2021年9月6日

服飾史上の謎「日本人がネックレス・指輪・首輪・腕輪・耳輪をつけていないって、何故なのか未だに解明されていないんですよ」

急になくなったあたりの理由が謎  _(:3 」∠ )_
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とくぞうなんですよ @sv_g8

日本人がネックレス指輪首輪腕輪耳輪のたぐいをつけていないってのは何故なのか未だに解明されていないんですよ。服飾史上の謎。

2021-09-05 22:39:01
とくぞうなんですよ @sv_g8

日本は宝石自体は出る国なのでますます分からない。宝石と金銀はなんか主に仏像とか刀剣とかになった。あとは簪。江戸時代には箱簪という胸元に挿す飾りとか帯留めとかも登場したし、男性は根付けや煙草入れを身につけたけど、宝石への関心は驚くほどないです

2021-09-05 22:41:07
摩耶薫子 @k_maya

これは本当に謎。 奈良時代までは髪飾りはもちろん首飾り腕輪指輪耳飾り全部あったのに、平安初期はかろうじてあったらしい簪もふくめ装身具すべて捨て去っている。 江戸時代にようやく髪飾りは復活してるけど、肌にふれる装身具は結局明治の西洋文明が入るまで復活しなかった twitter.com/sv_g8/status/1…

2021-09-05 23:31:35
とくぞうなんですよ @sv_g8

明治に開国した後は和服にジュエリーを合わせる人は一気に増えましたよ~。当時の絵をみるとイヤリングをしていたり、あとは和服に指輪も流行ったし、半襟に宝石をつけるのも大流行しました。けどそれは逆にいうと「なんでそれまで流行らなかったの?」であってな……

2021-09-05 22:53:36
とくぞうなんですよ @sv_g8

なお和服アクセサリーの例として、明治時代には金の鎖の先に懐中時計を付けて、ネックレスのように首からかけるのが流行しました。あとは半襟をおおきく出して着物を着て、合わせの部分を小さなブローチで留めるという着こなしもあります。文明開化でアクセサリーを満喫していた様子がよく分かる。

2021-09-06 00:33:18
猫目晴月@1日目-東オ41b狂月堂 @hrk_nkm

弥生時代とかは出土品見ても着けてるのに、その先の平安以降はアクセサリーを着ける文化が廃れてるんだよな。確かに謎。着物の形だと邪魔になるからかな? twitter.com/sv_g8/status/1…

2021-09-06 01:11:12
seeds/小田島静流 @seeds_starlite

古代日本にはかなりはなやかな装飾品の文化があったのに、どんどんとそれらが廃れていって、首輪や指輪、耳飾りなどが消えていき、髪飾りばかりが豪華になっていった感があるの、すごく不思議なんだよね。

2021-08-23 12:36:05
たまき @tamaki1853

指輪腕輪は陶器や漆器が傷付かないようにじゃないかなぁと。陶器も漆器も高かったし、土物は柔らかい。耳輪は垂髪メインになった頃から耳を出さないのが嗜みだった気がするからそれでかな。ネックレスはわからない…。 twitter.com/sv_g8/status/1…

2021-09-06 00:37:24
seeds/小田島静流 @seeds_starlite

現代においても、和服にネックレスやブレスレットは合わせないし、せいぜい耳飾りくらい? それも割とカジュアルな装い限定な気がする。髪も大きく結わなくなったから、髪飾りもどんどんシンプルになっているし…。 まあ、日本の気候風土的に、装身具が合わないのかもねえ…。高温多湿だもんね…。

2021-08-23 12:39:09
にっさん @noi_xtu_san

高温多湿で他の地域に比べれば比較的に水との接触が容易だった日本では、水分を吸う素材ではないものが肌に直接触れることが敬遠されたのではないか、って『図説 指輪の文化史』(浜本隆志著、河出書房新社)に書いてあった。 twitter.com/k_maya/status/…

2021-09-06 00:55:01
とくぞうなんですよ @sv_g8

飛鳥時代までは『玉帯』といって革のベルトに金属や宝石の装飾をつけたものが一般に用いられていたんですが、平安時代ぐらいにはもう一部の装束で用いられるのみになりましたね…… これはどんな本を読んでも「謎」と書かれているので、きっと今後も長く謎で在り続けるんだとおもいます

2021-09-05 22:46:05
とくぞうなんですよ @sv_g8

着物はガウン状でボタンがついていなくて前でうちあわせて帯で留める服、っていう東北アジアにひろがってる形状の服の一種なんですが、これが中国とか韓国とかだと銀のアクセサリーをちゃんと付けるんですよ。韓国や中国は帯から下げる飾りを付ける。日本はなぜかそれもない。

2021-09-05 22:44:44
とくぞうなんですよ @sv_g8

急になくなったあたりの理由が謎なんですよねー。そのころに遣唐使が廃止されてるからガラパゴス化が進んだのかもしれません。でも日本は金も銀も出る国だし、仏具や刀葬具を見るとおり加工技術もあったのに、なんでか装身具だけが消滅したのかはわからない。

2021-09-06 01:13:43
88 @88_bunbun_88

遣唐使が廃止され、唐から品物が入り難くなったことで国風文化が形成され、その中には唐風衣装だった女性の装束が十二単への移り変わりもあるのよね。 十二単の唐衣と裳は唐風装束のなごり。 twitter.com/k_maya/status/…

2021-09-06 02:02:44
とくぞうなんですよ @sv_g8

この話に関連したさらにややこしいトピックとして、日本に隣接していた琉球王国・アイヌ民族の双方がジュエリーを身につけていたという話があります。特にアイヌ民族の女性が身につけているタマサイという首飾りは、かつては日本刀の鍔を使って作られていたという。

2021-09-06 01:07:08
猫目晴月@1日目-東オ41b狂月堂 @hrk_nkm

ああ、そうか北と南は着けてるのに本州は着けてない…

2021-09-06 01:12:17
とくぞうなんですよ @sv_g8

あとジュエリーに対して言われていたのが、日本は土地と人との結びつきが強いから宝飾文化が発展しなかったのでは、ですかね。宝飾品は古来貴金属を持ち歩く=財産を持ち歩く、という意味合いが強いので移動が多い国ほどジャラジャラ身につけます。現代でも日本だと資産として宝石見てる人少ないでしょ

2021-09-05 23:41:14
とくぞうなんですよ @sv_g8

宝飾品は動産という観点を外して見ることはできないと思っています。インドだと昔は女性が所有することができる財産は自分で身につけているジュエリーのみだとされていたため、花嫁衣装だと全身をずっしりと黄金で覆うというぐらいにジュエリーを纏います。中央アジアの女性もすごい重量の銀を付ける。

2021-09-06 01:40:09
88 @88_bunbun_88

平安時代に入って、国風文化の普及とともに姿を消したのよね、装飾品。 それまでは冠も耳飾りも腕輪や指輪もあった。 冠は一応、天冠が残っているけど宗教装飾の面が強いし。 確かに謎だわ。 twitter.com/sv_g8/status/1…

2021-09-06 01:20:59
まとめ 國學院大學の成人式、「成人加冠式」がめっちゃ艶やかで神秘的と話題に (冠婚葬祭の≪冠≫は成人式を意味するそうですよ) 成人の証である冠、釵子(さいし)と呼ばれる装飾具を頭部に着す「加冠之儀」が式の中心だそうです。 成人式、おめでとうございます。 皆様にとって良き未来になりますように 76430 pv 1459 26 users 2995
由里 @yuuri17

奈良時代の女性の地位に詳しくないんだけど、平安時代に入ると高貴な女性は外に出ずに家族や婚姻相手にしか姿を見せなくなるので権威の現れである首飾りや耳管を付ける必要がなくなったのかなぁと言う想像はできる。遣唐使の廃止以降だろうけど、服飾史ではどう考えられてるのかは確かに気になる twitter.com/k_maya/status/…

2021-09-06 00:19:34
あかね @sky712

服がでかくながくなって首腕指はみえなくなって邪魔ですし、髪の毛おろすから髪飾りも耳飾りもみえないんですよね…江戸時代になって髪を結うようになってかんざしその他に全振りなのもうなずけるというか twitter.com/k_maya/status/…

2021-09-06 00:25:10
とくぞうなんですよ @sv_g8

どっかのタイミングで布地に価値を見出してしまった結果、アクセサリーを付ける余地がなくなったってのはあると思います。だって金のジュエリーは付けてないけどお着物には縫箔も施すし金糸で縫い取りもするもんね。

