生命美術館事件1(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手がようやく身を起こせるようになると、屍妖精は丁寧に四肢をもみほぐしてくれた。 「ここは…?」 あたりは明るい。すぐ側を数え切れないほどの小魚が泳ぎ抜けていく。海のものではない。真水に住む類だ。 「湖底だ」 「ミチビキボシ殿に教わった泡の天幕の術を交代交代でかけている」

2020-07-18 22:39:30
帽子男 @alkali_acid

どうやら周囲には水が満ちているが、三人は半球形の泡の膜に守られているようだった。 ウィストは頭巾をもらってかぶり直しながら、ぽかんと景色をながめた。被布からはからくりの天馬が飛び出して、ぐるりと持ち主の周りを巡る。 「ヒカリノカゼ…」

2020-07-18 22:42:27
帽子男 @alkali_acid

男児ははっとなって双子を振り返る。 「ほかの皆は?カミツキは?」 「瓶に詰められ、空に運び去られていった」 「カミツキ殿、アケノホシ殿、ホウキボシ殿、チノホシ殿、ミチビキボシ殿、オオグイ殿、ペドロフスコ殿。ことごとく」

2020-07-18 22:44:39
帽子男 @alkali_acid

ウィストは血の気を失ったが、瞼を閉ざし、痛む胸の上に拳を軽くあてて深呼吸すると、ややあって尋ねた。 「に、人形さん達は…あ、あと…う、馬はいませんでしたか?」 「傀儡の娘等は汽車に収まったままのようだ」 「馬は見かけなかった」 「あ、ありがとうございます…」

2020-07-18 22:46:26
帽子男 @alkali_acid

アルミオンとアルキシオはそれぞれ左右別々の向きに首を傾げてから話した。 「また少し休まれよ」 「水と食べ物を都合してこよう」

2020-07-18 22:47:47
帽子男 @alkali_acid

屍妖精の二人は言葉を違えなかった。 湖の水はそのままは口にできなかったが、どうやってか飲めるようにした水を手に入れて来た。火の通った魚もぬらさず運んできた。 片方は必ずウィストの側に残り、世話を焼いた。 「何が…あったのか…解らない」 男児は喉を潤し、腹を満たしながら呟く。

2020-07-18 22:50:56
帽子男 @alkali_acid

「恐らくは我等兄弟を塚人もどきとして蘇らせたかの財団なる輩」 「その一党の魔法にてあろう」 頭巾の仔の食餌を見守りながら、二人の公達はそれぞれ考えをよどみなく述べる。

2020-07-18 22:52:51
帽子男 @alkali_acid

少年は綺麗に指を拭い、感謝の言葉を述べてから、じっと考え込んだ。 「魔法…だったら…どうしてアケノホシやミチビキボシが気付かなかったんだろう」 「いかにも、我等にも察せなかった。相当の距離から放ったか」 「あるいは妖精や精霊の術理と異なるか」

2020-07-18 22:53:44
帽子男 @alkali_acid

「どうして…カミツキは…」 「カミツキ殿は勘が鋭い」 「まるで時を先どりし、起きることをあらかじめ知るかのよう」 「そう。まるであのアルウェーヌ姉上の思い人の」 「いやいや。あれはまた違う。あれはすべて頭の中で手筋を読む将棋の極意だ」

2020-07-18 22:56:39
帽子男 @alkali_acid

ウィストはまた頭巾を抑えてしばらく黙った。 「カミツキが…ぶつかってきたの…助けるため…?」 「ウィストはかえって命を落とすところであったが」 「カミツキ殿ならやりかねぬ」 「…じゃあ…あれ?アルミオンさんとアルキシオさんが無事なのは?」

2020-07-18 22:58:20
帽子男 @alkali_acid

「そのからくりの天馬も無事」 「からくりといえば傀儡の娘等も」 双子の示唆に、男児は考え込む。 「なんで…」 「我等兄弟はアルウェーヌ姉上ほどの知恵者ではないが」 「姉上になったつもりで考えてみた」 二人の貴人は少年の左右の手を握って力づけながら話す。

2020-07-18 23:00:21
帽子男 @alkali_acid

「恐らくは…命にかかわること」 「命…」 「ペドロフスコ殿いわく。ウィストが求める財宝を奪ったレオノフなる人物は生命美術館なる施設の主」 「はえ…」 「命にかかわる術を操っても不思議はない」

