「中田敦彦のYouTube大学」の諸問題: 古代ギリシア史の視点から

「YouTube大学」のなかの、とりわけ古代ギリシアに関わる解説に関して、補足説明・史料提示・誤謬の指摘を行いました。
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アザラシ提督 @yskmas_k_66

2:30〜。酒を与えはしましたが、オデュッセウスの方から「おもろい話」はしてはいない。ポリュペモスが酔っ払って「もっとくれ。土産をやるから、お前の名前を教えてくれ」と言ったくらい。 4:00〜。丸太を灰で熱した(攻撃力UP!)ことを省いている

2020-01-18 17:08:08
アザラシ提督 @yskmas_k_66

4:20〜。目を潰されたポリュペモスは「暴れてですね、檻をブッ壊して」はいない。そもそもオデュッセウス一行がいたのは洞窟であって檻ではない。 5:05〜。羊の下腹部に隠れて脱出したということに触れていない。むしろ騒ぎのドサクサに紛れて走って逃げたかのように説明している。

2020-01-18 17:11:43
アザラシ提督 @yskmas_k_66

少々問題なのはキュクロプスの親子関係の説明。結論を申し上げると、この箇所は「説明不足」。もしくは「補足を怠っている」。

2020-01-18 17:16:28
アザラシ提督 @yskmas_k_66

動画冒頭、キュクロプスは「ウラヌス[sic]とガイアの子」であり(0:40)、この両神以外にも「キュクロプスを生んでしまう神々がいる」(1:00)と説明されます。 そして「キュクロプスはポセイドンにゆかりのある、ポセイドンの子孫でもあった」と、1:00の説明を回収する形で親子関係を提示します(5:25)。

2020-01-18 19:07:06
アザラシ提督 @yskmas_k_66

大急ぎで説明しているせいで、おそらく、この動画を通してギリシア神話に触れたであろう人を混乱させてしまう箇所になっていますが、これ実は「どちらの親子関係もギリシア語の古典文献に書いてある」のです。 ……と、申し上げると一見問題なさそうに見えますが、少々お待ちいただきたい。

2020-01-18 19:11:23
アザラシ提督 @yskmas_k_66

詳しく見ていきましょう。 前者、キュクロプスが「ウラノスとガイアの子」というのは、ヘシオドスの『神統記』(139-146節)やアポロドロスの『文庫』(1巻1章2節)という古典史料に書いてあることです。

2020-01-18 19:12:40
アザラシ提督 @yskmas_k_66

ここでのキュクロプスは、①一つ目の巨人で、②アルゲス、ステロペス、ブロンテスという名の、③3人兄弟で、④ゼウスたちに武器を与えた者たち、として描写されています。 ウラノスによって幽閉されるも、ティタノマキアの際にゼウスによって解放され、オリュンポス神の勝利に貢献した巨人たちです。

2020-01-18 19:18:35
アザラシ提督 @yskmas_k_66

後者、「キュクロプスは……ポセイドン」(とトオサ)の子、というのはホメロスの『オデュッセイア』のものです(1歌68-77節)。 こちらは「一つ目の巨人」ということは共通していますが、❶ポリュペモスを含めた複数名で、❷神よりも強くて、人を喰う、という点でヘシオドスの記述と異なります。

2020-01-18 19:23:03
アザラシ提督 @yskmas_k_66

このように、キュクロプスたちの名前も、性格も、人数も、ホメロスとヘシオドスの間で相違点があります。 加えて、ヘシオドス的なキュクロプス(3人の巨人)と、ホメロス的なキュクロプス(人喰いの巨人)との関係性は、古代世界の詩人・作家たちが説明を省いているせいもあって、良く分かっていません

2020-01-18 19:25:14
アザラシ提督 @yskmas_k_66

100年ほど前、カール・モイリやヴィラモヴィッツ=メーレンドルフといった古典学者もこの問題に取り上げたのですが、はっきりとした答えは今も出ていません。 (Heubeck, A. & Hoekstra, A., A commentary on Homer's Odyssey Vol. II Books IX-XVI, Oxford, 1989, pp. 20-21.)

2020-01-18 19:27:06
アザラシ提督 @yskmas_k_66

【補足】 ・モイリ; Meuli, K., Odyssee und Argonautika, Berlin, 1921, S. 75-78. ・ヴィラモヴィッツ=メーレンドルフ; von Wilamowitz-Moellendorff, U., Der glaube der Hellenen Bd. I, Berlin, 1931, S. 277-278.

2020-01-18 19:28:30
アザラシ提督 @yskmas_k_66

動画内のキュクロプスの親子関係に関わる解説の問題点を一言で申し上げるなら【説明不足】です。 面白さ、分かりやすさに重きを置いたために、背後にある複雑なものをすっ飛ばしてしまっているのです。

2020-01-18 19:30:24
アザラシ提督 @yskmas_k_66

出過ぎたことを申しますが、動画内で一言「ギリシア神話にはキュクロプスをウラノス&ガイアの子とする伝承と、ポセイドン&トオサの子とする伝承の、二つがある」って感じの補足が文章であれ、言葉であれ、何かしらあればまた少し違ったかもしれません。

2020-01-18 19:32:32
アザラシ提督 @yskmas_k_66

前も申し上げたことですが、歴史叙述の面白さ、分かりやすさは否定されるものではありません。 娯楽と教育のバランスを取り、伝達の仕方の工夫をすることは、読者/視聴者が歴史の実践や学習を継続していくという点で非常に重要です。