2021-09-05 23:06:52

コメント

摩耶薫子 @k_maya 2021年9月6日
平安以降日本人は「装飾品」としての価値を「布地」に全振りしてたようだということは言える
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重-オモ- @__oMo__ 2021年9月6日
衣服の形が向いていないから装飾を無くしたのか、装飾を付けないから向いていない衣装になったのか。どちらが先だろう。
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タピ岡(水道から湯が出る) @kabo_b 2021年9月6日
太刀には宝石類や螺鈿などを入れたりしますが、若干ですしねぇ
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タピ岡(水道から湯が出る) @kabo_b 2021年9月6日
一応斎宮が祭りの際に冠をつけたりしますが、驚くほど素朴なんですよ(しかも日蔭蔓は本物だと苔)。絵にすると美しくないので絵に起こす側としては悩みどころです
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占い羊 @wHozrPpLuqR09za 2021年9月6日
金箔が高級食材であることから権威の象徴がやや食事方向に振られたのではないだろうか(適当)
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三代目カール・レーフラー @Carl_Loeffler_3 2021年9月6日
この手の話題にありがちな、主語の選び方が支離滅裂なやつだな。そもそも北東アジアの服飾品文化を理解してるのか。中国朝鮮だって別にネックレス等はそこまで盛んではなかったじゃん。
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転倒小心 @tentousho 2021年9月6日
んー、丁度読んでた本で「かつては富が偏ることはある種の悪であり、当時の座敷童と呼ばれたものはその悪を表す災いの象徴だった」という話が有りましてね。かなり長い間今で言う成金のごときものは忌避される風潮があったようなんですよ。だから当時の座敷童は去ることで家も傾くが「偏った富という災い」も同時に去る、よかったね平和になったねみたいな感じだったそうで、あからさまな富のしるしである宝飾品を身につけるのは富(=災い)を見せつけるようなもの、といった考え方があったのやもしれません
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さとうあきひろ @akihirosato1975 2021年9月6日
茶道なんかでも「正式な点前の席では、金属製のものや宝石類は一切着用禁止」って言われるもんなぁ(眼鏡も金属フレームのものは本来は好ましくないが、安全上の理由でやむを得ないとされる)。ただ日本で茶道が普及するのって闘茶まで遡っても鎌倉時代以降だから、その前から装飾品を着ける文化が廃れてたとすると、直接の影響というわけではなさそうだし。
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ちゃんとしてないヒ @goyahifumi 2021年9月6日
日本でなぜかはわからないけれど、遊牧民族は定住地を持たないから財産を宝飾品にして持ち歩いてたというのは聞いたことある。実際に金属が連なったベルトを外してお金の代わりにしていたというのを見たことがある。
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春咲き球根を植えるみどり @verdi_horimoto 2021年9月6日
平安女性貴族なんか恋人に姿を見せるのは夜だし、凝った宝石を身に着けても分かりにくかったろうなあ。お寺の天井みたいにギラギラに飾り立てたらナニの邪魔だし
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tarobo @tarobo 2021年9月6日
宝飾品を身につけてて、「ちょっと持ち合わせがない時に宝石売って現金化」できるメリットと、「不審者に襲われて盗まれる」デメリットとで、後者の方が大きければ宝飾品を身につけなくなるんじゃないかなぁ。平安時代とか、宝飾品の鑑定できる人間いなさそうだし
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pupujiji @pupujiji 2021年9月6日
そういえば歴史ドラマとか漫画で思いつくアクセサリー描写は十字架くらいかなあ(簪を除くと)。後、女性がひっこんだからという理由はイスラムの女性がけっこう着飾るらしいからちょっと違う気がする。
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どんちゃん @Donbe 2021年9月6日
着物着て装飾品つけてたら「あ、これめんどくさいな?」と思ったんちゃう?あと着物に簪以外の装飾品は決定的に合わない。
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kero @kero1209 2021年9月6日
奈良時代までの宝石といつたら玉だが何故かパッタリと採掘加工がされなくなって、挙げ句の果てには玉は全て海外産などと言われる様になったのと重なる話でさね。 仏教伝来によってありがたがるものが変わったなではとか言われているが。
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すあま @SanmaShioyaki 2021年9月6日
都を一歩出ると湿地、という気候環境ではおそらく朽ちないのは純金のみ。銀や宝石すら黒ずみ酸化し割れるので宝飾品は宝物庫にしまって持ち歩かないという風になったのかなぁ。比べるべきは乾燥した大陸アジアやヨーロッパではなく熱帯・高温多湿文化圏だと思う
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朝倉 @SN_Error 2021年9月6日
小学生の頃(昭和末期)、チェッカーズが流行って男の子でも耳に装飾品(主にイヤーカフス)を着けだしたり、バブル前後に女性のイヤリングやピアスのでっかいのが流行ったりした時に、それらを見たお年寄りが「うわー、まるで土人だわ」って言ってたのを思い出した。ああいう装飾品って未開人のイメージがあったのかな。(※このコメントには差別的表現が含まれてますが、当時の時代背景や以下略)
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伍長 @gotyou_H 2021年9月6日
別にきらびやかなものが嫌いというわけじゃなくて、身には付けないけどモノ(実用品の類)はきれいに飾りたがるんだよな。倹約令全盛期の江戸時代でもかんざしやらきせるやらを豪奢にしつつ、実用品でない装飾目的の物を肌につけるということだけを嫌がってたという理由が何なのか。
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すあま @SanmaShioyaki 2021年9月6日
宝石さん意外なほど湿気と日光と温度変化に弱いからね……
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梨 佳 @rkrikark 2021年9月6日
金銀や玉の類いが宗教的なものと衣服と一部武器(日本刀の拵えなど)に使われるようになってるイメージはあるなぁ、確かに。なんか貴金属は神様に供えるもの、みたいな。 家も食器などの日用品も木や紙、土で作られることに関係は…ないか?
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petton @n_petton 2021年9月6日
なぜ装飾品が権力の象徴として使われることがなくなったのか、という点から見た方が明らかになってきそうではあるんじゃないか?
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pupujiji @pupujiji 2021年9月6日
宝飾品が軽んじられたというより、平安期の日本においては繊維製品の価値がめちゃくちゃに高かったということはあるだろうか。加えて労力をかければかけるほど、より高品質な繊維製品を作り出し続けられる環境がそろっていたとか。
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sake @sake_ne_ku 2021年9月6日
質素堅実という言葉があるように、日本人的に、洗練されたものに美を感じると同時に、わかりやすい華美な装飾は下品だという概念があったんじゃないかなあ 未だに学校や古い体質の企業だと装飾品や身なりにうるさいぐらいだし、下手すりゃ田舎で都会的なオシャレしようもんならすぐ噂になったり文句つけたりする国民性ですし
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サディア・ラボン(ヒエロサロメ、アスカローナ、プクヒルデ) @taddy_frog 2021年9月6日
十二単を着ていた時代は寒かったのかな。薄着をしている絵が少ないような気がします。 まんが日本昔話では、偉い人から奇麗な色の大きな巻紙みたいなのを貰う場面がよくありましたけど、多分、高級な布地でしょう。
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ろんどん @lawtomol 2021年9月6日
そういや宝石の和名ってピンと来ないよね…金剛石、紅玉、蛋白石、石榴石って言われてもすぐには分からん(ダイヤモンド、ルビー、オパール、ガーネット)
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立花ハルキ @tapparu_wj 2021年9月6日
なんとなく陵墓の副葬品に祀られるイメージがあるなあ>古代日本の宝石 あと古代神道や土着教→勾玉などの玉石・仏教→金を始めとする金属貨幣でターニングポイントの飛鳥・奈良時代に重視するものが変わったとか?
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赤べこ @akabeko7654 2021年9月6日
指輪ネックレスは物理的に着用のし辛さで相性が悪い(特に着物とネックレスが最悪)んだけど耳飾りに関してはサイズ次第というかデザインでいくらでも何とかなるし「着物と相性が悪い」っていうのもあくまで組み合わせる文化が発展しなかったからってだけなので何でって感じだよな
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kartis56 @kartis56 2021年9月6日
国宝とかに指定されてるの無さそうだもんな
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赤べこ @akabeko7654 2021年9月6日
あと日本における真珠のポジションも謎よな 一応産地ではあったはずだし実際天皇へ献上されてた時代もあったはずなのにいつの間にか放置、漢方に利用されるけど宝飾品としては「輸出するけど国内では興味なし」扱いになるし 宝飾品需要としては真珠より貝の内側(螺鈿細工)の方がよっぽど需要が高い…w そしてそんな日本が何故か真珠の養殖で世界の天然真珠産業を壊滅に追いやるという
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立花ハルキ @tapparu_wj 2021年9月6日
海外と交易をする場合共通の通貨が必要で、例えば金10gの価値の商品を入手するのに琥珀10kg出すのは「本当に価値がイコールか」という問題が出るので、こちらも共通の金属貨幣を作る必要がある→貨幣の材料としての金属に価値が出てそれまで貴重だった玉石の価値が下がった、とかそんな感じ?
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たなべ @sijimigohan 2021年9月6日
仏教勢力が古墳のような旧来の威信財を否定する必要があって、そのために宝飾文化が廃れたのかな? 廃れている間に服飾文化が宝飾を必要としない方向へ進化し不可逆な流れになってしまったとか?
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読書記録 @wLAtBPXwJnisZpz 2021年9月6日
前に読んだ、日本における装身具の歴史を簡単にまとめた本には「装身具は人ではなく、仏を飾るモノになった」説や「飛鳥時代に冠位十二階が制定され、装身具で身分を表さなくなった」説とかがあるみたいですね。色々な原因が複合して、実用性がある装身具以外は廃れちゃったんでしょうかね。
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橿原闇杢 @転売ヤー始発で行く @SeaLioning9999 2021年9月6日
Carl_Loeffler_3 本気なら「気候が関係してるかもしれない」って仮説立てて、国別の装飾を調べるくらいやれ、と。
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はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2021年9月6日
「なんかそうなった」の難しさってやつですかね
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smsb @smsb_szbs 2021年9月6日
宝石類が美しく見えるのは、屈折率と波長分散による光学現象だから。 メラニン色素が多く、光量に鈍感な日本人にはそこまで装飾品としての価値を感じられない。
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みゆう @MinamidaYminami 2021年9月6日
アクセサリー好きで普段からペンダントや指輪をしている自分からすれば、古墳時代にはあれだけ勾玉やガラス玉をジャラジャラ身に付けてたのに、奈良時代以降は何故止めてしまったのかと。日本以外にも湿度が高かったり定住生活で財産身に付けて持ち歩く必要ない国はたくさんあるのに ( =Φ人Φ=)づ彡
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nekosencho @Neko_Sencho 2021年9月6日
江戸時代ならぜいたく禁止で取り締まられたとか説を出したくなるんだがそれ以前だもんな。
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カズマサみんC @mskazumin 2021年9月6日
肌の色や瞳の色で文化的傾向に差が出てるとかあったりせんかな?身につけるものだし、実際に見た感じが微妙なら廃れていくものだろう。
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悠里 a.k.a 生き恥系女子 @arthy_sakura 2021年9月6日
気にしたことなかったけど、たしかにそうだねえ、、、謎だ。
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かぴばら @mameshiba0003 2021年9月6日
宗派によるけど、真言教とかは数珠を首に掛けると功徳が積めないみたいな教えがあったからネックレス的なのは普及しなかったのかも。
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Live long & prosper @titan3xFnfxte 2021年9月6日
謎は謎なんだろうけど、ただでさえ高温多湿で暑苦しいのに、そのうえ首飾りを付けるなんて考えただけでも鬱陶しい。指輪は耳飾りも、汗を拭うとき邪魔じゃね。
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かぴばら @mameshiba0003 2021年9月6日
お遍路さんで念珠を首に掛けてるとガチギレされるらしいね。首に掛けるのは武士が切腹する時だから縁起が悪いって。
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マグロ @maguroyanen 2021年9月6日
仏教の国はつけてないイメージだなー。
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@mimisomegood 2021年9月6日
色気より食い気なんですよ
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立花ハルキ @tapparu_wj 2021年9月6日
まあ四方を海に囲まれて交易もバクチだった時代が長いので、服飾の流行が独特になるのも分かる気がする。離れ小島に数年に一度流れ着くファッション雑誌がnon・noかKERAかチャンプロードかみたいな時代だし(元寇はチャンプロードではない)
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チューハイP@新曲『夏夜空』公開中! @nozomimatuki 2021年9月6日
謎解き アクセサリーが消えた日本史 (光文社新書) 浜本 隆志(2004) https://bookmeter.com/books/508453 って本である程度納得のいく丁寧な考察はされてますね。完全にスッキリはしませんが。 個人的には指輪にしろ首飾りにしろ実用性が無かった点が大きかったのかなと。念仏用の数珠は存在するわけで。
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席上 @Nonsomnia 2021年9月6日
どこかの時点で何代目かの天皇がアクセよりも布とか実用的なものにリアクション出したんではなかろうかという気も。なにせどんどん名誉だけあっても金はないみたいな立ち位置になっていくわけだし、それで偉い人が表立ってつけないのに下がつけるのもおかしいし
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りず @rizumita 2021年9月6日
古代では茜染反物三反で国が買えたとか。日本ではその染織品が最高級品だった。私の妻がその染色技術を継承してて、本当に布がキラキラなんですよ。
