埼玉県『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』の研究(2):表現ガイドの内容検討
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女性下着の広告は、男性に向けたものではないし、献血のアニメ・マンガコラボのポスターは、読者やファン以外に向けたものではないんだよな。
2019-10-19 15:20:09日本赤十字社は、男性向け・女性向けの様々なアニメとコラボして広報しているので、公平性は担保されているのではないか。仮に男性向けに偏っている場合、女性向けアニメとのコラボを増やせば良いのであり、男性向けアニメとのコラボをやめる必要性はないはず。
2019-10-17 07:35:57「特定コンテンツのファンに向けたコラボ広報」という点に注目して、広報内容との関連性を肯定する見解である。
『宇崎ちゃんは遊びたい!』の内容が献血や医療と無関係だとして、広報内容との関連性を否定するむきもある。
作品テーマとの関連という観点で見ると、日本赤十字社がこれまでコラボした作品の中には、『はたらく細胞』や『薬屋のひとりごと』のように、日本赤十字社の主要任務である保健・衛生分野とテーマがリンクした事例はある。それらと比べれば、確かに『宇崎ちゃん』は関連性が薄いと言わざるを得ない。
それでは、活動分野との関連性が薄い作品とのコラボは望ましくないのだろうか。
ここで、そもそもコラボを企画するメリットとは何かを考えたい。『販促会議』2018年2月号によれば、企業活動・マーケティングにおける「コラボ」のメリットとしては、一般に次の4点が挙げられるという。
- (1)コスト効率の高さ
通常の商品発表や広告効果以上の話題になったり、製造コストも一からつくるより効率的になる。- (2)新規顧客の獲得
コラボ先のファンを、自社に誘引できる。- (3)自社メソッドの拡張
異業種の手法を知ることで、自社のこれまでのマーケティングの仕方について見直すキッカケになる。- (4)ブランド活性化
(1)〜(3)含めて、トータルでブランドがにぎわう(活性化される)。ある意味でのブランド広告的な役割も果たす。
以上のメリットの中で注目すべきなのは、何と言っても(2)新規顧客の獲得 だろう。従来の広報活動で必ずしも届かなかった層に働きかける意義を考えれば、むしろ「保健・衛生分野と畑違いの作品であればあるほど望ましい」とすら言うことができる。
『表現ガイド』の記述が仮に公共における表現の一般論として正しいとしても、たとえばコラボ企画である広報キャンペーンにおいては、「広報内容との関連性」という尺度に囚われない広報効果が期待されるのである。
『表現ガイド』の記述に固執して当否を論じるのは、あまりに硬直的な見方ではないだろうか。
たとえば「公の場で女性の胸部を強調する表現を行なってはならない」という主張に頷く人は多いだろう。しかし、ここで言う「女性の胸部を強調する表現」とは具体的にどういった表現を含むのか、個々人で見解は分かれるだろうし、話し合ったところで一様に定めるのは容易なことではない。
これが法令の文言であれば、法的安定性を重視する裁判所の傾向を前提として、長年にわたる判例の蓄積によって形成された「相場」を目安にすることができる。
行政機関の広報担当者向け資料であるところの『表現ガイド』の場合、行政内部での議論や申し送りによってある程度の「相場」が共有されていることが推察される。
しかし、ひとたび行政機関の手を離れてSNS上で独り歩きしはじめた『表現ガイド』の「相場」観に、同様の一貫性を期待することは果たして可能だろうか。
『表現ガイド』の記載からは、素朴な解釈として「公の場で女性の胸部を強調する表現を行なってはならない」という主張が導かれる。実際、『宇崎ちゃん』コラボをめぐる論争ではこうした主張が『表現ガイド』を根拠として盛んに唱えられた。
これに対して、着衣の女性キャラクターをとらえて「胸部を強調した表現だ」と主張することが、現実の女性が活動する場を奪う危険性は『宇崎ちゃん』騒動の早い段階から指摘されていた。
ほどなくして『宇崎ちゃん』バッシングの余勢を駆り、実在する巨乳の女性にまで対象に含みかねない領域まで攻撃をエスカレートさせた手合いが現れていた。上記の懸念は、贔屓目を抜きにしてももっともな指摘だったと考える。
その後、実在する女性モデル・茜さや氏の出演した広告に非難の矛先が向けられたことで、「強調表現」の排除を求める論理はいずれ実在女性の活動を制約しかねないという懸念は現実のものとなった。『宇崎ちゃん』論争勃発からこの間に要したのは、僅か3か月である。
百歩譲って、『表現ガイド』の記述に問題はなかったのかもしれない。しかし、その記述が独り歩きして「排除」に裏付けを与え続けた結果、正義感や倫理の暴走を許し、実在する女性に悪影響を及ぼしたという印象は否めない。
そのままでは抽象的に過ぎる目安を絶対の基準として信奉することは、拡大解釈の余地を大いに呼び込み、非難の対象を容易に広げてしまう。取り扱いは厳に注意しなければなるまい。
2つの『表現ガイド』の比較検討 埼玉県『表現ガイド』の系譜
