思います」

2019-10-06 12:18:38
帽子男 @alkali_acid

「おい!不壊の城砦を設計したのはお前だな!あの破り方を俺はちゃん見つけたぞ」 「俺より純度の高い硫酸を作ったな。どうやった。教えろ」

2019-10-06 12:19:57
帽子男 @alkali_acid

マーリは笑った。ほがらかな笑いだった。 「ドワーフの六大…七大悪人!予はそなたらに会えて嬉しい!」 モシークがさらりと受け流す。 「よしよし。だが工芸談義はまたあとだ。まずは闇に燃える焔を探す…どう探す?」 「手掛かりは」

2019-10-06 12:22:04
帽子男 @alkali_acid

「小生もあのときは朦朧としていたのでな。何も覚えていない」 「…熱はあったか。炎の熱は」 「あった。膚を焼くような熱さだった」 「ならば熱が空気を動かす。まったき闇にも、わずかに空気の流れがある」 「なければ誰も生きてはおれん」 「そうだ。空気の流れを追う」

2019-10-06 12:23:34
帽子男 @alkali_acid

「空気の流れといっても微風にもならぬようなものだぞ。エルフでもなければできぬ」 「予はできる。予とヒカリノカゼならできる。歌がこだまをかえし、まったき闇の穴の形がどうなっているかも少し解った」 「ほう。便利だな。では任せよう」

2019-10-06 12:25:12
帽子男 @alkali_acid

蝙蝠を連れた隻腕の若者は、七人の小人を連れさらに暗黒の淵を降りて行った。 「モシーク。岩肌の感触が異なるぞ」 「鑿と鎚で削ったものではないな。何かが溶かした」 「熱か」 「ああ、すさまじい熱だな。そいつがまたここを通らんことを祈ろう」 「そうだな」

2019-10-06 12:27:17
帽子男 @alkali_acid

震えるほど寒かった洞窟の気温は次第に上がってきた。 「モシーク。腹は空かぬか。喉は乾かぬか」 「聴くな。だがドワーフは耐えられる。お前は」 「予も耐える。皆とともに耐える」

2019-10-06 12:29:09
帽子男 @alkali_acid

闇に燃える焔はあった。 暗黒の淵のいやはて、山の下の王国の都ほどではないが、村ひとつ収まるほどの空(うつほ)に。 煮え滾る深紅の溶岩が。 蝙蝠が警戒の叫びを発する。 「わずかだが瘴気がある。うかつに近づくな」 マーリが仲間に呼びかける。

2019-10-06 12:31:24
帽子男 @alkali_acid

だが小人達はひさしぶりの明りに目が眩んでそれどころではなかった。 もっとも道中は蝙蝠が淡い輝きを放っていたので、完全に盲になるほどではなかったが。 「瘴気…どうする」 「うむ…」 白い飛獣が耳元でまた鳴く。 「瘴気を消す呪文がある」 「エルフの魔法だな。魔法使いがいたらよかった」

2019-10-06 12:33:14
帽子男 @alkali_acid

「いる…ただ…すこし待て」 若者は右手の指の皮を歯で破り、翼ある連れに血を与える。 蝙蝠は舞い上がり、宙で踊った。たちまち一行を見えざる防陣が包む。 「その蝙蝠は…魔法使いか」 「そうらしい」

2019-10-06 12:36:05
帽子男 @alkali_acid

「そういえば、工房に王の鉄鎚が襲ってきたときも、何かやっていたな。あれはマーリ。お前が煙玉を使ったのかと思っていたが」 「予は何もしておらぬ。ヒカリノカゼが予を逃がそうとしたのだ」 「ひとりなら逃げられただろう」 「よいのだ。あそこで逃げなかったからモシークとともにいられる」

2019-10-06 12:37:12
帽子男 @alkali_acid

焔の明るさに目が慣れてきたところで、城砦壊しが腕の切り株についた鶴嘴を振り上げる。溶岩の流れのかなたにゆらめく穹窿(アーチ)をなす横穴を指して。 「黒の鍛え手!見ろ。あれは自然の岩ではない…だがドワーフの石工の技でもないな」 「…エルフの石工の技だ。本で見た」 「行ってみよう!」

2019-10-06 12:42:27
帽子男 @alkali_acid

だが一行が燃える川の対岸に渡る方法を探ろうと踏み出したところで、不意に水面(みなも)いや火面(ほおもて)が泡立った。 水には魚が住む。 では火には何が住む。

2019-10-06 12:44:25
帽子男 @alkali_acid

“儂の寝床で耳ざわりな妖精の歌を唄ったものがいるな” 答えは業火の精霊。 闇の軍勢に与した怪物のうち最悪の存在。 精霊。つまり光の諸王とか闇の女王とか、そういう神々と同格、とまでは言えないにしてもめっちゃ偉いやつ。でも凶暴。 紅蓮の鞭を操る、滅びの化身。

2019-10-06 12:47:47
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