分子系統解析で探るPML型JCウイルスの起源

JCウイルス(JCV)はヒトに寄生しているウイルスであるが、時として致死的な脳症(進行性多巣性白質脳、英語名の頭文字をとってPMLと略す)を惹起する。 PML患者の脳病変部から検出されるJCV(PML型 JCV)のゲノムは多様な調節領域(PML型調節領域)を持つ。一方、尿由来のJCV(原型JCV)のゲノムは均一な調節領域(原型調節領域)を持つ。私たちは、PML型調節領域と原型調節領域を机上にて比較し、前者は後者から欠失と重複によって作り出せることを見い出した。この発見を基に、PML型JCVは患者体内に持続感染している原型JCVから作られるという仮説(原型仮説と命名)を提唱した。今回、進化学的な観点からこの仮説を検証することを試みた。
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

タイトル: 分子系統解析で探るPML型JCウイルスの起源 pic.twitter.com/om8L5EmLj6

2019-11-19 14:05:07
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

私が新しい研究テーマを思いつくのは、大学院生や同僚と研究のことで話し合っている時が多い。ある時、私と大学院生との間で次のような問答が始まった。大学院生「原型調節領域を持つJCウイルス(JCV)は人類の祖先に感染してたのかしら?」 私「いい質問だ。JCVの分子系統樹を作れば答えは出るね。」

2019-11-19 14:05:08
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続けて私「だけど、原型JCVよりも、PML型JCVの起源を進化学的な視点で解析するというテーマの方が面白いと思う。」こんな会話が基になって、分子進化学的な手法を用いてPML型JCVの起源を探るプロジェクトがスタートした。ここで、本研究の狙いについて、少し立ち入って説明する。尿由来のJCVは均一な

2019-11-19 14:05:08
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調節領域(原型調節領域)を持つ(便宜上、尿由来のJCVを原型JCVという)。他方、PML患者の脳病変部から検出されるJCV(PML型JCV)は多様な調節領域(PML型調節領域)を持つ。私たちは原型調節領域とPML型調節領域を机上にて比較し、PML型調節領域は原型調節領域から欠失と重複によって作り出せること

2019-11-19 14:05:09
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を見い出した。この発見を基に、PML型調節領域をもつJCV(PML型JCV)は患者体内に持続感染している原型JCVから作られるという仮説(原型仮説)を提唱した。今回、進化学的な観点からこの仮説を検証することを試みる。具体的には、PML型JCVは特定の系統を持っているのか、それとも自分の系統を持たない

2019-11-19 14:05:10
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のかを分子系統学の手法で明らかにする。もし前者が正しければ、PML型JCVは病原性を有するものとして自然界に存続してきたことになり、後者が正しければ、私たちが主張している原型仮説が支持される。<PML型JCVの収集>以下に述べる株は全て組み換えプラスミドの形で単離された全長JCV DNAクローン

2019-11-19 14:05:10
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である。比較的多くのPML型株がアメリカ人患者から分離され、日本人患者からも2株分離されているので、これらを利用した。日本人由来のPML型2株のうちTokyo-1株は保井孝太郎先生から、Sap-1株は長嶋和郎先生から、世界で最初の分離株、Mad-1は国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所から、

2019-11-19 14:05:11
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アメリカ人由来のPML型3株―Mad-8、Mad-11、Her-1―はDr. R. J. Frisqueから分与された。アメリカ人由来のPML型、NY-1B株は私と長嶋先生が共同で分離した。<原型JCVの収集>尿由来のJCV株に関しては、日本の株が既に10株あるが、他のアジア人やヨーロッパ人由来の株が必要だ。将来、全世界規模での尿の

2019-11-19 14:05:12
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収集が必要になるが、今回は台湾人、ドイツ人、オランダ人から尿を収集した。尿収集は東大病院分院の北村唯一講師(当時)が担当したが、彼は収集した尿からのJCV DNAの抽出と検出も行った。(当該研究部の教授が、私と北村講師との共同研究を良しとしないという悪条件の下で、北村講師は夜間や週末を

2019-11-19 14:05:13
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利用して実験を行った。その後、彼は当該研究部で実験することを全面的に禁止されたので、東大病院泌尿器科教授の支援の下、泌尿器科医局内にJCウイルス研究コーナーを設置し、共同研究の進展を図った。)こうして台湾、ドイツ、オランダの外来患者由来の粗JCV DNA(各地で約20検体)が当該研究室に

2019-11-19 14:05:13
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届けられた。ここからの先の分子生物学的な解析は北里大学医療衛生学部大学院修士課程の大学院生が担当した。各国から5株ずつ全長クローン(以下では株という)が得られ、株名をC1~C5(台湾)、G1~G5(ドイツ)、N1~N5(オランダ)とした。<調節領域の構造>先ず、得られた株の調節領域の塩基配列

2019-11-19 14:05:14
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を決定した。その結果は以下の通りである。➀15株のうち10株の配列は原型JCVの標準株(CY)の配列とほとんど一致した。②台湾の4株 (C1、C3、C4、C5)からは全く同じ位置に5塩基配列の欠失が検出された。この欠失はその後、中国南部と東南アジアに分布するに尿中JCV株に特有のものであり、PMLと関係が