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タイラー・ダーテン @NoisyDog11 2021年9月6日
本州における貨幣制度の普及に鍵がありそうだが。奈良時代に和同開珎が作られる。これは爆発的に普及はしなかったものの、日本人に貨幣という概念を浸透させるのに非常に有効だった。その後しばらくは皇朝十二銭と中国から輸入した貨幣数種類が使われることになるし。貴金属は持ち歩くだけで紛失・損傷・摩耗・窃盗される恐れがあるから大事にしまっておくことになり、ある程度貨幣制度が浸透した平安では身に付けることはなくなったってことじゃないかな。
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吉田D @Yoshida2014 2021年9月6日
勾玉とかの翡翠もあったのにな。宝石については中国が宝石ではなく玉の文化で、宝石は軽んじられてた影響があると思う。
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Shiro @shiromagenta 2021年9月6日
身分の高い人は顔を見せない文化ってなかった? 手も十二単で隠れるし、顔周りも人に見せないなら宝石つける場所ないよね。
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菊月ゆうき @yuki_poc 2021年9月6日
ちょうど中世の温暖期とかぶるっぽいから、やっぱり気候の影響じゃない? 知らんけど。
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フローライト @FluoRiteTW 2021年9月6日
あちーからだろ。同様にピアスみたいな身体を加工する文化がほぼ廃れたのも化膿するからじゃないの?
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サディア・ラボン(ヒエロサロメ、アスカローナ、プクヒルデ) @taddy_frog 2021年9月6日
「俺達は戦闘民族だからトゲ付きの指輪を着けてボクシングをするんだ」←実践ではリーチが長い剣や槍が実用的で、武器としてのグローブや指輪はあまり発達しそうにないです。
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Jackgun0 @Jackgun0 2021年9月6日
えらい人が金属アレルギー起こして穢れ扱いされたとか?でもそれじゃ仏像にも使わんか
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りう @ryu_kak 2021年9月6日
平安末期って事は、治安の悪化かと。その頃は野伏が跋扈して、そこらじゅうで強盗されてたんだから、金目のモノを見せびらかしてたら即襲われて奪われるかと。で、治安が安定した江戸時代でも奢侈禁止令が出たので 華美な風俗はやはり流行る機会を失ったんじゃないかと
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okwae @okwae858 2021年9月6日
MinamidaYminami 古墳に関して言えば、仏教以降土葬から火葬になって葬式スタイルが変わったのが大きいね 死体を飾る金とか玉とかを副葬しなくなった
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inti @inti87913544 2021年9月6日
そういや竹取物語の難題宝物でも装飾品はないんだよね。民話なんかでも首飾りや指輪といった装飾品が出てくるの聞いた覚えがないような。いや、これは興味深い。
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赤べこ @akabeko7654 2021年9月6日
気候が理由って意見もあるけど日本より高温多湿な国で宝飾品が廃れてるかって言うと全然そんなことないからなぁ 直接の参考にはならんけどアジアンショップでジャラジャラアクセサリーとか定番だし
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tobo1103 @tobo1103 2021年9月6日
着物と装飾品は合わないって人がいますが、見たことないから見慣れなくて違和感があるのか、本当に合わないのか、線引き難しくないですか?
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長 高弘 (獣脚類ティラノサウルス科ズケンティラヌス) @ChouIsamu 2021年9月6日
逆に日本を舞台にした時代モノのフィクションで、イヤリングをしてるキャラを出せば、それだけで「こいつは『異物』だ」と云う記号として使える
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ぺったん @pettan_72 2021年9月6日
神道は新物を好む宗教で道具は長期間使うと穢を帯びて妖怪になる信仰だし、常時身につけておく習慣を嫌ったんじゃないの?
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月6日
ここまで誰も言及してないのが不思議な気もするが、単純に天然痘のせいでしょ。タイミング的にも。天然痘ウイルスの感染力は強力で痘痕のかさぶたのかけら1つでも1年以上は感染力が持続する。つまり、直接肌に長時間触れている装飾品を「形見分け」に身に着けようものなら当然感染伝播する。天然痘の正体も感染理由も知らない当時の人でも「形見の宝飾品を身に着けた人が天然痘に感染しやすい」ことがわかれば、「形見分け」以前に人前で肌に直接触れる宝飾品を身に着けること自体が禁忌になったでしょう
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月6日
M__Sadohara 天然痘よけとされる「赤べこ」や「さるぼぼ」が装飾品ではなく置物として今日に残ったのも、おそらく同じ理由でしょう
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mlnkanljnm0 @kis_uzu 2021年9月6日
「天然痘」その理由だとすると日本人全員裸族になるのでは?
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笹かま @voyageur105 2021年9月6日
気候の変化は関係しないもんかな。戦国時代を生んだ小氷河期があって、その前、平安くらいから予兆、余波で江戸時代まで影響したとか。それがどう影響したかはわからんけど。
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りょう胡瓜@バディミ完クリ済! @_mugya 2021年9月6日
そういえば、日本だと宝石のカービング、カメオ的なものがあまり好まれないんだけど、宝石削れる宝石が出にくかったんじゃなかろうか……翡翠の勾玉作る方法がめちゃくちゃ時間かかっていたし、こんな時間かかるならやめるわ的になったとか……
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封鎖中 @GYLA6c 2021年9月6日
数十年天災が続くと、装飾よりも食料だろう。3世代くらい続けば伝統も絶えるやろ。
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月6日
kis_uzu 日本では火葬をするので、衣服は当然そのタイミングで燃え尽きるので問題ないが、装飾品は燃え尽きることがないので残るからですよ
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月6日
14世紀のペスト大流行期でも、当時のヨーロッパの遺産相続書には衣服や寝具の類が一切ない。これはペスト菌の感染が衣服や寝具を介して半年程度なら起こることを当時の人が経験的に知っていたからだろうとされる
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XX_ouga @XX_ouga 2021年9月6日
言われてるけどやっぱ湿気とかだよね・・・夏冬で温度変化も激しいし地肌に布以外はつけてられないんじゃないかな。
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XX_ouga @XX_ouga 2021年9月6日
日本より高温多湿な国はあっても日本ほど多湿で温度差がある国はそうそうない。そして高温も低温も装飾品を付ける時には障害になるものだしな。
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伍長 @gotyou_H 2021年9月6日
ryu_kak 治安というけど、逆に言うと装飾文化のある他の国は治安が良かったのかとは到底思えないんですが。
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チューハイP@新曲『夏夜空』公開中! @nozomimatuki 2021年9月6日
kis_uzu 実際幕末明治の外国人の日記によると当時の日本人(庶民)はけっこう裸族に近い印象。
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nob_asahi @nob_asahi 2021年9月6日
諸説出るだろうし、決め手はなかなか見つからないだろうから、ここはひとつ偏見で「"和を以て尊し"から出る杭は打たれるとなった殿上社会で装飾品が忌避される傾向が起き"みんな同じに"の流れで世間に浸透した」という説を唱えてみる
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猫目晴月@日常 @hrk_nkm 2021年9月6日
宝石の和名の大半は明治以降につけられた物が多いですよ。 宝石は即物的に自分の身を飾るより宗教的な意味合いの、神や仏と自分を結びつける物と考えていたのかなとも読んでいて思いました。美しい物は天上のものと。
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n-yoshi @laresjp 2021年9月6日
謎と認識される理由は理解したが、そもそもこの手の装飾を身につけること自体に興味がないので、逆になんでそんなに装飾品が『当たり前』なのか謎なんだよなw
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ガレット食べたい @garettotabe3 2021年9月6日
お洒落だと思ってさえいれば日常的には邪魔でも晴れの日限定でつける生き残り方しても良さそうなのにそれもないし。なぜ一時期付けてたのに魅力を感じなくなったんだろう
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アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2021年9月6日
tarobo ryu_kak むしろ治安が悪い時ほど金目のものは肌身離さず持っておくのが世界的な傾向です。自分の目の届かないところにあるものが安全だとは考えない
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語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2021年9月6日
まあこの手のクイズは自分の知ってるパーツで組み立てるしかないわな おじさん平安時代の文化・政治の転換点と言えば仏教の普及と遣唐使の廃止だと思う 仏像は位が上がるほど装飾が少なくなるし、日本独自の文化を発展させようとなったら分かりやすいのは装い方を変えることよね
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はにわ🍜かくしてP【ぶいすり10周年コラボ参加者募集中!】 @820y 2021年9月6日
興味深かった。歴史上の「何でだろう?」に明確な答えが出るとは限らないということも含め。
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NAL / ナルサワトモアキ @wastedays 2021年9月6日
武器の矛や盾が廃れていくタイミングと近い気がするけど何か関連はあるのだろうか。
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本坊ゆう @homboyu 2021年9月6日
まあ、最終的には「たまたまそうなった」ってことなんだろうけど。こうした装身具は、持ち運びが出来る財産であって、遊牧民族系の文化なんじゃないかな。
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K3@FGO残5 @K3flick 2021年9月6日
金属が用意できない地方が発展すると、刺繍や織物、染物が発達し、特化していったのかな
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TKS @TKS86059877 2021年9月6日
気候も要因だろうけど肌を隠す文化が有ったから隠す場所にお洒落をする必要が無かったのかも
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Ling-mu @Ling_mu 2021年9月6日
何かきっかけがあって一斉に使われなくなったのなら、昔話のような民話として伝承があったも良さそうな気もする。
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BUFF🏳️‍🌈 @geishawaltz 2021年9月6日
日本人には金属アレルギーが多いとかあるのかな?私はそうなんだけど。
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みこみこ。 @MikoMiko2048 2021年9月6日
アクセサリ文化に全振りされてたら皇室の行事がおもしろいことになってそう
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nekosencho @Neko_Sencho 2021年9月6日
かんざしや櫛で代用されてたのでは?
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あお色ネズミ@双剣士 @Odwure 2021年9月6日
ファンタジーで文化を考えるときも、人骨(部位の美しさやカットで価値が決まる)とかドラゴンの鱗(魔法素材として希少)とか貴金属ではない物をステータスや装身具にしてる異国舞台モノって多いですもんね
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丸丸玉朗 @7zn5BT56PAAWv4m 2021年9月6日
「色悪」文化、付喪神の文化も絡まり朽ちにくい美しい物には魔が宿るから警戒する思想が出来たのかも。
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最中@T&B @toramonaka 2021年9月6日
高温多湿や肌の色をあげてる人が居るけど日本より高温多湿で肌の色も濃いタイやカンボジア等の古代王国では金銀も宝石も沢山着けてるし建物や調度品にも使っている。あと日本で仏像や刀剣にそれらを象嵌した見事な細工が残ってるから優れた加工技術もあった。
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赤べこ @akabeko7654 2021年9月6日
「肌に直接つけるアクセサリー」が出てこなかっただけで装飾文化そのものが忌避されてたとまでは言えなさそうなんだよな 鎧だって西洋の金属鎧に比べても(あれはあれで装飾要素あるけど)デコラティブだし、日本刀の鍔や柄も装飾要素が強い あと江戸時代から簪が出てきたけどそれ以外にも煙草入れとか根付や印籠なんかの「肌に触れないアクセサリー」は盛んだったらしいし
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messie☆💉3ワク済 @fairymessie 2021年9月6日
帯留めや根付けや羽織紐や印籠って着物にオンするアクセサリーはあるんだけどね。身体に付けるのは着物と相性悪くて邪魔だったのかなぁ。ネックレスはバテレンぽいしな。
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【跡地】ウラリー㌠【移行済】 @urary777 2021年9月6日
貴金属や宝石を「文字通り肌身離さず身につけておく」習慣は「財産を奪われない様に」という発想が元ですけど、多湿な地域だとかぶれたり傷んだりが激しいんじゃないですかね。特に宝石は油分に弱いものが多いですし。
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
そういう意味では略奪とか強盗とかが「金目の物」を狙うとき、金銀珊瑚宝玉ってどんな扱いだったのか知りたい。衣装に珊瑚を縫い付ける贅沢ってあったみたいだけどその珊瑚自体は強盗されないの? お寺とかは金製品わりとありそうだったけどそれ目当てに強盗とかあったの? 時代劇見てると錺職人(かざりしょくにん)さんの長屋に装飾品転がってて大丈夫か?と思うんだけど、さすがにあれはリアルじゃないのよね?
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000 @qazplmwsxokn_ij 2021年9月6日
弥生時代にピアスタイプの耳飾りあったぞ()一度考古系博物館に行った方がいい
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西方政府軍兵士@ノクターンノベルズ&ノベルアッププラス @Lkpi8dEIKmF7bi1 2021年9月6日
yaxi_mari 内戦や政変が良く起こる国とかだと、宝石や金細工を身に着けてる=換金できるものを身に着けておく。リスク回避。っていう文化があるらしいとは聞いたけど、戦国時代の日本とかその辺どうだったんでしょうね
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本の犬 @31040_32 2021年9月6日