2020-07-18 23:02:06
帽子男 @alkali_acid

「はぇ…」 「そもウィスト殿とミチビキボシ殿が曙の大地のあちこちで聞いた噂をもとに葦の大河の水源まで辿り着いたは…生命美術館の主に見えんがため」 「はぇ…」 「向こうも我等の近づくを察し、財宝を守らんとて未知なる魔法を使ったやもしれぬ。恐らくは財団の一党にて、心得もあろう」

2020-07-18 23:05:50
帽子男 @alkali_acid

ウィストはしばらくまた呆然としていたが、アルミオンとアルキシオに向かって勢いよく頷く。 「すごい!」 「何。汽車にいる間にミチビキボシ殿と話しておおよそのことは」 「海豹殿と談じていると、深き谷の輪講を思い出す。何やら我らが死せる頭(こうべ)も血の巡りが戻るよう」

2020-07-18 23:09:23
帽子男 @alkali_acid

「輪講…?」 「我等が師アキハヤテ殿を囲んで、皆で一つの題について意見を戦わすのだが」 「我等兄弟だけとなってからは、もっぱら二人で政(まつりごと)を決めるのにばかり行ってきた」 「しかしやはりいつも兄弟とでは考えが狭くなる」

2020-07-18 23:11:50
帽子男 @alkali_acid

ウィストが神妙に聞いていると、アルミオンとアルキシオはますます思い出に話を逸らしてゆく。 「輪講はもっぱら上妖精語でするのが作法であったが、そこもミチビキボシ殿は深き谷で学んでいたかのようによく心得ている」 「谷に猿はいたが海豹はいなかった」 「以前はいたかもしれぬ」 「しかり」

2020-07-18 23:14:30
帽子男 @alkali_acid

アルミオンとアルキシオはさらに多くのことをウィストに教えた。 何艘もの小舟が空から降りてきては湖を探索し、また縄に引かれて空へ戻ること。汽車には何人もの財団の職員らしき男達が入って行っては帰らないこと。

2020-07-18 23:16:51
帽子男 @alkali_acid

「泡の天幕の術に加え惑わしの術もかけている故、早々は見つかるまいが」 「しかし天から降りて天へ帰る小船の後をつけるのは難しい」

2020-07-18 23:19:47
帽子男 @alkali_acid

暗い膚の少年はからくりの天馬を掌の上にのせて見つめてから、暁の肌の貴人を省みた。 「さっきの、命の術のこと教えてください」 「そうであったな。生命美術館の主なる人物が操る魔法」 「なぜ命にかかわると考えたかといえば」 「人形、瀕死のもの、我等生ける屍のみが術を逃れたからだ」

2020-07-18 23:22:49
帽子男 @alkali_acid

「…じゃあ…もう瀕死…じゃなくなったから」 「再び術にかかる恐れはある」 「先んじて術師を取り押さえるのが望ましいが…なかなか姿を見せぬ」 「雑務はすべて配下に任せ、術師は後背に控えるようす」

2020-07-18 23:26:33
帽子男 @alkali_acid

ウィストはぶるぶる震え、縮こまったが、やがて述べた。 「あの…だったら…行きます」 「行くとは?」 「どこへ?」 「探してる人達のところへ…」

2020-07-18 23:28:26
帽子男 @alkali_acid

「危ういな」 「捨て身とは」 アルミオントアルキシオが応じるのへ、男児は必死に語句を紡ぐ。 「でも…こっちも…美術館…どこにあるか…解んなくて…探してて…だったら…連れてってもらえるなら…」 「しかし瓶詰にされては」 「さよう。歌も踊りもできぬ」

2020-07-18 23:30:30
帽子男 @alkali_acid

頭巾の仔はまたわなないたが、考えをまとめようと両手で被布を引っ張った。 「ヒカリノカゼ…この天馬は空…飛べるから…運ばれてく時、こっそりついてきて…もらって…それで…美術館の場所がわかったら、アルミオンさんとアルキシオさんに…教えます…」

2020-07-18 23:32:41
帽子男 @alkali_acid

「なるほど…」 「美術館の場所が解れば我等の森伏(もりぶせ)の技でもって忍び込み」 「術師を取り押さえて瓶詰から出させることもできよう」 「妙案ではある…ウィストが危ういには違いないが」

2020-07-18 23:34:58
帽子男 @alkali_acid

「でも…もしだめだったら…」 少年はためらってから、双子に希(こいねが)う。 「ここで起きたこと…妖精の騎士の…ダリューテさんに…伝えて下さい…どこにいるか…解らないけど…ひょっとして…学問の都のリンディーレ先生なら…助けてくれるかも」

2020-07-18 23:38:55
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