2019-11-19 14:05:14
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ないことが明らかになった。③オランダの1株(N5)に13塩基配列の重複が認められた。この重複はその後の調査で他の株からは検出されなかった。以上から、原型調節領域または原型からわずかに変異した調節領域を持つJCV株がアジアとヨーロッパで蔓延していることが示唆された。<RFLP解析>次にやることは

2019-11-19 14:05:15
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分子系統解析に用いる株の絞り込みである。このために、今回得られた株を制限酵素解析(一般にrestriction fragment length polymorphism、略してRFLP解析という)によってグループ分けをし、グループの代表を分子系統解析に用いることを考えた。 (制限酵素はDNA上の短い、特異的な塩基配列を見つけて

2019-11-19 14:05:16
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切断する酵素である。認識配列が異なる様々な制限酵素が市販されている。)JCV株またはJCV株のグループにより、JCV DNAを切断したり、切断しなかったりする制限酵素を探した。その結果、切断パターンによりJCV株を二つの型―A型、B型―に大分類する制限酵素が8種類、型を亜型へ細分類する制限酵素が7種類

2019-11-19 14:05:16
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見つかった(表1)。そこで、今回台湾人、オランダ人、ドイツ人の尿から得られた全15株に加えて、日本人の尿から得られた2株(CY、MY)、日本人由来のPML型株(Tokyo-1, T1と略す。以下同様に表示)、アメリカ人由来のPML型4株(Mad-1、M1;Mad-8、M8;Mad-11、M11;Her-1、H1)に対し、表1に示した pic.twitter.com/obTtYQR1ed

2019-11-19 14:05:19
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制限酵素を用いたRFLP解析を実施し、結果を表2にまとめた。なお、表2では、同じ行にある株は同じ亜型に分類されたことを意味する。注目すべきは、尿由来株とPML型株が同じ亜型に属する例が3例あったことである:(G2とM1/M11)、(N4とM8)、(MYとT1)。以上の結果を踏まえて、表2において黄色で pic.twitter.com/UqIFQjoTWO

2019-11-19 14:05:22
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強調した株を系統解析に用いることにした。さらに、その頃分離された二つのPML型株(Sap-1、S1;NY-B、NY)を系統解析の対象に加えた。改めて表3に、分子系統解析に用いる全14株株ー尿由来の7株とPML型7株ーを示した。また、これらの株の調節領域の構造を図1に示した。尿由来の6株(G2、G3、N1、 pic.twitter.com/ovrXr9yqrq

2019-11-19 14:05:25
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N4、CY、MY)の調節領域は原型であり、C1はほぼ原型だが、5塩基の欠失がある。一方、PML型の7株全ての調節領域は欠失と重複がある典型的な再編成調節領域である。<分子系統解析>対象にしたJCVゲノムの領域は、ウイルス粒子の構造蛋白であるVP1の遺伝子ー長さ、1065塩基ーである。全長ゲノムの塩基

2019-11-19 14:05:26
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

配列が報告されているM1を除く13株のVP1遺伝子の塩基配列を決定した。全14株のVP1遺伝子の塩基配列を縦に並べ、塩基の多様性がある部位を捜した。その結果、計57部位で、計58の塩基変異が認められた(図2。なおこの図は変異が認められた部位の塩基のみを示している)。図2で注目すべき点は二つある。 pic.twitter.com/61oRgwc5QP

2019-11-19 14:05:30
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➀15部位における塩基の多様性によって14の株は二つの型―A型とB型―に分かれたことである(前者を紫色で、後者を緑色で色付けした)。これらの2型は先にRFLP解析で検出されたものと一致する。②他の多くの部位では一株または数株が他の株と異なるユニークな塩基(黄色で色付け)が認められた。以上の

2019-11-19 14:05:31
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

ような塩基の多様性を基にして、平均距離法(UPGMA法)で系統樹を作成した(図3)。この系統樹において、14株は先ずA型とB型に分岐した。原型株もPML型株もA型とB型に分岐した。各々の型は枝の長さが3以下の、いくつかのグループに別れたが、各グループは原型株もPML型株も含んだ。例えば、①原型株G3 pic.twitter.com/olQUCvMxPM

2019-11-19 14:05:34
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とN1はPML型株NYとグループを作り、②原型株G2はPML型株M1とM11とグループを作り、③原型株N4はPML型株M8とグループを作り、最後に④原型株MY はPML型株S1/T1とグループを作った。<近隣結合法>当時私たちが用いたUPGMA法は、今日では古典的な系統樹作成法である。実際、今回の研究をまとめた論文を、

2019-11-19 14:05:35
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

故大野乾先生の紹介で米国科学アカデミー紀要(PNAS誌)に投稿したところ、データをより信頼性の高い近隣結合法(NJ法)でも解析すべきであるという査読者(多分、統計数理の専門家)のコメントが寄せられた。私たちに好意的なこの査読者は自ら、私たちのデータを用いてNJ法で系統樹を作成し、得られた

2019-11-19 14:05:36
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

結果の概略を書いてくれた。私には「この文章を使いなさい」と勧められているように思われたので、論文の改訂時にほぼ原文のまま使用した。以下に、該当部分をPNAS誌に掲載された論文から引用する。“We also analyzed the data by the neighbor-joining method. According to this method, four groups

2019-11-19 14:16:05