もともとあった翡翠や瑪瑙などの玉文化が廃れた(これは気候にあってたはずだし、中国では価値は落ちてない)のと、女性が奥にひっこむ文化なのはアジア圏ではよくあるけどみんな着飾ってるから謎だな。着物が豪華なのもそこまでってほどでもないし。戦国時代とか価値のあるものを身につけて逃げられたほうがよかったのでは?とも思う。女性に権力がないから賄賂的に貢いでもしょうがないとか?
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西方政府軍兵士@ノクターンノベルズ&ノベルアッププラス @Lkpi8dEIKmF7bi1 2021年9月6日
31040_32 着物や衣服が略奪対象にされたりするのは何作目かの大河ドラマで見た気がするけど、あれは史実面でのリアリティどうだったんでしょうね?
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面倒くさい @mendoukusaizzz 2021年9月6日
気候を理由にするのはちょっと弱い気がする。貴金属のような変質しにくいものを使う手があるし、何より化粧は普通にしてたんだから。
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ひえたろう@笑顔と上機嫌こそが最高の化粧 @hietaro 2021年9月6日
体に直接触れるジュエリーをつけるのは体を資本にしているブルーカラーが多いという話だが…
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ティ @chiss_n 2021年9月6日
仮に宝石貴金属類アクセが気候や保管の面で不都合があって消えたとして、他素材で代用するなどしてまで付けなくていいと判断?されてるということで疑問点はそこなので答えが出ようがなくて面白い
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
Lkpi8dEIKmF7bi1 平安文学でも仏法説話でも戦国史話でも江戸小話でも、着物は剥いでくんだよね。着物は。下着までも。でもたとえば、江戸小話でかんざしを強盗された話ってあったっけ?みたいな感じなの。
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
吉原の遊女のゴージャスさは帯や打掛の刺繍や染めに全振りで、次に簪。おまけで紅。確かに面白いなあと思う。芸者たちが帯留めを使い始めたのって幕末でしたっけ?(しかも確か帯留めは最初は刀の装具の転用だったとか)
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スマイル @NightHa22551959 2021年9月6日
美的感覚の話じゃないの?派手にする時は特別な時。祭りの時くらい。普段から華美だと落ち着かない。
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富士見野男 ワクチン3回接種済 @yasu43851374 2021年9月6日
景気が良いときはカラフルになりそうじゃないときは地味な色になるらしいので、平安時代は一部の人間だけ平安だけでそれ以外は違っていたとか
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みゆう @MinamidaYminami 2021年9月6日
MinamidaYminami 金属・宝石・木材を加工したり染色する技術が無かったわけでもないのに、地味な色ばっかりありがたがるというおかしな価値観(おかげで、現代でも学校や会社では、黒や紺色の様な地味な服装や髪色にしなければならなかったり) (;=´人`=)
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tobo1103 @tobo1103 2021年9月6日
laresjp だから、着けないのが当たり前の日本になったのはなぜだろう、という話だと思いますよ。日本人男性で結婚指輪以外の貴金属を着ける人は増えましたけど、スタンダードではないですしね。
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草冠に西 @cuervo9 2021年9月6日
やはり謎なんだな。ここで出ている理由に一つとして日本独自のものがない
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236_ @236_ 2021年9月6日
現代人が描いた昔話しか知らないけど桃太郎や打出の小槌とかのお宝って大判、小判、珊瑚、反物が定番よね。
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mocilol @mocilol 2021年9月6日
用の美も関係あるんじゃないかな 西洋みたいな美のための美みたいな芸術品よりも、日本は道具を美しくする工芸に重きを置いてるように思うし
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ジョーイ @joeyinmypocket 2021年9月6日
着物のマンリョウ柄が全部サンゴ!をやったお金持ちの奥様とかはいたようだが…ちな肉体改造系もタトゥー以外は全拒否。古代にはピアスくらいはしてたようだがいつの間にか廃れてるし、纏足やらは「うへぇグロい」と輸入しなかったとか
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若草椿 @wakakusa_tubaki 2021年9月6日
[c9573170] ついでにいうと、ガラスもですね。古代にはあった技術が途絶えてるっぽいし……うーん謎だ
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語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2021年9月6日
ojisan_think_so 大事なこと書き忘れた 要するに「中華の真似は止めよう」という意識が装飾にも及んだのではなかろうか
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天たくる @ten_tacle 2021年9月6日
イワナガヒメを選ばなかったニニギへの呪いでは(エセ文系並の感想)。
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語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2021年9月6日
金銀銅は通貨や仏像や一部芸術品、そのまま輸出してたりで消費したんだろうけど宝石の流通ってどうなってたんだろうね 真珠なんかの貝は器だっけ?
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月6日
ちょうど装飾品が櫛さえ無くなる平安中期ごろから、 「身分ある女性は床にゴロゴロしているものだ」という貴族女性の嗜みがうまれているようで(少し前にこれまた話題になってた「這い臥し」) そのゴロゴロするのに邪魔だった…っていう理由は結構関わってそうなのよね。
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天たくる @ten_tacle 2021年9月6日
SanmaShioyaki この手の文化人類学的な話、中国・朝鮮との比較を持ち出すなら御の字、気候的・中国との距離感的にもかなり日本と類似性があって重要な筈の東南アジア方面と比較して語ろうって人があまりいないのが何でだろうなって思います。
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月6日
yyposi918 「十二単に装飾品は合わない」というのも、現代一般的な着付けの仕方が装飾品なしで完成されているからそう思われるだけで、平安初期の着こなしの名残を感じる物の具装束などをみれば、ここに耳飾りや首飾り(天女像が身につけているようなもの)を付け加えてもそうおかしく感じないのではないかな。 https://costume.iz2.or.jp/costume/18.html
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@sbayasi 2021年9月6日
「大和朝廷は宇宙人が作ったクローン人間政権で、アイヌと琉球が僻地へ押しやられた本来の日本土着民族」って説で、この装飾の謎が補強材料のひとつとして扱われてるの見たなぁ。宇宙人(典型的なグレイタイプ)が装飾品つける文化が無かったからっていう時代ガバガバ以前におもろい説。
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月6日
yyposi918 あとはまとめの最後にも「布に価値を見出した」という指摘があるんだけれど、遣唐使の廃止で絢爛豪華な布が手に入らなくなったので、代わりに色とりどりの衣を重ねるようになっていったのが女房装束が最終的に今のあの形になった理由だというから、 衣を重ねて着太りしてしまったら身につけられなくなった装飾品もあったかもしれない。 まあ専門家も「謎」と言うぐらいだから、この辺はみんな検討していると思うが。
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吉祥天 @rin95tomato 2021年9月6日
十二単って20kgあるらしいから、豪華なアクセサリーとかどんだけ重くなるんだ。身動き出来なさそう。
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稙田惟純 @ohgakorezumi 2021年9月6日
Carl_Loeffler_3 「北東アジアでは〜」というが、少なくとも中国ではその認識は間違いじゃないかなあ。魏晋南北朝時代には遊牧民の影響で結婚指輪の風習が始まり、唐代末期〜五代では残されている絵画や図に首飾り、耳飾りが豊富に見え、清代に至ると男性も身分証がわりに首飾りをつけ始めているようだ。雑語り否定が雑な事例。
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Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2021年9月6日
現代日本でネックレスや腕輪指輪が普通に受け入れられているのを考えると、単純な理由ではないと思われる。以前に古代ギリシャの塗装や装飾を19,20世紀の人間の思い込みや願望で剥いだ話があったけど、日本でも江戸時代に派手な寺院や衣装を好む傾向が見受けられる。
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月6日
rin95tomato 現代の品種改良された絹糸とちがってもっと細い糸で薄い布を織っていたから、平安時代の装束だと8kg程度ですね。 あと、「女房装束」の名前の通り、家庭教師や秘書である女房が主人の前で着用する服装だから、常に全部きている必要もなくて、特に重たい唐衣などを含めて重ね着していた上着をガバッと脱いだり被ったりしていた様子が源氏物語絵巻からもわかります。
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
M__Sadohara 天然痘は日本だけの病気ではないけど。宝石類を身につける文化圏にも普通に天然痘はあったので無理がある。
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
つか日本では着物の形見分けは普通に行われている。
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キタムラシステム @kitasys 2021年9月6日
「なんか、みんなそうだったから」という一番がっかりな答えが一番日本人らしい
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
装飾とはちょっと違うかもしれないけど、そもそも今の着物が簡素すぎやしないかと思う。多少の刺繍や金彩はあるにしても基本的に染め物。他の国の伝統民族衣装を見ると刺繍も織りも恐ろしく時間が必要なものが多いのに。染め物が第一礼装っていうのがそもそも簡素。
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さーばる@最後の挑戦 @serval_sun 2021年9月6日
これ仏教の影響では? 天皇をはじめとした偉い人は一線を退くと仏門に帰依することが多かったので宝飾品で飾るわけにいかず、それより地位の低い者がジャラジャラ宝飾品をつけて偉い人より目立つわけにいかないので宝飾文化そのものが抑制されたのでは。
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ユーコン @yukon_px200 2021年9月6日
茶の侘び寂びは利休によって発見・言語化されたけど、日本人の好みとして以前からあったのではないか?というのが一つ。
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目白皐月 @bluecherrylove 2021年9月6日
Lkpi8dEIKmF7bi1 『羅生門』で老婆の服装奪ってるシーンがありますよ。あれ原型は平安末期の『今昔物語』の中の短編です。
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
そもそも服自体が今のように何年か着たら捨てるものではなくて普段着も修繕しながら長いこと着るし晴れ着も大事に扱ってそれこそ何代かに渡って着る物だったことは踏まえるべきだと思う。
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目白皐月 @bluecherrylove 2021年9月6日
昔読んだ宝石の本に「山梨県では古来より水晶が採れた。それを磨いて水晶玉にする技術があり、その水晶玉は海を渡ってヨーロッパへ輸出され、占い師にしようされた」と書かれていたっけ。
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thee tsurumi @gs263 2021年9月6日
高温多湿だからっていう意見あるが、タイベトナムあたりはめちゃアクセサリー着けてるイメージ。今も昔も。
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
ファッションとか美的感覚は割と人間集団の中での主観的な認識としての部分があるので理屈だけでは説明できない部分はどうしてもあると思う。みんながきれいだと思うからきれい。美人の定義が時代によって変わるようなもので。何十年か前にはヤマンバなんてのが一部で流行っていたりもしたし。合理的な理由よりは意識や価値観の問題。
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A-16 @930A16 2021年9月6日
耳飾りと髪飾りは垂髪で、手足は着物で隠れるから、とか?
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顔仁@フルチン済み@5G未接続 @kaohito_765 2021年9月6日
料理なかでもそうなんだけど、日本は支配階級への富の集中が乏しく、鎌倉以降の上流が貴族ではなく武士だった関係もあり、社会の上層部での装飾というものに淡泊だったんじゃないのかな。食事なんかは「庶民の文化」として日本食が根付いてて、中華や仏のような絢爛さに欠けるのと同じ理由では。英料理?わしゃしらん。
1
夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
キラキラとした宝石に対する執着は水を見つけた時の原初の喜びだという説がある。日本は水が豊富な国なので、湧き水や地下水など清潔な飲める水が身近であるため、そういった物に対する執着がそこまで無いっていうのは、あるかもしれない。
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富士山麓ωナックル @Mqzer9ltQN2nxiE 2021年9月6日
壁が低い木造建築で、扉が木や紙で強盗に弱いから「盗みやすい宝石類」が敬遠されたのでは? 保管管理が難しい布地や刀剣類などは、売りさばくまでに管理で失敗して価値が下落するので、逆に良かったとか。
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SKury @8SeiChuKen 2021年9月6日
密教の時代になって華美を嫌い、宝飾品の職人が絶えたから、悟り開いた側の世界がキラキラしてる設定だったから。首に何かかけるのは僧だけだったから。この辺じゃね?
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味噌グラム @misogram 2021年9月6日
奈良末~平安初期と言うとアテルイと坂上田村麻呂が戦ってたような時代なのでその頃に「蛮族の風習」とみなされるようになったんじゃなかろうか
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M☆E☆T☆A @Metaborough 2021年9月6日
富の顕示にもなる、男性の装飾具も廃れてるから、十二単って訳でも無さそう。 入墨が忌避されがちな事由との関連もあったりするのだろうか。
8
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2021年9月6日
ojisan_think_so ojisan_think_so 逆だと思うな。遣唐使をやめたのは唐の情勢が怪しくなって費用やリスクに見合わなくなったから。独自の文化はたまたまそれによって起きた結果であって「まねをやめよう、独自のものにしよう」という積極的意識があったかは疑わしい。
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
・疱瘡で人口が激減(1/3減~最大で半減レベルの)した時期がある M__Sadohara  ・神道の教義は清潔(らしい) ・遊牧民の侵攻による国家の崩壊が無い nozomimatuki  ・国家が滅ばず指導層も労働層も言語と宗教が変わってないhttps://www.youtube.com/watch?v=ajyyGn9MexU (続く)
