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東の荒地で目を覚ましたのはある老婆が最初だった。 あたりに再び霧がかかり、怪異を恐れて縮こまっていたがかつて共に暮らした少女の笑い声を聞いた気がして思わず飛び出したところで気絶した。したはずだったが、目を覚ましたのは普段と変わらずベッドの上。 悪い夢だったのだろうか。
2021-01-07 19:37:53しかし起き上がろうとすると、いやに身体が重い。節々も痛む。と言うか、起きれない。 なんとか起き上がると今度はやけに寒い。肉を食べてからは冷えに悩まされることも無くなったはずだった。 はっとしてまた家から飛び出す。飛び出すというほど早くは動けないが、それでも。
2021-01-07 19:42:55走る。よたよたと、その途中で不死をなくしたことに思い至る。 走る。なんとか杖をつきながら、ぼろぼろと涙がこぼれた。 走る。あの場所へ。痛みを堪え、かつて見殺しにした彼女へ謝りたい一心で。 先日謎の女が肉を埋めていった墓標へ。
2021-01-07 19:46:32当然、荒地の真ん中に待つものはない。盛り上がった土と、申し訳程度に置かれた石と。 本が一冊。 東方伝承に関する考察書。いくつもの解釈が解説、根拠と共に載っており、どうも特定の著者が書いたというより複数人が集まって解釈を持ち寄った、そんな本だ。
2021-01-07 19:51:19震えながら墓標の方へ目を向ける。掘り返したような真新しい部分を見つけすぐさま掘ると、 ころんとひとつ、黄金が転がり出た。
2021-01-07 19:53:37「お、おお…おおぉ…」 手に取り、胸にかき抱く。転がれば見失うような小石だが、まるで当たり前のようにしわくちゃの掌に収まった。 「おかえり…おかえり…」 気がつけば日は高く上り、他の民も目を覚ましては重い身体に気付いて肩を落とす。
2021-01-07 19:58:36そしてこれまで通りに生きていくのだ。 老婆もまた、日がな一日考察本を読みふけり時折訪れる者と解釈を交わし合って。 やがて天寿を迎えたその後、彼女が常に傍らへ置いていた黄金はただの小石になっていたと言う。
2021-01-07 20:00:49その竜は随分長く眠っていた。 どれくらい長く眠っていたかと言うと、眠っている間に同胞がみんな旅立ってしまっていたくらい長く。 見渡してみれば随分小さな生き物が地を這いずっている。ああいったものは大体地竜の子供がおもちゃにするのだが、100年眺めてもそんな様子がない。
2021-01-07 20:06:30竜は咆えてみた。大抵気の良い天竜が降りてくるのだが、1000年待ってもそんな様子はない。 彼女がこの地上で最後の竜だと自覚したのはもう1000年経った後のことだ。 仲間がいないのだとわかると、竜はとても寂しくなった。
2021-01-07 20:32:28ろくに餌も取らずすすり泣いているとだんだん身体も小さく弱くなっていく。 途中で何度か暴れたりもした。それに巻き込まれて地形や環境が変わったが彼女は気に留めないくらい寂しい。 泣き疲れて眠っていた数百年の間に実は何度か討伐隊も組まれたが傷一つつけられず仕方なく帰っていった。
2021-01-07 21:22:48そんなわけで、伝承の封鎖以降に現れた最後の竜はよくわからない怪物として伝承となる。 そう、姿を消したのだ。 泣きすぎ、疲れすぎた彼女が目を覚ますと。 その身体はまるで、地を這いずっていた小さな生き物そっくりになっていたから。
2021-01-08 21:21:29同僚、相方を失った天使は旅に出た。喪失した彼女を蘇らせるため、地上に偏在する多くの奇跡を追う旅に。 その過程で道連れも得た。人間だが風変わりで、でもいいやつ。他の人間と見分けはつかないけど。 特定の人間に肩入れすることのないように、と課せられた制限だったのだが結果として
2021-01-08 21:27:36人間そのものに肩入れしすぎたがために一機の天使が失われたのが先日。 愚かだ。残された天使はきちんと役目を果たした上でそう評する。 だから最初は驚いた。神や自分が信仰を得てこの地と接続を得るその前の支配種たる竜が生き残っていてなおかつ人間に似た姿をしていたことに。
2021-01-08 21:33:53見た目はほとんど人間。四肢末端や顔に鱗や爪牙が残っているものの、翼がない。尾はある。 人間のようだが、人間ではないと見分けがつくという点で彼は彼女を竜と判定した。
2021-01-08 21:57:37「…だれ?」 「…喋れるのか」 「しゃべ?」 「竜よ。何故そのような姿に?」 「??さみしくて、ないてたの」 「?」 「あなたはなに?」
2021-01-08 22:01:45「…私は」 それから少しの間、彼らは語り合った。通じているのかいないのかいまいち定かではなかったが、各々の事情を共有する。 奇妙な情報交換、希有な異文化交流。 成立したのはそれぞれに共有できるものがあったからだ。
2021-01-08 22:07:01核心を突いたのは意外にも竜の方だ。 「あなた、さみしいの?」 「…え?」 「わたし、だれもいなくなってさみしいの。あなたもそうなの」 「……」 「わたしもあなたも、わたしだけなの」
2021-01-08 22:09:23その時初めて天使は自覚する。 神のもとへ帰らず、かと言って人を救うでもなく自分が何をしていたのか。 失った彼女を求めていたのは使命ではなかった。 弾かれたように竜へ言葉を返そうとする。
2021-01-08 22:15:32「きゅう」 「!?」 驚くべきことになんと竜は死にかけていた。 飲まず食わずで延々泣き続けていたが故の当然の帰結ではあるが、知る由もない天使は思わずその小さな身体を抱き抱えると、その冷たさにまた驚く。
2021-01-08 22:18:26「ねえ」 「なんですか」 「へんなしゃべりかた」 「……」 「わたしがおきたらね、またおしゃべりしようね。そしたら、さみしくないよ」 「……はい」
2021-01-08 22:21:34その日から天使は天使としての使命を放棄し、ただの旅人となる。 長い長い放浪の果て、約束が果たされるのは本当に随分後になるのだが、竜の死が記憶を引き継がない転生であることを知ったのはまさに再開のその時であった。
2021-01-09 00:30:19その昔エルフという種族がいた。 長生きで賢くて美しくて理性的で。 不出来な人間よりよっぽど霊長と呼ぶにふさわしい生き物だ。
2021-01-15 18:29:49彼らは森に暮らす。静かに日々を過ごすことを喜びとし、妖精と遊んでやる。 人間とはあまり関わらなかった。面倒なので。 エルフは人見知りである。
2021-01-15 18:33:16