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shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
桜を見る会について、誰も擁護しないから擁護してやろうかと思う。というより、桜を見る会について、今回の題材はすごく「人間社会における【チカラの作用】」を語るに絶好の材料だ。
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結論から言うと、オカネ(チカラ)の使い道「方向性」は問題ないが、操作の仕方に「検討」の余地がある、これが答えだ。
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そもそもチカラの使い方とは何か。基準として考えるのは、チカラの方向性、そしてチカラの使われ方。
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チカラとはそもそも自らが思い描いた環境や状況にするエネルギーと捉えた。⇒人間特性ライフハック~超人思想とデクノボー~ - Togetter togetter.com/li/1369814 @togetter_jpさんから
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であるならば、オカネとはその環境や状況にするためのエネルギーを動かす媒体となる。オカネを通じ、エネルギーを行き渡らせ、環境や状況を支配(コントロール)する。
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では、そこで問われるのは、どのような環境や状況にしたかっただ、それはつまりチカラの方向性とも言える。 例えば今回の題材である「桜を見る会」という趣旨は問題なかったか、そもそも桜を見る会の始まりは、1952年吉田茂が始めたのだという。
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そしてそれは貴族趣味で知られたものから生まれたと政治ジャーナリストは語る。「桜を見る会」を中止に追い込んだ本当の事情(安積明子) - Y!ニュース news.yahoo.co.jp/byline/azumiak…
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それでは貴族の社交とはどういう役割があったのか。 以下のブログにわかりやすく載っているのは「権威」の維持としての役割が紹介してあります。 sitsuji.ashrose.net/archives/1191 チカラを誇示し、維持するための役割が社交にはあるのです。具体的に何を行うのか。
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それを紹介するには、チカラの媒体はオカネ以外にもある事を伝えねばならない。その一つが「言葉」だ。 人間特性ライフハック~チカラを流れを知れば、チカラを得られる。ならば知るために整理する!コトバの力とは~ - Togetter togetter.com/li/1377503 @togetter_jpさんから
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チカラを維持したり拡大したりするのは、オカネ+言葉だ。その言葉が思い描く状況や環境になろうと、巧みに他に影響を与えようとする。この2つの媒体が「貴族の社交界」にはあった。いわば思い描く状況や環境になろうとする力の動きに最適な場所である。
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しかしご存知の通り、貴族の社交界とは排他的であり、チカラ拡大には別のチカラが対抗し、叩き潰そうとするなどのマウントなども横行していたに違いない。なればそこでトップのチカラこそがモノを言わさず、事を進めるのである。はたしてそれが良いか問われる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
この問いはチカラの使われ方の問いである。オカネ+言葉による社交自体の方向性は間違いであろうか? それはない。憲法でも集会の自由は認められている。これを制限したくなるのは、別の「チカラ」を認めない輩が問題視する。例えば中華人民共和国における中国共産党が良い例だ。
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貴族による社交界の問題は、チカラの維持により疲弊する参勤交代のような生産性のない制度に問題がある。 だからそれらのチカラの維持ではなく、本当に生産性を伸ばす事を求めるような社交が生まれるのである。決して方向性は間違いではない。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
さらにここからは私の価値観だから認めにくいかもしれないが、公益性を維持するためには、誰かが思い描く環境や状況も、一つの情報で加筆修正していく事で「より良い」ものになる可能性があるから、悪即斬のような即断ではなく、
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正義という言葉の体系化 - Togetter togetter.com/li/776184 @togetter_jpさんから 認めた上で、色々な正義を混ぜて、収斂した正義を得る方が「より良い」のではないかと考えている。 なので、非生産的である貴族の方法ではなく、より生産的なカタチの社交が生まれるのは当然で、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
かつ、身分というもので線引きをせず、むしろ「チカラ」を持つ者同士が相まみえれば、生産、つまり「より良い」何かを生み出す可能性が出てくると考えた場合、そしてその可能性がある者を増やしていくのは、 チカラの使われ方としては「有意義」だ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
それでは桜を見る会、果たしてチカラの方向性は問題ないとして、チカラの使われ方は間違っていたか。 政府から見て、実現させるチカラがあると判断できる、つまり公益性があると捉えたメンバーを追加させているか。もし検討する余地があるのならばそこであり、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
さらに問うならば、社交するメンバーが増えたので、単純な生産的で有意義な社交を目指す事を目的に、イベント自体の中身を、ただ人数が増えて社交に滞りが出てきたのでは本末転倒故、そこらへんのケアや企画を盛り込んでいるのか? 予算より生産性を俺は重視しますがね。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
だからこそ、野党の追及についても、私物化だだとか肥大化だという、わかりやすい「ムダ金」という見方で、攻めようとしている。 論点が違う。評価部分に問題を当てて攻める事ができないのならば、やはり政争の具として「桜を見る会」を利用してるだけなので、野党連中に「チカラ」を支配する能力
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
あると評価はできず。 政権が倒れて、次にそいつらに任せられるか、無理だろうね。やはり自民党だろう。 問題はチカラの使い方、使われ方だ。

コメント

キム・カッファンすき @Kim_Kaphwan11 2019年11月15日
面白い考察ですね、「チカラ」=「権力」と捉えても良いでしょうね。 『野党連中に「チカラ」を支配する能力があると評価はできず』『問題はチカラの使い方、使われ方だ』に同意します。 彼らは自分達が「権力」を持っているという自覚があまり見えないように思えます。
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