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey (続き) ・アクセサリーは(割と)非言語的な文化資本 ・和紙というむっちゃ丈夫で長持ちする紙が作れる ・馬車が無いので文物は基本軽い方が尊ばれる ・主要穀物の水稲は収量は麦の10倍の上に連作障害が無い(ので不動産の価値が高い) うーん、あと少し何か……
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey ≪からかみの国産化 平安時代、部屋を仕切る衝立に張る絹織物の代用として、中国から輸入した紋様や図案が雲母で擦り込まれた厚手の唐紙を使用していたが、製紙技術の向上によって、厚手の紙の製紙が可能となり、唐紙が国産化された。≫ 和紙 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%B4%99
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey  ≪加工紙技術の発展 京では、紙漉きそのものが、律令体制の緩みによる原料の調達難から衰退したのとは対照的に、紙の加工技術で高度な技術を開発して、和紙の加工技術センターとして重要な地位を占めるようになっていく≫ ≪加工技術に情熱を傾け、雅で麗しき平安王朝の料紙を供給していった≫ (続く)
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey (続き) ≪京における高度な紙の加工技術が、平安王朝のみやびた文化を支えたともいえる。豊かな色彩感覚は、染め紙では高貴やかな紫や艶かしい紅がこのんで用いられるようになった≫ ≪かな文字の流麗な線を引き立てるには、斐紙(雁皮紙)が最も適している≫ ≪京の工人たちは雁皮紙の加工に情熱を注ぎ、和紙独特の洗練された加工技術を完成させた。≫ 唐紙https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E7%B4%99
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Starman-X13 @Starman_X13 2021年9月6日
kitasys その「なんか」とは一体何なのか?というのを深掘りして考察するのがこのまとめの趣旨なわけで。その意見が正しいとしても、じゃあなぜ古代日本ではあれだけ装飾品の類があったのに奈良時代以降廃れたのか?を説明出来ない。
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富士見野男 ワクチン3回接種済 @yasu43851374 2021年9月6日
わりと納得したのが「アクセサリーではなく土地が富の象徴になったのでそっちに金をかけた説」
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey ……指導層出の女性の識字率が高かったから? 燃料が要る金属の装飾品ではなく燃料が要らない製紙に労働力と資源を振った? 宦官はいないけど女官はいた……。
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Terra生まれのUさん @u_minami 2021年9月6日
そういや弩(クロスボウ)も古代日本では使われていたのに中世では廃れているのも何か関連あるのかな。
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タピ岡(水道から湯が出る) @kabo_b 2021年9月6日
ある程度、なのですが宝飾品の代わりになったのは「季節の植物」といえる部分があるかもしれないです。冠には花を挿し(挿頭・かざし 玉で作った造花も含む)、文に添えて贈るなどあります。かつての薬玉も画像検索してもらえば参照可能と思いますが、大変美しく愛らしいものです
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey 緯度が割と低かったので遮光しても本を読む光度(屋内の明るさ)が確保できた? 畳はあったが椅子(と椅子に適した高さの机)は無かったから? ごろ寝して本を読むのに邪魔だった? yyposi918
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櫻子。@相模国 @sakurago_cc 2021年9月6日
31040_32 イスラムとか女性の人権が問題になってるけど、あのいろいろある被り物の下はアクセサリー付けてるんじゃなかったっけ。
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タピ岡(水道から湯が出る) @kabo_b 2021年9月6日
つまり、身の回りを飾りたいという気持ちがなかったわけでは決してないと思うので、宝飾品が廃れたのは本当に謎ですよねぇ
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kumanokodo @kumanokodo_kuma 2021年9月6日
巨大に結い上げた頭髪にひと財産分の宝飾を飾る、て方向性でいえば花魁と清朝満州族の貴族女性のお洒落は共通してるんだから、何でそこに耳飾りという発想が無かったのかは確かに謎だなあ。体に穴を開ける、傷を付ける事への忌避は理由にならなさそうだし、元禄頃の髪型ファッションなんか耳飾りがいかにも似合いそうだし
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月6日
hiruneskey 見せる為に身に着けるのがアクセサリーだけど、読み耽るのに必要な装飾品は眼鏡くらいか(唐の時代に眼鏡が発明されていたら即輸入・国産されて平安時代でも眼鏡は使われ+作られ続けた説)
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雪見月 @yukimituki11 2021年9月6日
まとめ読んでいて 飛鳥の頃に仏教を崇める勢力が支配を勧めるにあたって精霊信仰的なものを排除する過程で勾玉等の装身具を忌諱する傾向になって徐々に進行したんじゃないかなって気はした。(引用されてる資料は見てないので思いつき)
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くまくま @5kuma5kuma 2021年9月6日
根付(今でいうストラップ)や帯留めは?と思ったがあれはまたアクセサリーとは違うか
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sakuramederu @sakuramederu 2021年9月6日
呪術が関係してるというのはどうでしょう 天皇が病気になる→陰陽師あたりが装身具が呪い原因と見抜く→このような事件の再発防止の目的で歴史的記録からは抹消された
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まるい りん @maruirin 2021年9月6日
wiki見てたら16世紀はキリシタン大名とかクリスチャンの日本人は装身具をつけてたけどバテレン追放令と鎖国で廃れたと言う説があって、ちょっと納得感があった。
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おく のぶ @samorou 2021年9月6日
あのド派手で自由な発想の衣装が割とある戦国時代でも、指輪とかのアクセサリーの類いはあまり見た事がないなあ。
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mikansei @mikan0_v 2021年9月6日
高温多湿に加えて温泉大国で貴金属が酸化しやすいからと適当に言ってみる
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@6roku3 2021年9月6日
むしろ、ネックレスジャラジャラ指輪ゴロゴロが富の象徴だった時代っていつのどこの文化圏?
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若葉 @byaaashi 2021年9月6日
Carl_Loeffler_3 中国は首飾りも腕輪も髪飾りも普通にありますし、むしろ日中韓でいったら群を抜いて豪華な気がします。
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語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2021年9月6日
albireo_B そう?飛鳥時代の日出処〜云々から奈良時代の日本書紀編纂まで、文化・政治を取り入れながらも「対大陸」って意識は強くあったと思うけど まで書いてたんだが、調べてみたら奈良時代の中華の影響ありありのあの服装・髪型は衣服令で決められてたものだった つうことはパワーバランスの変化によって真似ようとするモチベーションが消失していったという方が近いか ありがとう
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たかみん/りんと🐏 @r_takamine 2021年9月6日
天然痘の話が否定されてるけど、当時の人たちにそんな科学知識があるはずもないから装飾品が悪い扱いされた説がたまたま広がった可能性もあるのでは。合理的判断と言うよりは呪いとか祟りとかそういう扱いで。付喪神とかそういう扱い大好きじゃないですか日本人って。
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語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2021年9月6日
とりあえず服装の変遷についてはここが分かりやすかったよ https://costume.iz2.or.jp/column/595.html
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しぇりりん(スイミン不足) @m_sheririn 2021年9月6日
公家(〜平安時代)>武家(鎌倉時代〜)になった辺りとかは関係あるんかな…
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島村鰐 @wani_shima 2021年9月6日
まあ文化の流行なんて明瞭な理由など無く「何となくそういうのがかっこいいものとして流行って定着した」も普通にある気がする
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島村鰐 @wani_shima 2021年9月6日
カボスだか蜜柑だかを数珠繋ぎにした引きずるほど長いネックレスを作って身に付けたという花山院なんてのもいるがありゃーパンクファッションの類いだろうしな
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komiyasu @komiyasu3 2021年9月6日
明治時代に和服にペンダントつけて「ラシャメンみたい」と言われたというのを読んだことがある。この時点で和服にペンダントはラシャメンのイメージなのかーと思った。
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ISSY @issy1080 2021年9月6日
基本的に宝飾品(宝石)は呪術的シンボルから宗教、政治的権威をあらわすシンボルとして発達してきたんだけど、日本だと、お札だったり、刀剣だったり、髪飾りだったりと、実用品に細工を施す方向に進んでいって宝石や貴金属を使った装身具が完全に消えたのがほんと謎。天皇は神だから飾り立てる必要ないとか、ものすごいパラダイムシフトがおきたんだろうとは想像するけど・・
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語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2021年9月6日
ojisan_think_so んで平安時代末期には重ね着しすぎんなよ、というお触れも出ているようなので案外装飾品を規制するお触れが発見できていないだけというのもあるかもしれない なんにせよ根拠がよくわからんが
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💡きさら@ミンサガは12/1発売予定 @m_kisara 2021年9月6日
Carl_Loeffler_3 中国は腕輪もですが、佩玉やら礼冠やらと、今よりもアクセサリーは多いですよ
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
5kuma5kuma 根付も素材としては水晶や硬玉を使ってるけど、宝石的価値という発想は皆無。もとになったであろう中国の佩玉は玉石ジャラジャラなのに。
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
太い喜平ネックレスをジャラジャラみたいな感覚は江戸時代の渡世人には無かったんですかねえ。不思議。
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シロネコ @straypas 2021年9月6日
宝石より布地に価値を見出したってのはすごい納得。十二単衣みたいな布地を増やして高貴さを出してる文化って少ないもんな
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さくら @sakurahonaka 2021年9月6日
平安時代というと部屋の中に引っ込むようになったので薄暗い部屋で映えるように面で光らせる(布の光沢に拘る)ようになったとか?
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本の犬 @31040_32 2021年9月6日
yyposi918 yyposi918 これ読んで思ったけど、薄い布を何枚も重ねるからひっかけてビビッと穴開けちゃうような事案があったのかもしれない。長い平安時代ずっとアクセサリーつけてなかったからその後断絶したみたいな。中国はアクセサリーたくさんつけるけど着ぶくれするほど重ね着しないし、なにより椅子文化だからひっかけるようなことは少なかったのかも
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本の犬 @31040_32 2021年9月6日
でもつるっとした玉の腕輪や勾玉の首飾りみたいなひっかけそうにないのも廃れてるのか
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
絹の服自体が高級品だったわけだしな。木綿もなかったし。布に対する感覚自体今とは相当に異なっていただろう。
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アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2021年9月6日
r_takamine 世界のどこでも古代においては化粧、入れ墨、装飾品などは魔除けやまじないといった呪術的性格が強いです。日本に限るようなものではありません。そして天然痘説への否定的な意見は「天然痘の流行は世界各地であったので、日本でだけ装飾品が廃れた理由にするのは無理がある」というもので、迷信のようなものだからではないですよ
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dag @digital_dag 2021年9月6日
日本の工芸品って恐ろしく手間がかかってるから人間の手が介在していないモノに価値を見出せなかったとか。真珠が廃れて螺鈿は珍重してるという意見があったけど螺鈿や蒔絵って作り方知ってると恐ろしく手間がかかるもんだし。
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dag @digital_dag 2021年9月6日
時期的に仏教の影響というのもありそうだが。
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ちっち @karasu_titti 2021年9月6日
ピアスと刺青は儒教の影響もあるのかなと思います。親からもらった体を傷つけないという。 あと、通貨として絹が流通したこともあるかも…(貨幣は流通しなかった… 指輪とネックレスは…わからない…
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
karasu_titti 刺青は民衆レベルでは戦争の前まで一般的だったけど。
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kero @kero1209 2021年9月6日
yozoranosaezuri 水が本当に豊富なら水争いなんてものは無かったはず。またある程度土木技術が発達しないと水が豊富なところは河川の氾濫があるから住めない場所でもある。
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
ten_tacle そうか、不変の宝石類より散る花を愛でる文化だからというのはあるのか。
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ちっち @karasu_titti 2021年9月6日
badger2635 江戸時代の名残ね。古墳時代から江戸時代まで謎の空白あるじゃないですか
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
刀槍はよく質に入れる話あるけど、あれは装飾面で金額は上下したのかな?あくまで刃物としての価値ではかるのかな?
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出無精マスク @annoupoteto 2021年9月6日
そういや無くね?っていう素朴な疑問から長々と考察が始まる流れ好き
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golden retriever @golden_ojii 2021年9月6日
そう言われてみれば不思議…だけど、あの十二単がもう既に凄まじく美しくて
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たかみん/りんと🐏 @r_takamine 2021年9月6日
