人参があるなら馬参や狼参そして竜参、神参もあるはず4(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

ザハキは満腹したようすの鱗ある二つ首を撫でてあやしながら語る。 「私も、いっつもお腹を空かせてるこの子達には苦しめられるけどん。でもやっぱり一緒にいたいわねん」 ダリューテは、異形の竜頭を穏やかに見比べてから、相好を崩した。 「そうですね…私はあの子にとっての竜の首…」

2020-08-09 19:42:57
帽子男 @alkali_acid

騎士は立ち上がった。 「心苦しいのですがスズユキ達のこと…リンディーレ教授にもお願いしてありますが。しばらくザハキ様にもご迷惑をかけるやもしれません」 「いいわよん。皆を連れて行ってまたお祭り騒ぎも楽しいかもしれないけどん」

2020-08-09 19:45:44
帽子男 @alkali_acid

合図があったかの如く、侍女(メイド)のお仕着せをまとった傀儡の娘が二人、しずしずと汽車からあらわれ、妖精の乙女にうやうやしい挨拶をすると、客である双蛇の婦人への給仕を受け持つ。 「ふふ…こんな子達まで汽車につけてよこすくせに、黒の乗り手はやっぱり素直じゃないわねん」

2020-08-09 19:48:56
帽子男 @alkali_acid

太り肉の女が呟くと、尖り耳の女は聞こえぬふりをして、鋼鉄の乗り物に入っていった。 遅れて煙突から混じりけのない白い蒸気が昇り、機関車の浮彫が脈打ち輝くと、前方で木立が左右によけ、あとには二筋の軌条がまっすぐに伸びてゆく。

2020-08-09 19:51:43
帽子男 @alkali_acid

車輪がゆっくりと回転を始めると、進路の虚空が揺らぎ、かぎろい、一枚の鏡のようにあたりの景色を映し出す。 汽車はそのまま鏡の中へと走り込んでゆき、跡形もなく消え失せたのだった。

2020-08-09 19:53:02
帽子男 @alkali_acid

「あ、もっと汽車の中の食べものを置いてってもらえばよかったわねん」 かつて安息の国を千年にわたって支配した暴君、双蛇の女王はうそぶくと、静々とかしずくからくりの娘等にとりあえず茶菓のおかわりを注文するのだった。

2020-08-09 19:55:35
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ さて学問の都からはるか東のかなた。 天子の国と生薬の半島の国境(くにざかい)にあたる深山幽谷の奥、参界(じんかい)と呼ばれる地では、邪悪の化身たる黒の乗り手の起した災によって、乾坤の覆るような騒ぎが起きていた。

2020-08-09 19:58:54
帽子男 @alkali_acid

まず畑に植わっていた人間が次々に這い出てきた。 ほかの地では人間が野菜を畑に植えるが、 ここ参界では野菜が人間を畑に植える。 その人間が、畑から出てきてしまったのだ。

2020-08-09 20:00:25
帽子男 @alkali_acid

「いったい…何があったというのだ」 圃場から抜けた青年の一人がぼんやり尋ねる。誰かに問うというよりは己の惑いをただ言葉にあらわしたという風だ。 最前まで太く長いものが入っていたように違和のある尻や喉のあたりを抑えつつ、健やかに瑞々しい裸身を青空の下に晒し立ち尽くす。

2020-08-09 20:04:51
帽子男 @alkali_acid

「その声はワン殿…」 背後からの呼びかけに振り向くと、丈高くがっしりした体つきの丈夫が同じく一糸まとわぬ姿でおぼつかぬげに歩いてくるところだった。 「ヒ殿…」 「我等はなぜここに?」 「皆目見当も…」

2020-08-09 20:14:43
帽子男 @alkali_acid

旧知の間柄であるヒ氏とワン氏は連れ立って着るものや手がかりになりそうなものを求めて歩き回った。 すぐに全裸の男女が次々と見つかる。そろって若々しく、混乱はしているが活力にあふれているようすだった。 「ヒの旦那様!」 「…そなたは?」 「私です。爺やのゲムで」 「爺やと?しかし…」

2020-08-09 20:17:02
帽子男 @alkali_acid

ヒ氏とワン氏の従僕や下女もいたが、ずっと年取っていたはずの連中まで若返っているのだった。ただ奉公に上がったばかりの少年少女はもとの背格好のままで区別がついた。 「何と…男女はそれぞれ分かれて集まるように…男のまとめ役はヒ殿と私…女のまとめ役は…や…妻はいずこ」 「しかり…」

