長いおまけのそのまたおまけの話(#えるどれ)

大長編小話。終わり。 シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/
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帽子男 @alkali_acid

狭苦しいが客室のようなものがあり、傭兵はそちらに通された。たいそうなことに鍵がかかる扉がついている。ただし外側から。 「儀式のための準備の部屋なの」 少女はおずおずとそう説明した。巨漢はどうでもよさそうにあくびをした。 「で?もういいなら行くぜ」 「待って…お礼をしなきゃ…」

2020-10-24 22:11:27
帽子男 @alkali_acid

傭兵は星の智慧教会の晩餐に呼ばれた。正体はよく解らないが茸のようなものが沢山入った羹(あつもの)が振舞われた。煮炊きの燃料はあるらしく熱々だった。 「…お口にあう?」 「おう」 青年は遠慮なく平らげ、尼僧がよそうおかわりも食らいつくした。

2020-10-24 22:13:19
帽子男 @alkali_acid

「お兄さん。すっごく強いね…びっくりしちゃった」 「あいつらが弱すぎんだよ」 「あのね…ここは星のご加護があるから…怖い人たちも来れないって…大きな姉妹は言うの…でも…でも」 「俺にそいつらをぶっ殺せってのか。いいけどよ。高ぇぞ。幾ら出す」

2020-10-24 22:18:42
帽子男 @alkali_acid

「…え?」 「絶滅させんならそれなりに貰う。半分ぐらいでいいなら負けてやるよ」 「あの…そんな…教会に…お金なんて…ない…」 「なら仕事はしねえ」 「違うの…ただ…ちょっとだけ…いてもらえたら…儀式が終わる間だけ」 「守りは性に合わねえな」 青年がめんどうくさそうに告げて立ち上がる。

2020-10-24 22:20:55
帽子男 @alkali_acid

すると頭巾の少女は緊張したおももちでゆくてにたちふさがった。 「まって…お金はないけど…」 「あ?」 小さな尼僧は裾をたくし上げる。下には何も穿いておらず、やせっぽちの両脚が覗いていた。 「…これで…お願い…」

2020-10-24 22:22:35
帽子男 @alkali_acid

ガウドは勢いよくとびすさり、顔をそむけた。 「し、しまえ」 「おねがい…お兄さん…やっぱり…白い肌だと…いや?」 「いいからしまえ!」

2020-10-24 22:23:47
帽子男 @alkali_acid

青年の反応は予想外だったようすで、少女は目を丸くし、いきなり弾けるように笑いだした。 「あっは…お兄さんて面白い」 「ち…頭巾かぶってるくせしやがって…」 「頭巾?頭巾が好きなの?変なお兄さん」

2020-10-24 22:26:07
帽子男 @alkali_acid

なしくずしに傭兵はしばらく教会の用心棒をつとめるようになった。初め尼僧達は恐水病の野良犬でもやって来たかのような扱いをしたが、存外に女にはおとなしいと解ると、次第に小さな姉妹が拾ってきた大きいがおとなしい飼い犬という風に考えるようになったようだった。

2020-10-24 22:28:24
帽子男 @alkali_acid

教会の外を出れば、鷲印をつけた男達が食いつきかねないような眼差しを投げつけてきたが、ガウドは意に介さなかった。 「ごめんね…教会にとって大切だって、解ってはいるはずなんだけど、皆東のものにも、この世に生まれたからには役目があるってうまく受け入れられなくて」 「どうでもいい」

2020-10-24 22:30:25
帽子男 @alkali_acid

燐寸売りは、時々また第十三地区の外へ出て行った。教会は周囲の住民からの寄付だけではやっていけず、持ち回りで燐寸だの小物だのを商いに行って費えを補っているのだという。 「戦争に勝っても、私達は貧しいまま…おまけにお国は暗膚と手を結んで…同じ西方人を攻めたって…あ、ごめん」

2020-10-24 22:34:10
帽子男 @alkali_acid

「どうでもいい。儀式ってのはいつやるんだ」 「もうすぐ…星辰の並び正しきとき…なの!」 巨漢はまるで関心を示さなかったが、頭巾の子はことあるごとに熱心に星の智慧教会の教義を説明しようとした。 「輝く多面の宝玉が、とおい西の星の光をわたしたちのもとへ送ってくれるの…星の女神様の…」

2020-10-24 22:37:35
帽子男 @alkali_acid

「そうかよ」 「星の女神様はね。本当は風の鷲より偉いの。だけどお隠れになっているから、皆は知らないんだ。でも儀式が終わったら…きっと風の鷲を信じる人すべてが…ううん…正しい血筋を持つ西方人すべてが…必ず目覚めるの…そう…星の智慧に…」 「ならさっさと儀式を片付けちまえよ」

2020-10-24 22:41:26
帽子男 @alkali_acid

ガウドが告げると、燐寸売りは憐れむように見つめ返してきた。 「…そうできたらいいんだけど…もう少しかかるの…兎が捕まえられたらなあ」 「市場で買えよ」 「違うの!時計をつけた兎なの!いつも急いでるの!きっとどこか不思議の国に通じる穴から出てきたの」 「んなもんいんのかよ」