albireo_B 付喪神みたいな概念って日本独特のものだと思ってたんですけど違うんですかね、なんか天然痘説の人が言い方が強すぎて相手にされてないんじゃないかと思っただけなので。
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dag @digital_dag 2021年9月6日
鎌倉武士の社会だと袖が長いだけで「贅沢」とされたからなぁ。長袖が文弱に対する蔑称だったり。贅沢に対する圧力はあっただろうが平安時代から廃れ始めたというならこれは関係ないか
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幸箱亭ミミック(妖怪はげまーき) @happys_toolbox 2021年9月6日
ツイッタランドでもトゲコメでも、断定的で他人の言葉を小馬鹿にした様な物言いの方は内容的に説得力に欠けており、丁寧で他人への敬意を持った物言いの方はある程度「成る程そう言う可能性も考えられるし理由の一つなのかも」と思わせる内容と説得力がある様に感じるんですね。 面白い現象ですなぁ。
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2k_crimson @2k_crimson 2021年9月6日
着物や十二単衣に装飾品は似合わないっていうのは現代人の感覚だから似合う似合わないは関係ないかと。現代よりも人の生き死にが日常に密接だったから疫病や衛生観念あたりかな。あと、衣類が身分を表すステイタスや美の基準になっていったことも相関してそう。
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天たくる @ten_tacle 2021年9月6日
gs263 イメージ持つだけなら自由ですけど、タイやベトナムの人が、伝統的にどのような装飾品を身に着けてきたか、確かな知識はあるのですか?
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2k_crimson @2k_crimson 2021年9月6日
r_takamine 時を経た物自体が神になるっていうのは日本独特のものだったかと。海外で付喪神っぽいと言われるものは大体、物に精霊やら悪霊やらが憑いた状態だったり、神的な者が使うことで神聖な力が移っているとされる物体だったりしますね。
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鴻/ライオンの群はプライドだよぉ〜(*´∀`*) @koh1017 2021年9月6日
帯留あるやんって思ったんだけど、軽くググっただけでも幕末からの文化だって出てきたしなー。
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サディア・ラボン(ヒエロサロメ、アスカローナ、プクヒルデ) @taddy_frog 2021年9月6日
董卓の城には武器の持ち込みが禁止されてたので、曹操は宝石で飾った奇麗な剣を董卓に見せたいと言って通して貰ったんだけど、 あの時代の中国は、飾りは少なかったのかな。呂布の兜に羽根みたいなが付いてたような気がします。黄巾賊の髪飾りは制服みたいなものだったかな。
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2k_crimson @2k_crimson 2021年9月6日
宝飾品は世界的に古代から政治的・社会的権力を強力に示す装飾として発展してきたんだよね。女性に限らず男女ともに権力をアピールするアイコンとして宝飾品を利用してきた歴史。だから宝飾品に代わる日本独自の権力アピールのアイテムが何かしらあって、宝飾品よりもそちらになったのでは。
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ども @qoHoW8IrtmYOxF0 2021年9月6日
わからんけど現代において着物にそういうのを合わせないのは布が痛むから…実際すぐ引き攣れる…
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@nekooka 2021年9月6日
金や銀や宝石に不変であるがゆえの価値があることを知られたくなくなった人たちが現れたのが平安初期だったんじゃないかな。
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
日本には刀っていう武器であり財産であり美術品であり、ほぼ不変の存在がありますからね…。権威の象徴としても十分な威光があるアイテムが強すぎたんじゃないかな…。
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アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2021年9月6日
r_takamine 付喪神のような概念は日本独特かもしれませんが、御守り的なものは世界中にありますね
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茗荷昇紘 @masilite 2021年9月6日
肌に金属当て続けたら金属負け起こすからじゃね
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花田 鉄平⛩⛩🖌 @teppih 2021年9月6日
仏教が入ってきてから変わったのかな
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bandain @bandain15 2021年9月6日
平安時代から変化した日本の想念というと・・ 穢れや祓いの概念や陰陽道ですかねぇ。 伝来の宝石で貴人が常に身に纏ってきたような品には恨みや嫉みのような「念」が必ずこびり付いているのでなるべく遠ざけるのを良しとする宗教的な観念が確立していたのかもしれん。「ホープ・ダイヤモンド」や「 コ・イ・ヌール・ダイヤモンド」みたいにあれだけいわくがあったら呪われているやろという宝石は多々あるけど当時の日本人の感覚ではそれが普通だったわけやね。
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亜山 雪 @ayamasets 2021年9月6日
そう言えば西欧の軍装では勲章をジャラジャラぶら下げているけど、明治維新までは日本にはそういうのはなかったな。刀の二本差しくらい?
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花田 鉄平⛩⛩🖌 @teppih 2021年9月6日
ayamasets 名誉は名前に付くからじゃない?前右府とか越前守とか
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tobo1103 @tobo1103 2021年9月6日
ten_tacle gs263 タイの首長族とか?高温多湿の国というならインドも宝飾品じゃらじゃらですね。宗教にもよりますが。
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月6日
yozoranosaezuri そういや戦国時代から江戸時代初期は美少年に振袖着せて宝刀を持たせて傍に侍らすのが大名の富と権力だったらしい。美しく染めた絵羽の振袖というのは最初美少年のものだったと服飾史で習ったわ。しかし宣教師たちが持ち込んだであろう十字架ネックレスも根付かなかったのな。美少年に似合いそうなのに。
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おれすてす @nojima73 2021年9月6日
被服の価値が高いから、硬い装身具が敬遠されたんじゃないかなぁ。櫛・簪は衣服に触れないから残ったとか。
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isaたんショぽ@シュテルン市民 @bycake 2021年9月6日
風呂にこまめに入る文化があるから外した際の管理が理由かな?と思ったが、平安期にはそれほどこまめに入らなかったか。
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thee tsurumi @gs263 2021年9月6日
ten_tacle いくつか東南アジアの絵画や昔の写真漁って腕輪やネックレスが確認出来た、というだけなので、網羅的な知識は持ってないです。失礼しました。
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まるい りん @maruirin 2021年9月6日
宝石は使われてなかったわけじゃなくて帯留めとか、かんざしとかに使われてるんじゃないかな。サンゴとか鼈甲とか。帯留めは瑪瑙や水晶も多いイメージ。ちなみに奈良時代まではかんざし文化があって、平安時代に垂髪中心になると一度廃れて、江戸時代に復活したらしい。 https://www.shisaku.com/blog/anatomy/post-83.html
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inti @inti87913544 2021年9月6日
なんだろう、本当に技術が失伝したんじゃないかと思うくらい奈良時代ごろにパタッと途絶えるな。銀や砂金は貿易で輸出しているから鉱物に価値があること自体は知っていたんだよね。当時の最新学問は仏教だし、ひょっとして祭祀形態の変化で意味がなくなったのか?
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おれすてす @nojima73 2021年9月6日
コメ栽培を推進した結果、養える人口は増えたが食料以外の民生品供給が人口増加に追い付かず、衣服の価値が相対的に高まった。コメ栽培推進→開墾奨励→墾田永年私財法により口分田に立脚する律令制がダメージを受ける。という流れと宝飾品衰退の時期がかさなったとみれないだろうか。
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AJEX @ajex4529 2021年9月6日
蝦夷やアイヌ、南蛮人のようにアクセサリーは異人がつけるものだというイメージが長らく続いたとか。
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こいん @360coin 2021年9月6日
日本はそれなりに質の高いざくろ石(ガーネット)が産出するわりに、歴史的な利用が目立たない(自分が知らないだけだったらすみません)。どうも水晶・瑪瑙のモース硬度7より硬い宝石を扱いかねていた印象がある。明治になってもトパーズ(硬度8)を硬くて役に立たない水晶扱いしていた逸話がある。研磨剤としてのサファイア(硬度9)が安定的に供給されなかったせいかもしれない。奈良県二上山などに出ることは出るんだけども。
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むつき @Tmutsuki1 2021年9月6日
戦国時代の頃日本を訪れた宣教師たちはそろって日本家屋の質朴さを好意的に描写しているけど服飾も関係あるんじゃないかなー 曰く、日本家屋は大名屋敷でも西洋のような贅をひけらかすような金銀宝石は何もなく机や椅子すら無い ただ床の間に装飾があるだけだが 飾ってある茶碗が家一軒分の価値があったりする、とか。ミニマルさへの神道的な精神的志向があるのかなと妄想
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
女性が表に出ない時代なら男性がファッションリーダーになるものなのだけど、平安以降って冠や烏帽子の飾り、石帯や太刀の拵えあたりはあまり装飾性がないイメージあるね(産業革命後、黒スーツ化した欧米の富裕層男性みたい)。それどころか平安期って「仏像の装飾」すら割とシンプル化してる気がする。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
国内での玉の産出量も舶来品も量が減少したとかの供給がなかった時期があるとか、なんらかの事情で装飾品自粛の時期があってその間にファッションが一変してしまったとか、染料や舶来の織物とった布製品の方が高価で生地を傷める可能性のある金属の装飾品を避けたとか、考えてみると面白いけどあまりピンとこない。
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てす子 @6qltce 2021年9月6日
そういや日本昔話なんかでよく「おたから」って出てくるけど、大判小判の他は反物かまんまの形のサンゴとかくらいであんまり思い浮かばないよな。あと食い物。 欧米的宝箱は金貨や宝石とか宝剣とか宝飾品とか壺とか典型的なのいっぱい思い浮かびやすいけど日本の昔話は言われてみれば宝石とか全然存在のイメージ自体がない
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
yaxi_mari 海外の権力層の女性のように胸元が開いたドレスだと首飾りも映えると思うんですが、日本の着物はあまり胸元が出てなくて、それだけで十分美しい佇まいだったため、ネックレス系は当時の人に蛇足に見えたのかも知れませんね。
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こた @hahokota 2021年9月6日
和装は布地以外だと、簪とか帯留めくらい?平安時代とかは贅沢できる身分の女性は人前に出ないイメージだし、自身をキラキラ飾り立てるよりも、お香とか部屋に飾る物のが人気だった気がするな。
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てす子 @6qltce 2021年9月6日
yozoranosaezuri 十二単なんか顕著だけど着物はあの襟が実質首飾りみたいなもんなんだろうね
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有本鱈子 @avondaran 2021年9月6日
ちょうどそのあたりって仏教伝来前後とかだから、仏教由来の価値観で変わり始めたっていうのがわりとしっくり来そうだけれども、学術的な根拠を示して論述としてまとめられるんかはよくわからん
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
あと考えられるのは「政情が安定して、身分証や財産となる装飾品を常に身につけ持ち歩く必要がなくなった」方向。庶民でも少しお金が貯まると装飾品にして常に身につける文化圏は、何かあって着の身着のままで逃げ出して身につけている財で何とかなる、とか、安心して預けられる先がないので財産は身につけておく(見せるか隠すかは話が別)、って発想のこともある。金貨を服の中に仕込む侵略と移住の多い文化圏と、大判小判を床下に埋める定住文化の日本の差はありそう。
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まるい りん @maruirin 2021年9月6日
yozoranosaezuri 確かにネックレスは着物してると見えないから意味がなくて、根付とか帯留めになったのかも。日本では実用品を華美にすることに価値を見出した説が出てきました。(印籠とか煙草入れとかキセルの吸い口とか)https://www.phantaporta.com/2017/06/blog-post2630.html
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
6qltce 襟首はあれだけで十分美しいんですよね。他の装飾品として襟首に掛からない女性の帯がきらびやかになったのかなという気もします。
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
maruirin 同じ部分で目立つ物が脱落したため日本は首飾りがあまり流行らなかったように思いますね。扇子なんかもそうですね。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
._mugya 玉のカービングとかの代わりに発展したのが、漆工芸ですかね。何層も漆を重ねてから掘り込むとか、螺鈿とか。
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レモンカード @S7qUuC1HgifKlLq 2021年9月6日
2k_crimson 中国や韓国の時代劇見てますと、王妃様が一番華美でゴージャスな格好しててアクセサリーとか凄いことなってるんですが、平安時代の日本だとちょっと事情が違うんです。十二単を女房装束とも言うように、礼儀として女房たちは主の前で美しく着飾っていたんですが、女主人の方は礼をとる必要がないのでずっとカジュアルな格好をしていたんです。「着飾らない特権」とでも言うのでしょうか。アクセサリーが廃れたのもそんな所が影響しているかもしれません。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
.M__Sadohara 天然痘を理由に持ち出した場合、「衣装を下位の者に下賜する」って文化がずーーーーーーーっとあり続けるのをどうしたもんかっていう。どこの文化でも上位の人が頻繁に衣装を作るし、作ったものを一回くらいしか着ないのは、ことあるごとに下賜するからだったりするし。
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さかきみなと⛅榊鐵工 @syouth 2021年9月6日
仏教が入ってきて、贅沢品は仏様(仏陀)のものという認識が広まったからの可能性も微レ存。
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Ragi's Q・装甲竜's A @Ragi_Mari 2021年9月6日
アレかね、どうせなら仏像や伽藍や日用品を装飾しよう!って発想もあったのかね
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
日本の戦国時代の権力層の女性って言うと国力拡大の結婚とか、反逆されない為の人質とかであって、妻として隣に侍らせ着飾らせるっていうよりも座敷牢って感じだからなぁ。あとアクセサリーをしなくても着物の襟首袖が美しいのでわざわざ金属製のもので飾る必要があまりなかったんじゃないかな…。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
