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ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
【本日の標語】 Die Kunst ist lang, und kurz ist unser Leben. - Johann Wolfgang von Goethe, Faust I 「しかしながら、業(わざ)は長く、我らが人生は短いといいますよ。」 - ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 『ファウスト 第一部』より 前回に続き、『ファウスト』からの引用です。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
以下、文法を述べた後少し解説。 die Kunst:「芸術」、「技術」 ist:sein の三人称単数に対応する形。 A = B の構造を作る。 lang:「長い」 und:並列の接続詞。「ーと〜」、「そして〜」 unser:一人称複数の所有代名詞。「われわれの」 Leben:「人生」、「生命」、「生活」
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
さて、解説です。 まず、訳は前後のコンテクストからこうなります。気になる方はファウストとメフィストが出会うシーンを読んでみてください。 また、「芸術は長く〜」とする訳をたまに見かけますが、その場合誤訳になります。これはなぜか?
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
と申しますのも、この標語はゲーテのオリジナルではないからです。 元々は西洋医学の開祖・ヒッポクラテス(Iπποκράτης、Hippocrates)の言葉とされています。 “ὁ βίος βραχύς, ἡ δὲ τέχνη μακρή. (オ ビオス ブラーキュス、へー デ テクネー マクラー)”という言葉が大元です。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
これがラテン語に輸入されたとき、”Ars langa, vita brevis (アールス ランガ、ウィータ ブレーウィス)という訳が当てられました。ドイツ語の標語はここからさらに借用したものです。 ヒッポクラテスは「技術」について言っていますので、「芸術」と訳すと誤訳になってしまうのです。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
尚、中の人は文学部に入学したとき、総合ガイダンスをしてくれた先生が締めくくりに突然この言葉を黒板にギリシア語で書き、「人文科学を学ぶからにはこの言葉を覚えておくように」と言われたために、今でもこの標語は忘れません。 道は長く遠大です。焦らず弛まず学びましょう。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
誤記。正しくは Ars longa (アールス ロンガ)ですね。今気がつきました。 申し訳ありません。
ラテン語さん @latina_sama
@germanist_tan ありがとうございます。ギリシャ語の読みですが、ホ ビオス ブラキュス、ヘー デ テクネー マクレー、ラテン語はウィータ ブレウィス、アルス ロンガの方が近いと思います。
ラテン語さん @latina_sama
@germanist_tan ラテン語では前半後半が逆になってますがこれは意識してなくて、brevisのeは短母音だということを言いたかったです。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
@latina_sama 了解です。読者のためにこのツイートはリツイートしてもいいでしょうか?
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
【今日の標語】 „Sein oder Nichtsein, das ist hier die Frage.“ - William Shakespeare, Hamlet 「(進んで)生を取るか、(退いて)死ぬべきか。それがここでは問題だ。」 - ウィリアム・シェイクスピア著 『ハムレット』 なんで英語が原典の話を? と思われるかもしれませんね。 (続く)
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
しかし、シェイクスピアがドイツの文学界に与えた影響は絶大です。先に挙げたゲーテなどはその影響を強く受けていると言います。 また、訳をあえてこうしたのは、原典の “To be or not to be”の訳の仕方が議論になっているからです。 (続く)
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
to beには文法上「引き続き何かをやる」という意が含まれており、前後の劇中の状況を見るとこれが妥当ではないか、という見解があり、福田 恆存先生などはこれに従っています。 とはいえ、to beとは存在すること、つまり生きることに他ならないというのが大勢を占める見解です。 (続く)
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
余談ですが、内田春菊先生は『クマグスのミナカテラ』という漫画の中で「アリマス。アリマセン。ソレハナンデスカ?』という「超訳」を登場させています。 中の人の訳によると「命(タマ)かけて 伸るか反るかが 問題(もんでえ)よ」となりますが、これはもちろん諧謔です。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
以下文法事項。 Sein:sein の名詞形。「存在(すること)」 cf) Sein und Zeit 『存在と時間』 (ハイデガーの主著のタイトル) oder:接続詞。「ーそれとも/または〜」 Nichtsein:nicht seinの名詞形。「存在しないこと」
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
das ist 〜:「それが〜である」 hier:「ここで/ここに」 die Frage:「問題」、「質問」
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
【本日の標語】 „Entbehren sollst du! sollst Entbehren!“ - Johann Wolfgang von Goethe, Faust I 「困苦に堪えよ、欠乏をしのべ」(相良守峯訳) - ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 『ファウスト 第一部』より。 今日もまたファウストですが、今回はドイツ文学に止まらないお話です。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
この台詞は、『ファウスト 第一部』の1550行目付近に出てきます。まず文法を見たあとで内容の解説に入りましょう。 entbehren:「欠けている」 sollst:助動詞 sollen の二人称親称に対応する形。「〜すべきである」 du:二人称親称。「君/お前」
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
語順について。本来なら „Du sollst entbehren!“ となるはずです。 私見ですが、これは前半は entbehren という動詞の強調、後半は命令形となっているため倒置していると思います。 また、文脈よりduは一緒に部屋にいるメフィストに対してではなく、ファウストは自分に言い聞かせる形を取っているかと
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
さて、文学への影響です。 ロシアの作家に、イワン・ツルゲーネフという方がいます。『初恋』、『片恋』、『猟人日記』などを書いた人ですね。 中の人が高校生の時は、この『猟人日記』の翻訳が現国の教科書に載っていたりしました。 そのツルゲーネフになんと『ファウスト』という作品があります。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
作品自体は、「ああ、ゲーテの『ファウスト』と『若きウェルテルの悩み(Die Leiden des jungen Werthers)へのオマージュか!」という形を取っています。 療養のため故郷に帰った青年が、ある人妻に恋をしてしまい、それを友人に手紙で報告していく、という形をとっています。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
この作品にはサブタイトルがついており、それが Entbehren sollst du, sollst entbehren であったりします。 entbehren には vermissen と同じ意味がありますので、「ある人がいなくて寂しく思わねばならない」という文脈にもなります。 なんでこのサブタイトルなのかは、お終いまで読めばわかります。
ドイツ語学ドイツ文学たん @germanist_tan
ところで、ツルゲーネフはロシア文学の本質を主人公に言わせています。 作中、ゲーテの『ファウスト』の朗読会をしようという話が出るのですが、主人公はこう手紙に書いています。 「間狂詩は省略した。これは作風からしてもはや第二部に属するものだ。」 朗読の対象は第一部に限る、という形なのです
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