2020-10-24 22:44:45
帽子男 @alkali_acid

しかしどうやら燐寸売りが出かけていくのは商いのためばかりではなく、時計を持った兎を探すためもあるらしかった。 「神父様が戻られる前に手に入れなくちゃ」 「神父?」 初めてガウドが適当な相槌をやめて訊き返した。 「男か?この教会は女ばっかじゃねえのか」 「あら…やきもち?ふふ」

2020-10-24 22:55:26
帽子男 @alkali_acid

頭巾の少女はまた大人びた笑いをこぼす。だが巨漢がむっつりすると、あわてて補った。 「ネー神父は立派な方よ…星の女神の声が聞こえるの…きっとお兄さんにあったら喜ぶわ。ちゃんと用意ができたって褒めて下さる。でもまず兎を見つけないと」 「俺は兎探しなんかやんねえぞ」

2020-10-24 22:59:24
帽子男 @alkali_acid

「いいよ!お兄さんにはちゃんと役目があるんだもん」 「誰も攻めてこねえぞ。だりぃ」 「それはそうよ星の加護があるんだから」 「あ?…いいけどよ」

2020-10-24 23:01:02
帽子男 @alkali_acid

ガウドは飼い殺しのようにして数日を過ごしたが、教会の尼僧達は忙しかった。信徒には鷲印が多いらしく、よく熱心なものが祈りを捧げ、例の茸がどっさり入った羹などの振る舞いを受けていた。ほとんどが独身の男だ。 鍋を囲むようにしてがつがつと食べるようすは、貧しさと飢えをあらわすようでいて、

2020-10-24 23:03:25
帽子男 @alkali_acid

何か西方有数の大都市に住む近代人というよりもっと別の生きもののようにも思えた。 「みんな、教会の炊き出しの味が好きみたい。お兄さんは?」 「食えりゃなんでもいい」 「んもー」 「戦場じゃ何でも食う」 「お腹壊さない?」 「ああ。心配性の女から薬も貰ってるしな」 「へー!恋人!?」

2020-10-24 23:06:15
帽子男 @alkali_acid

ガウドは鼻をかいた。 「前の仕事の仲間だけどな…俺の女衆…つか女房…にする」 「世話焼きさん?」 「まあな。俺が守ってやんねえといけねえけどな」 燐寸売りがおかしそうにしているのに、青年は気づかぬ風だった。

2020-10-24 23:09:15
帽子男 @alkali_acid

ほかの尼僧はめったに話しかけもしなかったが、食事だけはたっぷりと与えてくれた。材料には不自由していないようだった。 清貧をただよわす割に、一部の物は潤沢に調達できるらしかった。恐らくはそうした振る舞いの気前のよさが、星の智慧教会が第十三地区の鷲印を惹き付けている所以でもあった。

2020-10-24 23:12:40
帽子男 @alkali_acid

やがてそんな鷲印の一人が、おかしな目つきでガウドを見つめ、唇をゆがめて嗤いのような表情を浮かべた。 「んだてめぇ。やんのか?」 「…いや…お前に役目がある…暗膚でもな。聖糧を食っても許してやる」 「喧嘩売ってんだな?」 「お前は教会にとって大事だ。だから見逃してやる」

2020-10-24 23:16:09
帽子男 @alkali_acid

暗い膚の巨漢は、明るい肌の小男の顔面に拳を撃ち込んだ。妙に柔らかい感触がした。 頭蓋がひしゃげたかと思ったが、相手は何度か転がってから、ふらふらと立ち上がると、逃げるように去っていった。 「気持ち悪ぃ…」

2020-10-24 23:17:44
帽子男 @alkali_acid

さらに夜と昼が過ぎて、教会は慌ただしくなった。 儀式が近づいているらしい。 尼僧達は昂っていた。 「お戻りになられる」 「神父様が」 「神父様!」 「神父様!!!」

2020-10-24 23:18:57
帽子男 @alkali_acid

ネー神父は浅黒い肌をした、はっきりと東方人らしい整った造作をした壮年だった。穏やかな笑みを浮かべ、留守を守っていた女達を労った。 「皆さん。僕がいないあいだご苦労様でした」 「何でもありません」 「姉妹で力を合わせ、神父様のお言いつけを守るべき努めておりました」

2020-10-24 23:21:20
帽子男 @alkali_acid

色のついた肌を毛嫌いするはずの尼僧達が、まるで純白の貴公子でも迎えるように讃え寿ぐようすを、傭兵はただ黙然と遠巻きに観察していた。 神父は、よそものに気付いて省みる。 「おや?そちらのお若い方は?」 「黒い子山羊です!」 いつのまに帰ったのか頭巾の少女がそう述べながら首を伸ばす。

2020-10-24 23:25:05
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