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遺物番号二千七百七十七「簡単!万能瓶詰君」だ。 簡単!万能瓶詰君は、かわいらしい漫画の男の子が親指を立てた図柄入りの、樹脂製の握りのついた道具の形状をしている。銃のようでもあり、槌のようでもある。色は薄緑。
2020-07-18 21:40:40![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
効能はどんなものでも瓶詰めにし、保存できる。 瓶詰めにしたものは一切の活動を停止し、死にもせず衰えもせず、育ちもしない。まるで時が止まったようにずっとそのままだ。 この奇妙な道具はどうやら本来二個一組で「簡単!万能瓶開けちゃん」が存在したようだが、財団は保有していない。
2020-07-18 21:43:02![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
つまり、いったん瓶詰めにしたら外へは出せない。 故に操作には慎重が求められる。 もちろんレオノフはごく一部の例外を除きしくじったことはない。 ちなみに遺物番号二千七百七十七に射程という概念は存在せず、単純に使う人間が対象のいる場所をおおまかに認識していればいい。
2020-07-18 21:45:46![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ある程度ずれがあっても勝手に修正して瓶詰めにしてくれる。いたって簡単。 ただし、やり直しがきかない性質上、生命美術館主は通常、最高の状態に仕上げた標的だけを美術品として瓶詰にし、館に陳列する。 もちろん今回は別だ。
2020-07-18 21:48:38![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
レオノフと犬猿の仲であるが財団の機動部隊の一員としてきわめて優秀だった死体蘇生業者ギルベル・ファニルスス、手腕を評価していた邪神作曲家オイメト、実績のある絶滅請負人ガウドがいずれも収容に失敗した、手強い遺物に、いよいよ自分も遭遇したと察していたからだ。
2020-07-18 21:51:24![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
生命美術館主は、簡単!万能瓶詰君を握りしめ、はるか下方にあらわれた無数の生命、大半が小麦粉でいっぱいの箱庭を波立たせるほどの強烈な存在感を持つ標的に向けて作動させた。 ただちに、ほぼ完璧に収容は完了した。
2020-07-18 21:53:55![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
興味深い例外として、一つの生命だけが瞬時に別の場所に動いたのだ。 遺物番号二千七百七十七は一切の兆候なく待ち時間もなく瓶詰を行うのでにわかに信じがたい話ではあったが。
2020-07-18 21:55:42![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
飛行船から降下したレオノフの配下が瓶詰を回収してきた。 犬、小鳥、蝙蝠、海豹、小さな蛇らしきもの、それと猫。 猫は奇妙な恰好で瓶に収まっていた。というより瓶そのものが変形していた。肉球の形に透明な側面が盛り上がり、飛び出していた。
2020-07-18 21:58:50![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
いずれも陳列する価値があるか微妙だったが、小鳥だけはどことなく愛らしく、レオノフの審美眼にかなった。 「ほかは後程湖に投棄…人間は?」 「ございます」 引き上げるのにかなり手間のかかった大瓶には、肥満漢が収まっていた。 「おや…オイメトによく似ている…不思議なこともあるものだ」
2020-07-18 22:00:56驚天傀儡師ペドロフスコ(骨は歌うさん作)
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「ほかは?」 美術館主は、裸のまま傅(かしず)く漆黒の少女の髪艶を確かめつつ、離れて立つ半裸の逞しい男に尋ねる。 「汽車は迷宮型の遺物で、内部の探索は進んでいません」 「ふむ…生命反応はあと一つ車内にあるようだが…」
2020-07-18 22:04:11![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
レオノフはとりあえずよしとすると、お気に入りの美術品として育てている湖の娘、ブミのすっかりやわらかくなった手指をあらため始める。 「まあ瓶詰は完了している。汽車は後程収容方法を考えよう…瓶詰を逃れた遺物らしき生命が一つだけある。何故かうまく追えないが…丁級職員と船を降ろして探せ」
2020-07-18 22:07:50![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