『表現ガイド』に至る経緯については前回記事で取り上げたが、内容の比較検討に先立って、ガイドラインの系譜に連なる動きを抜き出して再掲する。
- 表現留意基準(1991年度)
県が行う広報において男女共同参画の視点から、使用を控えるべき表現などを策定。
※2020年2月現在、ネット上で確認できるデータは残っていない様子。詳細をご存知の方はお知らせください。
↓ - 『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』(2003年3月) ※ふじみ野市HPにリンク、pdf注意
前述の「表現留意基準」を見直し、具体的な表現の手がかりを提供することを目的として作成。
↓ - 『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』(2018年3月)
2003年版と同じ題名での改訂。
埼玉県が『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』という同じタイトルの冊子を2003年・2018年の2回発行していることはすでに触れた。
公開期間が終わったのか、そもそも公開していなかったのか、2003年版『表現ガイド』を埼玉県HPで確認することはできなかったが、その後の調査によりふじみ野市HPにデータが残っていることを確認した。(データは県が市に直接提供したか、県の公開していたデータを市側が利用・引用したものと思われる。)
結論から言うと、2018年版で変更された点はいずれも細かい修正に留まり、2003年版の内容との間に大きな変更はないと評価する。
ガイドラインは実際の運用実態や社会状況の変化から適宜フィードバックを行ない、適切に運用されるよう絶えずアップデートされていくのが本来あるべき姿である。
しかし『表現ガイド』について見ると、15年以上も改訂されないまま発行されてきただけでなく、2018年の改訂を経ても内容がほとんど変わっていない。これはとりもなおさず、どれだけ真剣に見直し作業が行われたのかを疑わせるに十分な事実であろう。
『表現ガイド』の内容を聞きかじった人々が「埼玉県の先進的な取り組み」として評価する意見を時折見かけるが、まとめ主に言わせれば「冗談にしても笑えない」。
最終更新の日付こそ新しいが、女性の権利意識の浸透・向上、生活様式の多様化、ダイバーシティの要請、マンガ的表現の普及など、15年以上の間に起きた社会環境の激変をろくに反映していない基準が「お墨付き」として流通することを、強く危惧するものである。
以下では2018年版での変更点を努めて機械的に列挙する。
1. 文章
2003年版の記述がほとんどそのまま流用されている。変更された箇所は以下のとおり。
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10頁:「女性を飾り物・性的対象物として扱っていませんか?」
2018年版で『「炎上」繰り返す自治体広報』のコラムを追加 -
『公的名称の変更』の掲載ページを変更
《2003年版》「性別によって役割を固定化していませんか?」(9頁)
↓
《2018年版》「言葉の使い方は男女を公正に扱うものになっていますか?」(11頁) -
12頁:「言葉の使い方は男女を公正に扱うものになっていますか?」
『民間メディアの自主的基準の例』の項目で引用箇所を明示化
2. イラスト・挿絵
2018年版ですべて差し替えられているが、構図や登場キャラクターの見た目は基本的に同じ。
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表紙
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「人数や回数・役割が男女いずれかに偏っていませんか?」(4頁)
《2018年版》男性キャラクターが1人ずつ減っている -
「シンボルマークやマスコットが男女いずれかに偏っていませんか?」(5頁)
《2018年版》変更後の例で男性キャラクターが1人増えている -
「女性も男性も家事に参加していることがわかるように表現しましょう」(8頁)
《2003年版》新聞を読む男性
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《2018年版》スマホを操作する男性 -
「性別で役割を決めているような印象を与えることはさけましょう」(9頁)
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学校の例
《2003年版》花飾りを作る男子生徒
↓
《2018年版》コーヒーカップを運ぶ男子生徒 -
職場の例 ※例示する題材を変更
《2003年版》保育士の例
↓
《2018年版》工場労働者の例
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「女性を飾り物・性的対象物として扱っていませんか?」(10頁)
《2018年版》女性キャラクターが1人減っている
※なお、画像付きで比較した部分は次の記事に分割。検証過程に興味のある方はそちらをご覧ください。