2020-01-18 19:34:58
アザラシ提督 @yskmas_k_66

ですがだからこそ、伝達の際に読者や視聴者におもねる振る舞いには危惧を抱いています。また、誤りと指摘があったものをなんらかの形で訂正・抗弁・反批判する姿勢も動画発信者サイドからは殆どありません。 このことが歴史や古典を誠実に叙述したり表現したりを圧迫してしまわないか、心配なのです。

2020-01-18 19:37:33
アザラシ提督 @yskmas_k_66

……やはり批判やツッコミを入れるのに時間がかかりすぎますね。とても疲れる。 「批判動画をYouTubeに投稿してみてはどうですか?」「動画を全部見ましたか? 批判が雑ではありませんか?」という意見もあるようですが、これでは批判者側のみが疲弊してしまう。

2020-01-18 19:40:03
アザラシ提督 @yskmas_k_66

そもそも、今回長々とツイートしてきましたけど、30分ある動画のうち最初の5分までしか言及できてないわけで。

2020-01-18 19:43:46
アザラシ提督 @yskmas_k_66

「はて『オデュッセイア』に書いてあったっけか?」「ひょっとしてオウィディウスとか、アントニノス・リベラリスとか、ヒュギヌスとか、もっと後の時代の本に書いてあったりしないか」「まさかゼノビオスとか邦訳がないものに依拠してないか」と、考えたらキリがないです。

2020-01-18 19:45:49
アザラシ提督 @yskmas_k_66

ああ、あと、キルケに一服盛られて猫になった者はおりません(9:00)。そもそもギリシア文学における「猫」の初出はアイソポス(イソップ)とかその辺です。 #だんだんツッコミが雑になってきたぞ

2020-01-18 19:48:18
アザラシ提督 @yskmas_k_66

【ギリシア神話関連書籍ブックガイド】 ☆印は特におすすめ 〈①古典文献(古代の人が書いたものを翻訳したもの)〉 ・ホメロス(松平千秋訳)『イリアス(上・下)』岩波文庫 1992年 ☆ホメロス(松平千秋訳)『オデュッセイア(上・下)』岩波文庫 1994年 ・ヘシオドス(廣川洋一訳)『神統記』岩波文庫 1984年

2020-01-18 20:19:17
アザラシ提督 @yskmas_k_66

・アポロドーロス(高津春繁訳)『ギリシア神話』岩波文庫 1978年 ☆オウィディウス(中村善也訳)『変身物語(上・下)』岩波文庫 1981〜1984年 ・ヒュギーヌス(松田治・青山照男訳)『ギリシャ神話集』講談社学術文庫 2005年

2020-01-18 20:20:37
アザラシ提督 @yskmas_k_66

〈②概説書(古典文献をもとに現代の研究者が解説したもの)〉 ・呉茂一『ギリシア神話(上・下)』新潮文庫 1979年 ☆丹羽隆子『ギリシア神話の森』彩流社 2016年 ☆藤村シシン『古代ギリシャのリアル』実業之日本社 2015年

2020-01-18 20:22:33
アザラシ提督 @yskmas_k_66

〈③中級者向け、やや専門的〉 ・高橋宏幸『ギリシア神話を学ぶ人のために』世界思想社 2006年 ・藤縄謙三『ギリシア神話の世界観』新潮選書 1971年 〈④辞典〉 ・高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店 1960年

2020-01-18 20:24:08

↑ 庄子大亮『世界を読み解くためのギリシア・ローマ神話入門』河出ブックス 2016年
を挙げるのを忘れていました。

 ホメロスについて申し上げるなら、まずはド・ロミーイ『ホメロス』(有田潤訳、文庫クセジュ 2001年)や、ファルヌーの『ホメロス』(遠藤ゆかり訳、創元社 2011年)をご覧ください。特に後者は豊富な図版とともに、ホメロスの研究上の諸問題についても触れています。
 外国語の本でおすすめしたいのは、Robert Fowlerが編集したThe Cambridge Companion to Homer (Cambridge, 2004)でしょうか。両叙事詩の紹介(そもそもどこがどう違うのか)から始まり、聴衆の存在、ホメロス叙事詩で描かれた神、ジェンダー、受容といったテーマの論考を収めています。
 ホメロスに関して重要な本はたくさんありますが、個人的には
・Parry, M., The Making of Homeric Verse, Oxford, 1971.
・Shay, J., Achilles in Vietnam, London, 1994.
を推します。前者はユーゴスラヴィアにおける口誦詩の調査を通じて、ホメロスの叙事詩が口誦詩であると明らかにしたもの。後者は『イリアス』の叙述と、ベトナム戦争からの帰還兵の経験とを比較する形で、PTSDの治療について論じたものです。両方とも、人類の経験の一側面を通し、古典文学の新たな見方を切り開いた本です。

 ツイートでちらっと申し上げた「歴史叙述のわかりやすさ、面白さ」についてですが、例えば、家近良樹さんは『歴史を知る愉しみ』(ちくまプリマー新書 2018年)の中で、かなり率直に「歴史家も生き生きとした歴史叙述に努めなければ、読み手を獲得し得なくなっている……時にはざっくりとした表現でもって、対象とする人物の個性や彼もしくは彼女が生きた時代の特色といったものを読者に伝えるセンスも磨かなければならないでしょう(165頁)」と書いています。中田さんの動画は一定の視聴者を確保し、なおかつざっくりと、コメディの要素を活かして大勢の人に歴史や神話を伝えています。これはきちんと評価されるべきではないでしょうか。
 ところで「生き生きとした歴史叙述」についてですが、何も物語的な歴史に戻れと言っているのではありません。書法を改善・刷新することで歴史の特に社会科学としての可能性を拡大できるのではと申し上げたいのです(cf. ジャブロンカ, I. (真野倫平訳)『歴史は現代文学である』名古屋大学出版会 2018年)。

アケメネス朝とパルティア

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