生命美術館主は指示を済ませると、もう一度収容した遺物らしき鳥や獣を確認して回った。いずれも黒い毛並みや羽毛や鱗だ。 「…やはりこの小鳥だな。これだけは陳列価値がある。そう思いませんかブミ」 「蛇。蛇」 「蛇がお好みですか?しかし小さすぎて見栄えがしない…」
2020-07-18 22:10:21![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
最後にレオノフはいとわしそうに猫の入った変形瓶を眺める。 「なんという汚らしい老いぼれた動物だ…醜い…実に醜い…生命は素晴らしい美を宿しながら、たやすく劣化する…」 顔を背けようとしたところで、ふと見返す。今確かに、猫の三白眼がじろりと睨みつけて来たようだったのだ。
2020-07-18 22:12:42![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
レオノフは瓶を揺すり、ひっくり返し、つくづくと観察した。そうして単に猫が小憎らしい顔つきをしており、柄が悪いのだという結論に達した。 「おお嫌だ…しかし瓶を変形させた遺物は初めてだ。財団の分析班が喜ぶかもしれない」
2020-07-18 22:15:13![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
美術館主としての度量を示し、好きにはなれない獣もごっそり持ち帰ることに決めた。 ブミは蛇、らしきものと、小鳥と、蝙蝠と、海豹と、犬と、猫を順繰りに覗き込んだ。 「かわいい。かわいい」 とりあえず蛇が一番かわいいように思えた。友達のアレクサンドラならどれが好きだろうとも。
2020-07-18 22:17:43![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
◆◆◆◆ 黒の獣の主、黒の乗り手ウィストは、水の中にいた。生命美術館なる施設へどうやって連絡を取ったものかを考えつつ、海の如く広く輝かしい湖の眺めを皆で見ようと島の一つに停車して、ぞろぞろと外へ出たところだった。
2020-07-18 22:20:13![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
何かが起きる寸前、いきなり黒猫のカミツキが躍り上がり、恐ろしい勢いでウィストの胸を蹴り飛ばした。 暗い膚に尖り耳の少年は、宙をすっ飛び、湖面に叩き込まれた。肋骨を折り、血を吐くはめになった。
2020-07-18 22:22:13![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
最近は鍛錬しているといっても華奢な男児は、ほとんど命にかかわるような打撃を受け、そのまま意識を失いかけた。湖は底が浅く、血を吸う虫がいて、うかつに泳いではいけないといわれていたが、どうしようもなかった。 仲の良かった獣がいきなり襲ってきた理由など、を考えるゆとりすらなかった。
2020-07-18 22:24:34![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
だが小さなからくりじかけの天馬が頭巾の端をくわえ、激しく白い翼を羽搏かせて少年が溺れるのを防ごうとした。 ウィストは切れ長の双眸に焦点を結ばせ、また血をこぼしながら呟いた。 「ダリュ…テさ…」
2020-07-18 22:26:44![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
また霞む視界に、不意に麗しい公達が映る。水に濡れた髪をぺたりと張り付かせた、繊細な造作。尖った耳にくすんで赤みがかった肌。 二人は同時に何か呪文のようなものを唱えると、完全にまた失神した少年の口と鼻をふさぎ、水中深くへ引き込んだ。
2020-07-18 22:29:13![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
後には長く苦しい眠りがあった。 ようやくとウィストが目を覚ますと、体の前後に誰かが寄り添っているのが解った。細身だが引き締まった青年の体。 「おめざめかウィスト」 「いささかはしたないが許してほしい」
2020-07-18 22:31:34![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「アルミオンさん…アルキシオさん」 黒の乗り手は、旅の仲間である屍妖精の双子に弱弱しく呼び掛け、また咳き込んだ。血も出ただろうか。 「もう少し休みなさい」 「妖精の血を引くものは速やかに傷を癒す。だが時は要するものだ」
2020-07-18 22:34:03![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
少年は瀕死の状態であったようだった。黒猫が、あの小さな体から繰り出したとは信じられないような打撃は、骨ばかりか臓腑をも深く傷つけていた。 だが双子の言葉通り、回復は早かった。 もっと小さい頃からずっと怪我の治りが速い方ではなかったのに。
2020-07-18 22:36:03