江戸時代、女性が持てる個人財産としての櫛・簪(鏡台周りも含む)って割と重要、髪は女の命であるとともに、身だしなみの品かつ財産でもある「頭のもの(櫛・簪)」を奪われる・質入れなどで手放すことに結構な意味を置いている。髪を結わない平安~戦国の時代は、そういったものも持たせないようにしていたのかもしれない。
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あなぐま @badger2635 2021年9月6日
宝飾類については、奈良時代に途絶えてからまったく無縁だったわけではなくて、日宋貿易とか勘合貿易とか南蛮貿易とかで目にする機会はあったんじゃないかとは思う。でも入らなかったのは単に美的センスに合わなかったからじゃなかろうか。ウケたら貿易経由で入ってたと思う。支那の絹なんかと一緒に。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
.pupujiji アクセサリーはつけてなくても、守り袋に純金の仏像入れてたりはするイメージ……。
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タコ @takomandt 2021年9月6日
yozoranosaezuri 権力層の女性はむしろ戦国時代でも当主として崇められていますよ。有名なのは直江兼続の正室、船。よく直江兼続が正室以外を持たなかったことを純愛と評する人がいますが、これは全くの誤りで、あの時点で直江家の権力を持っていたのは実は船の方なんです(兼続は樋口家からの入り婿)。つまり船に直江家の権力があったからこそ、兼続はお飾りで側室を持てなかった。立花誾千代とか寿桂尼、慶誾尼とか権力を持っていた女性もいますよ
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
むしろ、平安時代になってなぜ女性は髪を結わなくなったのか(人前に出ないのでめんどくせぇっていうのはわかる。人前に出る巫女的な役割の女性(斎宮や五節の舞姫)はせめても前髪は結って簪つけるからな)
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月6日
takomandt 権力地盤が女性に傾いていた地域なら婿養子の方が小さくなっていたんでしょうかね…面白いですね。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
.yyposi918 身につける装身具ではなく、部屋に置く日用品への装飾性のシフトは「私はこの場所にいて絶対動かない!」という意志の強さがあるかもしれない……。日本の文化だと身分の高い人は「住居」で呼ばれるしな。
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Laren @Larems_ 2021年9月6日
着物をメインの装飾品と考えた場合に肌の見える範囲的に首飾りは邪魔だし手首や耳はは隠れているってのがでかい気がする。 今でもネックレスの基本は首元が開いてるとかシンプルなタートルとかなんだから合わせが重なる部分も重視している着物を重視するならよけいなものをつけられないと思う。 だから簪のように着物から離れた部位には使われているとかどうたろうか。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月6日
.yuyu_news 高貴な人が「直接見てはいけない/下々のモノに姿を見せない」存在になるとともに、人を飾る装飾品よりも、その人の暮らす場や乗り物を飾る装飾品(襖なんかも割と持ち運べる)へと重心が移動し、近寄らないとわからないアクセサリーよりも遠目でもわかるようにあえて「チラ見せ」する衣装、建物、乗り物へと装飾の重点が移った、とかありそう。
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すしえ susie @susie_jp 2021年9月6日
コメントのまとめが読みたいです(読みきれない)
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さかきみなと⛅榊鐵工 @syouth 2021年9月6日
仏教が入ってきた当時は、気候変動などで長期間の飢饉や災害があり、装飾品を作る人がいなくなり、その文化が廃れてしまっていた可能性。そして、救いを求めているところに仏教を広めるため、仏教の装飾的な部分をあえて削ぎ落とした可能性。しらんけど。
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いけだ @nantekoTTai_777 2021年9月6日
SanmaShioyaki びっくりするくらい日本向いてねえな宝石さん
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名前はまだない @774rider 2021年9月6日
仏教がらみ?仏様のものなんで、生きてる人がつけるのは縁起が悪いとか?
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タコ @takomandt 2021年9月6日
yozoranosaezuri というより、血統や縁故がなにより大事な時代だったって感じですね。性別に関係なく、実力者の子息や配偶者であれば権力を握ることもできる。そこに性別は関係ないって感じでしょうか。現実的には、戦働きという点で、一見すると男性優位にも見えますが、君主や領主が必ず兵を率いるわけではないので(桶狭間みたいなことになると困るので)、女性が虐げられていたわけではないという感じです。むしろ男女ともに、下層が虐げられていた時代ですね
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霧😷💉💉💉 @doppel1004 2021年9月6日
平安時代は、季節の草花を愛でたり、布の草木染めや紙作り、香りのオシャレに力を入れてた。儚いものや朽ちるものほど珍重されるの、面白い文化だよね。石長姫より木花咲耶姫を重んじる日本人独特の感性なのかな。
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C_CLPS @C_CLPS 2021年9月6日
飾り気がない昔の人の姿を想像すると、布切れ纏ってる仏僧のイメージしかでてこない。
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月7日
360coin 360coin そう言えば日本では質の良い火打石が産出されないから火縄銃が選ばれたという話を聞いた事が……
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LeantLibra~シン備中審神者~ @Leant__Li_bra 2021年9月7日
自分は日本の宝石というと仏様に供えるイメージがあるわ 五大元素(地、水、火、風、空)に因んだ色の宝石を嵌めた宝具で仏像を飾る 宝石は加工する職人が扱う物で、作る物は専ら宝物(お供え物)となったことで宝石を『装身具』としなくなったっていうのは? 日本は職人を尊敬する文化がありますし
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yomukipu @yomukipu 2021年9月7日
D&Dを和風世界でやるとだいたいぶつかる問題、有益な魔法のアイテムが大抵そぐわなくなる、ネックレスは襟に指輪は刀を持つ際に干渉するからだとは思うが
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月7日
nojima73 水田が急速に拡大し蚊由来の疫病が指導層にも流行する→とりあえず罹らない為の文化的防疫として身体を覆う服飾を選ぶ→装飾・宝飾ではなく布地の量と清潔さが尊ばれる様になる……?
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夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2021年9月7日
hiruneskey ART& PEARLS/パールでたどる世界史:日本からアクセサリーが消えた理由④ 平安時代https://veronic-pearls.com/jewelry-history/3786/ ≪手紙ひとつにも、美しい仮名文字を綴り、美しい言葉を繰り、季節に合わせた染色の和紙を用い、香りをつける。≫ 宝石にも貴金属にも香りってつかないなそう言えば……布にはつく……。
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吾多田忠 @atatatatanu 2021年9月7日
亡くなった時、仏様が身につけるようなものを全身にじゃらじゃらさせて仏様に会いに行くのか、って視点もある気がする。
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月7日
yuyu_news 平安時代だと、邸は母から娘に受け継がれてるので、「この邸の調度とそこで着飾る女房たちは、主人である女性の身につける装飾も同然」という意識はあったかもしれませんね。 それだからかはわかりませんけど、女主人は驚くほど薄着なんですよね… (夫は正妻の家で生活するようになるので、公の記録だと夫が家の代表のように記録されるものの、実態は母→娘に継がせる財産。道長の邸も元は妻の実家であるし、最終的に中宮彰子の御所になっています)
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月7日
.yyposi918 平安文学の世界だと、使用人である女房が常に正装かそれに準じる装束(滅茶苦茶重ね着)の一方で、主人である女主人は夫の訪れ以外は正装する必要がないので普段着はかなり薄着(いつ夫が着てもいいように常にきっちり着こんでいるのはごく一部のできた奥様)という感じの雰囲気ありますね。
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はちゃけら @Snob731 2021年9月7日
atatatatanu 装身具が多い仏様は「菩薩」で、まだ欲を捨てきれてないからきらびやかな格好なんだそう 装身具の少ない方は「如来」(お釈迦様もこのカテゴリ)で悟りを開いてるからシンプルな格好してるんだとか
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月7日
yuyu_news 身分ある姫が通ってくる夫を待つときの装束といえば小袿…!…ということで、平安時代クラスタだと十二単よりも熱い扱いの小袿がもっとこうメジャーになって欲しいなあ…(少なくとも平安時代と言ったら、女性が全員十二単を着ているようなイメージが払拭される程度には)と思ったりしますww
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月7日
takomandt なるほどです~。しかし支配層も支配層で責任取らされて腹切ったりで、本人はそれが名誉かもしれないけど、大変そうだなあという気もします。のちの世の徳川天下の大奥の時代とかも、生まれがイマイチでも美しければワンチャン。とはいえ、蟲毒みたいな所で世継ぎ争いっていうのも地獄といえば地獄のような気もします。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月7日
近世文学でも、鏡台周りや櫛簪は、母から娘に受け継ぐものという意識が強い(「母の形見の櫛!」的な)感覚はありますね。妻のその辺の持ち物を夫が勝手に質入れしたら、三行半もぎとれるという話を見たこともあります。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月7日
.yyposi918 小袿、洋服の感覚だと「きちんとした服装だけど堅苦しくないようにジャケットをカーディガンとか少し柔らかいものに替えた」あたりでしょうかね。外出用ではなく、自宅においてのちゃんとした感じ、という。
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ねこうんこ蒐集丸🐱💩全ブロ誤爆砲したらスマン @yyposi918 2021年9月7日
yuyu_news 小袿の独自性がとても説明するのに難しいのですが、十二単がお仕事用のスーツだとすると(現代女性の制服や仕事着が自由すぎて、比較的近そうなのが軍服とかになってしまうんですが、そんな感じですね) 小袿は本当に身分の高い女性でないと着る場面がない格式高いローブ(ドレス)でしょうか… どちらも正装ではあるから例えが難しいのですよね。
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月7日
badger2635 日本には陸続きの国境線がないので、「疫病から物理的に距離を取る」ことができない。地球の寒冷化であれ疫病であれ、陸続きの国境線なら移動することでどうとでもなる。これが日本とそれ以外の地域での天然痘やペストに対する防疫の考え方の違いになる
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月7日
yuyu_news 平安時代特有の重ね着と第三者による着付け文化がその答えでしょう。やんごとなきご身分の人は肌着以外は他人に着せてもらうから、着物と皮膚の接触機会が非常に少ない。上着を下賜されることはあっても、下着を下賜する文化がないのもその証拠
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月7日
badger2635 着物の形見分けって、さすがに亡くなったときに来ていた服をわけるわけじゃないから、その意見は的外れにもほどがあるでしょう
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さどはらめぐる @M__Sadohara 2021年9月7日
どうも「形見分け」を理解できてない人が多いみたいね。日本でももうやってないのか?
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ピーラー @jearkey 2021年9月7日
花魁道中がモデルのファッショントレンド発表会みたいなもんだったわけだし、花街文化に定着しなかった装飾は流行らないシステムだと思う。
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土谷真治 @densataxp 2021年9月7日
奈良から平安時代がターニングポイントなのかな ひょっとして 装飾品を付けるのは 昔の人や まだ恐らく身近にいたのかも知れない 蝦夷など がしていた野蛮な物に思えて 廃れ忘れられていったとか
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イエーガー@ライファン @Jaeger75 2021年9月7日
今コロナで大変だからそっちに考えが行きやすいせいは有るけど、貴族仕草に感染予防的な動きが多いのと一緒で、着けっぱなしにしたり洗浄する機会が余り無い貴金属は穢(不潔)だとして忌避された時期が有るんじゃないのかな?
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Shu @geoidflower 2021年9月7日
菩薩と如来の服装の違いみたいに、仏教の影響がありそうよね。 あとは、江戸からは利休が茶道流行らせたし。
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立花ハルキ @tapparu_wj 2021年9月7日
あと地味に仏教より先に伝来している儒教の影響もあるとは思う。服飾だと平安の襲(かさ)ね色目とか儒教の影響をモロに受けてる感じ。
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thee tsurumi @gs263 2021年9月7日
M__Sadohara 大陸で、疫病から離れるため移動した形跡、記録はあるんですか?また、イギリス、フィリピン、琉球、アイヌの様な他の島国で本州と同じ防疫の考え方しているところはありますか?
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あなぐま @badger2635 2021年9月7日
M__Sadohara それ言ったら装身具だって亡くなった時につけていたわけではないので同じ。亡くなった時に身につけたものでなければ問題ないなら装身具だって同様に問題にならないはず。
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BIT @_kksbit_ 2021年9月7日
言われて見れば確かに日本特有の流れで不思議な話である
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しろがねさん @whitebellsweet 2021年9月7日
極東でいえば中国では付け爪というか金属製の爪カバーも装身具ですね。
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Kitty_Guy_Records @cherry_ITO 2021年9月7日
「アタイはそんなモンなしでも充分、ブッサは宝飾品身につけなハンデくれてやるよ」というナオン同士の競争がいつしか始まって、身に付けるものがどんどんシンプルになっていった すなわちカラテである
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草冠に西 @cuervo9 2021年9月7日
コメントが女性史に偏って来ていること自体が、日本人のアクセサリー観の貧しさを表している。装身具は女だけのものではないので。男物、女物の違いはあっても、元々はアクセサリーの豪奢さで男女間に差はない
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ぬめりけ @pokute55 2021年9月7日
縄文時代は耳輪とかしてたって習ったのになあ…と思ったけど、廃れてしまったってことか。入れ墨やピアスは成人の儀の一貫でもあったけど、次第のそういうのは野蛮みたいな価値観になってしまったのだろうか
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U‐Gao(夕顔)🇯🇵♂(旧「海の鷹」)RT・いいね・フォロー大幅規制中 @mochitsura 2021年9月7日
