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影の国の世継ぎがあたりを闊歩しても、将棋指しは誰も気にもとめない。 壁に将棋盤のかたちに削った升目の窪んだ部分に駒をはめこみ、何ごとか小声で話し合っている女二人がいるかと思えば、駒も盤もなく短い言葉だけで対局する男五人組もいる。一人の名手が四人を同時に引き受けているようだ。
2020-01-13 23:37:16ドレアムは胸いっぱいにあたりの空気を吸い込む。 「勝負の空気でさあ!ここらじゅういっぱいに勝負の空気が満ちてまさあ!」 少年がうきうきしていると、やがて四角柱の石窟の一つから、背の高い影が進み出てくる。胸も腰も薄く、鳥のように痩せているが女だ。 「新たな求道の方でしょうか」
2020-01-13 23:45:33黒の賭け手は弾むように挨拶する。 「お控えなすって。手前生国は影の国。縁をもって親と発しまするは黒の繰り手キージャ。名を声高に発しますは失礼にござんす。ドレアムと申すしがない駆け出しにござんす。お見知りおきを」
2020-01-13 23:47:11言葉は完全に密猟者の村の狩人が話す響きを真似ていた。 「ご丁寧に…」 驚きつつ同じ言葉を返した女に、少年は間合いを詰める。 「姐さんは岩穴の先の井戸のある村のおひとで?」 「はい…あそこからいらしたのですか?大変だったでしょう」 「狩人の旦那さんが、姐さんによろしくと」
2020-01-13 23:49:14どこか抜けた反応をしてから、痩せた女は言葉を継ぐ。 「私は、刻むもの。新たにいらした求道(ぐどう)の案内役です」 「求道ってなんでさ」 「盤技の道を究めんとするものです」 「ガティの旦那さんみたいなんで?」 「やはり祖師ガティを慕っていらしたのですね。どうぞこちらへ」
2020-01-13 23:52:49岩壁に刻んだ棋譜のもとへ案内する。 「この造物(詰将棋)が、祖師ガティの最後の作品です」 「ガティの旦那さんはどこなんで?」 「すでに世にはおられません。最期の日はみずから珈琲をお淹れになり、これを刻み終えて眠るように亡くなられました」
2020-01-13 23:55:48「何じゃと!?」 「ちょっと前まで元気だったのに、もう儚くなったじゃと?」 「定命のものは何でそんなに生き急ぐんじゃ」 キーキーと肩でまた翁等が飛び跳ねる。少年は棋譜をとっくり眺めてから女を省みる。 「誰かこの造物は解いたんで」
2020-01-13 23:58:43「いいえ。以前に祖師ガティ曰く。間もなく生涯最高の図式がしあがるが、これを解けるのは影の国のアンググをおいてほかになしと」 「アンググ」
2020-01-14 00:00:18青の占星術師と風水術師はそれぞれ耳打ちする。 「アンググというのはな」 「わしらと一緒にしろがねの凱歌号という船にのっとった、盲目の船長のがらんどうの従者じゃ」 「珈琲と茶を淹れるのがうまくて料理の鉄人で将棋がべらぼうにうまいんじゃ」 「あとめちゃんこ強い。やつなら縞馬も倒せた」
2020-01-14 00:02:02黒の賭け手は岩壁の棋譜をいまいちど凝視してから大きく伸びをして両腕を広げた。 「そんなおひとは、影の国にはひとりしかいねえんでさ。アンググってのはきっと…仙女のあねさんのことでさ」 「なんじゃと…?」 「アンググが…仙女…?」
2020-01-14 00:05:05戸惑う老爺達をよそに、少年は独りごちる。 「つまり…こいつが解けりゃ…手前も…仙女の姐さんと肩を並べられるってことでさ!やってやりまさ!」
2020-01-14 00:06:59ところがどうあってもドレアムは造物を解けなかった。 だから癇癪を起してか棋譜を削って書き換えてしまったのだ。 当然ほかの求道の猛烈な怒りを買うことになった。
2020-01-14 00:08:46さて、「ドレアムの賭博放浪記」シリーズ、 次回は「いかにも、私が最弱のエルカノールだ。冥皇などと呼ぶものもいるが」 乞うご期待!!!
2020-01-14 00:11:50次の話
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