アプリで作成
2020年11月10日

高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』読書メモ

東大中文卒・博学の著者による、主に「言葉」に関する名エッセイ集。知的でいて軽妙、それでいて親しみ深い素晴らしい読書体験。
7
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

去年漢文学の先生が面白いと言っていたので買ってきた。まぁ先生に薦められなくともタイトル買いしてただろうけど。笑 pic.twitter.com/bWs4iQQljE

2020-11-07 20:28:02
拡大
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

高島俊男『本が好き、悪口を言うのはもっと好き』収録の「FREEZE!」。 92年ハロウィンにアメリカで起きた邦人射殺事件と文革のころ「下方」された中国人学生が現地人に「強姦」されたことを繋いで、言葉の背後にある文化的蓄積を考える。明快なんだけど、すごい思索だ。

2020-11-07 22:58:24
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

そもそもファンとは何か。 「ファン」とは、自分がそれではなく、あるいはそれをするものではないが、それが大好きである、という人間である。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p30) あー、たしかにそうだ。

2020-11-07 23:09:15
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

われわれが、安心して、自信を持って現在に生きるには、現在の素姓を知らねばならない。現在の素姓を知るには、過去に話を聞いてみなければならない。 過去に話を聞くのに、現在生きて使われていることばと事物だけで間に合うはずがあろうか。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p63)

2020-11-08 00:04:11
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

こどものことを言うのに、なぜ「息」という字を用いるのか。 「息」は言うまでもなく呼吸のことである。(中略) また、呼吸をして生きていれば自然に次の世代をふやすから、ふやす、ふえる、の意に用いる。「利息」の「息」である。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p69) へえ〜。

2020-11-08 00:13:07
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

「母国語」という言葉のナンセンスは、現在世界には数千(三千前後といわれる)の異なった言語が生きて使われている、という一事をもってすでに十二分に明らかだろう。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p92)

2020-11-08 00:39:56
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

私が唾棄するのは、「国の言葉」がとりもなおさずその国に住んでいる人々の母なる言葉と思いこんで疑わず、「母国語」などという語を何のためらいもなく大見出しにかかげてはばならない神経なのだ。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p95) チベット人の「母なる言葉」はチベット語

2020-11-08 01:01:15
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

かようにして今世紀において用いられる「中国」は、「わが国」の成分と「チャイナ」の成分とをふくみつつ、ある時は中華民国をさし、ある時は数千年の全体をさす。時間的にあいまいである。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p179)

2020-11-08 03:00:36
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』収録の「『支那』は悪い言葉だろうか」 「支那」という言葉が使えなくなった経緯を、「支那」という言葉が用いられるきっかけとなった1500年以上前まで遡ってかんがえる。非常に分かりやすいが質の高い読みもの。

2020-11-08 03:22:24
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

トイレはくさいから衣服に多少なりとも匂いが移る。だから身分のある人は用便のたびに着衣を替えた。それでトイレに行くことを更衣に立つと言い、トイレのことを更衣室と言う一というか、実際トイレは更衣室だったのである。 (高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』p285) トリビアの泉だな。

2020-11-09 22:40:56
やまぐち カンタ @0sak1_m1d0r1

高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』主に言葉や中国に関してかかれていたんだけど、知的でいて軽妙、それでいて親戚のおじさんのような(?)親しみがある素晴らしいエッセイ集だった。

2020-11-10 01:19:15

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?