パワーストーンなどもそうですが、宝石は湿度や日光に敏感なものが多い。高温多湿で日射量も降水量も多く、また四季の変化も大きな日本では宝石は定着しなかったのかも。ちなみに産出量はそこそこあります。アジアを代表する宝石は翡翠ですが、翡翠文化は元々日本から始まっています(約5千年前・糸魚川産。世界最古)。翡翠は硬玉・軟玉の2種類あって軟玉の方が多く出ます。日本の翡翠は硬玉で中国では産しません。これの代用となったのが軟玉です。アメリカのファイヤーキングも、翡翠の美しさを意識したミルクガラスです。
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長峯明子 @xshochanx 2021年9月7日
言われてみると不思議。
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なみへい @namihei_twit 2021年9月7日
きらびやかに着飾って、自分をより大きく見せる必要があるかどうか。自分と他人を比べ、他人と張り合ったり競い合ったりすることをどれだけ重要視するかどうか。財産を身につけるっていう考えもそうだけど、争い(奪い合い)が「前提に在る」風土文化というか、民族性というか。
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あなぐま @badger2635 2021年9月7日
namihei_twit 鎧兜なんかはもろに自分をより大きく見せるための装飾のオンパレードだと思うが。張り合って競い合うそのもの。時代は下がるが講談の合戦物でも登場人物を際立たせるための鎧兜の描写は欠かせない。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月7日
髪飾り→髪を結わなくなったので消える・男性には烏帽子・冠として残る、耳飾り→髪を結わないので耳を隠すようになり消える、首飾り→装飾性はともかく呪術性ならばお守りを首に掛ける習慣は残る、指輪→不明。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年9月7日
むしろ「古代において何のために装飾品を身に付けていたのか」の方が大事な気がしてきた。
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夜空 @yozoranosaezuri 2021年9月8日
古代において神職とか神降ろしなどシャーマン的な人達が自然物から力を貰うパワーストーンの意味合いで飾るというよりも、装置的な意味合いで身に着けるのが強かったのかも知れない。体を飾るアクセサリーの意味合いが無くて、三種の神器の勾玉のように、国宝級の呪物という認識が強かったのかも知れませんね。権力層がそこをガッチリ掴んでいたなら、気軽に体を飾るアクセサリーという認識として浸透しなかったんじゃないかな。
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丁 了(3回接種済み) @hinoto_ryo 2021年9月8日
数珠玉みたいに宝飾は仏具に使うものという慣習があったのか、もしくは生体由来の宝飾が中心で時間とともに失われて近代のものしか残ってないのか、とかでしょうか。隣国では普通に存在したとなると、交易であえてはじいてたか、時期が悪すぎて大陸からの供給が途絶えたまま身につける習慣がなくなったのか…。
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丁 了(3回接種済み) @hinoto_ryo 2021年9月8日
hinoto_ryo 鎌倉時代が蛮族過ぎて目に見えるような宝飾品は全部NGになった可能性がちょっとよぎりました
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Hanna ⋈ @Strong_Hanna 2021年9月8日
平成26年度第2回「女性の装い展」のパンフレットにおいて、604年に制定された冠位十二階が指摘されてた。 ちょっと引用。 >それまで身分をアクセサリーによって自由に表していましたが、冠帽の色や布の 質の統一基準による身分制度により、アクセサリーを身につける文化は次第に 消えていきます。 >再び身につけるようになるのは約1,100年後の江戸時代に なってからです。 http://www.nagasaki-maibun.jp/news3/upfile/jyosei.pdf
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inti @inti87913544 2021年9月8日
装身具は「富・権威の象徴」でもあるので副葬品として一緒に埋葬される。7世紀以降、古墳は作られなくなるのだけど、これは貴人・豪族の死生観が変わったから。かなり大きな変化だったんじゃないかな。
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天王寺裕 @Yuh_Twinmoons 2021年9月8日
律令制崩壊後は治安が乱れるようになり「歩く身代金」状態になるのを嫌ったからではないか?
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実りの秋ですな@さかなや(🍅愛) @sakurasolt02 2021年9月8日
儚く消えるモノが尊いみたいな、世の憐れとかそう言う文化が流行ると、身につけて長く残りそうなモノって、忌避感あるのかな?ってふと思ったり
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Leclerc💉💉💉 @3adam15 2021年9月8日
「下手な装飾品は無い方が渋い」と言う、ジョージ・ブランメルの如き心境に至ったとかでは無いのか?。ただブランメルの違って布地には凝っていたが。
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現代仙人 黄龍@趣味垢 @kouryuuhay 2021年9月8日
なんだろね? 所属を現す呪具みたいなもんだから ナニにも属していない現れかも知れないですね 知らんけど
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草冠に西 @cuervo9 2021年9月8日
日本が布に全振りというのもどうなのか。南蛮貿易が始まるまでstripeに相当する単語がなかった国だぞ(縞模様=島模様=輸入品)。布王国といえばインドなのであって、そしてインドはうっすーい布がヒラヒラする衣装の上にアクセサリージャラジャラ。布が傷むからアクセサリーを廃するなどどいうこともない
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2k_crimson @2k_crimson 2021年9月8日
S7qUuC1HgifKlLq 「着飾らない特権」というのは目から鱗でした!それはあるかもしれないですね。日本独特の権威や権力の表現の仕方というのにとても興味が湧きました。
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よの @18rtn_ob 2021年9月9日
火葬の話が出てたけど火葬が主流になり出したのって明治以降では…
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眼鏡猫 @scope_cat 2021年9月9日
似たような直近の事例として連想するのは「市民革命後(1789〜1848年以降)の欧州で男子の華やかな服装が消滅」ですかね〜。やぱ、なんか大陸との関係がらみの政治的な理由なんでしょうね…。(アクセサリー付けてると大陸系の人間だと思われて、それは何らかの理由でヤバかったとかそういう)…そのちょっと前に白村江の戦いとかありましたし…。
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眼鏡猫 @scope_cat 2021年9月9日
(いや、東アジア史詳しくないんでよくわかんないですけど…。)
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araburuedamame @rpdtukool 2021年9月9日
火山列島だから割金が硫化しちうのもあるんでないかな。石はわからんが。
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江戸しげズ @sigeponnu 2021年9月9日
狩猟採集時代から定住できてるくらい、移動が少ない地域だったからかなあ。やっぱり。母数が少ないと消えやすい。
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SUDO @sudo_simoigusa 2021年9月10日
男性の装飾は甲冑等に流れたんじゃね? 兜の飾りとか豪華絢爛だし凝ったものも多い。そして自身を強く主張するものである都合上カタチやサイズが大事なので、そりゃちっこい宝石類はあまり使われず武具の握り等の隠されたオシャレになったと。宝飾品は使われてるし華美に見せる文化もあったが、それが指輪や首飾りではないオシャレグッズ類だったというだけのことよね
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Mariee @MariAnn18355864 2021年9月10日
謎もなにも… 着付けをしてればわかると思うけど、まず着付ける時に装飾品はしない。耳下や喉の窪みを基準に襟の高さを決めたりする時に、あるとまず邪魔だし、変に凹凸が出る。だからしないのもあるし、単純に首元は隠れるし、袖も隠れる。襷だったりで袖を出す格好の方はまず家事だったりの仕事の邪魔になるから装飾品は身につけない。そしたら自ずと髪飾りに限定されると思うけどな。
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くろえ @Chloe_TW6 2021年9月10日
そういや『専制君主』としての帝が消滅したのと前後しますね。平安の初期までは付けてたのではないかなぁ
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くろえ @Chloe_TW6 2021年9月10日
(完全なる与太ですが)パーソナルカラー的に似合う似合わないの話をするとゴールドはイエベなら春よりも秋、シルバーはブルベなら夏より冬に比較的似合う(個人差はあるけど)ので、ブルベ夏とイエベ春で人口の7割とも言われる日本人は貴金属のきらめきよりも衣服の上質さで身分や価値を表した方が手っ取り早くハマった可能性
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B_BLUE_HEARTS @BBH_X01 2021年9月10日
仏教の影響だろうね。とは言っても、日本化された仏教。もともと仏教は、最上位の如来は布一枚みたいな格好で飾りを一切廃している。菩薩になると装身具が豪華になり、天部はほとんどスーパー戦隊のロボット。なので、世界の仏教のほとんどは、派手な菩薩や天部が大人気なのだが、日本人は、地味な如来が最高という概念を崩さず、禅のミニマリズムを許容した。だから、身を飾ることは俗なこと、いやらしいこととなって、装身具は発展せず、実用品にのみ、使われるようになった、みたいな感じかな。
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B_BLUE_HEARTS @BBH_X01 2021年9月10日
あくまでも仏教は、日本人の好みのバックボーンになっただけ、日本人は装身具が「嫌い」なんだろう。
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B_BLUE_HEARTS @BBH_X01 2021年9月10日
BBH_X01 「ダイヤモンドの行商人がやって来て、永遠の輝きがどうこう言っとるけど、せいぜい100年しか生きれん人間に、永遠を売りつけてどうするんじゃ。僕らが欲しいのは今だけです」(甲本ヒロト)
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QuarrelBlue @QuarrelBlue 2021年9月10日
Lkpi8dEIKmF7bi1 そういえば、何もかも奪われることを現代でも「身ぐるみ剥がれる」と言いますよね。衣類が略奪の対象となった歴史を反映しているのかもしれません。
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QuarrelBlue @QuarrelBlue 2021年9月10日
日本の貨幣史だと、奈良時代から平安時代にかけて皇朝十二銭が出たが改鋳による信用低下もあって民衆の銅銭離れが止まらず、米・布・絹が主要な物品貨幣として流通することになった……とされてるみたいですけど、このように金属貨幣の流通が廃れる環境が貴金属宝飾品の普及にも妨げとなった(ひいては宝飾品文化全般を衰退させた)可能性は考えられるでしょうか。
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ヤクシ @yaxi_mari 2021年9月12日
MariAnn18355864 いや、インドなどで見てもわかるように、労働に邪魔だからアクセサリーしない、にはならないんです。それに着物の袖はどんなに労働に邪魔でもなかなか短くなりません。
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うてん。 @uten00 2021年9月12日
木材・布なんかに比べると、貴金属や宝飾品を細かい加工する技術や技術者が庶民に行きわたるほどなかったんじゃないかなと思ったり。
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Koh-han @Kohhan_basic 2021年9月13日
wakakusa_tubaki 奈良時代のガラスは全てシルクロード経由でペルシャから渡ってきたものです。
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龍ex @ryu_ex222 2021年9月13日
装飾品よりも反物の方が価値がでて、実用品に加工されるようになった、とかじゃないかしら。金の産出、鋳造などの加工技術は有ったので、そもそもできなかったという線はない。 なら、欧州のスーツ文化を例に取ると、服の価値と合わせた装飾品でトータルコーディネートするのが基本。それと同じく服の価値に合わせようとしたけど、釣り合うものがなくて反物を押し出したり実用品を飾り立てる方向に伸びていった、かな。 金、べっ甲細工なんかは小物にありますし
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すあま @SanmaShioyaki 2021年9月13日
色々仮説が出る中で、インドが反例に出されるケースが多いけど、逆に「インドが異常に装飾品にこだわる文明」である可能性ない……? 他の文明圏、貴人はともかく平民はそこまでアクセサリーしない印象というか、日本だけ異常、と考えると見誤りそうというか
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とくぞうだったんですよ @sv_g8 2021年9月15日
インドが装飾品に異様にこだわる文明であることは事実だけども、冠婚葬祭の時にすら庶民から上流階級までいっさい装飾品を身に付けない文化は他におぼえがないです。指輪、首飾り、耳飾り、腕輪のどれかぐらいは身に付ける。このツイしてから改めて調べましたが、やはり日本が特異であるように思えます。
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眠大葉 @name_over 2021年9月22日
目から鱗やった、言われてみれば確かにそうだw
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エレクトNo66は己の欲望を肯定し、ネオリブを否定します @GdFUcW8UB8tf8Dn 2021年10月7日
案外、「あいつバングルの形で日焼け痕残ってやがんの、ダッセーwww」とか笑われて廃れたとか、そんなしょうもない理由かもしれない
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𝙎𝒂𝙎𝒂_𝑹𝑿 @SaSaRX 2021年10月12日
ここまでコメント全部読んで、やっぱりなんかのきっかけで。全国的なトレンドの大変革があったとしか思えない。 <政治的理由>冠位十二階や衣服令による、公式な場の「身分と衣服の全国的統一」 、<医学的理由>天然痘の流行、これらによってアクセサリーが一気に「旧時代のもの(ダサイもの)として認識されるようになる。そして加工技術も失われる。さらにアイヌ・琉球の方々は装飾品文化が継続しているので、なおさら内地人にとって「へんぴな地方の格好」という認識にもなってくる。。。というふうに思ってます。
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AS @AS76233370 2021年10月29日
Kohhan_basic綺麗にカットした 高級品は渡来品ですが、もうちょい身近でちんまいガラスの飾り品は国産品です。弥生~奈良の日本では装飾品となるガラス玉作ってました。特に奈良時代は大量に作ってました。人間用の装飾品の他、仏像やお寺の装飾につかうからね!平安に入ると、国産品のガラスは作られてたかもしれないけど確認できなくなります。陶器が発展した結果とか言われてるらしいです。一方、貴兄のイメージしてるであろう渡来品の高級品の輸入品のガラスの杯とかは平安でも普通にあります。
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AS @AS76233370 2021年10月29日
Kohhan_basic 正倉院文書の中に「造仏所作物帳」という記録があります。興福寺の西金堂(江戸時代に焼失)作った時の造営資料です。この資料にはガラス玉について、その製造から記録が記されており、最低でも当時の日本で鉛ガラスが作られていた事は確定しています。なんなら飛鳥時代でガラス工房跡の遺跡(飛鳥池工房遺跡)出てます。それ以前はいつから国内でガラス作ってたかは定かでは無いものの、弥生時代の時点で海外製の材料となるガラス材を国内で加工してガラス玉作る程度はしてたのは判明しています。
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