2020-08-09 20:19:49
帽子男 @alkali_acid

ヒ氏とワン氏の奥方は奇妙な木の根のもつれた塊のそばにしがみついているのを見つけた。 崩れた玉座のようにも見えるそれに、二人は声を殺して啼泣しながら、とりすがり、何かを訴える風であった。 「妻(さい)よ…無事であったか!どうした…」

2020-08-09 20:22:52
帽子男 @alkali_acid

二人の夫がそれぞれ駆け寄ってようすを確かめようとするが、どちらもなかなか返事をせず、ややあってのろのろと振り返ると、すぐ面を伏せ、身を引こうとするのだった。 「どこか痛むのか…?薬が手元にないが…あちらにほかの女達がいる。手当を」 「…お許しを…」 「何をこのような時に…さあ」

2020-08-09 20:25:16
帽子男 @alkali_acid

奥方はどちらもほかより心を乱しているようすであったので、女達のまとめ役にはほかのものが立った。 ともかく畑から抜け出た人々は互いに何があったのか覚えている限りを話し合った。 なかには余所の土地のものもいた。 「我々財団の職員は君達の指揮下には入らない」 「今は従ってもらおう」

2020-08-09 20:27:35
帽子男 @alkali_acid

ヒ氏とワン氏がとりまとめたところによれば、畑にいたものの大半は、野良に出たり妖しい輩がいないか見回りをしたりしていたところを、歩く人参(ニンジン)に襲われ無理矢理に運ばれ、植えられたのだという。

2020-08-09 20:30:54
帽子男 @alkali_acid

ほかに財団に協力させられ参界の調査にあたっていた両家のものたちもいた。 「我等が子女を質にとり、危地に向かわせたのみならず、女子供年寄りまで"実験"と称して人参の根の及ぶところに押しやるなど、何たる非道か」

2020-08-09 20:34:19
帽子男 @alkali_acid

「君達は登記上、財団が間接的に所有することになった私有地の不法占拠者であり、犯罪者なのだ。したがって丁級職員としての…」 「たわけた異国の法を持ち込んで誤魔化すつもりか」

2020-08-09 20:37:00
帽子男 @alkali_acid

調査に協力させられた人々は十年以上もの間、数度に分けて送り込まれたようだった。 「…私が参界に入ってからすでに十五年がすぎたというのか」 「ワン殿は年を取らぬようす」 「それはヒ殿も同じ…奇怪な…すべては人参の霊験か」

2020-08-09 20:40:06
帽子男 @alkali_acid

両家の主がこれからどうしたものかと考え込んでいると、歓声が上がった。 「ウンナお嬢様だ!」 「な、なんとダング坊っちゃまが!」

2020-08-09 20:43:44
帽子男 @alkali_acid

「兄上!」 「父上」 赤髪の巨女と糸目の少年が、それぞれ馬によく似た、しかし明らかに草の根のもつれたような生きものの背から飛び降りて駆け寄ってくる。 「兄上!」 「父上!」

2020-08-09 20:46:07
帽子男 @alkali_acid

「ダング!おお…ダングよ!我が弟よ!!!」 「ウンナか…何とその髪…その目…。今は女達のもとへ行きなさい。母上も無事だ!」

2020-08-09 20:48:01
帽子男 @alkali_acid

ヒ氏とワン氏のそれぞれの子弟子女の帰還は、解き明かせないでいた謎の多くに答えをもたらした。 「では…ダングよ。お前を財団の魔の手から救った天女が、悪しき人参をも調伏し、参界に平和をもたらしたというのだな」 「はい兄上」 「して天女はいずこに」 「それが…行方解らず。難儀せり」

2020-08-09 20:51:10
帽子男 @alkali_acid

「天女はワン氏、ヒ氏両家のみならず、参界の周辺に暮らす村々の民をも救った大恩人。例えこの身が参界の土になろうとも見つけ出さねば…」 「拙もウンナも同じ思い!」 「しかし…まずは衣服…糧食…人参を避ける手立ても要る…玉兎の裘は失われたのだな」 「天女が召し上げたれば」

2020-08-09 20:56:44
帽子男 @alkali_acid

ウンナは母と姑のようすを確かめた。 「母上…義母上…お加減が優れませんか」 「ウンナ…ウンナですね…大きくなって」 「父上に似て何と逞しく…ヒ氏の娘として恥じません…」 「お、私は、母上達を助けたくて…それで…」

2020-08-09 20:58:47
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