生命美術館事件1(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

「相解った」 「何あろうとも我等兄弟のどちらか一人は必ず生き延び…いや死に延び…妖精の騎士にことの次第を告げ知らせる」 手筈は決まった。

2020-07-18 23:40:40
帽子男 @alkali_acid

ウィストは汽車の停まっている島にあらわれると、訥々と貿易語で挨拶をし、すぐに捕まった。 相手は財団の職員にしては乱暴で少年の衣服をむしり取り、裸のまま空へと運び去った。小さなからくりの天馬がついてきているとは気づかず。

2020-07-18 23:43:45
帽子男 @alkali_acid

男児は飛行船に載せられ、八面を壁に囲まれた扉も窓もない美術館の広大な中庭に降ろされた。 庭というより公園といった方が正確だ。 ウィストは追い立てられて館主の前に引き出された。

2020-07-18 23:46:02
帽子男 @alkali_acid

漆黒の肌に秀でた額、丸い鼻という中年の男で、白い肌の西方人の基準からすれば美貌には当たらないかもしれないが、端正なたたずまいがあった。 ただ暗い膚の少年はあまり相手の容貌をまじまじと見ない性質であったし、ましてそばに裸身の少女が控えていたので、慎ましく眼差しを足元に落とし、

2020-07-18 23:50:20
帽子男 @alkali_acid

ただできるだけ礼儀正しく振舞うことにした。 「はじめまして…ウィストといいます…黒の乗り手です…よろしく…お願いします」 大湖沼の貿易語で延べ、それから葦の大河の国の言葉で述べ、三日月の帝国の言葉で述べる。

2020-07-18 23:52:23
帽子男 @alkali_acid

「ようこそウィスト君。黒の乗り手を当館に迎えられて光栄ですよ」 レオノフは流暢な西方語で返事をした。 「黒い海豹を連れた頭巾の仔が、葦の大河沿いにある町のあちこちで美術館の噂を聞き回っている…近頃そんな話は届いていましたが…いや、よくぞこ辿り着かれました…ご用向きは?」

2020-07-18 23:55:31
帽子男 @alkali_acid

少年はぶるっと震えた。 「あの…えっと…し、失礼ですけど…レオノフさんは…ざ、財団の…しょ、職員…ですか」 「ええそうですよ」 「あの…しゅ、収容を…しますか」 「ええ。収容をします」

2020-07-18 23:56:43
帽子男 @alkali_acid

「ひょっとして、猫とかを…収容しましたか」 「猫…したかもしれません」 「あ、あと犬とか、あと鳥とか…蝙蝠…とか…海豹…とか…りゅ…蛇とか…」 「そんなこともあったでしょうか」 「あの…できれば…」

2020-07-18 23:58:17
帽子男 @alkali_acid

少年はもじもじとしてから切り出す。 「収容を…やめてもらえ…ないでしょうか」 「ウィスト君も財団についてご存知でしたら、我々がなぜ収容をするのか、理解されていると思いますが?」 「…あの…に、人間に…迷惑をかける…不思議なものを…遠ざける…ため」 「そうですね」

2020-07-18 23:59:53
帽子男 @alkali_acid

美術館主の台詞に、幼げな旅人は縮こまる。 「そのう…本当に、迷惑なのは黒の乗り手…だけで…猫とかは…悪くない…です…だから…」 「あなたを収容するかわりにほかは見逃せと?」 「いえ…あの…できれば…皆で迷惑のかからない…ところにいくので…」 「どこですか?」 「ひ、秘密の…ところに」

2020-07-19 00:02:40
帽子男 @alkali_acid

レオノフはねっとりとやせ細って弱りきったウィストを観察してから、笑ってかぶりを振る。 「私としては、あなたの言葉を信じたい…しかしあなたは一度財団の収容に応じながら逃げ出してしまった…裏切られるのではないか。そう思うと許可はしづらいですな」

2020-07-19 00:04:44
帽子男 @alkali_acid

「えっ…どうすれば…」 「あなたがどうやって収容を逃れたのか教えていただけませんか」 「あの…カミツキ…猫に…け、蹴られて…死にそうだったので…ちゃんとは覚えて…ません」 「死にそうだった?なるほど。確かにお加減はよくなさそうですが」 「さ、最近、怪我が…治りやすいので…治りました」

2020-07-19 00:07:02
帽子男 @alkali_acid

生命美術館主は、また黒の乗り手の少女とまがうかんばせから、折れそうにもろい肩、肋の浮いた胸、棒切れのような四肢を執拗にねめ回した。 「ではこうしましょう。あなたを仮収容し、当館の方針に従って療養に努めていただきながら、あなたが信頼にたるかどうかを確認させていただきます」

2020-07-19 00:10:46
帽子男 @alkali_acid

「はえ…」 「その上で…あなたの申し出については再考させていただきたい。もう少し打ち解けた話も後々できることでしょう。いかが?」 「はえ…じゃあ…えっと…はえ…あの、やっぱりちょっと帰…」 「それはご遠慮願いたい」 「は、はえ…」

2020-07-19 00:12:38
帽子男 @alkali_acid

「ブミ。世話をしてさしあげて」 漆黒の肌の少女が進み出て、浅黒の肌の少年のそばへ近づいた。 「こっち。こっち」 男児がいっさい視線を向けようとしないのを女童は不思議そうにしながら、それならと手を握って引っ張ってゆく。

2020-07-19 00:16:33
帽子男 @alkali_acid

「名前は?」 ブミの言葉はすぐには解らなかったが、大湖沼の貿易語の語彙が混じっていたので、ウィストは次第に断片を聞き取れるようになり、たどたどしく応じた。 「…ウィスト…」 「ブミ。ブミ」 「ブミブミ」 「ブミ。ブミ」

2020-07-19 00:18:13
帽子男 @alkali_acid

かくして黒の乗り手もまた、生命美術館の展示品となるべく新たな暮らしを始めることになった。 一方、からくり仕掛けの小さな天馬は、飛行船の降り立った中庭を離れて飛び立ち、はるかに離れた島に潜む屍妖精の双子のもとへ向かった。

2020-07-19 00:22:00
帽子男 @alkali_acid

アルミオンとアルキシオはやがて、生命美術館が、小人の建てた城塞にも劣らぬほどの難攻不落であるのを知り、森伏の技をもってしても一筋縄では忍び込めぬのを悟る。 とはいえ丘王国の双王として長い治世を敷いてきた貴人等は、焦りを露にはせず、入念な偵察と準備に取り掛かった。

2020-07-19 00:25:25
帽子男 @alkali_acid

およそ妖精というものは、いかなる難題を前にしてもめったに尻込みをしない種族であった。

2020-07-19 00:27:44
帽子男 @alkali_acid

さて、「ウィストの狭の大地あっちこっち」シリーズは、 「気に入らぬ!おなごは熟(な)れた方が良いに決まっておるのじゃ。よってそなたは処す」 乞うご期待。

2020-07-19 00:29:53

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